氷帝テニス部。全国へ向けて合宿に行くことになった。
毎年合宿所は監督とか跡部が関係する別荘みたいなところなのに、今年に限っては二人ともお客さんがきてるとかでかなり普通の場所になった。
庶民の私は落ち着くけど、使用人がいないここではマネージャーの私の仕事が増えてことのほかきつい。
「はあ…。」
私はため息をついて脱衣場に入った。
ジャージの裾をめくって、さあ次の仕事はお風呂掃除だとお風呂場のドアをあけた。
その瞬間。
「ぎゃああああ!!」
「おわっ!!タ、タオルタオル!!」
なんで宍戸が!!
顔を両手で隠して座り込む私の隣をすり抜けて宍戸は脱衣場ドアのすぐ横にある棚にタオルを取りにいった。
「みみみ見てない見てない!!見てないからアァ!!」
「指の隙間から見てんじゃねぇか!」
「はっ!つい!!」
「ついってなんだよ!も、もうあっち行けって!」
急いで腰にタオルを巻ながらカアァッと赤くなる宍戸。
焦っているのかタオルの端がうまく結べないらしく、ずるずると落ちていくタオルをほとんど手で押さえている状態だ。
とにかくあっちに行ってくれと懇願する不憫な宍戸に私も慌てて立ち上がった。
「あ、あっちって言われてもドアの方に宍戸がいるんだけど…。」
「わ、悪ィ…。」
「……………。」
「じゃ、じゃあお互いに背中向けて場所チェンジな…?」
「ゆ、ゆっくりね!ゆっくり!」
私と宍戸は互いに背中を向けて、脱衣場の中を反時計回りで壁伝いにゆっくり移動していった。
なにしてるんだろう私たち……。
端からみたらかなりの不審者だ。
もしかして、いやもしかしなくても今振り返ればもれなく宍戸の後ろ姿が……おっといけねぇ。いやいやなんでもない。
その時、煩悩と葛藤している私の手にふと何かくすぐったいものがあたった。
私は青ざめ、恐る恐るそっちに目を向けた。
「ゴ…ッ!!ゴキブリイィィ!!!」
「ああ!?」
「助けて宍戸おぉ!!!」
ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキ
頭の中で無数に跳ね回るゴとキの文字。
ゾワッと鳥肌がたって、私は叫びながら宍戸に縋りついた。
「バッ!お、落ち着けって!ただのゴキブリだろ!?」
「触覚が右手の小指についた!!触覚が右手の小指についたアァ!!」
「わ、わかった!わかった!!おい!あんまりくっつくなよ!タオル引っ張んなって!」
「早くなんとかして宍戸おぉ!!」
「なんとかするからその手を離してくれ!!」
「いやアァ!置いていかないでエェ!!」
「うわ!バ、バカ!!」
ズルーン☆
なノリで落ちたタオルと共にそれは私の目に飛び込んできた。
「ぎゃあああ!!」
「………!!!」
宍戸が絶叫する前に私は雄叫びをあげながら脱兎のごとく逃走した。
なぜかタオルを握り締めたまま。
宍戸に悪いことしちゃったなぁ…なんて考えられたのはしばらくして頭に余裕ができた後になってからだ。
廊下に出て出くわした日吉の肩に右手をなすりつけても感触が消えなかった(日吉は怒るし)
「み…右手の小指にちょっとだけついた………。」
幸か不幸かゴキブリの触覚を上塗りしたその感触にうなされることになろうとは思いもしなかった。
だけど。
「ああ、宍戸さんお風呂あがったんですか?…宍戸さん?どうかしたんですか?」
「……なんでもねぇ。」
私以上に宍戸が落ち込んでいることを私が知ることはないのだろう。
(時間が解決してくれるよね?)