一番最初に仁王とコミュニケーションをとったのは視線を感じて。
私と仁王には何の繋がりもなかったあの頃、つまらなそうに机にもたれて仁王はこっちを見ていた。
なんとなく視線を返すと、仁王はにっこりと笑った。
(……?)
仁王はわからない。
仲良くなってもそれは変わらなかった。
飄々としていて、掴み所がなくて、でもたまになんて優しい人なんだろうと思う。
人に説明しろなんて言われたらできないんだけど。
仁王の視線が痛いのは、それが鋭いからだけじゃない。
私が意識してるからだ。
仁王を好きになったって言うのはこういうことなのかもしれない。
「久しぶりじゃのう。」
「仁王、久しぶり!」
夏休みの途中、久々に学校へ来た私は仁王と偶然出くわした。
帰宅部の私は借りっぱなしだった本をただ学校に返しに来ただけだったけど、仁王は部活があったんだろう。
もう部活が終わって帰るところだったのか、歪んだネクタイの先をピンと引っ張って綺麗にしてやった。
「背、伸びてない?」
「ん?そうかのう。」
そうだよ、と肯定して私は仁王を見上げた。
鋭い視線を放つ目を合わせるのがなんとなく気まずくて目を離すと、仁王の髪に目が止まった。
水を被ったのか、適当に拭かれた髪がまだ水気を含んでいる。
「きちんと拭かないと風邪引くよ。」
そう言って私が指摘すると、仁王は気のない返事をした。
じゃあね、と去って行こうとする私の手を仁王が掴んだ。
「どこ行くんじゃ?」
「図書室だけど…。」
「ふうん…。図書室ねぇ…。」
どうでもいいような返事をしたくせに仁王は図書室までついてきた。
やっぱり仁王はわからない。
図書室は無人だった。まだ昼間だから明かりは必要ないと判断して私は本を返却した。
ついでになにか見て行こうと本棚を物色する。
「………仁王、なに?」
また背中に感じる視線。
最初は気のせいだと思っていたけど、やっぱりこれは気のせいなんかじゃない。
気まずい。仁王の視線は少し苦手。
「敏感やの、お前さんは。」
仁王はフッと笑った。
「見つめることも許してくれんのか?」
「え?」
振り返ると、いつの間にか仁王は私の後ろに立っていた。
「やめじゃ。」
仁王はそう言うと、私の顔の横に両手をついた。
本棚が軽く揺れる。仁王が私との間を詰めると、私が手に持っていた本が鈍い音をたてて床に落ちた。
身体が触れるくらい密着して、私は息さえも止められた気がした。
「に、仁王…っ。なに…っ!?」
「今まで好きになっても上手くいかんかった。俺はこんな性格じゃけぇのう。」
「………。」
仁王は悲しそうに笑った。
「この恋も片想いで終わらせるつもりじゃった。簡単な話ぜよ。興味がなくなるまで待てばよかった。飽きるまで見とけばよかった。」
「……………。」
「お前さんはそれもさせてくれん。」
消えそうにないこの気持ちが胸を占めて苦しい。
「だから、もうやめじゃ。」
私は仁王にどう返せばいいのかわからなかった。
驚いて頭が真っ白だったとも言う。
ただ仁王から目が離せなかった。
「好きじゃ。」
ねっとりと甘ったるく呟かれた言葉が耳を支配する。
その後重ねられた唇にすべての五感が麻痺していく。
とうとう捕まってしまった。
再び真っ白になる脳内、閉じることを忘れた瞳に仁王の視線が飛び込んだ。
理解して募る体の熱に逆らえない。
(い…や……。)
ぞくりと背中が粟立つような。
2.視線に犯される