大好きだと思ったら、もう身動きが取れなくなっていた。
「なに見よる。」
「別に。」
Rとは一年と二年の時は同じクラスだった。
似たり寄ったりな性格をしていたからか、お互い良い理解者になるのにそう時間はかからなかった。
お互いはお互いのプライベートに干渉しない。
自分のことを話さなくても気まずくなることはない。
それが嬉しくて、それが後に後悔の念を波立てることになった。
「Rはね、青学の不二のファンなんだよ。遠くから見てるだけだから、完全な片想いなんだけどね…。何が好きなの?って聞いても、全部…しか言わないし…。好きなんだね。…本当に。」
入部当初、幸村がKに詳しく事情を尋ねているのを何ともないふりをして聞いていた。
今まで知らなかった。想像もしていなかった。
まさかRに好きな人がいたなんて。
静かに傷んでいる恋心に気づいてしまった。
不二の試合を見て幸せそうにしているRをいつも隣で見ていた。
普段見せている彼女の威勢はどこにもない。
まっすぐな視線に嫉妬さえした。
関東での赤也と不二の試合もそうだった。
Rはどうするのかと思っていたが、試合のさなかRは忽然と立海の応援席から消えていた。
Rを探してようやく見つけた時、Rは遠く離れた人気のない場所で泣きそうになりながら試合を見ていた。
震えている肩が痛々しくて、とても声がかけられなかった。
戻ってきた#R#はなんともいえない顔で赤也に「バカ…。」と言いながら、擦り傷だらけの赤也を優しく治療していた。
ぐちゃぐちゃになったのは自分の方だ。
Rを見ていて確信した。
これ以上不二に近づこうとはRは思っていない。
でもそれが何になる?
心に隙間があるとか、そういう問題じゃないだろう?
Rの隙間は不二でしか埋まらない。
Rがまだ不二と付き合いたいと思っている方が良かった。
そっちの方がいくらでもつけいる隙があった。
報われない恋なんだと、言われた気がした。
三年にあがった時、張り出されたクラス替えの発表板を見ながら、柄にもなく言葉を失ったのを覚えている。
運命は拒絶するのか、俺とRは隣のクラスになった。
それでも俺たちの共通の居場所がなくならなかったことが、唯一の救いだった。
サボるタイミングはよく合って、屋上で一緒に過ごしていた。
今日もまさにそんな状態で。
違うのは少し重たい雰囲気だけ。
Rは屋上の影があるところに入ると、風でなびく髪を押さえてこっちを見た。
「なに見よる。」
「べ、別に…。」
「照れるのう。」
「もう…。そういう冗談はKちゃんみたいな可愛い子に言った方が効果的だと思うんだけど…。」
「じゃあ…教えてくれんか。」
Rと真正面から目を合わせた。
そらさないで欲しいと願いを込めて。
「お前さんには何が効果的なんじゃろうな。」
「…………。不二。なんてね。ふふ。」
Rは目をそらした。
耐えきれなくなって、俺が手を伸ばそうとした瞬間、Rは俺を見た。
「今日元気ないね。」
「は…。」
「…………。」
「そういうお前さんこそ。」
ほら、また目をそらす。
不二絡みか、どうしてそんなに一人の人間が心を占領できるんじゃ。
わからない。
「俺はお前さんの傍にいてもいいんか…?」
Rは何も言わずにうつむいた。
「今度の土曜日……青学と練習試合だって…。」
Rは戸惑いがちに言った。
運命は動き始めている。
ただのファンなら不二の記憶には残らないだろう。
わかってるのか。王者立海大の偵察は例外だと。
きっと不二はいつも観にくるRのことを覚えているに違いない。
「嬉しくないんか?不二と知り合いになれるチャンスぜよ。」
「…………。」
「良かったネ。」
「……全然、よくない…。」
「なんでじゃ。」
強く言うとRは震えた。
聞かなくてもわかっている。
Rは怖いのだ。
不二を知ることが、不二に知られることが。
知って、それから先、不二に嫌われない保証がどこにもないことが、怖くてたまらないのだ。
きっと、それだけ好きだからこそ。
「のう…R…。」
晴れた日は雨が恋しい。
土曜日が雨になればいいと思う俺はただの馬鹿なのか。
そうして故意に雨を落として、光を隠すと空は淀む。
「好きじゃ…。」
うつむいた顔は切なげに微笑んでいたに違いない。
お前さんはつらそうに、瞳を震わせていた。