「ごめんね…。試合中断させちゃって…。」


Rは泣きそうなほど情けない表情を浮かべてタオルを握り締めた。
保健室の中には静けさと消毒液の匂いで満ちている。


「無茶しないでよ…。」


Rの腕には赤いバンドがかかっていた。
仁王が倒れた時に落ちてしまったものだ。
告白された時と同じようにRの瞳が揺れている。
仁王は苦笑してベッドから起き上がった。


「そんな顔しなさんな。」

「日射病…。私、予測できたのに…対処できなくてごめんね…。」

「R、そんな言葉はいらん。」

「………。」


Rは顔をあげて仁王を見た。
仁王はベッドに腰かけたままRの片手を握った。


「お前さん不二のところに行かなくていいんか。なんで俺のところなんかに来たんじゃ。」

「いき、行きたかった…よ………。」

「じゃあ行きんしゃい。」

「手掴んでるくせに……っ。」


仁王はRの手を引っ張って自分の腕の中に入れると、そっと強く抱きしめた。


「好きじゃ…。」

「………っ、…。」

「泣きなさんな。…はは、久し振りじゃな。Rの泣き顔を見るのは。」


昔、人前で泣かないように去勢を張っていたRが駆け込んだ屋上。
隅っこでうつむいていたから、反対側に仁王がいたのに気付かなかった。


「R…?」

「…っ、仁王…。」

「どうして泣きよるんじゃ。」

「…、気にしないで。ごめん…。いるって気がつかなかったから…。」


屋上から出て行こうとするRの腕を仁王が掴んだ。


「人前では泣かんっちゅうことか。」

「……放してくれる?」

「どうしようかのう。」

「仁王…。怒るよ。」

「おー。お前さんの泣き顔を見るよりはそっちの方がマシじゃな。」

「…………っ、勝手にして!」

「はは、そう怒りなさんな。R、こっち。」

「……!」

「よしよし、お前さんは頑張りすぎなんじゃ。」


これが、初めて仁王に見せたRの弱さだった。
いつも強がってたら、疲れることだってある。
段々弱音が吐けなくなって、人前で泣くことすらできなくなって。
そんな風に他人に認識されてしまったら、一度崩れた時周りに与える影響が大きくなりすぎてもう手に負えなくなってしまう。
仁王はRをよく理解していたし、私はRをよく知っていった。




「お前さんが不二を好きなのは知っとった。」

「……うん。」

「Rは優しいから、今の環境を壊したくないと思って苦しんでたのもわかっとる。」

「…優しくないよ、私。」

「優しくないのは、俺の方じゃ。」


Rを抱きしめる仁王の手に力がこもった。
仁王の顔が見えなくなって、Rは困惑した表情を浮かべていた。


「バカ。なんで俺のところに来たりしたんじゃ…。」

「に、仁王…。」

「みっともないじゃろうが…。」

「私…、ごめん…。」


仁王は何も言わなかった。
ただRをきつく抱きしめていた。


「ごめんね…。」


傷ついてもいい。
お前さんのためなら。
涙ぐんだ目を見られたくなくて、仁王は必死でRを抱きしめていた。
聞き取れるか聞き取れないかくらい小さく、仁王は情けない声で好きじゃ…と呟いた。
その一言だけで、仁王がどれだけ自分のことを好きでいてくれていたのか、知り合ってから初めてRは知った気がした。


今、強引に奪ってしまえたらどんなに


「早くせんと不二は帰るぜよ。」


心が痛くて悲鳴をあげそうで

涙が止まらなくて


「…っ、行けな…い…。」


噛み締めるような小さな声を出したRに仁王は顔をしかめた。


「同情ならいらん…!」

「わからないよ…!そんなの…っ。なんで……!」


足が動かないんだろう。

不二のところに走って行きたいのに、行きたくないだなんて。
これが同情かなんて私にもわからない。
でももう同情でもなんでもいい。

私は仁王の顔が今までにないくらい辛そうなのがすごく悲しいんだ。
離れた後も仁王の温もりが身体から抜けなくて。
仁王に謝ったあと心が凍えそうになった。
まさか後悔、してるの。


(…す)


今ここで仁王に背中が向けられない。


(き……?)


それがどういうことなのか、わかってるんじゃないの。



「動きたくない…。」

「……それは、前言を撤回して俺の気持ちに応えてくれたと思ってもいいんか?」

「……………。」

「俺と付き合うっちゅうことか?」

「………もう、それで…いい…。」

「R。」


さっきまでの弱っていた仁王は詐欺だったんじゃないかと思えるほど、いつものいやらしい笑顔を浮かべて仁王はRの腰に手を回した。


「うぅわ!」

「はっきり答えんしゃい。あと3秒黙ったらちゅーするぜよ。」

「待って待って!!考えてるんじゃないの!」

「俺、思ったんじゃけど…。」

「?」

「お前さんには考える時間、与えるだけ無駄じゃなって。」


なによそれ、という言葉は声にはならなかった。
急に唇を塞がれて、驚いたり怒ったり恥ずかしかったり、ごちゃごちゃになった心が確かに安堵を感じていた。


「なんで笑ってんの。」

「もう一回…。」

「こら!調子に乗らない!もう離し…、人の話聞いてる!?」

「嬉しくて何も耳に入ってこんのじゃ。どうしたらいいんじゃろ…。」

「知らないわよ!」

「おー。そんな表情初めて見たのう。」

「バカ!」


始めから強引にさらってしまえば良かった。
負けると思いこまないで、こうして攻め続ければ良かった。

こんなに近くにいたのに。

すっきりした気分がなつかしくすら思える。
仁王は赤くなってうつむいているRをもう一度抱きしめた。




グラウンドへ戻ると幸村が来た。
私と仁王二人を見ると幸村は意外そうな顔をした。


「おや、そうまとまったんだ。」

「おかげさまで。」

「フフ…こっぴどくフラれると思っていたよ。」


幸村は何がおかしかったのか笑いながら去って行った。

コートからそんな三人を不二が見ていたことにRは気付かなかった。
乾が不二の肩に手を置いて、不二はコートに目を戻した。


練習試合はあれから中止になったらしく、それからの時間はコートを使って自由にダブルスを組んだり情報交換をして過ごした。
日が傾く頃、挨拶をしてから青学は帰って行った。


(大好きだった……。)


不二の後ろ姿を見送りながら、Rは長い片想いを静かに終わらせた。


(さよなら……。)


あなたを好きになって良かった。
そう言える恋ができたんだ、私は。
それはすごく幸せなことだと思う。

仁王と目が合うとRは微笑みを浮かべた。






こうして嵐のような練習試合が終わった。
着替えた後、部室で軽いミーティングをしてから解散になった。


「Rちゃん、今日はお疲れ様。」

「うん。Kちゃんもお疲れ様。このあとは真田と帰るよね?」

「あ、うん…。ごめんね。Rちゃんも誰かに送ってもらった方がいいよ。」

「あ、ごめん。私は仁王と用事が…。」

「R、早くしんしゃい。デートする時間が短くなるじゃろうが。」

「「「……………!!?…っ!?えぇ!?」」」

(この詐欺師…!)





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