好きとそれ以上はどう違うんだろう。
触れられない程大事な人と自然体で傍にいられる人はどちらがいいという答えはあるのだろうか。
「暑い…。」
「Rちゃんさっきからそればっかり。」
お昼休みももうすぐ終わる。
私とKはコートに入って声をかけた。
「そろそろ始めるので戻ってくださーい!」
「次の試合の人は準備して下さい!!」
打ち合っていたボールを止めてみんながぞろぞろとベンチに戻っていく。
RとKもベンチに戻ろうとした時、仁王がRのところへやってきた。
「それ貸して。」
「それ?」
「今朝渡したやつじゃ。」
「あ。」
すっかり忘れていた。
Rは頭から赤いバンドを外すと仁王に渡した。
仁王はそれを受け取ると長い前髪をあげるようにつけた。
意外によく似合っている。
「似合うね。」
「俺は何でも似合うけぇのう。」
「そーですか。よく似合ってるよ。で、そんなに前髪すっきりさせて…暑いの?」
「ああ…邪魔なだけじゃ。体調は心配しなさんな。」
今まで試合でそんなことを言ったことなかったのに。
Rは不思議そうに首を傾げたが、幸村の呼びかけにRはコートを出た。
「頑張ってね。」
「おー。」
仁王はラケットを取ると、ネットの向こう側にいる不二を見た。
目が合ってしばらく、不二はにっこりと笑って手を差し出した。
試合が始まるまでまだもう少し時間がある。
「よろしく。」
「こちらこそ。」
握手をした後にお互い笑顔を浮かべた。
互いに本性を探るように、微妙な雰囲気が流れる。
「それ、君のだったんだ。」
「それっていうのは?」
「赤いバンドのことだよ。」
「おー。これは御守りみたいなもんじゃ。」
「クス…あの子からの?」
「心強いじゃろ?」
段々と暗雲が漏れだす会話を切って、先に仕掛けたのは仁王だった。
「この試合は負けられん。俺は本気じゃ。」
「へぇ…。何かあったみたいだね。気になるな。」
仁王は軽い笑顔を浮かべた。
「告白するんじゃ。これが終わったら。」
「え、」
仁王がさらりと言うと不二は呆然とした。
「玉砕覚悟の告白をするんじゃ。」
「それは……。」
「でも諦めるつもりはない。その勇気が欲しい。だから勝つ。」
不二は何か言いたそうだったが、そこで審判コールが鳴って試合が始まった。
「不二に心理戦はきかないぞ。」
だけど正面からぶつかって勝てる実力があるのかと言われたら正直厳しい。
打つ手なし、と参謀に言われた後、仁王はたった一つあると言った。
不二は勝ちに執着しない。
最近は前ほどじゃないにしても、これはただの練習試合だ。
つけいる隙はそこしかない。
不二の心理を揺さぶるのに一番効果的なのは同情だと思った。
不二の性格の基調になっている優しさにつけ込むのが卑怯なら、俺は初めからRを諦めただろう。
鋭いサーブが不二のコートに向かって走る。
「不二!」
「………っ。」
不二がなんとか返したボールを仁王はボレーで手前に落とした。
審判コールが鳴る。
「どうしたんだ不二…。集中できていないな。」
「相手の気迫に押されてるっすねー。」
「試合始まる前にあっちの選手に何か言われたんじゃないスか…?」
「にゃ〜んか…昔の不二みたいだにゃ…。」
「昔の不二先輩…?」
「執着しないんだよ、勝敗に。もちろん無理なボールを限界まで追うのが絶対にいいってわけじゃないけど…。」
「ふむ…火がついていないといった感じか。」
「練習試合だから全国に向けて温存してるんじゃないんスか。」
「だといいが…。温存したからと言っても、不二は今まで試合に負けたことはない。」
「今は…向こうがリードしてるっスね。」
静かなコートにラリーの音が連続して続く。
「仁王、真面目にやってんじゃん。」
「いつもああでいて欲しいものだな。」
「真面目ってより必死って感じだな…。」
「不二さん相手に粘ってるっスね。」
「フフ…みんなで見守ってあげようか。」
「暑い暑い暑い…。」
「Rちゃん…。日陰に入ったら?」
「だめ。不二を間近で見るんだから!」
「そ、そう…。」
日に当たってやつれているRを見てKはオロオロとした。
タオルを頭にかけてはいるがジリジリと日差しが容赦なく突き刺さる。
「恐らくこの時間がちょうど最高気温だな。31度くらいだろうか。」
「暑いのだめ…。寒いのもだめだけど…。」
「たるんどる証拠だ。」
「隣に来ないで。温度が上がるから。ちょっと!そこも邪魔!真田の体で不二くんが見えないじゃない!」
「………。」
「げ、弦一郎さん…こっちおいで!」
(それにしても仁王…大丈夫かな…。)
同じ低体温低血圧の仁王に、Rは心配の目を向けた。
仁王も不二もテニスをしているにも関わらず白い肌が日差しに痛そうだ。
暑い中走り回っている不二と仁王をRは暑さでぼーっとする頭で二人を目で追っていた。
試合は段々進んでいき、残すところあと2ゲーム。
不二は仁王にリードを許したままだった。
走ってきた不二のラケットの先をかすりボールが後ろへと飛んでいく。
乱れた息を整えながら不二はようやく口を開いた。
「本当に本気なんだね…。」
「………。言ったじゃろ。」
「わかっ…た…。」
生ぬるい気温の中、鋭くも柔らかな風がコートの上を滑って行く。
風に運ばれるように流れた不二の声が静かに波打って仁王の耳に届いた。
「僕も覚悟を決める。」
凛とした声で不二がラケットの先端をコートの向こうの仁王に向けた。
「僕も、気持ちを伝える勇気が欲しい。」
「………。」
青く光る瞳が仁王を射抜く。
仁王はうつむいて汗を拭っていたため、顔をしかめていたことに誰も気づかなかった。
最初から半分は、賭けみたいなものだった。
不二はRを知っているだろう。
そして不二の中でRはどんな存在なのか。
ただの立海のマネージャーから、気になる存在まで。
答えは恐らくちょうど真ん中くらいだったから、心理戦も半分は効果があった。
(俺にRを諦めろって言っとるのか…?)
自分でも苦笑するほど、どうしてこう臆病になる。
諦めたくない。その一心でボールを追っていく。不二も仁王も。
仁王が打ったボールを不二が拾う。
不二が打ったボールを仁王が拾う。
「……っ!」
仁王はボールを拾った瞬間、バランスを崩した。
そのまま打たれたボールは不二の肩に強く当たり、不二は一瞬顔をしかめて片膝からがくんと落ちた。
倒れた仁王は誰が見ても顔色が悪い。
「…………っ。」
誰も止める間もない程すばやくコートに乱入したRはただちに試合を中断させた。
躊躇うように一歩踏み出し走り寄って、優しく掴んだ。その腕を。