「許さん。」
そう言って珍しく真面目な顔をした仁王をどこか悲哀に満ちた気持ちで見ていた。
「想いはどうにもならんもんじゃ。けど二人を邪魔したら、俺はお前を許さん。」
「言われなくともわかっている。俺はそこまで愚鈍じゃない。Kに手を出したりはしない。」
「ほお…抱き締めたくせにか?参謀…、らしくないのう。詐欺師の俺も甘くみられたもんじゃ。」
鋭く睨みながら笑う仁王に柳は顔をしかめた。
練習試合前日の放課後、帰るところを仁王に呼び止められて、近くの公園へ移動した。
赤く染まる夕日に明日はいい天気だろうと考える間もなく、仁王の雰囲気に余裕がないのを柳は物珍しげに見ていた。
仁王に睨みつけられる理由は、ない。
「何をそんなにカリカリしている。」
「…………。」
「偶然見たようだが…俺は抱き締めたことを言い訳するつもりはないし弦一郎からKを奪うつもりもない。そして、これは俺の問題だ。どうしてお前がそこまでこだわる。」
「どうして…?そんなもん決まっとるじゃろ。KはRの親友だからじゃ。真田もお前さんももう、部活の仲間、それ以上の存在になったからじゃ。」
仁王は柳から目をそらし、目を細めて笑った。
風が届けたように響いた仁王の声はやけに頭についた。
「Rが悲しむ。」
「はあぁ……。」
先ほどの試合のせいで青学ベンチに向かうのは気が進まないが、機嫌が悪い幸村の命令とあっては仕方がない。
青学ベンチに裏から近寄ると、「なんだったんだ今の試合は…」とかなんとか会話が聞こえてRはさらにため息をついた。
(チッ…やっぱり無理にでも真田といちゃついてるKを引っ張ってきて囮にしとけば良かった…。)
腹黒いことを考えていると、Rを見つけた乾が声をかけてきた。
「やあRさん。」
「……どうも。」
「面白い試合だったね。」
「くっ…う、うちの真田がご迷惑おかけしました…。」
「ふふふ…良いデータが取れた…。」
「でぇた…………」
柳も頭の中でこういうこと考えてんのかしらとRが考えている頃、柳がくしゃみをしていた。
「くっ…。」
「む?くしゃみとは、風邪か。風邪じゃないのか。柳!!たるんどるぞっ!!!」
「きゃー!弦一郎さん素敵!!」
「…フッ。」
「誰かが俺の噂話をしている確率50%だ。」
「ははっ!そりゃ迷信だろぃ。柳はそういうの信じねぇと思ってけど案外好きなんだな。」
「確かにくしゃみをすると誰かが自分の噂話をしているというのは迷信だが、今この瞬間に誰かが俺の噂話をしている確率はしているかしていないかという二分の一だ。だから50%というのは理論上正しい答えでありペ〜ラペラペラペラ……………聞いているのか丸井。」
「き、聞いてるって!ジャッカルが!」
「ん?どうしたブン太。何か用か?」
「このハゲ!」
「!?」
「まぁ確かに教授は昔から何を考えているのかよくわからなかったが…教授のデータテニスは正確さにかけては随一だった。きょ、教授に比べればお、俺のデータなんか足元にも及ばないだろう…。ふふふ…真のデータオタクは蓮二だ。これは言い切れる。つまり俺よりも蓮二の方がオタ…」
「でも柳って結構モテるんだよね。」
「なに?!」
「かっこいいからね。」
「…!!!」
「それで、何か用か。」
「あ、すみません手塚くん。伝達事項です。これからタイムスケジュール通りお昼休みをとるから昼食はすませて下さい。お昼の間コートは自由に使っていいことになってるからウォーミングアップにどうぞ。飲み物はスポーツドリンクくらいならいくらでも作れるから欲しかったら私かKちゃんに言ってね。」
Rは全員を見まわすとうんうんと頷いた。
「体調不良者はいないみたいね。午後からまだ気温上がるみたいだから水分は多めに取ってなるべく日陰に入って。気分が悪くなったらすぐ言うこと。」
「ずいぶんと体調管理に気をつかっているんだな…。」
「大事なことでしょ?」
「ふむ…やっぱり幸村のことがあって以来かな?」
「……………チッ。乾くんって地雷を踏んで自爆したいタイプなの?」
「は、はは……き、気をつけよう…。」
「うん。ありがとう!」
じゃあ…と去っていこうとするRに不二が話しかけた。
「自動販売機ってどこかな?」
「あ、あぁ…うん…。こっち、案内するよ。」
「悪いね。」
「気にしないで。」
不二とKの後ろ姿を見ながら、乾は満足そうに眼鏡をあげなおした。
「それにしても立海は広いね。」
「そ、そうかな…。青学も十分広いと思うんだけどな。」
「クス…」
(うぅぅ今すぐ消えてしまいたい…)
真田とKが熱烈な仲直りを果たし今まで以上にラブラブっぷりを発揮して幸村に煙たがられている頃、Rは突然の出来事に四苦八苦していた。
「あそこにあるのが自動販売だよ。」
「ありがとう。お礼にジュースおごるよ。何がいい?」
「ひぃ!!いや!ほんと!いいです!おおおお気遣いなく…!」
「僕はさっきから君を…、」
「は…。」
「何か恐がらせちゃってるみたいだね…。」
苦笑する不二にRは相当慌てていた。
「恐がってないよ!ただ…なんか緊張しちゃって…。気にしないで!不二くんは何も悪くないから!」
不二が自動販売機にお金を入れると、販売ランプがジュースの下一列についた。
「試合…。」
「え?」
「観に来てくれてたよね。いつも。」
「あ…う、うん…。知ってんだんだ。」
「気になってたから。」
ガコン、と音がしてジュースが落ちた。
「あれはどこの学校の子で、どうして試合を観ていて、」
「………。」
「どんな子なんだろうなって。」
不二がクスリと笑うと、Rは動けなくなったように息をひそめた。
「あげる。」
「ちょ…」
不二はRに買ったばかりのジュースを渡すと、自分は何も買わずに元来た道を戻って行った。迷う様子もなく。
Rはため息をつくと、手に残るジュースを見つめた。
「びっくりした………。」
こんな情けないところ誰にも見せられない、とRは引きつった笑いを浮かべた。
息が、止まるかと思った。
「R?こんなところで何しよるんじゃ。」
突然声をかけられて、Rはびくりとした。
「何でも…。ジュース買ってただけ…。」
「ほお。いつから自販機は財布なしでジュースが買えるようになったんかのう。」
「うるさい!バカ!」
「バカとはなんじゃバカとは………。」
わからないけど少し悔しかった。
仁王が来たら安心しただなんて、私どうしたんだろう。
Rはジュースを握り締めると立海のベンチに戻った。