「青学のベンチは向こうだよ。」
「人数は揃ってるね。じゃあついてきて。」
RとKはオーダー表を確認してから青学を先導するために歩き始めた。
Kが青学選手に自動販売機の位置とトイレの場所を簡単に説明している間、Rは黙々と書類をめくっていた。
そんなRを見かねて、Kは小声でこっそりと話しかけた。
「Rちゃん…歩くの早いよ…。」
「ご…ごめん…。」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない大丈夫じゃないぃぃぃ!!どうしようKちゃん後ろに不二がいる!!」
「あ、話しかけたら…」
「無理!!!!」
Rは余計なことをするなよとばかりに書類でKを追いやるとまた意味もなく書類をめくり始めた。
(Rちゃんが緊張してる…!可愛い!)
「Kちゃん、うるさい。」
(何も言ってないのに………)
青学のベンチに全員を案内すると、RはKを連れては足早に去っていこうとした。
その瞬間を待ってましたとばかりに乾が二人に話しかけた。分厚いデータブックとペンを手に。
「青学三年の乾です。よろしく。」
眼鏡が怪しげに光る。
Kは乾の身長の高さに少しときめいていた。
一方Rの頭の中では、眼鏡眼鏡眼鏡が駆け巡っていた。
「立海三年テニス部マネージャーのRです。今日はよろしくお願いします。」
「同じくマネージャーのKです。よろしく!」
乾はふむふむと言いながら嬉しそうにペンを走らせていた。
今ので何のデータが取れたのだろうかとそこにいる全員が首をひねったが眼鏡の奥の底知れぬデータオタクパワーを前に怯んでしまった。呆れたとも言う。
「王者立海のマネージャーともなると大変だろう。」
「でも楽しいから!!」
嬉々として答えるKに、Rはそりゃ最愛の夫がいるんだからねという荒んだ目で見つめていた。
私だって不二が同じ部活にいるならどんなに楽しいか!と妄想して、なんだか緊張しずぎでお腹が痛くなる気がした。
「どうしたの?Rちゃん。」
「ううん…なんでもない…。」
「そうそう…風の噂で聞いたんだけど、真田に可愛い恋人がいるとか。」
乾が眼鏡を光らせて尋ねた。
もしかして君たちのどちらかが彼女だったりするのかという期待を込めた目に、Kが微かに震えたのをRは見逃さなかった。
RはKの手を引いた。
「真田のことは真田に聞くのが一番正確だと思うよ。ごめんね。それにそういう質問には全く興味ないから…。」
じゃあ皆さん試合頑張ってください!とRは朗らかに笑うとKを連れて青学のベンチから去っていった。
「なにやってんだよ乾〜!あれは怒ってたぞ〜。」
「ふむ…残念。読み誤ったか。有名な話だから信憑性は高いはずだが、事情は複雑らしいな。」
「菊丸、大石、お前たちが最初の試合だ。準備ができたのなら行ってくれ。」
手塚の言葉に乾から離れて菊丸が元気に応援席から出ていった。
大石は慌てて菊丸を追っていった。
「ねえ乾…。今のところどれくらいデータが取れてるの?」
「ん?ああ…仁王か。お前と一緒でなかなかデータは取らせてもらえない。もし取れたところで役に立つとはあまり思えないが…。」
「仁王じゃなくて…さっきの子たちだよ。」
「マネージャー?珍しいな。試合以外で不二がデータを欲しがるなんて…。」
「クス…少し気になってね。」
「真田に彼女がいるのがそんなに気になるのか。」
「まぁそんなところ。」
乾はクスクスと笑う不二の横顔を見てから、ゆっくりノートのページをめくった。
「RとKは前から仲が良かったそうだ。幸村に勧誘されて二年の春に入部。それからマネージャーとしての才能を発揮し始める。今ではテニス部に欠かせない存在だ。」
「うちに偵察に来ていたのは?」
「RとK。一回だけ真田が来ていたようだが…あれ以来は見ていない。Rはよく一人で偵察に来ているようが、最後までいるわけではなさそうだ。」
「最後までは見てない…?だけど、向こうが欲しがるデータといえばうちの手塚でしょ。手塚はシングルス1で最後に出ることがほとんどなのに…。」
「まあ偵察というのもどうなのかよくわからないな。柳がいるならデータはそれで完璧なはずだ。そう考えれば、偵察というより試合観戦に来ているんだろう。」
コートの方で歓声が上がった。
向こうはブン太、ジャッカルペアだ。
どうやらワンゲーム目はゴールデンペアが取ったらしい。
拍手をすると、不二は再び乾に目を戻した。
「試合観戦ね…。青学だけ?カメラを持って?」
随分と気にしている様子の不二に乾は好奇の目を向けた。
「気になる?」
「クス…さあね。」
「一つ教えてあげよう。」
「?」
「不二のファンクラブ会員から聞いた話だ。不二の試合時によくいる立海の子がいるのが気にいらないってね。」
「…………。それが、あの子だって…言うつもりなのかい?」
「可能性はある。立海の生徒で青学戦をよく見に来ている子なんかそういないからね。有益な情報だったかな?」
「どういう意味かな?」
「おや、勘違いだったかな。立海のマネージャーだと知る前から気になってたんだろう?あの子……Rさんが。」
不二はいつも通りの笑顔を浮かべるだけで何も言わなかった。
ただ静かに
「なんだ。知ってたの。」
と、肩をすくめて笑った。
「あー…疲れた。」
試合が終わってブン太とジャッカルがベンチに戻ってきた。
最後は逆転して、試合は7-5で立海が勝っていた。
「思ったより苦戦していたな。」
「当たり前だろぃ。菊丸ってやつ、俺様の天才的なボレーを返しやがったんだぜ?」
「菊丸が得意とするアクロバティックプレイはネット際のボールに強い。お前は必然的に菊丸の隙をついた場所にボールを落とさなければいけなかったはずだ。」
「お、おう…。」
その後ペラペラと理屈を解説し始めた柳の前でブン太は苦笑いを浮かべていた。
途中こっそり逃げようとしたが、話はまだ終わっていないぞと柳に肩を掴まれてしまいブン太は青ざめるしかなかった。
ブン太がかろうじて理解できた柳の言葉は、全国の前に当たっておくべきだだったとか、いいデータが取れたとかそんなものだった。
「柳生、真田、ダブルス1。行って。」
「行きましょう。真田くん。」
「うむ…。K…!」
真田はベンチでマネージャーの仕事をしていたKに声をかけた。
柳の話がプツンと途切れたのをいいことにブン太は柳の前にさっとジャッカルを押し付けた。
「K…見ていてくれ…。」
「………………。」
真田はうつむいたままのKを見て帽子をかぶりなおすと決意を固めたような目をしてKの横を通り過ぎた。
「弦一郎さ……!」
Kは振り返ったが、真田はもうコートに降りていった後だった。
「弦一郎さん…。」
ぎゅっと手に力が入る。そんなKを柳は静かに見つめていた。