「おはよーさん…。」

練習試合の朝、仁王は少し眠そうな表情で挨拶をした。
周りは朝独特の静寂に包まれている。
これから暖かくなるであろう柔らかな日差しに目を細めていると、作業から顔をあげてRが仁王の方を向いた。


「おはよう。珍しく早いね。」

「お前さんはマネージャーの仕事か?」

「うん。Kちゃんは向こうで…」

「R、」


仁王が呼び止めると、Rはギクリとした。
告白されて以来、二人はどことなくぎこちない。


「動きなさんなよ。」

「な、なに?なにしてんの?」


仁王は後ろに回るとRの頭に真っ赤に目立つスポーツ用のバンドをつけた。
幸村が試合時に額につけているのと同じようなものをただ頭につけている。
幸村のものより若干幅が広めのその赤を見てRは微妙な表情を浮かべた。


「どうしたのこれ…。仁王の趣味じゃなくない?」

「俺の趣味がわかるのはお前さんくらいじゃな。」

「…!」


気まずいのか照れているのか目をそらしたRに仁王は自然と笑いが零れた。


「似合う似合う。」

「似合わないわよ!取っていい?これすごく目立つよ。」

「駄目じゃ。俺がいいって言うまで…預かっといてくれんかのう。」

「預かるのはいいから外し…」

「寝癖がついとる。それで隠しんしゃいって心配りじゃ。いらんか?」

「う…。」


本当は寝癖なんてどこにもついてなかったが、Rは諦めたように大人しくそれをつけた。
それから時間に余裕があるのを見て、仁王は屋上に移動した。


さあてどうするかのうと仁王は苦笑いを浮かべた。
そりゃそうだ。


「わかってたとは思うけど…、これが明日のオーダーだ。」


昨日そう言って幸村が見せた対戦表には、シングルスの欄に仁王VS不二ときっちり表記されていたのだから。
この試合できっちりけりをつけろと幸村は言っているのだ。

今まで不二とは当たったことがない。データを取るのは困難を極めると参謀が顔をしかめていた程のプレーヤー。
テニスの技術的には不二の方が優れているし、前に柳生と入れ替わった時のような心理戦も不二にはあまり意味がないだろう。

つまり、最悪の相性だ。

本心を見せないところが自分を思わせて、仁王はさらにため息をついた。
たとえ負てもRを諦めるつもりは毛頭ないが。


「好きな女の前で負けたくはないのう…。」


仁王は澄んだ空を見上げた。
今日は絶好の試合日和だと呑気に思ったが、すぐに思考を戻した。

不二に有効な心理戦がないわけじゃない。
いや、きっとこれが鍵を握ることになるだろう。後は自分の能力が足りているかだが、仁王はダブルス専門で、向こうは両方の分野でそれなりの修羅場をくぐってきたプレイヤーなのだ。


「……。」


仁王はRを思い出して、苦い顔をした。


「返事は…ゆっくりでいい。」


告白するつもりはなかったけれど、あの曖昧な関係を崩すためには強行手段しかなかった。
情に流されやすいRに返事はゆっくりでと考える時間を与えれば、少しは気持ちが揺らぐはずだ。
後は不二を諦めさせることができれば。



屋上から眼下を見つめると、青学が部室の前まで来て幸村と真田と挨拶をしているのが見えた。
青いユニフォームの集団の中から爽やかな笑顔を浮かべている恋敵を見つけて、しばらく眺めた後に仁王は屋上を出た。



「久しぶりだね。手塚。元気そうでなによりだ。」

「ああ…。もう試合をして大丈夫なのか。」

「おかげさまで。今日は全国大会前の練習試合だ。お互い手の内は見せられない試合になりそうだが、いい試合をしよう。」

「ああ。」

「なにかあったらこの二人に言ってくれ。うちの優秀なマネージャーだ。」


RとKが軽く会釈すると手塚も軽く頭を下げた。その後ろから乾がズイと顔を出したが何事もなく終わった。
真田は手塚と挨拶をしたがっていたが、そこで会話が終了し「真田、行くよ」という幸村に逆らえず微妙な顔をしながら幸村について行った。



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