「そう、そうするの。」
「うむ。わかってきたぞ。」
「さすが弦一郎さん!!これでこれからは電話だけじゃなくてメールもできるね!」
「うむ。」
弦一郎さんは最近ケータイを買った。
お付き合いをしている女性がいるという報告を家族にしたところ、慌てふためくほど驚いた弦一郎さんの家族が新しいケータイを持った弦一郎さんと菓子折りを持ってうちの家までご挨拶に来た。
騒ぎを聞きつけたRちゃんもやってきて、一時は騒然としたものだ。
結局弦一郎さんのお兄さんがなんとかRちゃんを説得して、和やかに終わったけれど。
それから私は毎晩弦一郎さんに電話するようになった。
「真田。ちょっといいかな。土曜日のことだけど…。」
「ああ。」
弦一郎さんと付き合って考えるようになったけれど、幸村と弦一郎さんは仲がいい。
私は寂しがり屋だから、二人の間にあるどうしても追いつけない繋がりに妬いてしまう。
二人の後ろ姿を見ていると置いていかれたように思えて。
たまにものすごく不安になる。
そして大抵こんな日は、良くないことが起こるんだ。
「K。」
「うん?なに?」
「土曜日に青学と練習試合をすることになった。Rには朝に言っておいたから後でマネージャーの仕事について二人で話し合っておいて。」
「わかった。ドリンクは青学選手の分も一応控えておいた方がいいかな?」
「自分で持ってくるだろうけど、当日はかなり暑いみたいだ。一応多めに作っておいた方がいいな。後は…控え選手の観戦席が涼しいといいんだけど…。」
「確か倉庫にパラソルならあったと思う。後で確認してみる。」
「うん。頼んだよ。」
幸村はにっこり笑った。
この笑顔が苦手とは誰にも言えない。
「それから…Rのことだけど。」
「あ…。不二君…?」
「そう…。Rと仁王の関係は知れているけど、練習に身が入っていない選手がいるのはこっちにとって痛手なんだ。わかるね?このままの状態で全国へは行けない。悪いがRにははっきりさせてもらう。」
「でも…」
確かに最近仁王はあまり集中できていないように見えてたけど、それじゃあまりにRちゃんが可哀想だ。
「俺もこんなことは言いたくないが、部長として仕方がないんだ…。もしも何か起こった時は…頼んだよ。」
「うん…。」
幸村は少し寂しそうにフフ…と笑うと、部室の方へ歩いて行った。
途中弦一郎さんが幸村の隣に並んで、二人でまた私にはわからない話をしていた。
友達と私どっちが大事なの?とか、テニスと私どっちが大事なの?とか、言っても弦一郎さんが困るだけだ。
それでも拭えない不安が心を曇らせる。
いつもこんな時、Rちゃんが傍にいて励ましてくれたんだっけ。
朝練は仕事がばらばらだったし、今日は朝からRちゃんと話していない。
「K。」
「弦一郎さん。何?」
「今日の昼は一緒に食べられない。」
「ミーティング?」
「ああ。副部長としての責任がある。それから今日は部活の後少し残るから先に帰っていいぞ。」
「う…ん…。わかった…。」
それからは授業に身が入らなかった。
何かあったら悩みすぎちゃうところをよくRちゃんに注意されてたなあ…なんて考えながら、四限目の授業に出ていないRちゃんのぽっかり空いた空席を見つめた。
窓の外に目をうつすと、晴れた青空の向こう側には重たい雲が広がっていた。
弦一郎さんのことは大好き。
不器用で優しくて強くて、いつも私を思ってくれてる。
世の中には失恋する女の子なんていっぱいいるのに、付き合えて傍にいられてそれでも寂しいって言うのはわがままなのかな。
ぐるぐると考えていると目頭がじんと熱くなった。
だめだ。弦一郎さんだって頑張ってるのに私がこんなに弱いんじゃだめだよ。
Rちゃんに相談してみようかな……?
そう思って泣くのをぐっと堪えていると、幸いにも早めに四限目が終わった。
Rちゃんは多分屋上にいるだろうと考えて、私は自分の分のお弁当とRちゃんの分のお昼を持ってスタスタと歩いて行った。
私自身はいつもは弦一郎さんと教室で食べているし、屋上に来るのは久しぶりだ。
扉を開けて、屋上をぐるっと回ると壁を背にしてぼーっとしているRちゃんがいた。
「Rちゃん。」
「Kちゃん…。」
「どうしたの?」
「いや…なんでもない。」
首を傾げながらRちゃんの隣に座ると、沈黙が流れた。
とりあえずお弁当を出してRちゃんに握らせ食べるように促してみると、Rちゃんは無言で食べた。
Rちゃんは何か考えていると寡黙になるから邪魔しない方がいいと思って私も静かにお弁当を食べた。
(…弦一郎さん。今何してるのかなぁ…。)
所詮私の頭の中には弦一郎さんのことしかないのだと思う。
お昼休みが終わる頃、頭の整理が終わったのかRちゃんはいつもと変わらない様子になった。
私は当初の目的を思い出したけれど、チャイムが鳴ってしまったため相談できずに終わった。
「あ、そうだ。Rちゃん、今日一緒に帰れる?」
「いい…あ、ごめん…。今日は用事あるんだ。」
「そっか。」
「………。うふふ、真田は?」
「少し残るって。そんな怖い顔しないでよ…。」
「怖い顔って…。私が言うのも何だけどさ、真田待ってちゃいけないの?そりゃ夜遅くにはなっちゃうけど。」
「あ…うん。じゃあ…待ってみようかな。」
「何かあったの…?」
「別に大したことじゃ…ないんだけど…。」
「そう?じゃ、また後で聞かせて。」
Rちゃんはそう言うと教室に入って自分の席に座った。
すでに先生が来ていたので、私も慌てて自分の席についた。
あっという間に放課後になって、いつも通り部活が終わった。
「弦一郎さん。今日終わるまで待っててもいい…?」
「駄目だ。遅くなるだろう。」
「どうしてもだめ?」
「駄目だ。」
「一緒に帰りたいの…。」
「……。駄目だ。」
「真田。…すまない。お取り込み中だったかな。」
「かまわん。」
「………!!」
私を無視して、弦一郎さんは幸村と話し始めた。
私は動くこともできずに一人、二人の傍に立っていた。
「…というわけなんだ。」
「わかった。では今夜電話しよう。」
「…………!!!?」
「む、そうだ。K。お前は携帯電話には詳しかろう。」
「え…?」
「俺の携帯電話がどうも調子が悪いのだ。」
そう言って、弦一郎さんは私にケータイを見せた。
着信履歴が出てきてどう元の画面に戻ればいいのかわからなかったらしく、弦一郎さんは首をかしげていた。
「あ、あぁ…これはこうして…。」
わざとじゃない。偶然見ただけだ。着信履歴と発信履歴。
「げ、弦一郎さんのバカ―――!!!!」
「なっ!?どうした!ま、待つのだ!K!!」
私は荷物を抱えると泣きながら走って行った。
その横をRちゃんがすれ違って、弦一郎さんに猛突進していった。
「真田アァァ―――!!なに泣かせてんだコラアァァ!!」
「いやッ!!これはっ!違っ!」
着信履歴は私の電話ばかりだった。
発信履歴は幸村の電話ばかりだった。
弦一郎さんの、ばか。