「柳生?」

「あっ!い、いえ。なんでもありません。」


私は眼鏡をあげなおしてうつむいた。
女性の顔をじっと見つめているなど、失礼極まりない。こんなの紳士ではない。
黙々と図書委員の仕事をしながら、Aさんはさっきから本棚と向き合っている。
その隣で本を抱えて、Aさんに渡すのが私の仕事なのですが、先ほどからAさんの横顔ばかりに目がいってしまう。
Aさんはカタンと新刊の棚を並べ終えると私の方を見た。
思わずどきっとしてしまった。


「あのね…、何かあるなら見てないではっきり言って。」

「…すみません。」


しゅんと悲しそうな顔をした私を見てAさんはため息をついた。
あああ…心の中でさらにうなだれていると決定打と言える言葉をAさんは口にした。


「ねえ、柳生って私のこと嫌い?」










「…と、言うわけなんです。」


お昼休みに真田くんから部室の鍵を拝借し、中庭で昼寝の場所を探していた仁王くんを捕まえた。


「ほお…紳士がねぇ…」


部室の机に突っ伏して、私は泣く泣く昨日の話をしていた。
恋愛をしている私が紳士とはほど遠い態度をとってしまったとはなんて滑稽なのだろう。


「…青春だねぇ。」

「仁王くんは女性経験が豊富なようですし、なにかアドバイスをいただけないでしょうか。」

「女性経験が豊富て…身も蓋もない言葉じゃの。まあ親友のお前が悩んどるようじゃけぇ、アドバイスしてやらんこともない。」

「ありがとうございます!」


仁王くんはフッと笑うと私の肩に手をおき、耳元で熱っぽく呟いた。


「愛しとう…」

「……っ!!」

「これでいいんじゃ。」

「に、仁王くん!真面目にやりたまえ!」


私が慌てて怒鳴ると、仁王くんは肩を揺らして笑った。


「なんじゃ。できんのか。」

「しかし、そ、そのような馴れ馴れしい態度を恋人でもない女性にとるなど…。」

「それなら俺が代わりにやってもいいぜよ。変装すればバレることはないし、俺もちょうど暇じゃ。」

「困ります!」


仁王くんはじろりと私を見た。
その瞬間、私はカッとした。
肩に置かれていた仁王くんの手をはねのけて、私は眼鏡の奥から仁王を睨みつけた。


「君がそんな人だったとは知りませんでしたよ。そんな風に人の気持ちを軽々しく見ているから、あなたは恋人を大切にできないんです。」

「柳生。」

「失礼します。せっかくのお昼休みに呼び止めて申し訳ありませんでした。」


私は仁王くんに部室の鍵を押しつけると、荒々しく部室を出て行った。





図書委員の書庫整理は学校屈指の大仕事だ。
立海の図書館は他の学校に比べても広く、取り扱う文献は多岐に渡る。

図書委員を希望する生徒がいないのはそのためだ。
放課後や昼休みの時間を費やさなければならないカウンター当番でさえ面倒な仕事なのに。
だから、図書委員になった生徒でさえ書庫整理の時期は何かと理由をつけて図書室に寄りつかなくなる。
図書委員になるのは、じゃんけんで負けた生徒かよほどの本好きなのだろう。

彼女は明らかに後者だった。



「すみません。探したい本が見つからないのですが…。」

「題名とか著者とかわかる?」

「それが思い出せなくて…もう一度調べてからまた来ます。」

「内容もわからない?」


Aさんがあまりに嬉しそうにたずねるので、少し驚いてしまった。

隣のクラスの、顔と名前くらいは知っている、そんな程度の彼女の初めて知った一面を、素直に可愛いと思ってしまったのですから。


「わかった。」

「え…!」

「ちょっと待ってね。」


ほんの少し内容を、それも曖昧な記憶の話を聞いて、それでわかったというのか。
Aさんは何十もの本棚の列の中を迷わず進み、やがて一冊の本を笑顔で持ってきた。


「これでしょ?」

「ああ…これです。助かりました。すごいですね。あれだけの内容でこれだけの本の中から一冊を探し出せるのですか。」

「たまたまだよ。」


もう一度御礼を言うと、Aさんは少し照れたように笑った。

貴女のそういうところがすごく良いと思いました。
仕草と言いますか、雰囲気と言いますか…その、すごく好きだと。



それからよく図書館に出入りするようになって。Aさんの仕事を手伝うようになった。
ずいぶんと親しくなったと自分自身では感じていた矢先の言葉。


「私のこと嫌い?」


冗談めかして言われた言葉ではあったけれど。

「なぜそう思われるのですか。」

驚いてそれだけしか言えなかった。


「他の人と話してる時と私と話してる時の柳生、態度が違うんだもん。」


寂しそうに呟いたAさんに胸が締めつけられた。
「そんなことありませんよ。」という言葉も、「違いますね。」という言葉も、ここでは何の解決にもならない。

あなたが特別だからです、そういう言葉じゃないと。

チャイムが鳴って、「きっと私の気のせいよね。気にしないで。」とAさんが言った時、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


何もできない。

私はいつの間にそのような人間になってしまったのでしょう。




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