どうして人は片想いじゃいられないんだろう。



レンガの上に置かれたケータイが震えていた。
ケータイの上にうっすら積もった雪にランプの光が反射していた。
ここ一週間で聞きなれたクリスマスソングがあちこちから聞こえる。
聖なる夜というフレーズが聞こえて、そう言えば今年は部室でクリスマスパーティーをやらなかったことを思い出した。

マフラーすら冷たい。
ここに来てどれくらい時間が経っているのかわからない。
寒さのせいで感覚が鈍くなっていた。


「先輩…。メリークリスマス。」


呟いて見上げた寒さで澄んだ夜空に真っ白な粉雪が舞っている。
虚空にあがる白い吐息が妙に綺麗だった。







今年の秋ごろ、大好きなA先輩が俺にマフラーをくれた。
学校指定のものだったから、先輩の卒業記念に駄目もとでねだってみた。
俺はそれはもうはしゃいじゃって。
ジャッカル先輩からもあきれられるほど、俺は舞い上がっていたんだと思う。

A先輩みたいな人が彼女だったらいいのに。

俺が軽々しく口にした言葉に苦笑した先輩。
A先輩は柳先輩が好きなんだって知ったのはそれからしばらくしてのことだった。


「赤也くんはいい子だね…。」


ストレートに愛情表現をすることに何の疑問も持たなかった俺に、A先輩は少しずつ柳先輩のことを話し始めてくれた。
好きだからこそ何も言えない。
好きすぎて怖くて、好きすぎて何もできない。
本当に大切だから、たとえ自分がフラれたとしてもその罪悪感すら柳先輩に背負わせたくないこと。


「好きなら…好きだって言っちゃえばいいんスよ。俺だってA先輩のことすっげー好きっス。」


先輩は少し微笑んで、ありがとうと笑った。


それからしばらくしてもA先輩は何も変わらなかった。
季節はながれて雪が舞うような時期になった。


「赤也くん、25日一緒に遊ばない?」

「え…?」


A先輩は明るく振る舞った。


「だって先輩…、その日はクリスマスっすよ…?」


A先輩は柳先輩のことあんなに好きだったじゃないですか。
柳先輩が先輩のことをどう思ってるのかは知らないけど、気持ちを伝えるくらい絶対にした方がいい。


「告白してもこの気持ちは収まりきれないよ…。」


上手くいかなかったら、きっと想いが溢れて死んでしまう。
先輩は薄く笑って首を振った。
それから悲しそうな瞳をふせて綺麗な表情を俺に見せてくれた。


「もうこんなに苦しい恋はしたくない…。」


赤也くんと一緒にいると全部忘れて、自分らしく、楽しくなれるから…。
先輩の言葉に俺は何も言えなくなった。



待ち合わせ場所も時間も決めた。
デートコースも決めた。
プレゼントも買った。

だけど俺はその日そこには行かなかった。

準備をして待ち合わせ場所の途中まで歩いていたらふと足が止まって、そこからもう動けなかった。


「柳先輩のところに行ってください。」というメールを打って急いで送る。
柳先輩ならこの時間まだ学校にいて、昨日から冬休みになった学校の生徒会の残りの仕事をしてるはずだ。
きっと俺は今、あの日のA先輩のような表情をしているんだろうと思った。

先輩、俺頭悪ィからなんもわかんねーけど。
苦しいなら苦しい分だけきっとその恋には価値があったってことなんスよ。



ケータイの振動で雪がはらはらと落ちた。
ケータイの着信を知らせていたランプがふと消えた時、目の奥が熱くなって俺はマフラーに顔を埋めた。



「せ…んぱい…、……っ。」



苦しいと言った先輩をさらに苦しめようとする俺をA先輩はどう思いますか。
今まで好きだ好きだとうるさかった俺が急に突き放すような態度を取ったこと、A先輩はどう思いますか。
#A先輩、好きだという気持ちをそのまま行動に移す俺が、先輩から学んで初めてわかったことがある。

好きっス。大切っス。めちゃくちゃ幸せにしてやりてぇ。
だから、この手を離した。
大人の譲歩…とかって言うと語弊があるけど、初めて俺が自分から身を引いたってこと先輩は気づいてました?

二人一緒にいることが、自分も相手も全てが一番満たされる方法なんだと今までずっと思ってた。
けどA先輩の心を全部埋めることなんて、俺にはできなかった。
だから俺が先輩にしてあげられることってなんだろうって足りない頭で必死に考えたんです。
たとえ俺の幸せを代償にしても。


「待ってる…。」


柳先輩とキリがついたら、俺のところに戻ってきてください。


「それまで待ってます…。ずっと待ってるっス…。」


俺は涙を乾かすように上を向いて微笑んだ。
ケータイを握り締めた指先がかじかんで微かに震える。


『赤也くん!』


俺はA先輩に恋をして、心を引き裂くような痛みを知った。
一度は苦しさから背を向けたA先輩の肩を支えて、今度は一緒に前を向きたい。


『赤也くん…!どこいるの!?赤也くん…!!』


たった五秒間程度の留守電を何度も流しながら未だ雪の降り続く空を仰ぐ。
いつも不器用なことしかできないけど、A先輩の声が聞こえるケータイがこれ以上凍えてしまわないように優しく両手で包み込んだ。


今夜の雪A先輩みたいに少しだけ温かい。






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