やってしまった。

私の視界はぐらりと揺らいで定まらない。
思った以上にお酒が回るのが早かったのは、グラスが空にならないうちに先輩が「まぁ遠慮しないで〜」とどんどん注ぎ足したからだ。
遠慮したお酒は1グラムもなかった。うぇ。やばい。頭が霞む。
入江先輩の個室は広くて、中央に置かれたソファは二人が並んで座ってもまだ大分余裕があった。
きちんと座っていたはずの姿勢は少しずつ崩れ、背中をソファに預けたまま、揺れる視界に眉をひそめた私に気付かないふりをして、入江先輩はグラスを傾け、アルコール度数が馬鹿みたいに高いお酒に口をつけて、笑った。


テニスの練習試合が終わった後、入江先輩、鬼先輩、徳川くん、私の四人で入江先輩の部屋に集まった。
最初は練習メニューや、中学生たちの才能について真面目に話し合っていたのだが、どこからお酒が入ったのかはわからない。
十中八九、入江先輩のせいだろうが、真っ先に未成年の飲酒について厳しそうな鬼先輩は、見た目に反してお酒に弱かった。
間違えて飲んだ一口目で泥酔したのか、先ほどから子供のようにぐずついていて恐い。


「中学生からは睨まれるしよ、だから、だから、もう明日の練習行きたくないんじゃあ〜!」

「鬼先輩、もうやめてください…!」

「あっはははは!」

「入江先輩、声でかいです!」

「ん〜?なんだって?聞こえなーい!」


ケラケラと笑う入江先輩も心なしか顔が赤い。
徳川くんは先ほどから終始無言だ。ちらりと見ると、白目を向きながらひたすらラケットの手入れをしている。
駄目だ。助けを呼ばないと、徳川くんと鬼先輩の何か大切なものをなくしてしまう。


「入江先輩、電話貸してください。」

「え〜?なんで〜?」

「鬼先輩と徳川くんが限界なんです!」

「大丈夫だよぉ〜。二人ともちゃんと起きてるじゃん。」

「よし、そこに座れ。その頭と眼鏡わってやる。」


どうせ酔っ払いだ、と先輩への敬意を忘れて油断した瞬間、入江先輩の目が一瞬光った。
ギクッとしたが、それは本当に一瞬のことで、入江先輩は相変わらず酔った顔でふにゃりと首を横に傾げた。


「Aちゃん、あんまり飲んでないね?」






アルコール度数の高い酒瓶が空いていく。
途中で誰か先輩が来て、小言を言いながら徳川くんと鬼先輩を引き取っていった気がするが、入江先輩に煽られて飲んでいたせいで、私の視界は完全に回っていた。


入江先輩。
テニスの世界ではかなり有名なテニスプレーヤーで、性格の悪さでも有名人だ。テニスのプレイスタイルにもその性格が表れている。
実は、一週間ほど前、私は入江先輩に告白をした。
どうしてこんな性悪を好きになったのか、他にも沢山いるだろうに、と最初は自分でもかなり葛藤したけど、やっぱり入江先輩を見ると好きだと思ってしまうのだから仕方がない。


「ごめんね。」


柔らかく、申し訳なさそうに、入江先輩は謝った。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。抑えきれずに眉根を寄せて俯くと、一瞬で目に焼きついた入江先輩の困った顔が頭の中に浮かんで消えてくれなかった。


「今はAちゃんのこと、なんとも思ってないよ。ごめんね。」


きっぱりした答えだった。
入江先輩は何かと私にかまってくれたりしていたので、もしかしたら入江先輩も私のこと…なんて思っていたのが、恥ずかしい。私はフラれたのだ。
次の日から合宿が気まずくなってしまうと落ち込んでいたが、入江先輩はまるで何もなかったかのように話しかけてきた。

ただの後輩でも、いい。

こんなに長い一週間はなかったと思う。
私は無理やり、一週間で心の整理をつけた。告白や好きな気持ちもなかったことにして、私は、入江先輩を忘れた はず な の に


私は回らない頭で、なんとか酔っていないふりをするしかなかった。ソファに沈みながら、入江先輩の隙を伺う。


「入江先輩は、明日お休みですよね?何するんですか?」

「買い物に行ってもいいけど、やっぱりテニスの自主練かな?」

「せっかくの休みなのに…。」

「Aちゃんは、明日は何か予定があるの?」

「はい。友達と遊びに…明日は忙しいんです。そういえば、今何時ですか?」

「10時半過ぎたところだよ。」

「もうそんな時間なんですか。そろそろ部屋に戻らないと…。」


私は自然な流れで自分の鞄と上着を探した。入江先輩の横にあったそれに手を伸ばしたが、腕を掴まれ体を起こされた。


「……っ」


目眩で力が抜ける。


「あれ、Aちゃん?大丈夫?」


白々しい。相変わらず嫌な性格だ。
入江先輩が手を離すと私の体はソファと同じ材質の大きな肘掛けに真横に傾いだ。ひんやりとしたソファが左頬に気持ち良い。
顔の前に入江先輩が手をついたのでソファが少し沈んだ。
上から覗き込むようにして、入江先輩が私の髪をはらったついでに、首筋と耳を髪の先が撫でられて、ぴくっと反応してしまった。


「あはは、顔真っ赤。そんなに飲んでたっけ?」

「先輩が飲ませたんじゃないですか…。」

「人聞き悪いなぁ〜。」


閉じそうになる目で睨むと入江先輩は楽しそうに笑った。


「本当に酔うなんて、男をナメてるとしか思えないよ?」

「んん…」

「あーあ、重症だね。水は?」

「…いいです。」

「わかった。ちょっと待って。」


意地を張った私を無視して、入江先輩は水が入ったコップを持ってきた。私はもたもたと体を起こすとコップに口をつけて、


「……ッ!?」


一口飲み込んでしまった。
お酒だった。アルコールで喉が焼ける。
騙した入江先輩は隣で笑い転げていた。
くそ。この悪魔。挫折しろ。人生で挫折しろ。月曜日朝練に寝坊しろ。火曜日タオル忘れろ。忘れて汗くさくなれ。
いつもなら噛みつくのに、今は呂律が回らない。私は入江先輩から水を奪い取って、今度はきちんと匂いを確認してから飲み、また肘掛けに上体を預けた。


「ごめ〜ん。好きな子の酔ってる姿見たら、ついね。」

「…ん、…え?なに?」

「さあ?酔った子には教えてあげない。」

「え?」

「ねぇねぇ、ボクにフラれて、悲しかった?」


笑いながら、何を言ってるの、この人は。

歪む視界に目を細める。頭が痛い。もしかしたら、私の想像なんかよりも遥かに、入江先輩は歪んでいるんじゃないだろうか?
先輩が私の太ももを撫でた。鈍い手でなんとかその手をはらうと逆に掴まれた。


「ボクって好きな子は虐めたくなっちゃうみたいで。キミってホント、可愛いよ?」

「・・・・・・ッ!」


入江先輩は私の体を転がして仰向けにさせた。私はせめてもの反抗で先輩の足を蹴ったが力はほとんど入らなかった。
弱々しい抵抗を止めない両手を万歳の格好で固定される。わき腹を撫でられて小さい声が漏れた。


「ひ……ぁ、…。」

「チッ。飲ませ過ぎたかな。」


私の鈍い反応に先輩がぼやいた。
今、舌打ちしたのは聞き間違いじゃない。


「明日何も覚えてないとか言われたら、さすがに困るんだよね〜。」

「…、全部忘れた…。」

「ああ、なーんだ。頭は回ってるようだね。じゃ、いっか。」

「よくな…、ン…、む…!」


唇が落とされ、息を飲み込むようなキスをされた。酸素を求めて開いた唇の隙間から舌をねじ込まれた。


「ん……、っ…」


咥内を好き勝手に蹂躙する舌をわざと噛んだが力が入らずに甘噛みにしかならなかった。
それでも動く舌を噛みながら、うっすらと目を開けると部長が獰猛な目を細めたので悪寒がした。どうやら逆に煽ってしまったらしい。


「う、…、んん…」


長いキスに抵抗する気が失せる。入江先輩は私のシャツのボタンを外し始めた。


「まだ寝ないでね。」

「はぁ…は…先輩…。」


うわごとのように呟くと部長は私の額にかかった髪をかきあげた。


「最低です…。」

「あはは。」


部長の手が頬に触れた。お酒で火照る顔に少し冷たい部長の手が少しだけ気持ちよかった。


「幻滅した?」

「……、入江先輩…?」

「フッたのも、酔ってるふりしたのも、キミのことが本当に好きだから、恥ずかしくて、どうしていいかわからなかったんだよ…。ごめんね。」

「……先輩。」

「ん?」

「それは嘘ですよね。」

「あはっ、バレちゃった?」

「もう嫌だこの人ー!!告白撤回します!部屋に帰らせてください!」

「え〜?なんで?」

「私、本当に、先輩にフラれてめちゃくちゃ傷ついたんですからね!」

「うん、知ってるよ?」

「知ってるよじゃねぇぇぇ!!」

「困ったなぁ。ボクはちゃんと、“今は”って言ったのに。」

「先輩、恋愛はタイミングなんです。」

「タイミング?そっか、それじゃあ、こうしよう。Aちゃんが告白を撤回するって言うから、今このタイミングでボクは、キミの体から落とすことにするよ?いいよね?」

「え…?は…?」

「改めて、ボクから言うよ。」


ソファから落ちていた私の右足を撫で、背もたれにかけると入江先輩の前で大きく両脚を広げる形になった。スカートがめくれる。とっさに左足を閉じようとしたが、足の付け根を押さえられてあっさりソファの下に落とされた。
付け根にある筋を親指で上下にぐりぐりと押され、反射的に腰が動いた。


「っ…!や…ぅ…!」

「ボクと付き合ってよ。退屈しないよ?」


目をつぶって、嫌だと口を動かすと入江先輩の大人びた笑い声が聞こえた。






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