「Aー。」
「ようやく起きたの?ジロー。もうみんな帰っちゃったよ。」
「うわ、本当に誰もいないC〜!」
今日の部活の日誌をまとめていた私と、部活が終わってから力尽き部室で眠っていたジロー。
ぐっすり眠って目が覚めたのか、ハイテンションなジローが私の隣に寄って来た。
跡部は用事があると言って先に帰ってしまったため、今部室には二人しかいない。
机の上に置かれた鍵が、窓から差しこむ夕日に反射していた。
「私もそろそろ帰らなきゃ。」
「じゃ、一緒に帰ろー。」
「あ、ごめん。寄るところあるから…。」
そう言ってカバンを取って立ち上がった私の後ろで、ジローが低い声を出した。
「ねえ、彼氏いるってまじまじ?」
部誌を持つ手に自然と力が入った。
覚醒しているジローは、少し苦手だ。
昼間みんなと居る時はあんなにほのぼのした笑顔を浮かべているのに、日が落ちると途端に何を考えているのかわからなくなる。
夕方になれば自力で帰るだろうと、ジローを残して帰った跡部を今は恨めしく思った。
私は気まずい雰囲気を作りたくなくて、明るく笑って誤魔化そうとした。
「あはは。なんでそんなこと聞くの?」
「ふぅん。いるんだ。」
私は足早に出口に向かった。
「また明日ね。鍵、お願いね。」
「待ってよ。」
ピタリと足が止まった。
部室に沈黙が流れ、外から聞こえる帰宅途中であろう生徒の笑い声が遠く響いていた。
ジローが椅子から立ち上がる音がやけに耳についた。
(……違う。)
自分の意思とは無関係に、焦がれていく。
肩や背中に、他人の温もりがじわりと浸蝕していった。
「Aのさ、待ってって言われて待っちゃうところとか、」
(こんなの、違う…。)
「俺、すごく好きなの。」
妖艶な笑顔を浮かべて、ジローは私の耳に唇を寄せた。