仁王の親友柳生は現代社会でも見ないような模範的な紳士だと思う。
例えばポケットには一つのポケットティッシュに一枚のハンカチを常備しているし、ネクタイが曲がってるところは見たことがない。
この男とは全く正反対なのに、何がそんなに気が合ったのか。
未だにこの二人はかなり謎に包まれている。

仁王が謎だらけなのは元より、私にとってはむしろ柳生の方が謎だらけだと思う。




「おはようさん。」

聞き慣れた声が後ろから降ってきて、振り返ろうとした時にスカートに違和感を感じた。


「ちょ、なにしてんのよ!」


スカートのポケットにごそごそと入ってくる仁王の手をむりやり引き抜こうとすると、仁王は私の耳にふっと息を吹きかけた。


「ぎゃあ!」

「色気がないのう。」


ククッと笑う仁王をキッと睨みつけて耳を制服の袖でごしごしと拭った。
それからパンパンになったポケットからその原因を取り出す。


「ポケットティッシュ…三個…。」

「朝配ってるのもらったんじゃ。お前さんにやる。」

「いらないわよっ!」


私の頭を撫で回す仁王の手をはねのけてティッシュを押し返そうとしたが、「相変わらずラブラブだよなお前ら」というブン太の声に条件反射で振り返った後、もう仁王の姿はどこにもなかった。


「仁王!クッ…あの詐欺師〜!!」

「あ〜あっちぃあっちぃ!」

「だから私と仁王は付き合ってるわけじゃないんだってば!」


ブン太は手でぱたぱたと扇いだ。
その横でジャッカルが苦笑いしている。


「もう…こんなにいっぱいティッシュどうすんの…。」

「いらねぇんならもらってやるぜ…ジャッカルが。」

「俺かよ!」


見事なツッコミが決まってちょっと爽やかな感じのジャッカルとガムを膨らますブン太を交互に見つめて、私は首を横に振った。


「あいつが道端で配られてるティッシュなんか貰うわけないじゃん。これは私が持ってなきゃいけないんだと思う。」


ブン太はへえと間の抜けた声を出した。


「よくわかってんじゃん。彼氏のこと。」

「だから付き合ってない!」


私は一喝するとブン太とジャッカルを廊下に残して教室へと入っていった。


仁王と私は確かに仲は良いし仁王の詐欺に面白がって私が加担することもある。
でもこれは三年間クラスが一緒だったから自然とそういう関係になっただけで、けっして付き合ってるわけじゃない。
なぜか色んな人に誤解されているらしく、女子生徒の恐いお呼びだしをくらうこともしばしばあったのだが。

席について当の仁王を見ると、仁王は隣の席の男子と笑いながら話していた。


(ん…?)


朝も思ったけど、仁王の様子が少しおかしい。
付き合いが長い私だからこそわかる。
あれは仁王が何か考えてる時の顔だ。

昼休み、仁王は私のところに来てニヤリと笑った。
私はため息をついてこいつについて行く以外この時何ができただろう。





「図書室に何かあるの?」

「さぁて。」


仁王は図書室の鍵をチャリンと鳴らした。


「合い鍵だよねそれ。また勝手に作ったの?」

「さぁて。」


仁王は楽しそうに笑っていた。
ふわりと跳ねる銀色の髪を見ながら、私は軽くため息をついた。
口笛を吹きながら仁王が鍵を開け、その後から私も図書室に入る。
一応こっそり図書室に入るわけだし、図書室の鍵は閉めておいた。


「仁王、そろそろ教えてくれてもいいでしょ?」


仁王はポケットからまた違う鍵を取り出して、不満げな私の方を振り返った。
目を横に流してからフッと笑いを漏らす。
仁王独特の笑い方に私は少しどきりとした。
初めて会った時も、こんな、感じだったっけ。


「なに企んでるの?」

「おー…図書室にのう、いい女がおるんじゃ。図書委員で仕事もできる。真面目で可憐な美少女っちゅう感じかの。」

「は?なによそれ。ノロケ?」

「違う違う。そんな顔しなさんな。…こういうのは柳生の好みじゃけえ。」

「柳生…?」


仁王の口から飛び出した彼の相方の名前に私は首を傾げる。
じっくり考えてみても仁王が何をしたいかはさっぱりわからないけれど、企んでいるのはきっと柳生のための詐欺なんだろう。

飄々として掴みどころがない仁王。
それでも誰かのことになると良い方へ転がるようにと物事を運ぶように考えてあげられる人だ。
そこから自分の利益も忘れずに取っていくのはちゃっかりしているというかなんというか。
表立たないように動くのが好きだから、それこそ人に気づかれないことの方が多いけれど。

素直じゃない。

仁王を理解するには時間が必要で、仁王は理解してくれる人間を大切に受け入れようとする。
私よりも先に受け入れられた柳生は、仁王にとって大事な存在。

大事な、存在。

(じゃあ…私は?)



「なにこのモヤモヤ感…」

「ん?」

「なんでもない。」

「…まあいい。A、こっちじゃ。」


仁王は私に手招きをした。
さっきの鍵は書庫の合い鍵だったのかと、私は扉の上の書庫と書かれたプレートを見て納得した。
中は電気をつけても薄暗く、本が日焼けしないように必要最低限の小窓しかない。
その上窓には分厚いカーテンが掛かっていた。


「仁王、なにしてんの?」

「下見じゃ。ここに来たのは久しぶりじゃけえの。」

「…いつ来たんだよ。仁王ってやっぱりよくわかんない。」

「そうかのう?お前さんはよーくわかっちょるよ。」


仁王は本棚の横から少し顔を出してこちらの方を見ると嬉しそうに笑った。

(…仁王ってたまに可愛いことするよね。)


「なに笑っとるんじゃ。」

「うあっ!」


くすくす笑っていると、いつの間に回ってきたのか仁王は後ろから私を抱きしめた。


「ちょ、くすぐったいって、…っ!仁王っ!」


ガタガタッと大きな音をたてて、一つ本棚が倒れてきた。


「A!!」


仁王は私を抱きしめて本棚からかばった。
本棚に押されるようにして、何冊かの本と共に二人一緒に床に倒れ込む。
頭は仁王のおかげで打たなかったが背中を床に打ちつけてしまった。





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