「A…何しちょる…。」
「ごめん…!」
Aはうつむいて恥ずかしさをごまかしていたが、その動作は逆に動揺を表していた。
真っ赤な顔をして小さな声でAは何度も謝った。
特に用もなかったが、部屋にAを呼んだ。
休日暇ならよくそうするのは幼馴染みだから当たり前と言うのは建て前で、単に自分がAと一緒に居たいからだ。
今日もいつものようにAが来て、俺が床の上に転がって雑誌を読んでいた時にそれは起こった。
「仁王……。」
「なんじゃ。」
「その…先に謝っとく。」
「は?」
いつもと違う様子のAに目を向けると、うつむいたまま震えていた。
「A?」
名前を呼ぶとAはキッと俺を見た。
一体どうしたと言う視線を投げかける前に、Aはうつ伏せになって雑誌を見ていた俺の肩に手をかけた。
「ちょ…お前さん…っ!」
Aはそのまま足を跨いで俺の背中に乗っかった。
一瞬で背中に集中する神経をなんとか理性で抑えようと急いで意識を違う方向へ持っていく。
そうじゃこういう時は素数を数えるんじゃ。円周率でもいい。原子記号でもいい。
とになく何か、と俺は目を見開いて頭の中で数字を羅列したが、背中から伝わる甘い感触に挫けそうになった。
こんなに焦ったのはいつ以来だろう。
詐欺師の俺のこんな様子を見れば丸井や赤也なんかは大笑いしてくれそうだ。
テニス部の連中が嘲笑う様を想像して、真田の顔が出てきたところで、俺は冷や水を打たれたかのように一瞬で落ち着きを取り戻した。
驚くべき真田効果だった。
「A…?何しとるんじゃ…?」
恐る恐る訊ねると、Aは羞恥に耐える震えた声で、え?と返した。
Aも同じように思考が飛んでいたらしい。
「わかった…。頼むからせめて説明してから乗ってくれんか。」
「ご、ごめん!ほんと変な意味じゃなくてね!これ幸村の罰ゲームなんだよ…。」
「幸村…?」
テニス部一不吉な名前にげんなりした。
そう言えば、この間幸村とのゲームに負けて罰ゲームという名の命令を受けたと赤也とジャッカルが嘆いていたような気がする。
いつものことだと気にしていなかったが、もしかしてその余波なのかもしれない。
確か赤也への命令はブン太のガムを指で割ってくることで、ジャッカルへの命令は真田に膝カックンをすることだった。
命令をきいても背いても殺されると赤也が頭を抱えていた気がする。
「ご、ごめんね…。」
「いい…。幸村の命令なら仕方ない。」
俺は溜め息をつくと、Aに好意を寄せている自分を見越してだろうと幸村を呪った。
いや、ここは素直に感謝するべきなのか。
「仁王…それで、あのね、言いにくいんだけど…。」
「なんじゃ…まだあるんか…。」
「仁王のケータイで写メを取って…幸村に送ってくれない…?」
うぅとAが小さく呻いた。
俺の背中に乗ったままそんな声を出しなさんなと言いたかったが、喉元で必死に抑える。
「悪趣味やのう…。」
俺は元気なくうなだれて、ケータイを取るとカメラ機能を始動させた。なにが悲しくてこんな写真を取らければいけないのか。
カメラをこちらに向けたまま、その手がピタリと止まる。
「ちょ、早くしてよ…。」
「なあA。」
「なに…?」
「俺と幸村と、お前さんはどっちに従いたい?」
「は?何よ急に。」
「いいから。答えんしゃい。」
「どっちもどっちだよ…。でも、まぁ…仁王かな。幸村の命令って命いくつあっても足りないし。」
「決まりじゃな。」
言うが早いか、俺はガバッと起き上がった。
バランスを崩すAの手を引いて、自分の腕の中に収めた。
「うわっ!仁王!」
抵抗するAを押さえて、ケータイをすぐ横の机の上に放り投げた。
ガシャンと音をたてるを見ながら、Aが非難の声を上げた。
「ケータイ壊れるよ!」
「ああ、もう。わかっとるから、こっち向きんしゃい。」
俺はAの顎をすくうと自分の方を向かせた。
戸惑いながらまだ弱く抵抗するAを可愛いく思いながら、そっと唇を合わせた。
ビクッと震えてからAの抵抗が更に弱まるのを見計らい、口付けを深いものに変えていく。
カシャリ、とその場に不似合いなシャッター音が鳴った。
目を見開いて、Aが慌てて唇を離した。
「仁王…っ!?」
「送信、と。」
カチリと一押しで今し方撮影した写真が幸村に送られていった。
Aは顔を真っ赤にして唇を押さえている。
俺がAを見てニヤリと笑うと、Aは俺のケータイを取り上げようと手を伸ばした。
「信じられない!馬鹿!」
「まぁ待て。」
俺はAの腕を掴んで、制止させた。
「イヤアァ!明日から一生幸村にからかわれる!」
Aは半ば叫ぶように俺に言った。
俺はフッと笑うと、Aをゆっくり押し倒した。
驚愕して声の出ない様子のAの首に顔を埋めながら、ケータイの着信音を遠く聞いた。
「仁王、ゲームしないか。」
爽やかな笑顔で笑う幸村に笑顔を返した。
「そろそろ来ると思っとった。」
「そうか。いい覚悟じゃないか。」
この前はずいぶんな物を送ってくれたなと幸村の目が言っていた。
詐欺師と呼ばれる俺でもこの目には畏怖を覚える。
「幸村、ゲームはフェアにいかんとな。」
「何が言いたい。」
「そのゲームをやるかどうかを決めるゲームをせんか。」
「つまり、仁王が負ければ俺が提案したゲームをやるということか。」
「俺が勝てば、そのゲームは断る。」
幸村はしばらく思案した後に手をあげた。
「降参。今回は詐欺師に免じて引こう。」
「ありがたいのう。お前さんの罰ゲームを受けるのは御免じゃ。」
幸村はフフと笑うと、廊下にブン太の姿を見つけてそっちへと向かった。
やあ、と爽やかな挨拶をする幸村を見て、ブン太は「ゲッ!幸村!」と青ざめている。
少し前に粗相を働いた可愛い後輩を殴って、幸村の罰ゲームの噂を聞き出していたようだ。
その横を通って、俺は愛しい恋人がいるクラスに向かう。
「感謝しとる。」
そう言うと、幸村はどういたしましてと笑った。
ブン太は理解不能な顔をしていた。
翌日、「マジで頼む!!」とポッキーゲームをブン太がAに強制しているところに、タイミング悪く部室へ入ってしまった。
ブン太の頭に軽くゲンコツを落としたところで、やっぱり幸村だけはな…と落胆した。
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