静かに堕ちていく太陽は夕闇滲むこの時間、闇から逃げるように身を隠し始める。
首を真綿で締めていくような息苦しさを感じる朱色の空間で光を浸食していく暗闇は、俺の心のように深く、そして一度浸かってしまえばこれ以上ないほど安心した。
「お疲れさまでーす!」
跡部さんの呼びかけで部活が終わるとAさんが疲れきった部員に元気な声をかけた。
疲労していた部員も顔をあげて笑顔を浮かべる。
俺は静かにラケットを持つ手に力を入れた。
レギュラーの練習は他の部員とは比にならないくらいつらいけれど、弱音を表に出すレギュラーなんていない。
これくらいなんてことない。
それがどうだろう。この様だ。
そんな部員にAさんはわざわざ声をかけて回る。
マネージャーの仕事だからだとわかってはいてもこの瞬間が一番つらい。
それ以前にこれは優しくて無防備なAさんの性格なんだ。
「みんな今日も頑張ってたね!」
「これくらい大丈夫だって〜!」
「Aちゃんこそマネージャーお疲れ!」
「Aちゃんがいるとやっぱり気合い入るよなー。」
「俺、Aちゃんみたいな彼女が欲しい!」
黒い感情が全身から滲み出ていく。
苛ついてしかたない。
わかっていたんだ。
これは嫉妬だ。
それも深い。
俺はみんなが部室へ戻ろうとする波に一人逆らって、Aさんのもとへ近付いて行った。
まだAさんの周りには数人、部員がいた。
「Aさん。」
「長太郎。」
「少し話があるんですが、いいですか?」
「うん。」
「すみません。先輩方。」
Aさんの周りにいた部員に謝ると、先輩たちは笑顔で気にするなという動作をしてから部室に戻って行った。
「長太郎、話ってなに?」
「ここじゃちょっと…。向こうに行きませんか。」
俺はAさんの腕を掴んで強く引っ張った。
「ちょ…た…?」
不安そうにするAさんに冷たい視線を一線送り、俺はAさんを連れて歩き出した。
部室から離れて、グラウンドの隅にある人気のない体育倉庫裏へと入り込む。
強く壁に押し付けると、Aさんの瞳が恐怖に揺らいだ。
「長太郎…。」
「何度言えばわかるんですか?ねぇ、俺、言いましたよね。」
俺とAさんは部内でも公認の恋人同士だ。
喧嘩なんかしたこともない極めて温和な恋人同士に見えていただろう。
実際は、こんなことが稀じゃない。
心が痛いのは、嫉妬からか罪悪感からか、もう俺には判断がつかなくなっていた。
ただわかるのは、俺はAさんのことが好き過ぎてどうしようもなくなってしまったということだ。
「ごめん…。」
「わざとやってるんですか。」
「わざとなんかじゃ…!」
俺の機嫌が悪いのがわかると、Aさんは悲しそうに俺を見つめた。
その瞳を避けるように、俺はAさんに噛みつくようなキスをした。
「ん…!」
「そんな顔して…Aさんはそうやって他の男も誘うんですか。」
「ちが…っ!そんなことしないよ!私は長太郎のことが」
「脚開いて。」
Aさんの首筋に唇を寄せながら、Aさんの声を遮るように低い声で呟いた。
「え…?」
「脚を開いてって言ったんですよ。聞こえませんでした?」
強く吸い付けば、白い肌に鮮やかな赤い跡がついた。
微笑みを浮かべてAさんを見ると、Aさんはびくりと震えた。
「なんで…」
「脚開いてくれないとできないじゃないですか。」
Aさんの顔を見ると、Aさんは泣きそうな顔で俺を見返した。
「いや…。」
「へえ?俺とするのが嫌なんだ。普段あんなによがってるのに。」
「そ…、そういうんじゃなくて!ここ学校だし…誰か来たら…。」
「見せつけてあげればいいじゃないですか。なんなら部室でしますか?みんなまだいるし。」
Aさんの腕を掴んで今度は部室に引っ張っていこうとする俺をAさんは必死で止めた。
綺麗な涙がAさんの頬を一筋伝う。
「長太郎…、長太郎…っ。」
泣き出したAさんの肩を再び強く壁に押し付けて唇を奪った。
震えるAさんの左脚を手で持ち上げると俺の膝にかけて壁についた。
抵抗するAさんを無視して、脚の中心に手を伸ばす。
「…っ!あ…!」
「濡れてる。Aさんはむりやり犯されるのが好きなんですね。」
「あ…っちょ、長太郎…っ!」
やめて、とAさんは凍えるような小さな声で呟いた。
「………。声、抑えないと聞こえちゃいますよ。」
Aさんの言葉を無視して、俺は既に湿った下着をずらして横から指をいれた。
さっきのは、ただのくだらない冗談だ。
誰が他の奴なんかにAさんを見せるものか。
表情も声も、これは全部俺のものだってAさんにも教えてやりたい。
まだ濡れ始めたばかりのそこに強引に指をねじ込むとAさんは眉間にしわを寄せた。
それにすら愛おしさを感じながら、もう熟知している中の性感帯をぐっと刺激した。
「ん…あ、ぁ…ん…っ!あ…」
「わかりますか?いやらしい音。」
俺はわざと音をたてるように指を動かした。
ぐちゅぐちゅと粘着質な水音が蜜が溢れるそこから小さく響く。
Aさんは顔を真っ赤にしていた。
もう力が入らなくなった身体がガクガクと震えている。
俺はジャージのズボンを少しだけずらして、俺の膝にかかっていたAさんの片脚を腕で持ち上げ、すでに首を持ち上げていたそれを一気に挿入した。
「うっん…っ!は…ぁ…ぁ、」
普段ならもっと馴らしてから入れるのだけど、そんな余裕はなかった。
必死に深呼吸をして痛みを和らげようとするAさんの体は震えていて痛々しい。
何もかも痛い。心が痛い。痛くてたまらない。
「あ…っ!ひっ、う、あ…っぁ…痛…!」
急に一気に差し込まれた痛さに、Aさんは上半身をそらして俺を押しのけようとした。
暴れる手を掴み、腰を引き寄せて、更に奥までググッと進める。
狭い膣の内壁を標準よりも大きめのそれがむりやり広げていく感覚にAさんはぎゅっと目を閉じた。
「ちょ…たぁっ!んっあっ!」
「入りましたよ。ちゃんと奥まで。」
そう言って奥を掻き回すように動くとAさんはビクビクと震えた。
上気した顔で涙ぐむAさんを見て微笑むと、俺は下から突き上げるような律動を開始した。
ドッと突き上げるたびにAさんの身体が少し浮いた。それに合わせてAさんは甘い喘ぎ声をあげた。
「あ…っあぁっ!あ…んぅ…!」
「Aさん…っ。」
自分も限界が近いことを悟ると俺は律動をさらに速めた。
ぬぷぬぷと抜き差しされる結合部からぬめりを帯びて光りながら愛液が地面にまで垂れていた。
「あっ…あっあぁ、…!!」
最後にガクンッと強く突き刺して中をぐちゃぐちゃに掻き回すと、二人同時に達した。
「…ちょう…長太郎……。」
ずるりとそれを引き抜くと、Aさんはぎゅっと目を閉じた。
中から抜けていく感覚が苦手なのか、Aさんはいつもそうする。
Aさんは涙が溢れる瞳を静かに閉じたまま、小さな嗚咽を繰り返して俺に縋りついた。
力が入らないAさんの身体を引き寄せると、俺はぎゅうときつく抱きしめた。
「長太郎…。」
「謝りませんよ。」
細い肩に顔を埋めて、自分の中の暗闇を生温い風で満たしていく。
「謝りませんから…。」
こんなに酷いことをして、Aさんをたくさん泣かせた。
それでも俺はきっとこんな形でしかこの人を愛せない。
「知ってたんでしょう。俺が嫉妬深いこと。」
「………長太郎、私…。」
「知っていて、Aさんは俺を受け入れたんですよ。」
「……………。」
「だから、俺は謝りません。」
好きですという言葉は、愛情を表すものであって何も悪いものじゃない。
人間にとって必須要素の感情なんだ。愛して、愛されて。
なのにどうして、俺の愛情はこんなに浅黒く渦巻いてしまうんだろう。
好きだ。
Aさんのことが好きだ。
そういうたびにAさんを苦しめることを俺は知っていた。
だけどあの日、Aさんは隠された俺の気持ちを受け入れてくれた。
恋人になれた嬉しさを、Aさんの傍にいる幸せを、どうすれば伝えられるんですか。
好き過ぎて止まらない焦りや、Aさんを失うかもしれないという不安を、どうすればなくすことができるんですか。
「好きだよ。長太郎…。」
「……………。」
「そんな悲しい顔しないで。」
見えてないはずなのにAさんはそう言って俺の背中に手を回し、優しく抱きしめた。
「………すみま…せ…。」
「謝らないって言ったのに。」
Aさんは涙声でふふと笑った。
俺が嫉妬に狂うたびに、Aさんはそれを包み込んでくれる。
そうして俺は思うんです。
ああ、幸せになるのはなんて恐いんだろうって。
その幸せを逃したくなくて、俺はいつも必死なんです。
情けなくて、本当に格好悪い。
愛情一つに狂っていくことがもし俺の運命なら、どうかこの人に狂わせて欲しい。
胸元で揺れた金の十字架が、Aさんの首筋に当たって鈍く光を反射した。
「好きです。…好き。Aさん、好き…。」
「うん…。」
帰る頃には、夕陽はもう地平線すれすれのところで、辺りは静かな闇に満たされていた。
それはとても安定しているかのように見えた。
手を繋いだそこから、温かいものが溢れては流れる。
いつまで続くかわからないこの幸福感を噛み締めた。
次の瞬間には、一時間後には、明日には、もう暗闇が深さを増すんだとわかっているからこそ。
もっと俺をわかって。
「今日はここまでだ。全員集合しろ!」
「みんなお疲れさま!」
神様、俺はどう足掻いても愚かな人間です。
それ以上でもそれ以下でもない。
不安なんてなくならないし、安心なんてしてられない。
だから今日も、揺れる瞳に黒が映る。
気がつけば昨日と同じように、俺は自然とラケットを握りしめていた。
更に重量を増した愛情だけが昨日と違う。
それがまた俺の首をじわりじわりと締めつけていく。
窒息してしまいそうだ。
だけど、それを受け入れてしまうのが少し嬉しい。
あなたが傍にいて、くれるから。