恋の終わりは、なんて儚いんだろう。
どうせなら醜く変形するまで、泣いて縋って運命に逆らえばよかったのに。
それはあまりにも忽然と終わりを迎えいれようとしていた。
「んっ、あぁ…っ!」
暗い部屋に荒い呼吸と水音だけがひっきりなしに響く。
もう何時間経っただろう。
窓の外が明るい時から繋がりっぱなしの身体は、艶美な熱にうなされていた。
それでも行為をやめようとはしないのは、これが最後、そういう約束だったからだ。
今はもう月が夜空に浮かんでいる。
「…あっ、あぁ、んっ…!」
ぐちゅぐちゅと抜き差しされる結合部からは、愛液と一緒に精市が吐き出した白濁が奥からとろとろと零れていた。
内壁とそれを痺れるほど擦り合わせて、求めるように抱き寄せて。
お互いの両足や下腹部にまで飛び散った精液が抱き合うたびにぬるぬるとした感触をもたらしていた。
今はそれにすら欲情している。
「A…っ」
「せ…いち…っ」
ズッと精市が奥をつくと、何度目ともしれない絶頂を二人同時に迎えた。
「んっ…ぁ…っ。」
精市は私の額に唇を寄せた。
震える唇が、柔らかく押しつけられる。
今までの精市なら首筋に赤い印ばかりをつけたがった。精市は嫉妬深かった。
「A…まだ終わらせないよ…。」
「…うん。」
今までの私ならきっともう今日は嫌だと言ったはずだ。
力が入らない身体を精市に支えてもらって、再び律動を始める。
精市が発病したのは、少し前のことだった。
聞いたこともないような病気が精市の未来を奪っていく。
私はそれが恐くて。
精市を見るたびに泣きたくなって。
それでも精市は絶対に笑顔を崩さなかった。
私が好きな人はどうしてこんなに強いんだろう。
私は精市の代わりに何度も運命を呪った。
そうして精市がそれを告げたのは、発病してからしばらくしてのことだった。
「別れてほしい。」
精市が小さく紡いだ言葉は短いものでも、どれだけ考えられたものだったのかすぐにわかった。
賢いあなたが、よく考えた上でそれが最善だと判断したのなら、私に何が言えたと言うんだろう。
「…あ、精市…っ…んん…」
「フ…、もう泣かないって…言ったのに。」
精市は私の前髪をかきあげた。
涙で霞む視界の中、精市に必死に手を伸ばす。
精市はそれに応えるかのように、抜き差しを速めた。
「…んぅ…ぁ…あぁぁっ…!」
真っ白になる頭。
頬の熱で冷たく感じる涙。
精市の息遣い。
本当は ね
縛りつけてほしかった。
精市の生き様から目をそらしそうになる私を叱って、恋人のまま精市の隣に縛りつけてほしかった。
最後にもう一度抱かせてほしいと言った時の精市の笑顔が、泣いてるようにしか見えなくて。
ハッとした。
つらくないはずないのに。
恐くないはずないのに。
挫けそうになる私を見て、精市は私を傷つけないように恋人という楔を自ら断ち切ったんだ。
「ひどいよ…」
かすれた声に、精市の動きが止まった。
「A…?」
私を置いていかないでよ。
「す…き……」
放り出さないでよ。
見捨てないでよ。
「好きなの…に…っ。」
簡単に諦めないでよ。
私を離さないでよ。
「…………っ。」
見栄なんかはらないで。
こんなにも好きだって目が言ってる。
指が言ってる。
行為に表れてるくせに。
「A…、待って…」
本当は、泣いて縋って精市の傍にいたかった。
運命なんか私は知らない。
精市の優しさなんか私は要らない。
「精市…っ」
「A、それ以上……」
あなたの指先のほんの少しの温もりすら、私には必要なものなの。
それくらい。
それくらい私だって精市が好きだった。
私は起き上がると、動かない精市にゆっくりと腕を回して抱き締めた。
「………精市…。」
「……………っ、」
抱きしめる腕の中、精市はうつむいて涙を落とした。
初めて見る精市の涙はとても静かに綺麗に流れ落ちていく。
なんて綺麗な泣き方をする人なんだろうと、そう思った。
抱きしめる腕に力が入る。
絶対に涙を見せないこの人が、今夜だけは思いっきり泣けるように。
「負けないで…。」
ねぇどうすればいいのか教えて。
まだ千切れてない。
私の片手に、今もまだ赤い糸が残ってる。