む
幸村は無敵だ。
真田くんより力が強いらしいと聞いた時は頭にジャイアントゴリラが浮かんだ。
この中学で、真田くんが勝てない相手に誰が敵うと言うんだろう。
それ以来、「繊細」とか「白くて細い」とか、そんなイメージは消えてしまい、幸村=ゴリラという方程式だけが残っていた。
柔らかい物腰と美しい容姿には不釣り合いだけど、力比べも口喧嘩も、幸村はヘビー級だ。
「お、俺が、悪かった…!」
幸村の下で呻いている男はストーカーだ。
腕まくりしている幸村の腕は細いのにしっかりと筋肉がついているのが目に見えてわかった。
無駄のないモーションで繰り出される素早く重い拳はどれほど痛かったことだろう。
「次また近づいたら、今度は本気で殴るからね。」
男は泣きながら走っていった。
その後ろ姿に同情した。
「怪我は…本当にないんだね?」
「うん。」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、Aは本当に馬鹿だね。俺が来たから良かったものの、どうしてすぐに助けを呼ばなかったんだい。」
「…男運ないのかな。」
「そこでなんで俺を見るのかな。」
男に女と間違えてストーカーされるような男に、言い寄られている私を、男運がないと言わずしてなんて呼ぶと言うのだ。
さっきのストーカーは、私のストーカーじゃない。
幸村のストーカーだ。
隣校の生徒らしい。
街で見かけた幸村に一目惚れして、連絡先を手に入れようと裏門の辺りをうろついていた。
幸村がズボンを履いていても、それは何か事情があってのことだと信じていたようだ。
恋は盲目とはこのことだ。
そこにノコノコ裏門にやって来たのが私だ。
身振り手振りで特徴を伝えられて、私はすぐに幸村だとわかった。
男の子は私の肩を掴んで、ぱあっと顔を明るくした。
「え!?知ってる!?呼んできてくれませんか!!」
「え?で、でも、あの、勘違いをしているようですが、幸村は男…」
その瞬間、男の子は幸村の飛び蹴りによってフェードアウトしていった。
そして今に至る。
幸村には一部始終は黙っていた方が良さそうだ。
「幸村、強いんだね。」
「まぁ…それなりかな。本気で殴ることはないけどね。フフ…。」
「…一応、ありがとね。」
「いいよ。」
幸村は晴れ晴れしい笑顔で笑った。
「お前のためなら、いいよ。」
私が笑顔でもう一度お礼を言えたのは、今朝のセクハラの罪を返上できるくらい、幸村がかっこよくみえたからかもしれない。
幸村は目を見開いてから、不敵な笑みを浮かべた。
もしかしたら神様でも、幸村には敵わないんじゃないだろうか。
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