「近づいたら殺す。」


部室の扉を開けるなり顔にタオルが飛んできた。
ずるりとタオルが落ちるとマスクをした情けない私の顔が更に可哀想になった。


「ゆっきー……」

「帰れ。帰って寝てろ。」


幸村は大病を患ってから体調管理には人一倍気を使うようになった。
それはいいんだけど、いくらなんでも限度ってものがあるだろう。


「…ただ風邪気味なだけなのに。」

「新型インフルエンザが流行ってるんだよ?もしお前がそうで俺に感染したらどうするんだい?死ぬかもしれないだろ?責任取ってくれるんだろうね。いいから今すぐ病院に行ってもう帰って来るな。部活には一週間来なくていい。俺には二週間…いや三週間近寄るな。」


非情な言葉に涙が出そうになった。
せっかくマネージャー様が風邪引いてもみんなのために身を削って早朝練習から出てきたのにそんな言い草はない。


「酷いよ…大体幸村風邪とか引かないじゃん…去年部内でインフルエンザが流行ってあの真田でさえ倒れて部活が中止になった時だって一人だけぴんぴんしてたくせに…。そんな健康そうな顔して何言ってんだか…。」

「うるさいよ。」


幸村はそう言ってピシャッと扉を閉めた。
私は部室のドアを見つめて溜め息をついた。


「……なに。どゆこと。」

「あ、ブン太。」


元気がなさそうな声が聞こえて誰だと振り返るとブン太がいた。
マスクをつけてだるそうに猫背をしている。


「風邪?」

「ジャッカルにもらった。」

「あちゃー。ジャッカルの食べかけ食べるからバチがあったんだよ。」

「ジャッカルが悪い。」

「なんじゃ。デジャヴやの。」

「去年も見たような光景ですね。」

「仁王、柳生おはよう。」


仁王はあくびで答えて、柳生は軽く手をあげた。
柳生は風邪予防のために先週からマスクを着用しているが、そうしていると歯医者みたいだと誰もが思っていることは秘密だ。


「皆さん風邪ですか…。朝起きたら私も寒気がしましたよ。真田君も昨日から寝込んでいるようですし…去年の二の舞ですね。」

「…………ゴホゴホ。」

「…仁王は嘘でしょ。」

「プピーナ…」


私は部室の扉に張り付いて幸村の名前を呼んだ。
幸村は窓から私たちを見ると、仁王だけ入ってよしのサインを出した。
柳生が自分も大丈夫だとアピールしたが幸村はしっしっと犬をはらうかのような動作をした。
少しだけ空いた部室の扉に手をかけながら仁王はニタニタと笑った。


「残念じゃのう。お前さんら。クックックッ…まぁ大人しくコートの隅でボール拾いでもしんしゃい。…はっくしょん!」


その瞬間バタンと部室の扉が閉められた。


「お前たち…たまには予想を裏切ってくれ。」

「あ、柳。」


冬の朝が一番似合う柳はもちろん今日も冷ややかな目を向けている。
柳は部室の窓からこっちをじっとりと見る幸村を見て溜め息をついた。
それからスラリと長い脚でスタスタとドアまで歩いていくとドアノブをガッツリ掴んだ。
慌てて幸村が扉を押さえる。


「幸村、開けてくれ。」

「嫌だ。」

「お前たち何をしている。ここを開けるのを手伝ってくれ。このままでは部活が始められない。」

「「「…………はい。」」」


しかし全員でドアを引っ張っても幸村の馬鹿力にはかなわなかった。
肩で息をしながら柳が私をジロリと見たので私はひぇと情けない声をあげた。


「なんとかしてくれ。マネージャーだろう。」

「ムリムリ!!!」

「では協力してくれ。荒療治ではあるが仕方あるまい。」

「…??…は?」

「幸村。」

「何したって入れないよ。」

「今ならBにキスをしてもいいそうだ。」

「はあぁ!!?」


何を言ってるんだと柳を見ると頭を鷲掴みされた。
こういう時柳の高い身長が嫌になる。
柳の手を離そうと必死になっていると、勢い良くドアが開いて幸村が飛び出してきた。


「ちょおおお!!柳!離して!!幸村来た!!ぎゃ、ぎゃああああ!!!」


幸村は私のほっぺたを両手で挟んでマスクを引っ張るとしっかり唇に唇をつけた。


「ぅ、ぶあああああっ!!!!」








『新型インフルエンザの猛襲』

(幸村、部活はじめるぞ。)
(待って。もう一回。)
(ずるいなり。マネージャー俺も。)
(いや俺が先だろぃ。)
(いえここは男として譲れません。)

(最ッ低ッ!!!)



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