「一緒に帰る。」

「嫌。だめ。無理。」


私が言うと仁王はわざとらしくムッと頬を膨らませた。
この憎たらしいクラスメイトが可愛い仕草をするのに女の子が弱いとわかっててやってるあたりがすごく可愛くない。


「なんでじゃ。」

「今日は帰って彼氏とデートだから。」

「ふーん。へーぇ。そーかそーか。ふーん。例の年上の彼氏とねぇ。」

「…なに。」

「不純ー。」

「う、うるさいっ!」


あんたなんか何人と遊んでるの。不純はどっちだ。
そう言い返したかったのに、きっと何を言っても畳み掛けられる。
私が嫌がる言葉の暴力が、仁王はとても上手いのだ。
席が近いってだけでどうしてこう私をからかうんだ。
人をおもちゃにして、ただ暇を潰したいだけなんだろう。この詐欺師は、ふらふらしちゃって、彼女いるのに浮気ばっかするな。


「からかうなら赤也にすればいいのに。」

「はいはい。愚痴は帰りながら聞くぜよ。」

「誰が一緒に…ちょっと!荷物返して!」


仁王に荷物を取られて、私は仕方なく仁王の隣をついて行った。
歩きの仁王とは違って私はバス通学だし、バス停まで少しの我慢だ。頑張れ私。負けるな私。あああ頭どころか足まで痛くなってきた。そう言えば今日体育で捻挫したの忘れてた。
思い出すと意識を持ったようにじわじわと痛みだす右足を少しだけ引きずる。
仁王がこっちに視線をやったのがわかって私は反対方向下に目をそらした。
言うな、言うな、お願い。


「手貸しんしゃい。」

「…!!絶対嫌!!うわ、も、その笑顔すごいムカつく。」

「この荷物捨ててもいいんかのう。」

「わああ待って待って!!」


道路脇の水路にするりと落としかけた仁王の腕に必死にすがった。
それでいいとばかりに仁王は私の手を掴むと再びゆっくりと歩き出す。
怒りに震えながら無言の私を見て仁王は笑った。


「意地っ張り。」

「うるさい。」

「お前さん優しくされるのに慣れてないんじゃろ。」

「黙って歩いて。」

「年上の彼氏に背伸びするからじゃ。」

「好きだからいいの。」

「苦しくても?」

「うん。」

「悲しくても?」

「うん。」

「楽しくなくても?」

「…うん。」

「怪我しても?」

「怪我…?」

「今日の体育も、ボールに躓くまでそんな顔しとった。お前さん、」

「………っ、」

「大バカじゃの。」


泣き出した私の手を引いて、仁王はゆったりと歩いた。
いつの間にか目の前まで迫っていたバス停。
横にあるベンチに座らせられて、仁王は私の隣に腰を下ろした。
しばらくそうしていた。
落ち着いてきた頃、家までのバスが一つ手前の大通りで信号待ちしているのが見えた。


「荷物…かえして…」


鼻声で言うと仁王は呆れた顔で私の荷物を返した。


「手、もういいから…離して。」


ずっと握られたままの手。
仁王の手の感触が残ったままデートに行かなくちゃいけないのかと思うと憂鬱な気分になった。
一向に離れない手に私は仁王に非難の視線を送る。


「離せばいいじゃろ?」

「……え?」

「力は入れとらん。お前さんが離せばいい。いつでも、好きなように。」

「……、な、…!」


優しく重ねられた仁王の手、その指が私の甲をするりと動いた。
仁王が言う通り、掴むほどの力は入っていない。手首に移動した手は重く甘い糸になる。
私たちの前でバスが止まった。


「ほら、デートに遅刻してもいいんか。」


仁王はにやりと笑った。
バスの扉が閉まった瞬間、私は反射的にベンチから立ち上がった。


「、」


ずるい、ずるい。
ほんの小さな声で名前を呼ばれただけで、動けなくなった。
他人と聞き違えることのない独特な紛れもない仁王の声が私の足に絡みつく。
バスが行った後、後ろで仁王が残念そうに楽しげな声をあげた。


「次のバスで帰るから…!」

「クク…好きにしんしゃい。ただ今のは俺のせいじゃないけぇ文句は聞かんぜよ。お前さんが自分で選んだんじゃ。彼氏より、俺を。」


何も言い返せなかった。
仁王の手が、色んな女の子のものだって知ってたのに、いつもより高めに感じる仁王の手の体温は嘘のつきようがなかった。
無理強いなんかしなくても、どう言えば他人が自分を選ぶのか、きっと仁王はよくわかってる。

思いきり手を振り切って、私は一つ先のバス停まで走ることにした。
足の痛みを無視してでも、ここにいてはいけないと本能的に思った。
走り際に視界の端で捉えた光る銀色の髪の奥で、仁王の目が笑った。






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