暑い夏。青い空。広い海。
灼熱のビーチ。
常夏の日差し。
水着ギャル。


「水着ギャルとか言ってるとオヤジ臭いですよ。」

「大和部長こそ、その売れない映画監督みたいなサングラスどうにかならないんですか。」

「高かったんですよこれ…。」


テニスコートにいる時も、海に来ても絶対に外さない丸いサングラスの黒に光がきらりと反射した。
あまりに外さないものだから、さすがに外している校内、噂では先生に怒られたらしいその教室の中では誰だかわからないため一々周りの人に大和祐大先輩いますかと尋ねなければならなかった。
マネージャーの私と一緒に部長が荷物と一つ傘の下で並んで膝を抱えている図は端からみたら相当滑稽なのかもしれない。
でも今はどうでもいい。
この暑さで頭が沸騰しそうだ。

生気がなくなった目で光がさす場所を見れば、波打ち際では部員たちがわいわいはしゃいでいる。
有能な若者たちと他のマネージャー、しかもあの手塚くんでさえビーチバレーにいそしんでいた。


「Bくん、泳がないんですか?」


ふと隣から自分と同じように抑揚のない声が聞こえた。
いや部長の声にいまいち抑揚がないのはいつものことかもしれないけど。
私はすぐ隣にあった砂をさらさらと触った。


「大和部長こそ。」

「せっかく海に来たというのに海に入らないなんて馬鹿げた話がありますか。ないでしょう。さあどうぞお入りなさい。」


長ったらしいツッコミを言おうとしたけど、けだるさにまけて喉に押し込む。
返事の変わりに心底嫌そうな目を向けると大和部長をしょんぼりさせてしまった。

この人はなぜ部長になったのかわからないくらい、テニスが強そうには見えない。
部長の試合を見たことはないから知らないけど、こうしてだるそうにしているとなんだか私でも勝てる気がしてくる。

だけど、そんな部長はなぜか人をまとめたり人の才能を引き出すリーダーとして大切な能力に長けていたりして、そこらへんがなんとなくムカつきもするけど部員全員もちろん私も含め大和部長を慕っている。
海に行きましょうと突然呑気に言い出して、珍しくアクティブに一番最初に海に入ったくせに季節外れのクラゲ一匹に負けて砂浜へ上がってきたこの部長でも、だ。
部長というよりも監督のポジションに近い大和部長は、白くもなく黒くもないが運動部のわりに痩せている。
運動って苦手なんですよね…とか零してたくらいだから想像通りでいっそ清々しさすら感じた。


「まさかクラゲがいるとは思いませんでした。」

「部長、クラゲも苦手なんですか…。」

「クラゲもって…。僕が苦手な物が多いように誤解を受けてしまうじゃないですか。」

「実際多いですよね…。」

「……ええ、まあ。」

「クラゲくらい触らなきゃいいのに…。」

「ああいうのは触りたくなくても寄ってくるんです。」

「そんなもんですかね……。」


砂でざらざらになった手をぱたぱたとはらった。
クラゲは菊丸とか桃城くんがどうにかしてくれたんだから海に入りに行けばいいのに、どうして私とここにいるんだろう。


「海は苦手でしたか?」

「え?」

「水着の上からパーカーと短パンでは泳ぐ気なさそうですしね…。」

「水着着てないですよ。下は普通にパンツです。」

「うん………女の子なんですから…。」

「海は好きですよ。暑いのは嫌いですけど…今日は女の子の日なので入れないだけです。」


ああ…と謝っているかのような残念がっているかのようなまた女の子なのにと批判しているともとれるような声で大和部長は嘆息した。
まっすぐ海辺を見ている大和部長の視線につられて海辺に視線をやると、他のマネージャーの女の子たちが水の掛け合いに黄色い声をあげていた。


「………部長。」

「はい…なんですか。」

「そんな目で見てないで向こうに行ったらどうなんですか。溺れた水着ギャルを助けて良い関係になるかもしれませんよ。」

「そうなんですよね。って、僕は駄目ですよ。駄目なんです。泳げないんです。」

「は…?」

「5メートルが限界ですね。幼児用の水たまりのようなプールでだって溺れますよ。」

「なんで誇らしげなんですか……。ていうかそれならなんで海に行こうとか…。」

「いやはや計算外でした。」


はははと笑う大和部長にクラゲの話かと思えば、ふと目の前に手が差し出された。


「足だけでも浸かりに行きましょう。」

「………。」

「水着は諦めたのでせめて僕と一緒に海に入って下さい。」


そこまで言われてようやく、計算外が私のことなんだと気づいた。
暑さだけのせいじゃなく火照る頬を隠すようにふいと顔をそむけると、大和部長は苦笑した。


「水着ならあっちにたくさんいます。」

「僕はあなたのが見たかったんですが…。」

「部長の変態…。」

「そうかもしれません。でも一緒に海に入るというのは諦めてないですよ。」

「私は浮き輪代わりですか……。」

「波打ち際で追いかけっこの方が好みです。」

「やりませんからね。」


再び情けない笑顔で苦笑する大和部長の手を取ると自分の隣、元々大和部長がいた位置へと誘導した。
大和部長は何もいわずにまた並んで座った。


「部長…もしまた来るなら山がいいです…。」

「山…ですか…。」

「山も苦手なんですか。」

「体力ありませんからねぇ…って違いますよ。」


大和部長はそれだけのほほんとした調子で言うと立ち上がって海辺の方へ向かった。


「皆さん今から20分以内に着替えてバス停に集合して下さい。今から山へ向かいます。」

「「「えええっ!?」」」

「ほらほらこうしてる間にも時間が過ぎていきますよ。遅れた人はグラウンド20周です。」

「グラウンドないっすよ!?」

「では山を回ってもらいます。」


青ざめた部員たちはバタバタと着替えに走って行った。
手塚くんが一人嬉しそうにしていたのは気のせいだろうか。
私は呆れて周りに散らばった荷物をまとめ始めた。


「どうです。これで全て解決でしょう。」

「大和部長、海はもういいんですか?」

「ええ、部員全員が楽しめないと意味がないですからね。」


なんだそういう意味か、と自然とがっかりしている自分に気づいて、もやもやした気持ちを部長にぶつけた。


「…部長、山ランニング決定ですね。」

「え!な、……!」


慌てて走り出す大和部長の後ろ姿に声援を送りながら笑った。


「部長ー!間に合ったら追いかけっこしてあげてもいいですよ!」

「…絶っ対ですからね!」


鈍いし情けないしわがままだしちょっと頼りになるけどやっぱり全然女心わかってなくて時々うざくなったりするけど、まあたまにはこうやって出掛けるのも悪くない。






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