俺がどれだけ頑張っても、



「赤也…。」



駄々をこねても、



「明日くらいは会いに来てよね。」




苦笑しながらコートを離れるA先輩に何も言わず、俺はただボールを打ち込むためその手に力を入れた。


明日からA先輩はいなくなる。


A先輩だけじゃない。
幸村部長も
真田副部長も
柳先輩も
柳生先輩も
仁王先輩も
丸井先輩も
ジャッカル先輩も

ずっとずっと一緒だった先輩たちが、みんないなくなっちまう。


「………………。」









「クソーッ!絶対ぇお前ら三人まとめて倒してやるからな!!」

あの日から始まったんだ。
俺の立海での生活は。

気温は暖かくて、バスに乗ったら絶対乗り過ごすくらいの最高の日に、自信満々だったテニスで初めて負けた。

悔しくて悔しくて。
俺は絶対に強くなってやるんだって、挑戦状を叩きつけるように入部届を出しに行った。
なんだその態度は!って真田副部長に怒られたの、そういえばあれが初めてだったんだよな。

それからレギュラーだったバカみてぇに強い先輩たちと出会った。

俺より強い奴なんかいっぱいいるんだって知って悔しかった。
俺も早く試合に出たかった。
あんな奴ら俺だって勝てるって心の中で拗ねたりした。

そう思いながらも試合やってる先輩たちはやっぱりすっげーカッコ良くて、相手に1ポイントも取らせないところなんかめちゃめちゃクールで。


「赤也はうちのエースだから、いつかあんな風に試合に出るの私楽しみにしてるんだ。」


A先輩がそう言ってくれたから、俺はもっともっと頑張れた。
一年が過ぎるのはあっという間で、二年の春が来た。
俺はレギュラーになって、立海の二年生エースって呼ばれるようになった。
追いかけてばかりだった先輩たちと今は肩を並べて一緒に闘える。
ようやくそうなれたのに、もうお別れなんて早すぎるだろ。


「ちくしょー!また負けた!」


いつからか、先輩たちと試合するのが楽しくなった。


「ひどいっすよ先輩たち!」


いつの間にか、先輩たちといるのが当たり前になった。


「A先輩!手伝います!」


A先輩の笑顔を見ると嬉しくなった。


「幸村部長が、病気…!?それ、それ…っ。すぐ治るんスよね…?」


色々、あった。
色々ありすぎたんだ。

負けたこともあった。
いっぱい怒られた。
幸村部長の病気の時も、試合に負けた時も、すげー泣いた。
この一年を全部乗り越えてきたんだ。先輩たちと一緒に。

全国大会が終わって、いつもの厳しい練習にまた戻った。
夏が過ぎるとなんか時間が過ぎるのがあっという間だった気がする。
ぽかんとしていると真田副部長の声が飛んでくる。
説教されるのを他の先輩たちが呆れ顔で笑って見てる。
幸村部長が真田副部長を止めに入って、その代わり俺の練習メニューは三倍に増やされる。
幸村部長は真田副部長より鬼だ。

うちはそのまま立海の高校にあがるから、引退らしい引退はなかったから。
何事もなく秋になって、冬になって、それで気がつけば明日は先輩たちの卒業式になってた。

あと一年もすれば俺だって高等部に行けるのに。
いつだって会えるし、試合だってできるのに。


「……なんで…っ。」


俺だけが取り残されるような気がどうしても拭えない。
明日から、俺がこのテニス部の部長になって立海を全国に導いていかなきゃいけないんだ。
友達のような、家族のような、俺を支えてくれた先輩たちはもう本当にいなくなるんだ。
いつかは絶対に卒業するってわかってたのに、なのに。


「俺は………っ。」


意地悪で頑固でろくな先輩じゃなかったけど、俺はみんなが大好きだった。
A先輩とも明日でお別れだ。

結局まだ好きですって言えてない。


最近は先輩たちは卒業に向けて色々と忙しくなって、部活にはたまに顔を出すくらいになっていた。
俺は先輩たちを避けるようにがむしゃらに自主練に励んだ。
先輩たちはわかっているような、それでも寂しそうな目を向けてた。
わかってたけど俺は振り返るの頑なに拒んでいた。
振り返ったら甘えてしまいそうで、そんなの俺は絶対に嫌だったから。

先輩たちが俺に託すものはすげー大事なもんなんだって俺でもわかる。

今まで幸村部長や先輩たちが築き上げてきた王者立海大テニス部。
俺はここでテニス部を背負って立たなくちゃいけない。
甘えてなんかいられない。


「………。」





明日は卒業式だ。









傍にいてくれてありがとう。
時には厳しく、時には優しく、穏やかで充実した時間を過ごして俺は大きく成長できた。


講堂で前に並ぶ先輩たちが遠くに見えた。
一年の時に見た先輩たちの後ろ姿と同じくらい遠いのに、なんでだか心だけは近いような気がする。
卒業生の胸元につけられた白い薔薇が目を引いた。


「おい赤也、幸村先輩から伝言。卒業式が終わったらテニスコートに来いってさ。」

「え、あぁ…。」

「んだよ元気ねぇなー。」

「べ、別にそんなことねぇよ。」

「どこの部でもやってっけど、テニス部も花束とか渡すんだろ?部長の戴冠式とかさ。」

「え!?」

「え!?って。どこの部のやつらも花束くらい全員で用意するだろ?」

「ゲッ!?まじかよ!」

「もしかしてお前用意してねぇの?ありえねー!最初の部長の仕事だろ。」


(…やっべぇ。絶対ぇ怒られる。)


俺はがっくりと肩を落とした。
卒業式が終わって、校舎に帰る在校生の波から外れて俺はテニスコートに向かった。
写真を取ったりはしゃいだりしている卒業生たちは、ほとんどメンバーが変わらないだけあって雰囲気が軽い。
こういう場合重苦しいのは、残される方だ。

重苦しい足取りでテニスコートに行くと先輩たちがもう来ていた。


「赤也!遅いぞ!まったくお前はたるんどる!」

「さ、真田副部長!卒業の日にまでそれっスか!?」

「ほんと成長しねぇなーお前は。」

「丸井先輩まで!」

「ところで赤也。」


俺が丸井先輩に噛みつきそうな勢いだったところ、幸村部長に後ろから首元を掴まれて固まった。


「普通は卒業式が終わったら各部で色々ありそうなものなんだけど、なんで誰もいないんだろうね。俺の普通が間違ってるのかな。」

「え、い、いや、その…これは…。」

「こんなことを私たち卒業生が言うのもあれなのですが、卒業式の日に先輩たちに今までのお礼をするというのが礼儀というものなのではないでしょうか。」

「まさか忘れとった、とは言わんじゃろ?」

「赤也が忘れていた確率100%だ。」

「や、先輩たちにはすげー感謝してるっスよ!?でもやっぱりお礼は結果っていうか、試合で勝つのが最高の恩返しになるっていうか。へへへ。」

「赤也!見苦しい言い訳など聞きたくない!」

「す、すんませんっしたァ!!」

「フフ…いいよ別に。怒ってないよ。赤也が結果を出してくれるって宣言したわけだし、俺も安心して部を任せられるよ。」

「ウッ…。」

「じゃ、とりあえずお前テニスコートの外周回ってこいよ。」

「ええ!?なんでですか!?」


丸井先輩がそう言って、周りの先輩がじっと見つめるもんだから俺はたじたじになってコートを出た。


「今日ほんとに卒業式かよ…。」


いつもと変わらない先輩たちに寂しがってた自分がばかばかしくなる。


「ちくしょー…。」


それでも見なれた広いコートの外周を走って行く。
校舎から離れるため、ずいぶんしんとしていた。
遠くの方で校内放送のチャイムが聞こえた。

この道をいつも基礎練で先輩たちと走ったんだ。
仁王先輩と丸井先輩が喋りかけてきて、私語をするなって俺だけがいつも真田副部長に怒られてた。

もうそういうこともなくなるのかと思うと、なんだか心にぽっかりと穴が開いた様な気になる。
もう幸村部長に怯えることも、真田副部長に怒られることも、柳先輩にプライバシーを侵害されることも、仁王先輩に騙されることも、柳生先輩に勉強させられることも、丸井先輩にぱしられることも、ジャッカル先輩に助けられることも、なくなる。

これがきっと成長するってことなんだ。

時間は嫌でも流れていって、俺がどんなに頑張っても先輩たちは埋まらない一年先にい続ける。


ゆるやかに足が止まった。
いつもならどうってことないランニングなのに、急に走るのが億劫になった。


「…………っ。」


足を止めてフェンスに寄りかかり、そのままずるずると座り込む。

嫌だ。先輩たちがいなくなるのは。
本当はすっげー嫌なんだ。
いつもなら冗談で「テニス部は俺が守っていきますから、先輩たちは安心してなるべく早く卒業してくださいね!」なんて言ってたのに。


「赤也…?」

「…、A先輩…!」


俺は急いで目をこすって先輩を見上げた。
A先輩は少し笑って、俺の隣に立ってフェンスに寄りかかった。


「先輩、どうしてここに…。」

「赤也が遅いから反対側から回ってきた。」

「あ…。」


先輩は「今日はいい天気だね」とのんびり背伸びしてからしばらく黙って、ぽつりと小さな声を出した。


「赤也…私ね、卒業式の間中テニス部のマネージャーやってて良かったなってずっと考えてた。この三年間すっごく楽しかったなって思えるんだよね。」


でも、とA先輩が言葉を濁した。


「赤也が入部してきてからは、もっと楽しかった。」

「A先輩…。」

「みんなも絶対そう思ってる。私は赤也が部長になるの楽しみだったんだ。ちょっと心配だけどね。」

「心配って…ひどいっすよ。」


A先輩は笑って、俺の前に手を出した。


「行こう。みんな待ってるからさ。」





ようやくテニスコートに戻ると、テニス部員全員が集まっていた。
俺がいない間に幸村部長が収集を呼び掛けたらしい。さっきの校内放送は幸村部長だったのか。
A先輩は荷物を取りに行くといって教室に戻って行った。
マネージャー歴が長いとこうなるのか、A先輩はいつもちゃっかり難を逃れる。
特に幸村部長の難から。
幸村部長を見ていると、幸村部長はにっこりと笑った。


「何か言いたいことがあるようだね。赤也。」

「えッ!?いや!?ないっすよ!?」

「フフ…そうかい?」


幸村部長は笑ってから一、二年の部員全員を見回した。
みんながみんなしんと黙って固まっている。
ぽかんとしていると柳先輩がさらっと「幸村に軽く叱咤されただけだ。」と答えてくれた。


「みんなわかってると思うけど、これからは我が立海大付属中学テニス部部長は赤也が務める。何か言いたいことがある人はいるかい?」


テニスコートは依然として静寂が保たれていた。


「打ち上げはまた今度にして、今日はこれで解散。今日すぐにテニスコートに来なかったことに関してはきちんと誠意を見せてもらうよ。わかったね?」

「「「はい!!!」」」


大きく返事をして、逃げるように全員が帰って行った。
この波に乗じて帰りたいと考えていたところ、案の定幸村部長に呼びとめられた。


「赤也。」

「は、はい…!」

「そういうわけで今日から赤也が部長だ。」

「わ…わかりました…。」

「俺はこの三年間、部長としてみんなと一緒にテニス部を築き上げてきた。もちろん赤也も一緒に。」

「はい…。」


幸村部長はフと目を伏せた。


「今日でお別れだ。」


幸村部長の言葉にうつむき加減だった顔をバッとあげる。
いつもと変わらない、だけど少し寂しそうな幸村部長の笑顔。


「楽しかったよ。新入生の赤也と試合した時からこうなるような気がしてたんだ。」

「部長たる者、遅刻はもちろん赤点を取ることもあってはならんぞ。」

「部員全員のデータを集約しておいた。使ってくれ。」

「部長っちゅうのは要領が良くないといかんけぇのう。たまには嘘も必要ぜよ。」

「甘やかすだけ厳しいだけが全てではありませんよ。これから大変かと思いますが、頑張ってくださいね。」

「ま、俺達のおかげでお前もずいぶん強くなったんだし大丈夫だろぃ?俺達に感謝しろよ。何かあったら相談に乗るぜ。ジャッカルが。」

「俺かよっ!…まぁ、そういうわけだ。無理すんなよ。部長ってのは元気が一番だぜ。」


じんと熱くなる目の奥に俺は慌ててうつむいた。


「ずるいっすよ。先輩たち、ずるいっス…!」


右腕を持っていって涙を拭う俺に、先輩たちは俺の肩に腕を回したり頭をぐしゃぐしゃに撫でたりした。


「いきなり真面目にそんなこと言うなんてずるいっすよ…!」


ただ悲しくて嬉しくて泣いた。
頭の隅で、だっせぇとか思ってたけど涙は止まらなかった。


「俺だって、俺だって部長になるの夢だったんすよ…っ。NO.1のこの学校でNO.1になりたくて…俺、でも、まだ幸村部長にも真田副部長にも柳先輩にも、一度も勝ってないじゃないスか…!なのに先輩たち、卒業なんて…っ。」

「いつでも勝負できるではないか。」

「そうだぞ赤也。これが今生の別れというわけではない。ただ高等部にあがるだけだ。」

「俺なんか、先輩たちに比べればまだまだガキっすよ…っ!」

「もう泣くなよ赤也。みっともねぇだろぃ。」

「また顔出しにくるぜ。」


黙ってうつむく俺の前に立って、幸村部長が微笑んだ。


「赤也は、試合に勝ちたい?」

「幸村部長…。」

「これからも続く限り永遠に試合に勝ち続けたい?どんな強豪が相手でも、勝つ覚悟があるかい?」


幸村部長が何を言いたいのかわからなかったけど、俺は目をこすってただ素直に答えた。


「……は、い。」

「ならそれが答えだ。俺だって部長になった時は不安でいっぱいだった。上手くやっていけるかなとか、俺が部長でいいのかなとか、だけどその覚悟が俺を支える原点だったと思う。病気になった時もその覚悟と周りに支えられて、ようやくこんな風に部長を全うできた。」

「………。」

「赤也、テニス部を…よろしく頼むよ。」


幸村部長はにっこりと笑った。
自然と止まった涙が俺の答えを示唆していた。


「はい!!」


涙声混じりの返事。
最後までカッコつかなかったけど、先輩たちがみんな笑ってたから俺も笑った。


今までお世話になりました。
大きな声でそう言って頭をさげると、先輩たちは照れくさそうに笑った。


「みんなー!カメラ持ってきたから写真撮ろう!で、帰りにご飯でも食べて帰ろう!!」


A先輩が校舎の方から手を振りながら走ってきた。
俺はカッコ悪いところは見せたくなくて慌ててタオルを探したんだけど、何もなかったからジャッカル先輩のシャツで顔を拭いた。




立海に来てよかった。
こんなにいい先輩たちがいて良かった。

中学の部活で一緒に練習することはもうないけれど、コートに立てばいつだって思い出す。

先輩たちと過ごした時間。
教えられた事、与えられた物。
強くて頼りがいのある先輩たちの闘う姿。

コートにいる限り、いつだって一緒なんだ。



部長になってから、とりあえず副部長任命は先延ばしにすることにした。
新しいレギュラーは幸村部長たちが指名していったから、そいつらには特別メニューを出している。
新しく入ったマネージャーは「マネージャーがいないと男は何もしないんだから」とA先輩が探してきてくれた。
春休みが終わったら部室は綺麗に片づけるとかなんとかマネージャーが言ってたから、俺は自主練の帰りわざわざ部室に寄った。

先輩たちのロッカーがずらりと並んでいる。
一番端っこの汚いロッカーが俺のだ。
引退する前に先輩たちはロッカーを片付けてたからきっと中身はからっぽなんだろう。
俺は幸村部長のロッカーの前に立つと、なんとなくロッカーを開けた。


「…タオル?」


真新しいタオルが入ったままになっていた。
まさか忘れていったなんてことがあるのか。
考え込んだ末にもしかして、と俺は隣にある真田副部長のロッカーを開けた。


「ゲッ…パワーリストかよ…。」


手に取ってみると今までの二倍は重かった。
柳先輩のロッカーには大量のノート。部員から他校の一、二年のデータまでほとんど揃っていた。
柳生先輩のロッカーにはグリップの新品のテープ。
仁王先輩のロッカーにはスポーツ店の割引券。
丸井先輩のロッカーにはテニスボール。
ジャッカル先輩のロッカーにはテーピング。

俺は笑って、全部を自分のロッカーに入れた。


「俺、頑張ります。見ててくださいよ。ぜってぇ全国優勝してやりますから。」


俺は先輩たちのロッカーから一つ一つ名前の紙を取ると、それを大事に自分のロッカーの扉の内側に貼り付けた。
その横には卒業式の後、みんなで撮った写真が貼ってある。
真田副部長の図体で見えないけど、A先輩と俺はこっそり小指を繋いでたんだ。

あと一年したら俺は高等部にあがる。
A先輩に高等部で新しく出会ったら、今度はきちんと手を繋ごう。









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