junk1-幸村

2013/08/26 01:38

知人に違法の賭けイベントに誘われ、地下の特別会場に向かった。
闇オークション会場に来るのは久しぶりである。
会場から少し離れた待ち合わせた場所に行くと、知人が手をあげて合図した。
昔テニスで世界を圧倒した知人は相変わらず似合わないサングラスをしていた。


「南次郎さん、まだこんなとこ出入りしてるんですか。」


私が呆れて言うと南次郎は無精髭が生えた口を尖らせた。


「たまにだよ。たまぁぁに。そういうお嬢ちゃんこそしっかり来てんじゃねぇか。」

「南次郎さんが情報を持ち込んでこなきゃ私だって来るつもりなかったんです。」

「へいへい。」


自分の子供とあまり年が変わらないが南次郎さんは決して私を子供扱いはしない。
それは私が莫大な財産と権力を持っているからではなく、内面から滲み出す態度や雰囲気の落ち着きが子供らしさを感じさせないからだろう。
南次郎さんとはこの会場で出会った。
無類のテニス好きである南次郎さんと仕事上引くわけにはいかなかった私が、オークションでいわく付きのテニスボールを落札する時に張り合ったのがきっかけだった。
それから何の縁か、南次郎さんとはこうして連絡を取り合う仲だ。

私は顔を隠すために目の部分だけのシンプルな仮面をつけ、南次郎さんと入り口をくぐった。スーツを着込んだ男にパスを見せると番号がついた札を渡され、分厚いカーテンを開けて中に通された。
すぐに飲み物を運んできたウエイターを断ったが南次郎さんは他に何があるのかと聞いていた。どうせ全て高額な酒だろう。


「おや…珍しいな。」

「榊さん。お久しぶりです。」


どこに座るかと会場を見回していると顔見知りがいた。
大企業取締役の片手間に中学校の教師をしている変わった男だ。
榊さんは私を見て驚いたが、南次郎さんを見て納得したように右手に持っていたグラスを傾け南次郎さんと乾杯した。


「上に特別席を取っているんだが、二人ともそこに来ないか。」


私は南次郎さんと顔を見合わせ、榊さんの好意に甘えることにした。
二階に隔離された特別席は、数席だけの小さな空間になっていた。ステージがよく見える。
榊さんは酒が飲めない私にジュースを渡した。
法律的に飲んではいけない年齢であることは関係なく、ただ単に体質だ。


「もうすぐ中学校に上がるそうだな。氷帝に入学する気は、今でもないのか?懇意にしている跡部財閥の息子を学園で預かることになった。君も来ないか?」

「すみません。」

「んじゃ青学に来ねぇか?うちのせがれは再来年入学する予定だ。今はアメリカにいるんだけどな。」

「そのままアメリカの学校に行かせたらどうですか?それに私はもう、立海に入学手続きを済ませましたから…。」

「立海か。」


榊さんは何か思い出すように笑った。南次郎さんも同様に遠い目をしながら酒を煽っていたが、話題を変えるように榊さんに顔を向けた。


「そういや今日の目玉商品、噂は本当なのか?」

「ああ、それは確かだ。嘘なら私も参加しない。」

「人身売買でしたよね…。エグいでしょうが、人気はあるでしょうね。」


私は一階を見下ろした。会場の席に座り切れないらしく、黒いスーツがせわしなく動いている。


「今夜の主催は誰ですか?」

「古蚤さんだとよ。集裔社の。」

「じゃあ間違ったものは出ませんね。…はぁ。」


私はため息を吐いた。
やがて、ブラックマーケット開始の鐘が響いた。






子供だ。
子供が売られる。
しかも、驚異のテニスの才能を持った子供なんだと。

久々に会った南次郎さんは今まで私が見た中で一番怒った顔をしていた。



カン!と木槌が鳴り響いた。

隣で気だるそうに札を上げた南次郎さんは、少年を落札した後で肩を落とした。
今夜の人身売買はどうやら二人らしい。
今南次郎さんが落札した少年と、まだ出ていない目玉商品の子供だ。
一階中央の男と延々と競っていたがなんとか南次郎さんが競り勝った。


「クソ…あいつのせいで高くついちまったぜ…。」

「南次郎さん…気持ちはわかりますけど、本当に落札して良かったんですか?」

「ああん?」

「奥さんと息子さんはどうするんですか。」


南次郎さんは、あーと髭を掻いた。


「ま、アメリカで拾ったことにすらァ。あー養子にするなら息子になるわけか…。」

「養子にするんですか!?」

「あたぼーよ。」


普通なら奴隷やペットが無難だ。私はそういうものが反吐が出るほど嫌いだが、まさか南次郎さんが自分の息子にするとは思わなかった。
せいぜい自由の身にしてやるか、息子の世話役くらいにすると思っていた。


「息子なら名前はリョーマと似た名前がいいな。リョーゴ、リョータ、リョーガ?お、いいんじゃねぇの?」


ブツブツと楽しそうな南次郎さんに呆れた視線をぶつけた。


「目玉商品も息子にするんですか?」

「できりゃな…。でも、どーせ俺じゃ手が出せねぇ金額だろ。」


南次郎さんの推測は正しいだろう。
一階では司会が目玉商品の説明をしている。


「お前らアレ落とさねぇか?」

「私には必要ありません。」

「榊、お前テニス部顧問なんだろ。学園のためにも落としてけよ。」

「私は跡部財閥の御曹司を部長に据える予定だ。先方との話もついているし、彼には充分な才能がある。万が一私が子供を落札したとしても、彼と同じ学園に入れるわけにはいかない。どんな危険分子かもわからない以上、落札する気はない。」

「すみません。南次郎さん。」

「すまない。」

「だよなぁ…。」


食い入るように未だ布が被せられた檻を見ながら南次郎さんは手をあげて降参のポーズを取った。


「危ない筋のバイヤーに落とされないよう祈りましょう。」

「…悪いな青少年。俺にゃ救えねーよ…。」

「―――と、言いましても、もちろんテニスの才能だけではございません。その容姿は神が見惚れたほど端麗であり、全てにおいて何でもこなしてしまう非凡な才能。そして、人智を越えた信じがたい神業を持っているのです。ああ、罪深き神よ!愛はやはり平等ではない!……それでは、本日の目玉商品、皆様にご覧いただきましょう。その神の御業ゆえに、彼はこう言われるのです。」


檻の布が滑り落ちる。


「まさに、神の子!」


会場が息を飲んだ。
檻の中にいる少年の深海の髪色と透けるように白い肌。
少年はまだ幼い。私と同じくらいだ。
少年は顔をあげて会場を見回した。
人身売買に売られる子供は、怯えているか、暴れているか、無表情かが普通だが、少年に悲壮感はなかった。
見下すような目つきに、余裕のある微笑みすら讃えている。

ふと、耳が聞こえなくなった。

私が首を傾げて、榊さんと南次郎さんを見ると彼らも驚いた様子で檻を見ていた。
少年は二階にいる私たちに射抜くような視線を寄越し、形の整った唇を微かに動かした。


「?」


私は眉をひそめた。
読唇術の知識を引っ張り出し、もう一度少年をよく観察する。


「……ッ体感いただけたでしょうか!?今のは聴覚だけでしたが、彼は人間の五感を奪うという超能力を持っているのです!神が地上に生み落としてしまった人類の最高傑作なのですッ!」


急に耳が元に戻った。
興奮気味に喋る司会者がべらべらと舌を巻く。


「おいおい、おっかねぇな…。」

「不憫だ。この先ろくな人生は送れまい。」

「下を見ろ。マフィアに、殺人組織、独立研究機関、売春屋に男色貴族…変態共の目の色が変わってやがる。」


同情する二人の会話は耳に入らなかった。
五百、七百、一千、と飛ぶように上がっていく金額が飛び交う。札を上げると控えていた男がすっと寄ってきた。


「お、おい。お嬢ちゃん…?」

「十億。」


金額を伝えると男は頷き、司会の男に無線で伝えた。


「十億!十億が出ました!特別席から十億の声!」


一階がざわめいた。


「お前…まじで落とす気か?興味なかったんじゃあ…」

「気が変わりました。十五億。」


十一億の声に、すぐさま上の金額を提示する。


「あの五感を奪う?とかいう能力がそんなに魅力的か?」

「いえ、彼の能力にはさして興味がありませんが、言った通りです。気が変わりました。二十。」


二人は顔を見合わせて肩をすくめた。こうなった私が頑固なことを二人はよく知っている。


「ああ、待って下さい。訂正します。三十五億で。」

「おいおい…お嬢ちゃん…待てって…。」

「止めておけ。無駄だ。」

「ん?まだ上げてくるんですか?粘っているのは、きっと研究機関ですね。人体実験が大好きな連中にとっては、こんな金額じゃ引けませんか…。」

「ギリギリまで競ってくるだろうな。」

「では彼らには潰れてもらいます。」


独立とは言え研究機関は所詮研究機関だ。パトロンから与えられる研究費予算の壁は越えられない。
機関の予算を多少オーバーするくらいの金額を提示すると、男は驚いた様子で再度確認し、無線で伝え、そこでオークションは閉幕した。








「あの時、あなたに言葉が届いて良かった。ちゃんと落としてくれたんですね、俺のこと。」


藍色の少年は、目隠しと手錠をされたままで、笑って見せた。
主催から運搬されてきた少年は、全てを把握しているような態度で言葉を紡ぐ。
それが気に食わないと言えば、気に食わなかった。
でも私が彼を落とした理由はもっと他にある。
合図を送って、私の前で跪く少年の目隠しと手錠を外させた。
少年は眩しそうに数回瞬きをし、ようやく私を見て、わずかに驚いた表情を浮かべた。


「あなた、名前はあるんですか?」

「ありません。」

「そうですか。では、精市と呼ばせてもらいます。」

「わかりました。それで、俺は何をすれば?」

「何も。あなたはただ、普通に生活すれば良いのです。中学へ入り、高校と大学へ進み、就職して自立するまで、ここで何不自由なく暮らしてもらいます。」


精市の胡散臭い笑顔が、ここでようやく曇った。


「どういうことでしょうか?」

「勘違いしないでください。私は、ただ、同情したんです。」

「…。」


“俺を買ってよ、お嬢さん。”


会場で精市が呟いた言葉を思い出す。


“俺を買って。君の願いを、全部叶えてあげるよ。”


「あなたを凡人にしてやりたくなったんです。」


精市はわからないというように、怪訝な顔をした。


“私を買ってよ、おじさん。あなたを世界一の富豪にしてあげるわ。”


随分昔のことのように思う。榊さんも、南次郎さんも知らない私の過去。
精市と同じ言葉を吐いて、私は今は亡き先代に買われた。
先代は本当の子供のように私を可愛がってくれたし、私は先代の恩に報いるために、様々な手を尽くした。
IQが200を超えるこの頭脳も、かつて神の子と呼ばれた私も、先代は利用しようともしなかった。
精市には先代と同じ名前をあげた。髪の色が少しだけ似ていたこともあるが、世の中の人間全てを精市と愛しく呼びたいくらいに、私は精市という名前が好きだったのだ。
先代のことが、本物の父のように好きだったのだ。

私は、未だに納得のいかない表情をしている精市の頭をそっと撫でた。


「あなたは神様の子供じゃない。」


深海に迷い込んだ魚を、光の届く海へ帰してあげよう。
深海ではきっと、その美しい鱗の色もわからないのだから。

精市は一言も喋らなかったが、ただ、泣いているように見えた。










==============
続かない/(^o^)\

きっとこのあと何年も、幸村がヒロインに片想いすることになる…と思う(笑)





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