クイーンサイズのベッドが、二人分の体重に少しばかり音をたてた。ここ最近この男はやたらとセックスしようなんて下品なことを口にする。それは全く構わないのだが、なんだかそればかりじゃないかと少し文句を言ってやりたかったりするのだ。
深く口付けられ口内を荒らされると息も絶え絶えになるのは未だに続いている。もう付き合って長いというのに。だがこの男はそれでいいと言うのだから、それもまた自身を困らせる要素だった。

「シズちゃん、」

好きだよ。
珍しく臨也から聞いたその言葉に、静雄は違和感を覚えた。
違和感と言えば、彼から変わったか香りがした。甘ったるい、花なのか、フルーツなのか――なぜ彼からそんな香りがするのだろうか。

「考え事する暇とかあるんだ」
「あっ……ちげっ、は、ぁ」
「何が違うの?」

自身の弱いところばかりを弄られ話すこともままならない。脳はこの甘い刺激に侵食されていき、違和感を問いただすことをそのとき、そして暫くの間忘れてしまったのだった。
しかし、ここ最近臨也の家に訪れれば鼻にあの変わった香りがつく。明らかに彼のつける香水の香りではないのだ。では自身からするのだろうか、とも思ったが今日であった人物にこんな香りがする者はいなかった。ならばやはりこの香りはこの部屋からするのは間違いない。
静雄は真っ黒なソファに座りながら辺りを見渡した。もしかしたら芳香剤かもしれないのだから。

「シズちゃんどうかした?」

パソコンを眺めていた臨也が手を止めこちらを見ていた。流石に気になるのだろう。静雄は目を泳がせると何でもない、と一言いい持ってきた雑誌に手をつけた。
未だに微かに香るこの香りが気になって仕方ないのだが、なんだかそれを聞くきにはなれず、ただ頭の中はもやもやとする。
静雄は自身の左手に目を向ける。彼からもらったシルバーリング。なぜかこの輝きが雲って見えた。





あれから二週間ほどたっただろうか。
この期間に何度か訪れたが不思議なほどあの香りが部屋についている確率が多かった。辺りを見たところ芳香剤はやはり無かった。この期間に彼と体を繋げたこともあったが、寝室というよりも彼からその香りがするような気がし、勇気を振り絞り臨也に香水を変えたのかと聞いてみたのだが彼は全く変えていないと言う。
おかしい。
静雄のもやは黒く大きくなる一方だ。
そして、今日もまた彼の部屋を訪れた。今日もうっすらとあの香りがする。静雄は深くため息を吐いた。するとフローリングを踏む音がしたものだからふとそちらを見ると臨也の秘書がいたではないか。

「あいつなら今出てるわよ」
「……そうっすか」

再び息を吐くと、彼女はそういえば、と口を開いた。

「あなた、この匂いどう思ってるの?」
「この匂いって、この甘い匂いのことっすか?」
「えぇ。私は気持ち悪くて仕方ないわね」

つまり、この香りは秘書のものではない、ということだ。静雄は眉間にシワを寄せる。
――なら、誰のだっていうんだよ。

「あの男から離れた方が良いんじゃないかしら」

そんな突然降りかかった言葉に目を丸くし彼女の方に振り返った。細められた目は冷たく、少しばかり恐怖を感じる。

「わかってるんでしょう? この香りのこと」

空気が、時間が止まった。
静雄の中のそういったものが、すべて止まったのだ。気づけば秘書は目の前ではなく、部屋のすみで作業をしていた。
静雄は俯く。
そうだ、変だとは思っていたのだ。あの鼻につく香り。何度も何度も、この部屋に来る度に鼻につくこの香りは、この部屋に染み付き強くなっていった。臨也は香水を変えていない、秘書は香水などつけやしない。ならば――。
静雄は低い笑い声をこぼす。秘書がちらりとこちらを見てきたが今の静雄にはどうだっていいのだ。不思議と込み上げてきたこの感覚を止める気なんて毛頭ないのだから。

「なぁ、一つ頼みがある」
「……何かしら?」

静雄は立ち上がるとゆっくりと左手にあるその輝いている物をとる。それを握りしめ、秘書の前にあるテーブルに置いた。

「楽しかった、って伝えてくれ」
「…………」
「遊びはここまでだからな」
「……バカね」
「知ってる」

それじゃあ。と口にすると、静雄はその部屋を去っていった。秘書がこのあとどうするのかも見届けないまま。
外は寒かった。もう四月も終わるというのに、夜はまだ肌寒い。マフラーぐらいあればちょうどよかったかもしれない、と静雄は考えた。首もとを暖めることもできれば、顔も隠すこともできるのだから。
はて、今自分はどんな顔をしているのだろう。やはりひどい顔をしているのだろうか。 付き合って相当の日が経っているのだから仕方がないだろう。次、彼にあったら殴れるだろうか。この池袋が知る平和島静雄になれるのだろうか。静雄はそんな疑問と共に、浮き足でこの街を歩いた。すると、突然腕を後ろに引かれた。ぐらりと体が後ろに倒れていったのだが、ぼすり背を何かに支えられた。しかしその支えは覚えのある香りですぐにわかってしまう。

「ぶっ飛びすぎなんだけど」
「い、ざや」

耳元に聞こえる荒い呼吸。相当走ったのだろう。彼にしては珍しいことだ。

「ちょっと嫉妬させようと思っただけだったんだけどなぁ」
「何、言ってんだよ」
「波江さんそんなに演技力あるのならたのまなきゃよかった。ていうかシズちゃん相変わらず俺の予想外のことするよね」

はぁ。と一番大きな呼吸をすると、体を臨也の正面に向けられ、顔を引き寄せた。回りなど気にしていられないのだろう、強引なキスに静雄は目を見開き、離された後も、時が止まっているようだった。

「遊びは終わりだって? 嫌だよ。いくら俺のせいでもこれが崩れて消え去るのは真っ平ごめんだ。これがなくなるなんて想像したくもない。あぁ、そうだよ。俺は――失いたくないんだ」

必死に臨也が訴えかけているのは静雄にも伝わっていた。だからこそ、彼の瞳から涙が溢れているのだろう。
バカだ、と呟くと臨也は何度も謝った。あの香りは静雄に嫉妬させようと思い買ったのだとか、様々なことを口にしていたが今の静雄にはそんなことはどうだっていい。そんなものよりも、聞きたい言葉があるのだ。

「手前、何か言うこと、あんだろ」
「うん、ごめん……」
「ちげぇよ。そんなもん要らねぇ」
「…………」

臨也は静雄の涙を指で拭うと、再び、今度は優しく口づける。

「愛してるよ」

 だから、帰ってきて。








(仕方ねぇな、バカ野郎が)


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逸脱のこのまさんより頂きました!
先日このまさんが素敵なお話をかかれていたので、その続きを書いて下さいと厚かましくもお願いしたところ本当に書いてくださいまして…!波江さんとのやり取りや最後のくだりも特にまた素敵で…たまらないです。
このまさん、素敵なお話を本当にどうもありがとうございました!




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