Prologue

体育祭を終えて、今日から職場体験。
各々、担任であるイレイザー・ヘッドの言葉を胸に予定の交通機関が来るまでの間、一週間の緊張や期待、別れを惜しんで言葉を交わしていた。

そんな中、1年A組は自分以外のある2人を案じていた。
1人は、飯田天哉。
先のヒーロー殺しステイン出現の際に兄であるインゲニウムが襲撃され、ヒーロー活動停止を余儀なくされた。
家族が傷つけられ尊敬するヒーローが殺された、その心痛は計り知れない。
平静を装っている、その様子は皆に心配を掛けまいとしているようで、内に秘める昏い炎を隠しているようで友人たちの胸に一抹の不安がよぎる。

そして、もう1人は、

「…………」
「(なんでどうしてなぜこうなったの)」

綾取紙衣である。
こちらは平静を装うことも出来ず、なんなら少し血の気が失せて涙目である。
何故か、理由は明白。
職場体験先が、かの爆殺王改め、爆殺卿もとい、爆発さん太郎じゃなかった、クラス1位2位を争う問題児、爆豪勝己と同じだから。

綾取紙衣ってどんな人と聞けば、こんな言葉が返ってくるだろう。
真面目だが茶目っ気もある、優しく賢く、気遣い上手に聞き上手、みんなのお姉さん的存在。
よく知る人に聞けば、意外と頑固で腹黒いも追加されるが、まぁ置いておいて。
人見知りもしない彼女は基本誰とでもおしゃべりして仲良くなれる人格者だ。
だが、例外は存在する。
優等生と言っても差し支えない綾取紙衣は今までいわゆる不良と呼ばれる人種と関わることが無かった。
互いに苦手意識を持っていただろうし、関わる必要もなかったのだ。
綾取紙衣にとって爆豪勝己は正に苦手としてきた人種だった。
それでも彼女は数少ない同級生と普通の会話くらいは成せるようになりたいと考えている。
問題は相手の方だ。


「おい」
「ひっ?!はっはい!」
「な、に声掛けただけでビビってんだクソが!」
「ご、ごめん、睨まれてたから……」
「にっ!……らんでねえよ、勘違いすんな」
「う、うん、ごめんね……」
「…………チッ」
「…………(舌打ちされたつらい誰か助けて)」


爆豪勝己ってどんな人と聞けば、こんな言葉が返ってくるだろう。
プライドエベレスト暴君、短気でタフネス、ヴィランと見紛う才能マン、ヘドロ、地雷の多い核爆弾。
さすが、ほんの短い時間ともに過ごした人にみみっちい上にクソを下水煮込みした性格と認識されるだけのことはある。
だが、強い芯を持ち勤勉な面もある、真面目な不良というパワーワードを生み出した彼は、恋愛においては中和作用でもあるのか普通の男子高校生と変わらぬらしい。

「おい、……っ、くっ……折り紙女」
「!な、なあに?」
「……〜〜〜っ!貸せ!!」
「え、え?!いきなり何?!荷物どうするの?!」
「持ってやるっつってんだよ!隣でちんたら歩かれるとイライラすんだよ!」
「え、と、ありがと……?」
「っ!うるせぇてめえのためじゃねぇ、し……黙れクソが!!」
「(分かんない分かんないよこの人何にキレてるの?!)」


いや、高校生どころか、中学生、はたまた小学生でももう少しマシなアプローチをするだろう。

ガン見して大声に驚いた彼女にまた怒鳴り、睨んだと勘違いされてショックを受けたが、悟られたくないために顔をそらして自分に舌打ち。

名前も呼べない上にろくに用件も言えず、礼を言われて舞い上がったが照れ隠しに暴言を吐くというお前マジ何やってんの状態。
本人的には、「死ね」「殺す」を言わぬよう努力をしているようだが、違う、それ以前の問題だ。

緑谷出久は知っている。
彼が、隙あらば声を掛けようと常に彼女を盗み見ては失敗していることを。

切島鋭児郎は知っている。
彼が、食堂で話していた彼女の職場体験先を耳にした後、即決で希望用紙を提出したことを。

1年A組は知っている。
彼が、あの爆豪勝己が、綾取紙衣に恋をしていることを。
彼女に、それが1ミリどころか、0.1ミリも伝わってないことを。
救いがあるとすれば、彼女が彼に抱いている感情が恐怖よりも苦手であるという点か。
それでもゼロどころかむしろマイナススタートに変わりはないが。

普段色々器用にこなす爆豪勝己の不器用で幼稚とも言える恋愛模様を、面白いを通り越して、もはや哀れになってきた彼をクラス全員で生暖かく見守りだして約1カ月。
此度の職場体験で少しでも、ほんの、わずかばかりでも、進展あればと。

全員にとって、職場体験が無事に終わり、実りあるものとなるように、祈った。

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2017/08/18



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