▼ 02
「あっれ〜?おっかしーなぁ……」
少年は顰めっ面をしながら辺りを見渡す。
「確かこの道を進めば近道出来る筈だったのに、なんか全然違う場所に出たぞ〜…?」
廃墟が続く風景に流石のマイペースな性格でも不安気な表情を浮かべる。
不意に気配を感じて立ち止まる。物陰から複数の人間が現れた。どう見ても柄の悪い連中だし、気付けばすっかり囲まれているではないか。
「よぅ兄ちゃん、ここいらが俺らの縄張りだって知ってて入って来たのか?」
ニヤニヤといかにもな笑みを浮かべる連中に少年は苦笑いを浮かべる。
「あー、もしかして俺、カツアゲとかされちゃう感じッスかね?」
頬を掻きながら言葉をかける。リーダーらしき男が合図を送り、一斉に襲いかかって来た。
「ちょ、まっ!!」
02 長月露草-Tuyukusa Nagatuki-
男は腰を抜かして座り込んでいた。
確かに多勢に無勢。こちらの方が圧倒的に有利だったはずだ。なのに、何故。自分の部下は全て倒れているのだ?何故目の前の少年は笑ってこちらを見下ろしているんだ?
「いやぁ、流石にビックリしちゃいましたよ〜、突然襲って来るなんて酷くないですか?」
「て、テメェ、異能力者だったのか!?ナニもんだ!
?」
男は震える声で尋ねる。
「名乗る程の者じゃないっすよ?俺はただ帰り道に迷って」
「くっ、くるなッ」
近づいて来る少年に男は隠していた拳銃を向けた。
「そんな危ないもの捨てた方がいいっすよ?」
「うるさい!!殺すぞガキ!!」
男の言葉に少年から笑みが消える。
真顔で男を見据える。ガタガタと拳銃を持つ手が震える様を見てフッと嘲笑めいた表情を浮かべた。
「殺す?ホントに人を殺したことのない人間が軽々しく口にするなよ」
次の瞬間、男の持っていた拳銃が飛んできた鉄矢に弾かれた。その拳銃を手にした少年はニッコリと笑い男に近づき、彼の太ももにそれを押し付ける。
「や、やめっ」
刹那、響く銃声と男の絶叫。
「これに懲りたらカツアゲとか馬鹿な事しない方がいいよ?」
少年はそれだけを言い残し、歩き出した。
***
「いっでぇ!!!!」
力の限り頭を打たれた少年は涙目で叫んだ。
「貴方という人は!!!!久々に帰って来たと思ったら何騒ぎを起こしちゃってくれてるんですか露草!!!!」
蓬に打たれた少年・長月露草(ながつき つゆくさ)は頭をさすりながらムゥっと膨れっ面を見せた。
「正当防衛だってぇ」
「貴方ほどの能力者ならもっとスマートに片付けられた筈ですがね?」
「まぁちょっとくらい騒ぎになっても蓬が情報操作してくれるだろ?」
「ふふ、もういっぺん殴られたいですか?」
「スミマセンデシタ」
蓬の異能力は情報操作-インフォメーションハンド-。ありとあらゆる情報を収集し、自由に書き換えることがメインの能力である。
暗殺一族である暦家の存在が公にならないのは彼のお陰だ。
「ところでまた異能都市の外をブラブラしてたんですか?」
「まぁそんなとこ」
露草には放浪癖があり、気付けば1週間以上姿が見えなくなることもある。
幼馴染みである菫もその癖に大変悩まされているようだ。
「異能都市の外に異能力者が出るのは危険だと知ってますよね?」
「まぁなんとかなるって」
「貴方の能力は確かに強いです。ですが一人の力には限界があります。なんだかんだ言って心配性な面々が多いのですから。だからあまり無茶はしないで下さい」
蓬なりの気遣いに露草は嬉しそうに小さく頷いた。
***
「露草くん、帰って来たの!?」
蓬の説教から解放され自室に向かっていると、菫に声をかけられた。しまった、と顔を顰める露草。蓬に続き菫からも説教を受けねばならないのかと思うと流石に御免被りたい。
「あー、菫……えーと、ただいま?」
こんな時自分の語彙力のなさを恨みたい。もう少し上手く躱す言葉が出てこないものだろうか。露草は嘆いた。
「ただいまじゃないわよ!一体今回はどこまで放浪してたの!?」
「うわぁ、そんな詰め寄るなよ、蓬にもたっぷり叱られたから勘弁してくれ〜!」
「それは貴方のせいでしょうが!!」
「おーい」
怒り収まらず、といった菫に押され気味の露草。
そんなところへ救いの手が差しのべられた。
「あ!薊!」
声をかけてきたのは弥生 薊(やよい あざみ)。
四元素使い-エレメンタルマスター-という能力を持つ少女だ。
「新しい任務、蓬から預かって来たんだけど。今回はアタシと露草で組んで欲しいんだとさ」
「オッケーオッケー!すぐ行こう!」
「は!?ちょ、押すなって」
「ちょっと露草くん、まだ話は!!」
「任務優先!てなわけで後でな〜」
露草は薊の背を押しながらこの場を去った。
***
「薊ありがとな、助かったよ」
「別にそういうつもりじゃなかったし。てゆか帰ったら結局菫のお説教だろ?」
「それは今言わないで!」
やれやれ、と薊は肩を竦める。
「それで今回の任務は?」
「何でも武器の密輸をしてる輩がいるとかで、その駆除だ。先に現地で竜胆が偵察してるからまず合流する」
「了解」
薊に案内されて倉庫が並ぶ波止場へとやってきた。
いかにもな場所である。
「あっ!露草さん!薊ちゃん!」
そこへ少女の声がかかる。能力を使い周りの風景に溶け込んで潜んでいた彼女は葉月竜胆(はづき りんどう)。能力を解除しながら二人へ駆け寄った。
「竜胆久しぶり〜」
「お久しぶりです露草さん!帰って来たんですね、お帰りなさい!」
「ただいまぁ」
露草に飛びつく竜胆。そんな彼女を露草は受け止め二人は抱きしめあった。竜胆はよくスキンシップを取りたがる。暦家の面々もそれは理解している為すっかりと慣れてしまったものだ。
「それで、偵察の結果は?」
「あ、うん!」
薊に尋ねられ竜胆はようやく露草から離れた。
「この先の倉庫が取引場所みたい。何でも異能力者が作った特殊な武器みたいだよ。はい、設計図っぽいもの貰ってきた」
てへ、と確信犯めいた笑みを浮かべ竜胆はそれを露草に渡す。
受け取った露草は集中してそれに目を通した。
「おっけー」
「相変わらず早っ」
ものの一分で理解し、設計図を薊に渡す。
薊は驚きながらもそれを燃やした。
***
竜胆の協力のもと、倉庫内に侵入する。
彼女の異能力は透明色彩-フルカラーペイント-。自分の体を透明にしたり物体と同じ色にする能力だ。時間は限られるが、触れた相手にも同じ効力を発揮する事が可能だ。
「よし、行くぞ」
竜胆に避難してもらい、タイミングを計らい二人は行動に出る。
「誰だ!?」
「アンタらを駆除するように『ハデス』から命令されたんだよ」
薊が男達の前に姿を現す。
彼女の姿を視界に捉えた男達は強ばった表情から嘲笑うかのような表情へ変わった。
「お嬢ちゃん冗談キツイな」
「迷子なら見逃してやるからさっさと消えな」
薊は盛大に溜息をつく。
「ったく、毎回毎回アンタらみたいな連中は外見に惑わされ過ぎだろ」
刹那、激しい閃光と共に雷が数人の男達を直撃した。
突然のことに彼らも動揺を見せる。
「アンタらも裏社会に生きる人間ならたとえどんな状況でも一瞬の油断が死に繋がる事を忘れんなよ?」
「くっ、まさかこんな子供が『地獄の番犬・ケルベロス』なのか!?お、おい、あれを持ってこい!!」
薊のただならぬオーラに男は焦り、部下へ声をかけた。
「は、はいっ、………え?」
振り返った男は目を見開いた。異能力者に開発してもらい高い金で買い取ったその武器はいつの間にか近付いた露草に分解されていたのだ。異変に気付いたリーダーも呆気にとられる。
「俺と同じような異能力者に作らせたんだろうけど、結構粗末な作りだなぁ。すぐに構造が理解出来たし分解も簡単過ぎて拍子抜けだぞ……」
そうは言ってのけるが先程の設計図を見た限りではちんぷんかんぷんだったよぉ、と竜胆は苦笑いを浮かべた。露草は根っからの天才肌なのだ。
「さて、裏社会のルールを知ってるなら、俺たち『地獄の番犬』が来たってことの意味はもう分かってるだろ?」
「ひっ、い、嫌だ!!死にたくない!!」
「残念。タイムリミットだよ、オジサンたち」
いつの間に能力を使ったのか。
男たち目掛けて大量の矢が放たれる。
蜂の巣となった彼らは見るも無残な最期を遂げた。
「任務完了〜」
「割とあっさりしてたな」
「露草さん!薊ちゃん!お疲れ様です〜!」
姿を隠してた竜胆が二人に駆け寄る。
「蓬さんに連絡を入れたので引き上げましょう!」
***
「僕たちに何か隠していませんか?」
椿は電話をしながら不機嫌そうな声で問う。
「最近依頼が増えている気がしますが」
『そうだね、確かにちょっと君たちを頼りすぎかもしれない。でも君は私の為に働く契約をしているんだ。あまり勘繰らないでくれないか?』
「…ですが」
『椿』
反論しようとした所で相手が静かに、だが威圧感を含む声で椿の名を呼んだ。
「……わかりました」
『ふふ、いい子だね椿。君が私に従順である限り、君との約束は守るよ。それだけは忘れないでくれ』
電話はそこで切れる。
無言のまま椿は眉間に皺を寄せた。
to be continued...