煉獄譚詩曲 | ナノ


▼ 03

「睡蓮、ほんとに何もされてないか?」

そう言いながら心配そうに睡蓮の様子を伺うのは逢坂 棗(おうさか なつめ)という幼馴染みだ。

「大丈夫だよ。何もないから安心して、棗」
「良かった〜!!もし睡蓮に何かしてたらアイツぶち殺してるよ俺!!睡蓮は俺の大切な幼馴染みだからな!!」
「ありがとう、棗」

今まで鋭い雰囲気を纏っていた棗が睡蓮の言葉でようやく本来の明るい雰囲気に戻る。

「ん?………それ、睡蓮の服じゃないよな?」
「え?…あ、……うん。一応、看病してくれたみたい」
「……………」

あ、まずい。睡蓮は咄嗟に悟った。
棗の目が完全に据わっている。このままだと春夜の元に殴り込みをしかねない。

「棗、本当に大丈夫だから。僕、なんともないよ……ッ、棗?」
「……………」

棗に強く抱きしめられ睡蓮は顔を顰める。

「睡蓮は誰にもやらない……絶対に俺が守ってみせる……」

ボソボソと呟くように繰り返す棗。
何とか彼を落ち着かそうと睡蓮は背中に腕を回し抱きしめ返した。

「(本当にキミは……)」


03 大鴉-Raven-


「無理だって。絶対無理。赤点回避とかハードル高すぎるわ」
「馬鹿なのお前?」

頭を抱える春夜へバッサリと切り捨てる夏菊。
そんな様子を見て優詩と侘助は苦笑いするしかなかった。

「たかが中間テストだろ?期末に比べりゃ範囲だって狭いんだし逆に赤点取る方が難しくねぇか?」
「夏菊ってさ、絶対パッと見は俺と同じ頭が残念系なのに裏切るよな」
「ははっー、俺が残念になるのは侘助関連だけだな!」
「自覚はあるんですね……」

思わずボソリと呟く侘助。

「まぁ取り敢えず、寮に帰ったら俺が勉強見てあげるから。赤点だけは回避しよう」
「ゆ、ゆーしぃ〜!!」

涙目で優詩に縋ると鬱陶しいと一蹴された所でチャイムが鳴り午後の授業が始まった。
中間テストがもうすぐやって来るこの時期。春夜のように頭を抱える者も居れば特に問題がないと余裕のある者までバラバラだ。

「(春夜も決して馬鹿ではないんだけどな。勉強のコツさえ掴めば要領もいいし赤点なんか取らずに済むんだが)」

優詩は前の席に座って授業を受ける春夜の後ろ姿を見つめながら思う。
単に面倒くさがって課題をギリギリまでサボったり、授業中に寝たりしているせいだろう。優詩が勉強を教えると大体理解してくれるのに。やれやれ、と優詩は小さく肩を竦めた。

中間テストも心配の種かもしれないが、優詩はそれ以上に心配している事があった。
先日春夜の部屋から窓ガラスが盛大に割れる音が聞こえて来て慌てて彼の元へ駆けつけた。

『ねぇちょっと、何があったの!?』
『な、何でもない!!ちょっと窓ガラスが割れちまっただけだから!!』
『そんな、何でもないわけないだろ、こんな……!!』
『ほんとに大丈夫だからさ!!心配かけて悪い!!』

結局はぐらかされて事の真相は聞けていない。
いくら尋ねても春夜は大丈夫だから気にするなの一点張りなのだ。
春夜の身の回りで起きている事を考えると安心など出来るはずもないのに。それがここ最近の優詩の悩みだ。

「(一体春夜の身に何が起きてるんだ……)」


***


「はぁぁぁ、今日もつっかれたー!!」
「はいはい。半分寝てただろ」
「ぬぐっ……俺の後ろの席なのに何故わかる」
「舟漕いでた」
「oh......」

放課後。のびのびとする春夜に対して容赦ないツッコミを入れる優詩。

「じゃーな、春夜ー、十六夜〜」
「おー!夏菊!また明日!」

夏菊たちが一足先に教室を出て行き、春夜と優詩も寮へ帰る準備をする。

「春夜、今日はこれから優里と約束があるから先に帰っててくれるか?」
「お?りょーかい。帰って来たら課題手伝って下さい!!」
「はいはい。キミの部屋に行くから待ってて」
「やったー!優詩ちょー大好き!!」
「ッ」

思わぬ一言に優詩は内心で動揺を見せた。
春夜に意図があるわけではないが好意を寄せる人物から好きだと言われれば少なかれど鼓動が高鳴るのは仕方の無いことだ。

「じょ、冗談は顔だけにして」
「ゆーしくんさり気なくディスるね!?」
「はいはい。じゃあまた後でね」

優詩は足早に教室を出ていく。
顔が赤くなったのはバレていないだろうか。それだけが心配だった。


***


「優詩が来るならなんか食べるもん準備しとくか。ん?でも優里ちゃんに会うって事は一緒に食事か?んー、取り敢えず軽食買いに行くか」

優詩と別れ一旦帰宅した春夜は部屋の中で呟き出かけることにした。
寮を出て少し歩いたところで黒い羽が舞落ちて来るのが見えた。ハッとして空を見上げる。日が沈みかけている空に真っ黒な翼を生やした少年が確かにそこにいたのだ。彼を春夜は知っている。つい先日、睡蓮を連れて帰った人物だ。

「お前は……」
「アンタが九条春夜だったんだな」
「なぁ、お前音無の知り合いなんだろ?アイツ元気にしてんのか?親父さんに酷いことさ「うるせぇ!!睡蓮の事を勝手に詮索すんじゃねぇよ!!」

遮るように叫ぶ彼に春夜は一瞬たじろぐ。

「睡蓮の事が心配か?」
「あ、あぁ」
「ならお前に出来る事は……ここで死ぬ事だけだよ!!」

鋭い眼差しでそう言うと彼は黒い羽を無数の刃のように春夜へ放って来た。
咄嗟に春夜は避ける。

「っ、待て、話を聞いてくれ!!なんでお前たちは俺の命を狙うんだ!?」
「あ?知るかよ!けど睡蓮の親父さんがそれを望んでるんだ。俺らにとっちゃそれだけで立派な理由だ!!」
「くっ!!」

言いながら彼は攻撃を続けてくる。睡蓮なら話が出来たかもしれないが、彼に話は通じそうにない。流石の春夜もそれは悟った。だがこのままでは追い詰められて殺されるだけだ。

「(音無の時みたいにアイツの異能力を無効化出来たら……!!けどそんな都合よくあの力が発動してくれるのか……!?)」

並木道に姿を隠しながら春夜は何とかその場を凌ぐ。

「俺だって……」

不意に彼が呟く。

「俺だって睡蓮の事を助けたい。けど、ダメなんだ。睡蓮は親父さんに囚われてる。あの人がいる限り、あの人が睡蓮を必要としてる限り、睡蓮はあの人から逃れられないんだよ!!」

最後は悔しそうに叫ぶ。
春夜は意を決して再び彼の前に出る。

「なら、その親父さんのとこに俺を連れていってくれ。何で俺の命を狙うのか、直接聞かないと俺だって納得いかないまま死にたくねーよ」
「………本気で言ってんのか?アンタ。あの人は残酷だぞ。ここで素直に死んでた方がマシだって思うことになるかもしれないのに、それでも連れていけって言うのかよ?」

彼は顰めっ面で春夜へ問いかける。

「構わない」
「……………ハッ。いいぜ、地獄を見せてやる」


***


「優里、何かわかったのか?」
「音無が何故はるやんの命を狙うのか。その確かな理由はわからなかった」

とある喫茶店にて優詩と優里は会っていた。
ここ数日、十六夜家の方であの少年の……音無家について調査を進めていた。十六夜家はこの異能都市の中でもかなり権力を握っている一家の一つなのだ。

「ただ、音無に依頼した何者かがいるのがわかった。はるやんを襲ったのは音無睡蓮で間違いないね。そしてその音無研究所の所長……音無水仙がその何者かに多額の報酬を持ちかけられてる」
「肝心な部分はまだ謎なんだな」

優詩が渋い顔をすると優里は肩を竦める。

「何分隠れんぼが得意な依頼人みたいでね。中々尻尾を掴ませてくれないんさ。こっちも全力で調査はして………ん?」

不意に優里のスマートフォンが鳴る。
どうやら着信を受けたようだ。

「………もしもし、何かあったのかい?……………なるほど。そりゃ大変だ」
「?」

優里は少しやり取りして通話を終えると優詩に告げた。

「はるやんが音無研究所に向かったらしい」
「は………!?」


to be continued...



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