煉獄譚詩曲 | ナノ


▼ 02

「ッ、いっ!!」

薄暗い部屋。
両手を拘束され吊るし上げられている睡蓮に、容赦なく鞭が打たれる。体に出来ていく傷がとても痛々しかった。
懸命に唇を噛み締め痛みに耐える。

「睡蓮、何故失敗したんだ。お前なら出来ると思ってわざわざ出向かせたというのに」

鞭を振るう白衣の男性が悲しげな声で呟く。

「ごめ、なさ、ッアァ!!」

謝罪の言葉もまともに受け取って貰えぬまま再び打たれた。

「睡蓮………あまりパパを、失望させないでくれるかな?」
「っ、ごめん、なさい……次こそ、次こそはお父さんの期待に応えてみせるから………だから、僕を嫌いにならないで……」

涙を流しながら懇願する睡蓮に彼の父親である音無水仙(おとなし すいせん)は口元に深い笑みを浮かべる。
睡蓮に近づくと優しい手付きで彼の頬へ両手を添えた。

「嫌いになんかなるものか!睡蓮はパパの最高傑作なんだ!だから、お前に成し遂げられない事などないはずだろう?」
「うん……今度こそ、必ず、やってみせるからーー」
「あぁ、いい子だね、睡蓮。大好きだよ」


02 接触-Contact-


あれから数日。
最初はまた命を狙われるのではないかと気を張っていた春夜も、段々とあれは夢か何かだったのではないか?そう思うようになっていた。

「春夜?」

それに、あの時彼の攻撃を打ち消したあの現象。
あれは何だったのだろうか。自分は無能力者だ。

「はーるーや?」

今まで散々言われて来たことだ。お前に異能力はない、と。
異能力テストでも毎回そう判断されてきたではないか。

「おいコラ春夜返事しろやッ」
「いだっ!?な、何すんだよ夏菊!!」

突然頭に衝撃を受け春夜は目の前にいる夏菊へ涙目で訴えた。
夏菊の手には筒状に丸められたノートがある。どうやらあれで叩かれたようだ。

「お前が勉強教えてくれって言うからわざわざ放課後に時間割いて教えてやってんだろーが!真面目に聞けや!」
「あ、あー、そうだった、わりぃ……」

本来なら優詩も一緒に教えてくれる予定だったのだが、今日は来客の予定があるらしく一足先に帰宅している。

「お前どうしたんだ?ここ最近何か上の空じゃん」
「ん……ちょっと、な。なぁ夏菊。異能力を打ち消す異能力なんてあるのか?」

春夜の質問に夏菊は首を傾げる。

「異能力を打ち消す異能力?んなの聞いたことねーよ。一時的に異能力を奪ったり、コピーしたりとかいう異能力はあるらしーけど」
「そっか、夏菊も知らないなら、やっぱそんな異能力は存在しねーのかな……」
「どうしたんだよ急に」
「いやー、深い意味は、ない」
「ふーん?」


***


「まぁ、音無に関してはこっちでも調べてみるさ」

寮まで帰って来た春夜は優詩の部屋から出てくる一人の少女に気付く。

「あれ?優里ちゃん?」
「!おひさー、はるやん」

茶髪の長髪を靡かせ振り返った少女の事を、春夜はよく知っていた。

「春夜、帰って来たの」

扉から顔を覗かせて優詩が声をかける。

「珍しいな、優里ちゃんが寮に遊びに来るなんて。あっ!今日の来客予定って優里ちゃんの事だったのか?」
「せいかーい。ちょーっと兄さんに話があって足を運んだんさー」

少女の名は十六夜優里(いざよい ゆうり)。
あまり見た目は似てはいないが2人は歴とした双子の兄妹である。

「優里、下まで送る」
「ん?いーよいーよ。あたしの事は気にしなさんな。多分そろそろ痺れを切らした相棒が下でうろちょろしてると思うし」
「あぁ………わかった。気をつけて」
「ほいさー」

優里はヒラヒラと手を振りながらエレベーターへと向かった。

「春夜、今日は何も無かったか?」

優里の姿が見えなくなると優詩は春夜へと尋ねる。

「へーきへーき!何かこの間の出来事が夢だったんじゃないかってくらい平和!」
「そうか…………春夜」
「ん?」
「何があっても、キミを守るから」

真っ直ぐに目を見つめてそう言う優詩に春夜は目を見開く。

「な、何言ってんだよ優詩!大丈夫だって!」
「そう、だな。何もなければいいんだ」

ちょっと照れくさくなって誤魔化すように笑えば優詩も苦笑いを浮かべた。


***


その夜。
課題を進めていた春夜は飲み物がない事に気が付いた。

「近くのコンビニに何か買いに行くか」

薄手の上着を羽織り、エレベーターへ向かう。
寮であるマンションを出て少し歩くとコンビニが見えて来る。目当てだった飲み物と、軽食用に少々食べ物を買うと元の道を戻る。
その時だった。見覚えのある後ろ姿を見つけたのは。

「!(アイツは……!!)」

白髪の小柄な少年。
見間違える筈もない。あの日春夜に襲いかかって来た少年だ。気付かれればまた襲われるのだろうか?いや、こんな人気のある場所でそんなことはないと思いたい。

「(………ん?)」

一人緊張する春夜だが、何やら少年に違和感を覚える。何だかフラフラと足元が覚束無いようだった。
体調でも優れないのだろうか?今なら気付かれずにやり過ごせそうだ。
様子を見守る。このまま何もしなければいつも通りの日常を過ごして一日が終わる。その筈だった。少年の体が傾いたのを見て、咄嗟に抱きとめた自分に気付くまでは。

「っ…!?」

少年は勿論、春夜自身も驚いた。

「(な、何してるんだ俺は…!!)」
「…………貴方、馬鹿なんですか?」

少年の冷めた視線が突き刺さる。

「し、仕方ないだろ!お前がフラフラしてんのが悪い!」
「僕は貴方の命を狙った敵ですよ?放っておくのが普通だと思いますが……まぁいいです。今は命令されてないので無闇に襲ったりはしませんよ」

その言葉に春夜はあからさまにほっとした表情を見せた。

「取り敢えず離してもらえます?」
「んなこと言ってお前結構フラフラしてるぞ?調子悪いのか?」
「うるさいなぁ……いいから、僕のことなんて放っておいて……ッ!!」

強めに振り払った瞬間、少年の体が再び傾いた。その場に崩れ落ちる少年。周りがざわつき、春夜は慌てて彼を抱き起こす。触れた手は熱く、春夜はもしかしてと彼の額に手を当てる。

「お前熱あんじゃん…!!」
「っ…………」

意識が朦朧としているのか少年は答えない。
意を決した春夜は少年を抱き上げ走り出した。


***


「っ………ぅ………?」

目が覚めると見慣れない部屋にいた。少年は上体を起こし辺りを見回す。
すると玄関先の方からひょこっと春夜が顔を出した。

「あ、起きたか?」
「!?……まさか貴方……僕を自分の部屋に連れて帰ったんですか……!?」

信じられない、という風に目を見開く彼に春夜は「あー」と目を逸らす。

「あんなとこでぶっ倒れられたらそりゃ、なぁ」
「それでもですよ!!仮にも命を狙ってる相手をわざわざ自分の部屋に?ありえない!」
「ほっとけねータチなんでね。それにお前、今は俺の命を狙ってないって言ってたじゃん」
「ありえない。馬鹿だ。その言葉を信じたんですか。貴方ホントに馬鹿ですよ!?」
「バカバカ連呼すんなよ!一応助けてやったんだぞ!」

あまりに馬鹿と言われて春夜も思わず反論する。

「………なぁ、お前。虐待でも受けてんのか?」
「は?」

突然の問いに訝しげな表情をする少年。

「ワリィ、体の傷、見えちまったんだよ」
「!!」

そう言われて気付く。
自分が着ていた服は綺麗に畳まれており、今自分は知らない服を着ている。大きさ的にも春夜のものだろう。

「…………これは、罰だから」
「罰?」
「父さんの命令に応えられなかった、罰。だから虐待なんかじゃ、ない………」
「オヤジさんにそんな傷つけられたのか!?そんなのおかしいだろ!?」
「父さんを悪く言うな!!!!」

少年の叫び声に春夜は少しだけ目を見開き、すぐにしかめっ面へと戻る。

「……お前、寝てる時ずっと魘されながら父さん、って呟いてた………なぁ、お前に命令してるのもそのオヤジさんなんだろ?自分の息子に人の命を奪えなんて命令するなんて、絶対におかしいだろ!?」

少年は答えない。

「お前……いいように使われてるんじゃないか?」
「ッ………!!そんなことわかってる!!わかってるけど、僕には父さんしかいないんだ!!父さんが全てなんだ!!だから父さんの期待に応えたい!!父さんが望む事全てを成し遂げたい!!そう思う事の何が悪いの!?!?」

感情を剥き出しにして叫ぶ。

「それは、ホントにお前が心から望んでる事か?」
「当たり前だろう…!?」
「じゃあ何で今すぐ俺を殺さない」
「ッ!」

明らかに動揺の色が見えた。
春夜は続ける。

「お前のオヤジさんが命令したことなんだろう?だったら今すぐ殺してオヤジさんに報告すればいい。でもそうしないのは、お前が本当は殺しなんてしたくないから。そうなんだろ?」
「僕、は………」

言葉につまる少年に春夜は手を差し出す。突然の事に意味がわからず少年は首を傾げた。

「改めて言うのもなんだけど、俺、九条春夜。よろしく」
「よろしくって………」
「お前の名前も教えてくれよ。あと、オヤジさんがお前に俺の命を奪うように言った理由も。それが分かれば、何とかなるかもしれないだろう?」

そう言って微笑む春夜は本気だ。

「っ……」

少年が恐る恐る手を差し出そうとしたその瞬間、窓ガラスが盛大に割れた。

「なんだ!?」
「っ!!な、棗!?」

ベランダに翼の生えた少年が佇んでいた。棗、と呼ばれたその人物は少年を見てホッとしたように笑みを浮かべる。

「良かった睡蓮、無事か!?その男に変なことされてない?!」
「な、何だお前…!!」

春夜に問われ、棗は春夜をキッと睨み付けた。

「うるせぇ変態!睡蓮を連れ込みやがって!睡蓮を返せ!」
「な、棗!僕は何ともないよ!」

自分の服を掴み睡蓮と呼ばれた少年は棗へ駆け寄る。

「九条さん」

睡蓮は一度だけ振り返り春夜へ話しかけた。

「僕の名前は、音無睡蓮(おとなし すいれん)です。次に会うときは、貴方の敵です。それは忘れないで下さい。……行こう、棗」
「っ、音無!!まっ!!」

春夜が呼び止めようとするも、棗は睡蓮を抱え飛び去った。唖然とその場を見つめる春夜だが、チャイムが鳴り響き玄関ドアが激しく叩かれる音に現実へ引き戻される。

「春夜!?凄い音がしたけど大丈夫なのか!?」

優詩の声だ。
音を聞きつけ駆けつけてくれたらしい。

「あ、あぁ、今あける!」

春夜は慌てて玄関先へ向かった。


to be continued...

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