- ナノ -

公認になりました



 その後、何事もないかのようにケロリとした顔で戻って来た彼から飲み物を受け取り、オセロを置いていた机の上に教材を広げて課題を片付けることになった。

「昔習ったものとは別の見解になってて驚くものもあれば、あんまり変わってないものもあるのね」
「そうだな。中忍試験が懐かしい」
「あはは! そういえばそうね。ていうか、あの時が初めてだったわよね。お互い顔を合わせたの」

 とんでもない事態に発展したし、ロクでもない出会いではあったが、私自身その時の記憶は既に夢で見ている。最初は「何コレ?!」と真っ青になったものだが、今となっては「あの時の彼がここまで変わるとはねぇ」と感慨深い気持ちだ。
 だけど当の本人にとっては触れられたくない話題だったらしく、見事に撃沈していた。

「その節は誠にすまない……」
「何謝ってるのよ。ていうかそんなの気にしてたらあなたと結婚なんかしなかったわ」
「それは、そうかもしれないが……」

 しょぼしょぼと、先程までの勢いはどこにいったのか。叱られた犬みたいな瞳で恐る恐る見上げて来るから、思わず笑ってしまう。

「大丈夫よ。今も昔も、あなたのことちっとも怖くないわ」

 確かに敵に回れば恐ろしく感じただろうが、彼がアレ以降敵に回ったことは一度としてない。いつだって私たちを守り、率いてくれた人の鼻先をキュッと摘まめば「むぐっ」と存外間抜けな声が上がる。
 だから敢えて笑みを向けてやれば、彼も安心したように肩の力を抜いて微苦笑を浮かべた。

「やはりお前には敵わないな」
「ふふっ。こう見えて鍛えられましたから。私も」

 師匠やチヨバアさまだけではない。沢山の人たちが私を守り、育んでくれた。それは今も変わらない。そして彼も、暴走していた愛を知らない子供ではない。誰かを慈しみ、守り、愛し抜くことを知っている人だ。だからこそ畏れる必要はない。彼の手は、もう誰も傷つけたりしないのだから。

「ところでサクラ」
「うん?」

 二人掛かりで挑んだせいか、あっという間に終わった課題を鞄に仕舞いながら彼へと視線を向けると、珍しくソワソワとした様子で軽く咳払いをした。

「その……結局、俺たちは“付き合う”ということでいいのだろうか?」

 ああ。そういえばそうだった。というか、あんなことしておきながら今更確認する?
 順序が可笑しくないかと吹き出しそうになったが、どうにか堪えて頷くだけに留める。

「ええ。そうよ。ていうか、私のファーストキスをがっつり奪った癖に逃げるだなんて許さないから」
「え? ああ……。そうか。それは、いいことを聞いた」
「なんでよ」

 バシッ。とにやける彼の肩を叩けばクスクスと笑われる。だってしょうがないじゃない。昔から記憶があったせいで同い年の子供相手に恋なんて出来なかったんだから。むしろそんなことしてたらショタコン疑惑浮上してたわよ。よかったわね。私が“大人”で。

「では改めて。至らぬ男だがよろしく頼む」
「ええ。任せて頂戴」

 ドンと胸を張って頷いてから、こちらも改めて頭を下げる。

「不束者ですが、よろしくお願いします」
「ああ。存分に頼ってくれ」

 顔を上げた後にお互い揃って笑みを零す。やっぱり、彼のこういう穏やかなところが好きだ。頼りになるのに時々お茶目で、抜けていて、放っておけなくて……。目が離せない人。私の“元”夫。そして今日からは彼氏だ。さっき揶揄ったのは私だけど、人の事言えないわね。
 寝ても覚めても彼の事ばかり。本当、恥ずかしいったらないわ。
 でも、嬉しいのは本当だから、今日ぐらいは幸せに浸ってもいいわよね?

「送っていく。そろそろ帰らないと不味いだろう?」
「あ! 本当! いつの間にこんな時間になってたのかしら」

 気付けば六時過ぎ。母親も帰ってくる頃だろう。
 慌てて荷物を鞄に詰め込み立ち上がれば、彼が扉を開けると同時に「ただいまー」という声が聞こえてくる。

「あ。おかえり、母さん」
「お母さま?!」

 まさかのエンカウントである。先に階段を下り始めた彼に慌てて続けば、買い物をしてきたのだろう。上り框(あがりかまち)に荷物を置き、靴を脱ぐ姿に心臓がドクリ、と強く脈打つ。

「ただいま、我愛羅。――あら?」
「こ、こんにちは! はじめまして! 春野サクラと申します!」

 鞄を両手で持ち、ほぼ直角に腰を曲げて挨拶をすれば穏やかな声が降ってくる。

「あらあら! まあ、いらっしゃい。はじめまして。我愛羅の母、加瑠羅です」
「お、お会い出来て光栄です……!」

 これは紛れもない本心だ。だって、昔は写真の中でしか会えなかった。ご挨拶したくても出来なくて、彼と一緒に向かうのはいつもお墓だった。子供達にも「おばあちゃんってどんな人だったの?」と聞かれても答えることが出来なかった。
 そんな、写真の中でしか見たことのなかった、声も知らなかったお義母さまとこうして話が出来る日が来るとは思ってもみなかった。
 だからこう……、何というか、感無量、とでもいうのだろうか。胸がいっぱいになって、言葉が上手く出てこない。
 あわあわと勝手に、一人でテンパる私に加瑠羅さんは驚いたような顔をしたけれど、すぐに嬉しそうに微笑んでくれた。

「ありがとう。私もお会い出来て嬉しいわ。我愛羅と仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、そんな……!」

 むしろ愛情いっぱい注がれて幸せ気分に浸っておりました! とは流石に口には出来ず。代わりにどんどん上昇していく体温にあたふたしていると、見かねたのだろう。彼が説明してくれる。

「母さん。今日から俺たち付き合うことになったから」
「まあ! そうだったの?! おめでとう、我愛羅! お母さん嬉しいわ!」
「うわっ」

 ギュッ! と抱きしめられて我愛羅くんが肩を跳ね上げる。だけど思春期の男子らしく無理に振り払ったり、過剰に照れたりせず、どこか嬉しそうに「うん」と子供らしく頷いている。
 何だかんだ言ってずっとお母さんに会いたがっていたから、こうして一緒に過ごせるのが嬉しいのだろう。前世の分も含めて喜びを噛み締めていると、加瑠羅さんの手が私にも伸びてくる。

「これからも息子をよろしくね、サクラちゃん」
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 改めて頭を下げれば、加瑠羅さんは優しく微笑んでくれる。昔見た写真と殆ど変わらない、あたたかな笑みだった。

「それじゃあ、俺送ってくるから」
「ええ。気を付けてね。サクラちゃん。また遊びに来てね」
「はいっ。お邪魔しました」

 笑顔で手を振ってくれる加瑠羅さんに頭を下げ、彼と一緒に外に出る。

「はー……。挨拶、しちゃった……」
「お前、俺と再会した時よりテンション上がってなかったか?」
「当たり前でしょ?! 昔はこうして挨拶も出来なかったんだから! 人生二回分の挨拶よ?! 緊張しない方がどうかしてるわ!!」

 鼻息荒く言い返せば、彼は何故か目を丸くした後「そうか……」と何故か感じ入るように頷く。な、なによう。そんな顔して。一体どうしたっていうのよ。

「昔のことを覚えているとは分かっていても、母のことを今でも気にかけてくれているのが嬉しくてな。ありがとう。サクラ」
「うっ、べ、別にお礼を言われることじゃないわよ。それに、私自身すっごく嬉しいの。昔、子供達にお義母さまがどんな方なのかお話出来なかったから……。こうしてお会い出来て、お話出来て、すごく嬉しい」

 お義母さまについての記憶は、テマリさんもカンクロウさんも朧げにしか残っておらず、彼に至っては皆無だった。そんな方にちゃんとご挨拶が出来て、しかもまた「遊びに来てね」なんて言われたら舞い上がるに決まっている。
 まるでガッツポーズを取るように拳を握る私に彼は微苦笑を浮かべたが、すぐに「いいから帰るぞ」と背を押して歩き出す。それに慌てて続き、軽く道案内しながら然程離れていない我が家まで送ってもらった。

「今度は私の家に遊びに来てね」
「ああ。そうさせてもらおう」
「うん。それじゃあまた明日ね」

 ヒラリと手を振り、玄関のドアノブを掴む。お母さんは既に帰ってきているみたいだ。リビングのカーテンの隙間から灯りが漏れている。
 最後にもう一度だけ彼を振り返って手を振り玄関を潜れば、早速「遅かったじゃない」と台所から声が飛んで来た。

「あんまり遅くまで遊ぶんじゃないわよ? 夜は危ないんだから」
「大丈夫よ。彼氏に送ってもらったから」

 敢えて『彼氏』を強調すれば、お母さんは「え?!」と大声を上げながら慌てて駆け寄ってくる。

「彼氏?! あんたもう彼氏が出来たの?!」
「いえーい」
「うっそ! ちょっと、まだいる?!」
「さあ? 流石にもう帰ったんじゃない?」
「あんたねえ! 何でもっと早く言わないの! ええ、ちょ、あー……もう見えないわ」

 慌ててカーテンを開けて外を見るお母さんだけど、既に彼は立ち去っていたらしく姿はない。というか暗いし、他にも通行人はいるし、そもそも顔も体型も分からないんだから意味なくない? と苦笑いしてしまう。
 案の定その後すぐに「写真はないの?」とか「名前は? どんな子なの?」と矢継ぎ早に質問攻めにあい、これじゃあ学校と何も変わらないな。とほとほと苦労する羽目になった。


 ◇ ◇ ◇


 流石に『お父さんにはまだ黙っていた方がいいわよ』と釘を刺され、母子の秘密となった彼とお付き合いが始まった翌日――。
 まさかの「デジャヴ?」という突っ込みから朝が始まった。

「サクラ! 今日こそ答えてもらうから!」
「お、おはよう、サクラちゃん」
「あー、おはよう。ヒナタ。いの」

 門前に立つのは両手に腰を当てて仁王立ちするいのと、その横で苦笑いするヒナタだ。まったく。本当に懲りないというか諦めないというか。でもそういうところがいのらしいのよね。そんなことを考えつつ玄関を閉める。

「で? あの『我愛羅くん』とはどういう関係なの?」

 挨拶もなしにグイグイとにじり寄ってくるいのに「ちょっとは落ち着きなさいよ」と諫めてから鞄を肩に掛けなおして歩き出す。

「どうもこうも、あんたたちがガツガツ聞きに来るから、昨日から正式にお付き合いすることになりました」
「わ! やっぱりそうだったの?!」
「うっそー! サクラに先越されるとかショックなんだけどー?!」

 驚くヒナタに、頭を抱えて唸るいの。分かり切ってたけど、ここまでオーバーなリアクションをされると笑うしかない。

「おかげさまで。背中を押してくれてどうもありがとう」
「いやいやいや。何よその昨日までなかった余裕は」
「さあ〜? 彼氏が出来たことのないいのちゃんには分からないんじゃないかしら〜?」
「キーッ! むかつく!!」
「ま、まあまあ……」

 三人で姦しくおしゃべりしながら歩いていると、昨日と同じ場所で、同じように彼を真ん中にして立つ姉兄の姿見えてきた。

「あ。テマリ先輩とカンクロウ先輩だ」

 どうやら昨日の一件で名前を覚えたらしい。いのが呟くと同時に、二人もこちらに気付いたらしく視線を向けてくる。

「あ! 来たね、春野!」
「待ってたじゃん」
「はい。おはようございます」

 一応笑顔を浮かべて挨拶すれば、一瞬面くらったような顔をした後二人も律義に「おはよう」と返してくれる。こう言う所は相変わらずらしい。ついニコニコしてしまうとテマリさんが「うッ」と呻く。

「我愛羅、お前の彼女すげえじゃん。テマリの睨みにも怯まねえどころか超ニコニコしてるじゃん」
「いい女だろう」
「はいそこ! 煩い! 今からお姉ちゃんが喋るんだから黙ってな!」

 うーん。相変わらずのお姉ちゃんっぷり。いや、むしろ今の方が凄い。酷いっていうか凄い。どこか気圧されそうな圧を放ちながら、腕を組んだテマリさんが眉間にたっぷりと皺を刻んで睨んでくる。

「我愛羅と母さんから聞いたよ。あんた、うちの子と付き合うことになったんだってね」
「はい。その節はお騒がせしました」

 昨日は逃げたり誤魔化したりと随分と酷い対応をしてしまった。だからキッチリと頭を下げて謝罪すれば、再びカンクロウさんの口から「おぉ……」と感心したような声が上がる。

「べ、別に謝って欲しかったわけじゃない! いいか? よく聞けよ、春野」
「はい」
「確かに、確かに我愛羅は口下手だし何考えてんのかよく分かんないし、時々やけに大人っぽいこと言うしやたらと大人びる不思議な子だけど!」
「言い過ぎじゃないか?」
「でも本当のことじゃん?」

 テマリさんの背後で我愛羅くんとカンクロウさんがお互いを見て「え?」「ん?」という顔をしているのが地味に面白い。だけどここで笑ったら確実にテマリさんを怒らせてしまうので、必死に頬の内側を噛んで堪える。

「それでも、あの子は私たちにとって大事な弟だ。遊びで付き合うってんならこの場で別れて貰うよ」
「うわぁ……過保護……」

 今度は私の背後でいのが呟く。ヒナタも驚いているのだろう。口元に手を当てあわあわしている。だけどこれでビビる女ではないのだ。私は。
 何せ人生二回目。過去の記憶を何度も見た――というか今朝も見たばかりだ。そんな私にその程度の脅しが効くと思わないで欲しい。

「絶対に別れません」
「へえ……?」
「ちょ、サクラ……!」

 ハッキリと言い返した私にいのが慌てて近付いてくるが、私は敢えて笑みを浮かべてテマリさんの威圧的な瞳を見つめ返す。

「だって、遊びで彼と付き合うような女じゃありませんから。私」
「年下の癖に言うじゃないか。中学校から上がったばっかりで粋がってんならやめときな」
「あら。恋愛に歳なんて関係ありませんよね? それに、」

 私はただ待つだけの女じゃない。何も知らない、何も出来ない幼子でもない。確かに“昔”みたいに地面は割れないし人の怪我だって治せないけど、非力で何も出来ない女になるつもりは毛頭ない。

「私は“昔から”彼の隣に立つと決めているので。どんな障害も乗り越えてみせます。至らないところは補います。諦めることも、逃げることも絶対にしません」

 いつも私たちは誰かのために戦ってきた。里のため。愛する人のため。子供達のため。時には誰かの命を奪うこともあった。傷つき、傷つけられる時もあった。それでも、私たちはあの過酷な時代を生きた。その背中を時に見つめながら、時に庇いあいながら。一緒に生きたのだ。

「だから、安心してください」

 いつも砂で守られていた彼だけど、それでも時には怪我をした。私はまだ思い出せてはいないけど、血塗れになったこともあると言っていた。
 今は昔みたいに突然刺客が来る時代ではないけれど、それでも――。

「――彼のことは、私が守りますから」

 一緒にいると決めた“あの時”から、私は彼の隣に立つために努力し続けると誓ったのだ。彼を守る砂にはなれずとも、彼の傷を癒せる存在になると彼の亡くなったご両親に誓ったのだ。
 それを、今は違う“私”だからと言って違えたりはしない。だって、私はまた『彼の隣に立つ』『彼を支える女になる』と昨夜決めたばかりなのだから。

「う……サクラが格好いい……」
「すげえ……テマリに啖呵切った女なんて初めてじゃん……」

 何故か乙女のように顔を両手で覆う我愛羅くんに続き、カンクロウさんまでぽかんと口を開けている。
 対するテマリさんはと言うと、さっき以上に渋い顔でこちらを見下ろしたまま口を噤んでいた。だけど返事がないからどうだと言うのだ。
 緊迫する空気の中、じっと視線を交わしていると――突然両手で肩を掴まれた。

「気に入った!!」
「――へ?」

 私の代わりにいのが間抜けた声を出すが、正直特に驚いてはいない。だって、テマリさんは今も昔も我愛羅くんのことをとても大切にしていたから、こんなやり取りは今回が初めてではないのだ。

「いや〜、我愛羅が変な女を引っ掛けていたらどうしようかと思ってたんだ。でもこの子なら安心だね。私から目を逸らさなかった。なかなか出来ることじゃないよ」
「それ、自分で言ってて悲しくねえか? テマリ」

 呆れた声でカンクロウさんが突っ込むが、テマリさんは「うるさいよ」と一蹴するだけだった。

「悪かったね、春野。実は昨日我愛羅と母さんからお前とこの子が付き合い始めた、って聞いてね。昨日の様子だけじゃお前がどんな子か分からなかったからさ。こうなりゃ力づくでいくしかないか、と思って待ち伏せしてたんだ」
「怖がらせるようなことして悪かったじゃん。でもコイツ天然だからさ。俺らとしては心配だったわけ」
「妙な心配をするな」

 げんなりとした顔をする彼に苦笑いを返し、すぐさまテマリさんとカンクロウさんへと視線を移す。今は隈取の化粧も傀儡も持っていない。鉄扇も持っていない二人だけど、我愛羅くんに向ける愛情は変わらず本物だ。
 そんな心配性な二人を安心させるように、私は笑みを浮かべる。

「任せてください。これでもうっかりさんの相手には慣れているんです」
「はは! 言うじゃないか!」

 笑うテマリさんに肩を組まれ、我愛羅くんからはため息を吐かれる。それでも私が「これで安心ね」と声を掛ければ、肩を竦めた後に一つ頷いた。

「さてと。それじゃあ学校に行くか。行くよ、我愛羅。カンクロウ」
「はいはい、っと」
「サクラ。行こう」
「うん。いのとヒナタも行こう」
「あ、ちょっと!」
「ま、待って、サクラちゃん!」

 バタバタと慌ただしく掛けてくる二人に、散々「心配させないで」とお小言をもらいながらも全員で学校へと向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇


 テマリさんの件で完全に忘れてたけど、ここにも問題が残ってたんだった。

「で? 昨日も今日も一緒に登校しておきながら、それでもまだ付き合ってないって?」

 好奇心が隠しきれていない視線を向けて来る女子生徒数名と、チラチラとこちらを伺う男子生徒数名を代表するかのように問い詰められる。
 昨日有耶無耶にした分「今日こそ絶対に聞くぞ!」って思ってたんだろうなぁ。
 改めて逃げられなさそうな空気の中、彼が私の手を掴んで軽く掲げる。

「安心しろ。無事付き合うことになった」
「何の報告だ!」

 スパン! と思わず彼の肩を叩いてしまったが、周りからは「だよなぁ〜」とか「やっぱりそうだよね」とか何故か『安心した〜』と言わんばかりの反応を返され脱力する。
 何なのよ、もう。でもおかげでクラスが変にギクシャクせずに済んだのかもしれない。そう前向きに捉えるとしよう。

「じゃあ二人はAクラ公認の“夫婦”ってことで」
「ちょっと待って。付き合い始めたばかりなんですけど?」

 どこか黒ツチさんに似た公開処刑発言をした彼女に詰めよれば、何故か愉し気な笑みを返される。

「だって普通付き合いたてのカップルが『あなた』なんて呼ぶかぁ?」
「うぐっ、そ、それは……!」

 これも完全に無意識だったけど、割と結構な頻度で彼のこと「あなた」って呼んじゃうのよね。周りが「我愛羅くん」とか「我愛羅さん」とか呼ぶ中、一人だけ「あなた」って呼んでたらそりゃ目立つわよね。知ってた。分かってた。でも無意識だったんだからしょうがなくない?!

「それに我愛羅氏もさぁ〜、春野さんの名前だけ呼び捨てだし」
「ん? そうだったか?」
「お互い無意識かよォ〜! 口から砂糖吐くわこんなの」

 ケラケラと笑う彼女に頬が熱くなる。くぅ……! 記憶があってよかったと思う反面、こういう時はつらい……! でも今更「我愛羅くん(ハート)」みたいなノリはキツイっていうか恥ずかしいし……! でも「ダーリン(ハート×二乗)」みたいなテンションはもっと無理!!

「まぁ別に呼び方なんぞどうでもいいだろう。なあ?」
「え? あ、ああ……うん」

 まあ今更「ダーリン」とは呼べないけど、名前なら今でも「我愛羅くん」って普通に呼ぶし。その辺は別にいいんだけどさぁ……。

「私、そんなに『あなた』って呼んでたかな……」
「……どうだろう。俺も無意識だったからな……」

 お互いうーん。と顎に手を当て考えれば、途端に周囲が笑い出す。

「やーやー、お二人さん。お熱いところを見せてくれてありがとう。でももうお腹いっぱいだから小分けしてくれる?」
「何がよ」
「見せつけんな、って言ってんの」

 バシバシと背を叩かれるが、彼女が何を言っているのかサッパリ分からない。それでも席に着けば、彼も周囲に冷やかされながら自分の席へと戻って行った。

 何はともあれ高校生活は始まったばかり。そして“元夫”との恋も――また始まったばかりである。

 ――と、上手く締めようと思ったところであることを思い出す。

「あ! そうだった! ちょっとあなた! あなたの教科書と私の教科書入れ替わってない?!」
「え? そうだったか?」

 おそらく昨日課題を終えた後間違えて入れてしまったのだろう。彼の名前が書かれた教科書を持って行けば、彼もガサゴソと鞄を漁ってから「あ」と声を漏らす。

「気付かなかったな」
「まぁ新品だからしょうがないんだけど……。今度目印にシールでも貼りましょうか」
「お前がいいならいいんじゃないか?」
「うん。じゃあ今度持ってきて貼ってあげるわ」
「え? 俺のにか?」

 ギョッとする彼だが、今朝見た夢で彼は我が子に「目印」としてシールを貼られていたのだ。だから満面の笑みを浮かべて「一目で分かるようにしてあげるわね」と伝えれば嫌そうな顔をする。

「俺のにだけ貼るのはおかしいだろう。お前のにも貼れ」
「別にいいけど……。じゃあすっごくファンシーで可愛いの貼るわね?」
「待て。お前に任せると酷い目に合いそうだ。俺にも選ばせろ」

 続々とクラスメイトが揃う中、あーでもないこーでもないとシール談義をしていた私たちは結局クラス全員を巻き込み――Aクラスの教科書には必ずシールが貼られている。と意味の分からない現象を巻き起こしたのだった。