- ナノ -

プロローグ



 春。高校の入学式。早咲きの桜がヒラヒラと舞い散る中、見知った顔を見つけて思わず目を疑った。

 突然だけど私には『前世の記憶』というものがある。現代社会にそぐわないうえにやたらとオカルトチックではあるが、他に言いようがないのだから仕方がない。
 証明してみろ。と言われても頭の中を見せられるわけではないからひたすらに信じて貰うしかないのがたまに瑕だけど。
 じゃあ私自身はどう思っているのかと聞かれたら、あまりにもハッキリと思い出せるので『こういうものなんだ』と半ば諦めてもいる。

 あまりにも見知った友人たち。名前も顔も性格も殆ど変わらない。変わったのは纏う衣服と時代ぐらいだろうか。
 夢で見る私たちはおよそ人間離れした動きをする『忍』という生き物だった。口から火を吐いたり水の上を走ったり、風を操ったり雷を腕に纏わせたり、木々の間をすごい速さで移動したりと、上げだしたらキリがない。もし今でも『忍』が生きていたら外国人に人気だっただろうな。なんて思うほど現代人離れした集団だった。
 まぁ自分もその一人だったわけだけど。
 ただ私が見る“記憶”もとい“夢”は時間も時代もバラバラで、子供目線の時もあれば大人の時もある。視線の高さが違うのは勿論だけど、過ごす環境がガラリと一変したことに昔は驚いた。
 
 子供時代の“私”は比較的穏やかな場所で暮らしていた。子供ながらに見目のいい男の子がいて、私は彼の事が好きなのだ。夢の中の自分――所謂『前世の自分』と夢を見ている間はシンクロしているからよく分かる。私は彼がとてもとても好きだった。
 それから突然視界の端に現れて、やかましく周囲を掻き乱すのが金髪頭の少年だ。彼はとても元気が良くて、いつも笑顔で、夢の中の私は彼が現れる度にムッとした気持ちになるんだけど、大きくなるにつれその気持ちは薄れていく。
 周りには同性異性問わず沢山の人がいて、皆私と仲良くしてくれた。時には口喧嘩もしたし、謎の即興に付き合わされて目を白黒させる時もあった。でも、総じて『楽しい』という気持ちが強かった。

 だけど“大人”の私が見る世界は、言い方は悪いが一気に色味が失せる。失せるというか、砂一色になるというか。
 あの緑が多く、比較的穏やかな気候の土地とは全く違う。過酷な環境に身を置くようになるのだ。
 だけど不思議なもので、その時の夢、もとい記憶を追体験している時は『大変だ』とか『辛い』とか、そういうネガティブな感情を抱いたことは一度としてない。
 勿論夢に見ていない時のことは違ったかもしれないけど、今のところそんな記憶はない。そして子供時代には傍にいなかった、『大人の私』でないと会えない人がいる。

 それが、かつての『夫』である男性だった。

 夢の中の私は彼にどんな顔を向けて話しかけているのか分からない。だけど彼は目を細めて優しく微笑み、手を伸ばしてくる。
 それを逃げることなく受け入れる私の気持ちは、ただただくすぐったくて、幸せだった。
 時には軽口を叩いたり、時には悪戯して呆れられたりもしたけど、どんな時も彼の瞳は優しく綻んで、あたたかな気持ちにさせてくれた。

 昔の“夢”を見ると、いつも不思議な気持ちになる。

 夢の中の私は『昔の私』と身も心も完全に一致するのに、起きた途端に『今の私』と『昔の私』が離れ離れになる。当たり前のことなのに何だか慣れなくて、時々自分が誰でどこにいるのかも分からなくなる。
 そうして何より、少し前まで彼と幸せな一時を過ごしていたのに、それが終わると思うと切なくて苦しくて堪らなかった。

 だけど所詮夢は夢。過去は過去だ。記憶は録画された映像と同じ。あの時代に戻ることは出来ないし、行くことも出来ない。

 物心つく頃から徐々に思い出していく記憶たち。それは歳を重ねるごとに一つずつ増えていった。
 時には辛く悲しい夢を見る時もあった。痛い思いをする時もあった。でも生きていれば悲しいことも辛いことも、苦しいことも必ず起きる。だからその分楽しい夢を見ると嬉しかった。
 だけど私の心と体――ようは成長と夢はシンクロしているのか、幼い頃は見なかった夢をこの頃は見るようになった。――なって、しまった。

「あー……もう……。最悪……」

 そりゃあ、そりゃあね? 結婚してたんだから、そりゃあそういう“触れ合い”はあったでしょうよ。
 彼だってよく見れば男前、いや、イケメン? 割と整った顔立ちをしていたし、私に触れる指は優しくて、全身で私を愛してくれていた。それは分かる。夢であっても分かるぐらい、彼はあたたかく、大きな愛で私を包んでくれた。

 でも、だからといってね? 高校生になったからいいや。とでも言わんばかりに記憶を開放しなくてもよくない?!
 今まで髪や頭に触れるだけだった指が突然自分の体に触れてくる夢なんて見せられたら、そりゃあ「うぎゃあ!?」と叫びたくなるってもんよ! しかもいつも以上に顔は近づいてくるし、その……い、今はまだだけど、夢の中ではき、キス……とかもしちゃったし!

 あーもー!! こんなの私らしくないっつーの!!
 そりゃあキスもセックスも知識としては知ってますし、最近ではちょっと過激な少女漫画とかもあるから割と身近(?)なものなのかもしれないけど、突然追体験とか普通はビックリするから!!
 ま、まあ……ビックリしすぎたせいで最初の方で飛び起きちゃったからその先は知らないんだけど……。うぅ……。でもあんな風に熱っぽい瞳を向けられたら、そりゃあドキドキするわけで……。

 ああもう! 言い訳はやめ!! とにかく! 私はこの『記憶』に引っ張られたりしないんだから!!


 なーんて意気込んで家を出たものの、早咲きの桜が咲く中、私は見てしまった。見つけてしまった。

 夕暮れを閉じ込めたような赤い髪。同年代の少年たちに比べ少しだけ細く見える体躯。身長は高くもなく低くもない平均値なのに、やたらと背筋がピンとしているから大きく見える背中。

 後ろ姿だけでも分かってしまう。分かってしまった。私の――元『夫』だった人。

 いやいや。まさか。いやいや。そんなまさか。
 思わず何度も頭の中で繰り返す。

 だって、そりゃあ、まあ、確かに、今も私の回りにはいのもナルトもいるけれど、シカマルやチョウジだっているけれど。だからって、そんな。どうして彼が――なんて一人でグルグルと悩んでいると、突然彼がクルリと振り向いて視線がかち合う。

 あ。と思った時には遅かった。

 彼も同じように目を丸くし、次いで口を開けて私の名前を呼ぶかのように口を開け――たのに、何故か瞬時に閉じて前を向く。


 ………………ん? もしかして、今、見なかったことにした?


 いやいやいや。いやいやいやいや。待て待て。落ち着くのよ、私。何ちょっと『イラッ』としたわけ? だってほら、今生では彼とは初対面な訳だし? 彼が私のこと知っているというか、覚えている可能性は低いわけじゃない? だから怒っても意味なくない? ね? そうだよね?
 何度も何度も自身に言い聞かせ、痛むような気がする頭を押さえながらひたすらに「平常心、平常心……」と呟いてクラス割が張り出されているはずの玄関口へと突き進む。

 私ももう子供ではないのだ。いや、違った。逆だ。今はまだ子供で、あの頃の『大人の私』ではないのだ。もう彼の『妻』ではないし、現代人離れした『忍』でもない。
 単なる一学生。一高校生なのだ。今日から楽しい高校生活が始まるのよ。今までの『サクラちゃんってなんかお母さんっぽいよね』と言われる日々からおさらばするのよ、サクラ。
 ていうか誰が『お母さん』だっつーの。私はあんたらの母親になった覚えはない。そもそも“私”が産んだのはあんたたちじゃなくて――。

 と考えてハッとする。

 何を考えているんだ私は……!! 今は現実! 現実世界にいるのよ!! 夢の中じゃないの! もう『あの頃の自分じゃない』と言い聞かせたばかりなのにこの考えはまずい!

 しっかりするのよ、サクラ! 私は華の女子高生!! 子供を産んで育てた母親じゃないんだから、学生らしくもっとこう、新たな出会いと門出にドキドキわくわくしないと!!

「あ! サクラおっそーい!」
「おはよう、サクラちゃん」

 悩みすぎてうっかり蹲りそうになっていると、先に登校していたらしい。幼馴染のいのとヒナタが手を振りながら声を掛けてくる。
 因みにこの二人には『前世の記憶』がない。小さい頃にそれとなく確認してみたけど、二人揃って『サクラって変わってるー』『だからサクラちゃんって大人っぽいんだね』と言われるだけだった。
 それに今はもうそんな話覚えてもいなさそうだし。私みたいに“彼”を発見して妙に騒がれても面倒だから、これはこれでいいのかもしれない。

「おはよう、いの。ヒナタ。クラスどうだった?」
「それがさー、もう最ッ悪なの」
「へ? 何で?」

 クラス割を聞いた途端、いのの整った顔が嫌そうに顰められる。どういうわけかと私も貼りだされた紙を見上げ――絶句する。

「うそ……」
「マジ。あたしとヒナタは同じクラスだけど、サクラだけ別なのよ」
「それに同じ中学校から進んだ人も殆どバラバラになっちゃって……」

 とんでもない夢を見たその日にこの仕打ち。一体何だって言うのよ。神様からの嫌がらせ? それとも新手の虐めかしら。
 思わず「ウフフ」と黒い笑みを浮かべそうになったけど、決まったものはしょうがない。子供が数人騒いだところでどうにかなる問題じゃないし、他にも私と似通った状況になっている子供はいるはずだ。

 よし! この際新たな人間関係を築くということで! 別にいのとヒナタと二度と会えなくなるわけじゃないし、学生は勉強が本分。今まで通り優等生を演じきってやろうじゃないの。やるわよ、サクラ! しゃーんなろー!!

「あ! サックラちゃーん! おっはよー!!」
「げっ。ナルト」
「あ。ナルトくん……」

 機嫌が悪いところにお祭り男が来たせいか、いのの眉間に更なる皺が刻まれる。それに対しヒナタは白い肌をポッと染め上げて、何だか初々しい反応だ。
 あー、いいなぁー。可愛いなぁー。そうそう。こういう反応がいいのよね、若い子って。

 …………って、ちっがーーーーーーう!!! 今は! 私も!! 十代なんだってば!!!! どうしてこう『大人だった頃の私』視点で見ちゃうわけ?! 今は私だって同い年だから! 高校生だから! 同じくらい初々しくて可愛いんだっつーの!!

「サクラちゃん、一体どうしたんだってばよ? 顔がすごいことになってんだけど」
「はー、あんたって本当にダメね、ナルト。普通この状況を見れば考えつくものでしょ?」
「その……サクラちゃんと私たち、クラスが離れちゃって……」
「あ?! マジで?! そうなの?!」

 騒ぐナルトにいのとヒナタが頷き返し、慌てた様子で自分のクラスを探すナルト。そしてようやく平常心を戻しつつあった私に向かって、常にない暗い表情で振り返った。

「……サクラちゃん……俺もクラス別だったってばよ……」
「あー……あたしとヒナタ以外、マジで全員バラバラね……」
「うぅ……。ごめんね、ナルトくん……」

 はあ……。と私とナルトのため息が重なる。もうこの際ナルトでもいいから一緒のクラスだったらよかったのに。見事全員離れてしまった。
 それでも時間は止まってはくれない。教師に各自教室に向かうよう促され、下駄箱で靴を履き替えてから割り当てられた教室へと進む。

「えーと、私のクラスは『一のA』だから……。一番端か」

 ここは進学校だ。だからなのか、クラス内で成績の差が出ないよう、同程度の成績を持つ者同士でクラス分けをされると聞いたことがある。まぁ、あくまで噂で聞いただけに過ぎないけど。でもナルトのクラスが『一のD』だったから何となく信憑性は出てくる。
 あ。でも確かDとEは推薦枠だって聞いたな。ナルトはスポーツ推薦で入学したから、それでDクラスなのかもしれない。

 現実逃避ならぬ現状把握に努めつつ、他の人と一緒にAクラスに入ろうとドアの前に立つ。が、その時だった。

「「あ」」

 教室に入ろうとした私と、教室から出ようとした“彼”がぶつかりそうになる。慌ててお互い立ち止まったけど、さっきのことがある。何となく気まずい。
 だけど今は赤の他人。どうにか上手い事この場を切り抜けなきゃ。咄嗟に頭をフル回転させ、とにかく彼とぶつからないようずれようと試みる。

 が、これまたタイミング悪く彼と同じ方向に動いてしまい、またお互い「あ」となってしまう。

 何でよ!! 別にコントなんかしたいわけじゃないんだけど?! それなのに何で連続でじゃんけんで「あいこ」が出た時みたいになるわけ?! お互いが『通せんぼ』してるみたいになるこの現象は何なのよ! やっぱり神様の意地悪なの?!?!

「ご、ごめん……」
「いや……。俺の方こそ……」

 出入口でワタワタする私たちに集まる視線は然程多くない。だけど出入口だからこそ後続者たちから「何々?」という好機の目で見られている感覚がする。うぅ……。もう最悪……。

「す、すまない。サクラ」
「あー、うん。気にしないで。こういう時もあるわよ」

 意外と謝る時は素直な彼に思わず頷くが、ちょっと待って。今なんて言った?

「――ッ!!」

 パッ! と、彼は慌てて自分の口を片手で塞ぐ。でももう遅い。私は聞いてしまった。この人、私のこと「サクラ」ってハッキリ呼んだわよね?

「――ねえ、」

 “我愛羅くん”――とかつての名を呼ぼうとしたところで、背後から教師陣たちの「そろそろ教室に入れー」という声が聞こえてくる。
 結局彼はそそくさと教室内へと戻り、私は非常にモヤモヤとした気持ちのまま遠い席に座る彼の背中を睨むように見つめるだけだった。


 ◇ ◇ ◇


 入学式はつつがなく終わった。むしろ欠伸が出るぐらいスムーズに進み、今は再び教室に戻って担任の話に耳を傾けている。
 私たちAクラスは理系科目の成績がいい生徒が集められているらしく、担任の担当科目は数学だった。因みに先生の名前はバキ先生だ。彼も過去お世話になった人だ。しかも昔は彼の先生でもあった人だし、違和感はない。

「それでは各自自己紹介をしてもらう。得意なことや好きなこと、何でも話していいぞ」

 出たー。自己紹介タイムー。これ何気に嫌っていうか無駄に緊張するのよね。
 受けを狙って滑る子もいれば、声が小さくて何を言っているのか分からない子もいるし。かくいう私も無難な紹介文しか口にしないからアレなんだけど。とにもかくにも自己紹介は進んでいき、出席番号順に座しているからか、割とすぐだった彼は静かに立ちあがった。

「我愛羅です。趣味はガーデニングと読書です。どうぞよろしく」

 三行で終わったわ。いや、むしろ最後の一文を抜かせば二行しか自己紹介していない。でもそこが彼らしいというか、むしろ“昔”から趣味が変わってなくてほっとするというか何というか。ブレないなー。とは思う。

「ふむ……。その歳でガーデニングが趣味とは珍しいな。普段何を育てているんだ?」
「観葉植物です。サボテンが数種類と、あとは庭に植えた花を母と一緒に育てています」
「成程。親孝行も兼ねているわけか。素晴らしい趣味だな」
「ありがとうございます」

 うんうん。と頷く先生に、彼も会釈を返す。うーん。この堂に入った態度よ。本当に高校生? って聞きたくなるぐらい落ち着いている。
 そんな彼の後も続々と自己紹介が進み、遂には私の番となってしまった。

「春野サクラです。好きな食べ物はあんみつです。よろしくお願いします」

 あ、やっば。彼の事言えないわ。考え事しすぎていたせいでものすごく短い自己紹介になってしまった。
 思わず全身に冷や汗を掻きそうになったが、流石バキ先生。すかさずフォローするかのように「春野は甘いものがすきなのか?」と話を広げてくれる。

「はい。甘いものは好きです。でも、激辛料理以外だったら割と平気です」
「ああ。辛い物が苦手な女の子は多いからな。食べ過ぎて虫歯にならないよう気を付けるんだぞ?」
「はーい」

 クスクスと何人かに笑われてしまったが、とりあえずはセーフとしよう。どこかほっとしつつチラリと彼の方へと視線を投げると、ほんの少し口角が上がっているように見えた。
 ……あれはどういう意味の笑いかしら。バカにしてるならグーパンも頭に入れなきゃいけないけど、ただ単に微笑ましく思っているだけの可能性もある。むしろそっちの方が有力か。

 というわけで散々なホームルームになってしまったが、以降は問題なく話は進み、これから行われる日程や行事についての説明を受けて解散となった。
 因みに教科書は別途取りに行かなければならず、全員で整列して再度式が行われた体育館へと向かう。でも到着すれば皆親や友人同士で集まりだし、結果的にかなりゴチャゴチャした場と化していた。

「ていうかコレ、持って帰るのしんどいんですけど!」
「一気に渡されるのはちょっとね……」
「まあ怪力サクラなら楽勝でしょうけど」
「何ですって、いのブタ!」

 いのと軽口を叩きながら受け取った教科書を鞄に詰めていく。途端にズシリと重さを増したそれに顔を顰めれば、どうやらナルトたちも受け取ったらしい。私以上にげんなりとした顔でリュックを背負っている。

「これ明日から毎日持ってこなきゃいけねえのかよ〜……」
「めんどくせー……」
「お腹すいたなぁ〜」

 この会話のかみ合わなさよ。幼馴染男子たちのマイペースぶりに三人で苦笑いしていると、ふと視界の端で赤い髪がちらつく。思わずハッとして目で追えば、彼はこちらに背中を向けた状態で鞄に教科書を詰めていた。

「我愛羅。教科書は受け取った?」
「うん」

 ――あ。
 思わず声に出しそうになって慌てて口を噤む。だって、彼の隣に立っていた人は、昔写真でしか見られなかった人だからだ。

「テマリとカンクロウは今頃授業中かしらね」
「だと思うよ。母さん」

 ……そっか。今生ではお母さんがいるんだ。よかった。
 どこかあたたかな気持ちになっていると、私の視線に気付いたのか、くるりと彼の瞳がこちらを向く。途端に目が合った私たちだけど、今度は自分から視線を外した。
 だって折角お母さんと一緒にいるんだから、ゆっくり過ごしてもらいたいじゃない。そりゃあ、今までも一緒に過ごしてきたし、これからも会えるんだろうけど、人生何が起きるか分からないから。
 私はただ、彼が穏やかに過ごせていればそれでいいのだ。

「どうしたの? サクラ。ニヤニヤしちゃって」
「なっ、べ、別にニヤニヤなんかしてないわよ!」
「でも、何だか嬉しそうだね。サクラちゃん」
「そ、そお〜?」

 前世では話をするどころか写真でしか出会えなかった人。彼が生まれてすぐ亡くなったと聞いたから、チラ見しただけだけど会えて嬉しいと思う。

「じゃあ帰ったらうちに集合ということで!」
「うん。じゃあまたあとでね」
「じゃあね〜」

 一先ず一旦お別れと言うことで、私もお母さんと一緒に帰路を辿る。周囲には同じように車や自転車を使って帰宅する人もいれば、徒歩の人もいる。早咲きの桜が舞い散る中、私は今世で再会という名の出会いを果たしたかつての夫と、また同じ時間を過ごせることに不思議な気持ちを抱いていた――。