- ナノ -

宣戦布告

 初春の寒さも薄れる頃、毎年行われるという球技大会について話し合いが行われた。

「男子はバスケ、女子はバレーでクラス対抗戦が組まれる。優勝したクラスは自習室を自由に使える権利が与えられ、最下位のクラスはプール掃除が待っている」
「げえ〜! プール掃除かよぉ〜」
「無論優勝したからと言って何もしないわけではない。が、優勝したクラスは周囲を掃くだけだから楽ではあるな」

 バキ先生からの説明を受け、クラス中が「最下位だけは嫌だ」と嘆き始める。プール掃除って結構大変なのよね。あのよく分からない藻みたいなヘドロみたいなものをデッキブラシで擦って除去するんだから無理もない。ヌルヌルしてるから滑ってこける可能性もあるし、何より気持ち悪い。だから女子は勿論男子も顔を顰めている。

「それを抜きにしても勝負事だからな。勝ちに行くぞ」

 以外にもやる気なバキ先生の発言にスポーツが苦手な面々は嫌そうな顔をしている。それでも文武両道な子供と言うのは必ずいるもので、ナルトのように元気よく「優勝狙おうぜ!」と声を上げて嫌そうな顔をする男子たちの肩を抱きに行く。
 因みに彼は文武両道側の人間だ。なので常と変わらぬ無表情ではあるが、隣の席にいる子に話しかけられて頷いたり首を振ったりしていた。何を話しているのやら。距離があるためよく分からない。
 そしてこちらも、周囲の女子たちが「プール掃除するぐらいなら頑張る」と後ろ向きなのか前向きなのか分からない台詞を口にしていた。

「大会は再来週行われる予定だ。体育の授業はそれに準じてバスケとバレーになる。皆しっかり練習するように」
「はーい」

 よい子のお返事が教室中に響く。それにしても、球技大会かぁ。中学生の時もあったけど、私の学校ではソフトボールとドッチボールだった。所変わると種目も変わるものなのね。
 そんなことを考えていたのは私だけではなかったらしい。後ろの席に座る子が隣の席の子に「中学の時もバレーだったよぉ〜」などと話している。

「私のところは女子も男子もバスケだったよ」
「うちは男子がサッカーで女子がソフトボールだったわ。だから球技大会はずっと外でするものだと思ってたなぁ」
「やっぱり高校になると違うんだね」
「でも球技大会とかさぁ、Dクラス有利じゃね? あそこスポーツ推薦の巣窟じゃん」

 誰かが発言したように、ナルトが在籍するDクラスはスポーツ推薦で入学してきた生徒が集められている。勿論どのスポーツも得意なわけではないだろうけど、ポテンシャルは高いはずだ。
 特にサッカー部と野球部。大体この辺でレギュラーを獲得している生徒は基本的にどのスポーツでも活躍する傾向にある。体が動くのだろう。ナルトも野球部だけどサッカーもバスケも出来る。むしろお祭り感覚で楽しんでいる節があった。そう考えるとDクラスは確かに脅威だ。

「とりあえず、人数的に女子は二チーム、男子は三チーム出来るな。あとは出来る奴だけ固めるか、分散させるか決めないと」

 バレーは六人、バスケは五人で行われる球技だ。うちのクラスは男子が多くて女子が少ないから女子は二チームしか出来ない。代わりに女子比率の高いBクラスやCクラスは三チームほど出来るだろう。
 ぐるりと周囲を見渡し改めて思うが、うちのクラスの女子ってスポーツの得意・不得意ってあるのかしら? 体育の授業は二クラス合同で行われるうえ、組むのは最も教室が離れているうえに接点がない芸術特化クラスのEクラスだ。基本的にスポーツが苦手な子たちだから、比べようがないのよねぇ。

「正直うちのクラスの女子たちってスポーツ得意なのか? 俺たちはバスケ部の奴もいるから何とかなりそうだけど……」

 バキ先生の代わりに教壇に立っていたのは男子側の学級委員長だ。その隣には女子の学級委員長も立っているが、彼女も私と同じで測りかねているのだろう。微妙な顔をしている。

「あー、どうなんだろうな。自己申告していくか?」
「何でよ。そんな公開処刑する必要なくない?」
「でもアレだろ? アタシとアンタはともかく、球技苦手な奴絶対いるだろ」

 例の如くサバサバ女子代表の彼女が私と自分を交互に指差しながら答える。彼女は古典といった文系科目は本当に苦手だけど、数学とスポーツは得意なのよね。実際体育の授業でも一人だけ動きが抜きんでているし、恐らくスパイカーもブロッカーも出来るはずだ。
 私もスポーツは苦手ではない。むしろお転婆だった幼少期から常に動き回っていたので得意な方ではある。でもバレーは二人だけで回せる球技ではない。確かにチーム分けはしっかり考えないと不味いわね。実際反対側の席に座る大人しめの彼女は何度も首を縦に振っている。
 ……ありがとう。自己申告してくれて。とっても苦手なのね。運動が。

「確かに最下位にはなりたくねえけど、得意な奴らだけでチーム組むのもなぁ……」
「だよなぁ。折角同じクラスになったんだし、体育の授業で誰がどのぐらい動けるか把握してからチーム分けしようぜ」

 スポーツ得意組の男子たちが積極的に意見を述べる。実際球技大会までには時間があるし、明日から体育の授業は球技大会の種目に沿って行われるんだからその意見には賛成だ。

「私たちもそれで考えてみるね」
「そっか。じゃあチーム分けは後日決定ということで」

 学級委員長が話を纏めていき、バキ先生もチーム分けについては特に書面で提出する必要もないみたいだから「ゆっくり決めるといい」と言って会は終了となった。

 そして迎えた翌日。体育の授業は通告通り男子がバスケ、女子がバレーをすることになり、一先ず出席番号順でチームを組むことになった。
 対するEクラスは人数が少ない割に女性比率の方が高いため、二チーム出来ていた。

「でもアレよね。女子はともかく男子側は可哀想よね」
「あ〜、芸クラにとっては地獄だろうな」
「だよねぇ……」

 うちのクラスにはバスケ部に所属している生徒が二人いる。勝ちに行くなら二人を同じチームに入れるべきだけど、クラスの親睦を高めるなら別々にした方が総合的なバランスもよくなる。片一方だけ勝ち進んで楽しんで、片一方だけボロ負けなんてしたら楽しくもなんともない。むしろバスケを嫌いになってしまうだろう。
 とはいえバスケ部でなくともスポーツ自体好きな生徒は複数名いる。彼だって特別好きではないけど不得意ではない側だから、うちのクラスは何とかなると思う。
 でも芸術クラスのEクラスはスポーツとは基本的に無縁だ。まだ試合も始まってないのに多くの生徒が青い顔でソワソワしているし、これでは始まる前から負けが決まっているようなものだ。不憫と言うか何と言うか。見ているだけで可哀想になってくる。

「クラス対抗だから仕方ないとはいえ、助っ人を入れたくなるぐらい酷い状態ね」
「あれじゃあボールを奪うなんて無理寄りの無理だろ」
「それこそ公開処刑になっちゃうんじゃ……」

 話し合う私たちの傍にいた女子たちも「Eクラス大丈夫かなぁ?」と総じて心配をしている。
 方や進学クラス、方や芸術クラス。同じスポーツ推薦枠ではないとはいえ、男子の背格好から見ても体格に違いが出ている。あまり酷い結果にならないといいんだけど。

 それでも授業は始まるわけで。私たち女子も学級委員長を始めとした運動部に所属している生徒が個々の出来具合を見ながら試合を進め、どちらのチームも問題なくEクラスに勝つことが出来た。

「つっても相手が相手だしなぁ。比較にならねえわ」
「そうねぇ……。男子の方もかなり一方的な試合になってるし……」

 実際スコアボードはえぐい点差がついている。あれじゃあ文字通り『公開処刑』になってしまうだろう。元々文化人の集まりなのだ。元気が有り余っているうちのクラスに比べ、足取りに力はない。

「つーかもうあれ諦めてるだろ」
「やっぱりそう見える?」
「だってうちのクラスの奴らパス練習しながら試合してんじゃん」

 呆れる彼女が言うように、うちのクラスの男子たちも一方的な試合運びに罪悪感を抱いているのだろう。全力で走り回ることはなく、こまめにパスを回してボールを奪いやすくしている。
 だって敵にパスするわけにはいかないものね。だったら力ずくで奪ってもらうしかない。だけど向こうにはその体力も気力もないみたいだ。これじゃあどっちも楽しくないわね。

「せめてEクラとDクラ混ぜろよ、って話だよな」

 嘆息する彼女の言う通りだ。Dクラスは男女ともにスポーツ得意な人が固まっているうえ、人数もEクラス同様多くない。そういった話は出ていないのかしら? と皆で考え込んでいると、体育教師であるアンコ先生が見かねたのだろう。声を掛けてきた。

「心配しなくてもいいさ。毎年DクラスとEクラスは『特別クラス枠』として合同チームになるからね」
「そうなんですか?」
「ああ。じゃないと一方的になるからね。Eクラスからしてみても、Dクラスからしてみても。ただ毎年球技大会の通達が行われた後の授業ではEクラスとDクラスがどこまで動けるか確認する必要がある。だから今日の授業は必要なのさ」

 肩を竦めるアンコ先生もこの一方的な展開には思うことがあるのだろう。結局Eクラスは大敗を来したうえ、皆バテてヘロヘロになっている。

「アレだな。幾ら強い方がいいつっても、相手を一方的に蹂躙するのはスポーツマンシップには欠けるな」
「そうね。今回の授業でよく分かったわ」

 床に転がるEクラスの生徒たちにうちのクラスの男子たちが声を掛けている。中には背中を擦ってあげる子もいて、何が何やら。という感じだ。
 そんな中彼がふとこちらを向いたので手を振れば、彼もヒラリと手を振り返してきた。

「おーおー、お熱いこって」
「あら? 羨ましいの?」
「ちっげーよ。夫婦揃って口が達者だなぁ、おい」
「おほほほ。ありがとう」
「褒めてねー……」

 ガックリと項垂れる彼女と私のやり取りに周囲の女子たちが声を上げて笑う。アンコ先生も私たちのやり取りで彼との関係に察しがついたのだろう。ニヤリと頬を緩めて笑う。

「何だ何だ、春野は我愛羅と付き合ってるのか?」
「はい。そうですよ」
「カーッ! 羨ましいねぇ。青春じゃないか」
「先生意外とババ臭ェな」
「あんだって?」

 余計な一言を言ったがために睨まれる彼女に笑いつつ、その日の授業はお開きとなる。だけど後日行われた授業では先生が言っていた通りDクラスと合同になっており、早速ナルトが声を掛けてきた。

「サークーラちゃーん!!」
「ああ、はいはい。相変わらず元気そうね、ナルト」

 ブンブンと犬の尻尾よろしく元気よく手を振ってくるナルトに手を振り返せば、何故か女子たちだけでなく男子たちからもギョッとした目を向けられた。な、何よ。その目は。

「おい旦那ァ! いいのか、嫁が浮気してんぞ!!」
「何バカ言ってんのよ。ナルトはただの友達よ、とーもーだーち」

 クラスの男子と話していた彼に忠告するように大声をあげる彼女を軽く小突けば、彼も同じようなことを言われていたのだろう。肩を竦めている。
 だけどナルト的には不服だったらしく、ムッと唇を尖らせた。

「サクラちゃんヒデーってばよ。俺ってば本気なのに」
「あらそう。でもごめんなさいね。私もう彼氏いるから」
「そうだった!! オイ、我愛羅ァ! お前ちょっとこっち来いってばよ!!」

 人に指を指すなと教わらなかったのかしらね、この子は。
 呆れながらも彼に向けられた指を下ろさせれば、ご指名を受けた彼が皆に背を押されながらトコトコと歩いてくる。至ってマイペースな姿に周囲はどこかハラハラとした視線を向けているけど、私たちの関係を知らないEクラスとDクラスの生徒はポカンとしている。
 確かに私たちの噂はある程度聞き及んでいるでしょうけど、実際クラスが離れていれば顔と名前が一致しないなど普通だ。だからナルトが一方的に喧嘩を売っているように見えるのかもしれない。現にDクラスの学級委員長的な男女が止めに入ろうと駆け寄ってくるが、それより早くナルトは大声で宣告した。

「我愛羅! 俺と勝負しろってばよ!」
「勝負?」
「そう! 勝負!」

 再びビシッ! と突き付けられた指を前に、彼は幼子のように首を傾け復唱する。その間に再度ナルトの指を下ろさせるも、猪突猛進状態になっているナルトは変わらず彼に突っかかる。

「俺ってばまだお前とサクラちゃんの仲認めたわけじゃねーから」
「そうか」
「……って、それで終わるんかい!! もっと他にねーのかよ?!」

 拍子抜けしたようにナルトがツッコムも、彼としては他に言いようがないのだろう。困ったように顔を顰めてから視線を軽く逸らす。

「他に……? そうだな……。とりあえず、何で勝負をするのか聞こうか」

 もうこれアレだわ。幼子に対する時の物言いと同じだわ。同い年だけど昔の記憶が色濃く残っている分精神年齢が高めの彼と、実年齢より低めのナルトではそうなっても仕方ないんだけど、何だかなぁ。
 身長は彼の方がすこーしだけ低いんだけど、歯牙にもかけていない感じからして彼の方が大人びて見える。実際駆け寄ってきたDクラスの人たちから「これはどういう展開なの?」みたいな目を向けられるが、狼狽えることはなかった。

「そんなもん、球技大会で優勝した方が勝ちだってばよ」
「ほう。良い成績を収めた方ではなく、優勝するのが勝利の条件なのだな?」
「じょ、条件っつーか、普通に考えればそうだろ。俺ってば絶対ェ負けたくねえし、負けられねえし。それにAクラスってがり勉の集まりだろ? 余裕だってばよ!」

 フン! とふんぞり返るナルトだけど、今のは迂闊ね。現にバスケ部に所属している男子生徒二人が「あ?」とやくざみたいな顔してナルトを見ている。でもこういう視線に気付かないのがナルトなのよねぇ。実際止めに来た二人からも「バカ!」と怒られているがキョトンとしている。
 対する彼はというと、バスケ部の生徒ほど怒ってはいないがどこか呆れた顔でナルトを見ていた。
 うーん……。あれは「迂闊な発言をしおって……」と言いたい顔ね。でも言えないから言葉を飲み込むしかないんだけど。だって今世では親しくないどころかライバル宣言されてるものね。彼。

「がり勉の集まり、か。成程。相手の実力を測ることなく慢心するのは頂けないが、良かろう。その勝負、受けて立つ」
「お? やんのか? 俺ってば手加減しねーぞ?」

 自分から勝負を吹っかけておきながら乗ってくるとは思っていなかったのだろう。目を丸くするナルトに向かい、彼は珍しく好戦的な笑みを口元に浮かべた。

「なに、天狗になっている小僧の鼻っ柱を折ってやるのも務めかと思ってな」
「あ゛?! お前俺と同い年だろうがよ!」
「悲しいことにな。ああ、そういえばお前は勉強が不得意だったのだな。ならば一つ教えてやる」

 不遜に笑う彼に何かを察したのだろう。眉間に皺を寄せるナルトに対し、彼はこれでもかと言わんばかりの『上から目線』で喧嘩を買い叩いた。

「『弱い犬ほどよく吠える』という言葉をな」
「うがーーーっ!! 何だコイツ! 超むかつくってばよ!!!」

 舌戦で彼に勝とうと思う方が間違っている。
 湯気が出そうなほどに激怒するナルトに対し、彼は涼し気な顔を崩さず佇んでいる。
 ……何か、アレね。自由奔放な野良猫に吠える飼い犬みたいな。そんな一方通行感が俄かに漂っていた。

 結局その後すぐにナルトはDクラスの二人から「いい加減にしろ!」と怒られながら引き下がり、彼は彼でバスケ部男子から「絶対勝とうぜ!」と肩を叩かれていた。

「何だか大変なことになったなぁ」
「モテる女は大変だな」

 ぼそりと呟いたにも関わらず、隣にいたから聞き拾っていたらしい。彼女が悪戯小僧のような笑みを浮かべて突いてくるので、軽く小突き返す。だけど本当、どうなることやら。

「つかよぉ、アタシたち前回見てねえからよく知らねえんだけど、旦那はバスケ得意なのか?」
「え? ああ……。そういえば私も知らないのよね。スポーツは大体出来るとは聞いてるけど……」
「は? マジかよ。大丈夫なのか?」

 日頃からかってくる割に色々と心配してくれるのよね。訝るように見て来る根は優しい彼女に笑みを返す。

「ま、大丈夫でしょ。だって我愛羅くんだし」
「その自信はどっから来るんだよ……。惚気か? 惚気なのか?」
「ほらお前たちも! 試合始めるぞ!」
「はーい」

 アンコ先生から集合を掛けられ、男子女子共にコートに入る。どうやら早速彼とナルトは対決するらしい。男子側から熱い声援が飛んでいる。

「我愛羅! 絶対勝とうぜ!」
「舐められっぱなしは腹立つしな!」
「Aクラスの力見せてやろうぜ!」
「センセー! 春野さんにいいとこ見せちゃってください!」
「センセイ格好いいー!!」

 ヒューヒューと声援なのか野次なのか分からない発言も飛び交う中、ナルトも腕まくりをしながらコートに入ってくる。

「我愛羅! 泣いても許してやんねえからな!」
「やれるものならやってみろ」
「んだとこの野郎!!」
「お前、何で自分から吹っかけて毎回言い負かされてんだよ……」

 DクラスもDクラスでナルトのお世話は大変なようだ。苦笑いしつつも、折角だから私たち後半戦組は男子の試合を見物することにする。アンコ先生も存外こういうのは嫌いじゃないらしい。「授業をさぼっているわけではないから大目に見てやろう」とのことだった。
 だけどここで思わぬ台詞が飛んでくる。

「ところで、春野」
「はい?」
「これはアレか? お前を賭けてあの二人は争っているのか?」

 試合の審判役は生徒が行うからだろう。試合開始の合図を出した後、アンコ先生が近付いて先の台詞を言い放つ。それにギョッとしたのは私だけで、周囲にいた女子は声を揃えて「そーでーす」と答えた。
 え。いやいや! いつそんな話になったのよ?!

「ち、ちが――!」
「いや、違くはねえだろ。現にあっちの金髪はそのつもりっぽいじゃん」

 鼻息荒く先攻・後攻のじゃんけんをするナルトと、涼し気な顔で応酬する彼に視線が集まる。結果先攻はDクラスになってしまったが、彼は気にした様子を見せることなく踵を返す。

「賭けるとか、そんなんじゃないですよ。ただ単に力比べしたいだけでしょ」
「いやいやいや。さっきのやり取りで何でそう思うんだよ」
「ねえ? 春野さんってちょっと鈍いよね」

 何故か周囲の女子からもブーイングが飛んでくる。
 えぇ……。本当にそういうのじゃないのに。だって実際ナルトだって「我愛羅くんのこと認められないから勝負の勝ち負けで白黒つけようぜ」って言っただけで――

「おい我愛羅! 俺が勝ったらサクラちゃんと別れろってばよ!!」

 だけどここに来てまさかまさかの大問題発言が飛び込んできた。しかもナルトの声は良くも悪くもよく響く。結果的に後ろで行われていたバレーの試合も完全に止まり、皆の視線が一斉にナルトたちに集まる。
 って、何言ってんのよあのバカーーーーーーっ!!!!! ていうか今球技大会本番じゃないし! あくまで練習試合だし!! 本当何言ってんの?!

 しん、と静まり返る体育館内の中、余りの出来事に殴り込みに行こうかと足を一歩踏み出す。だけど実際に地面を蹴るより早く、衝撃から回復した彼が不機嫌そうな顔で一喝した。

「断る!!!」

 腹から声を出したかのように、その一言は静まり返った体育館によく響いた。
 ていうか皆目を丸くしている。それもそうだ。だって彼があんなに大きな声を出したのは初めてだもの。基本物静かだものね。彼。皆が驚く気持ち、よく分かるわ。
 それにあんな風に眉間に深く皺を刻み、苛立ちを隠しもしない姿はもっと珍しい。基本的にナルトと仲良くなりたいと思っている彼だけど、昔からナルトがあまりにもアレな発言をした時は苦い顔で苦言を呈したり、怒ることもあった。今回はそのパターンだろう。
 現に不服そうなナルトと睨み合っている。

「何だよ。俺に負けるのが怖ぇーのかよ」
「違う。そんな下らん理由で断るか」
「なッ! くだらねえって……!」

 前のめりになるナルトに対し、彼は一歩も引くことなく言葉を返す。その横顔は「怒り」というよりも「不快」という感じだった。

「俺が言いたいことは『たかがスポーツの勝ち負けでサクラの気持ちを勝手に決めるな』ということだ」
「サクラちゃんの気持ち?」
「そうだ」

 キョトンとするナルトに悪気はなかったのだろう。だけどまだ十五歳だ。配慮の足りない発言をすることはままある。だけどそれを見逃してはいけないのだ。でないと大人になった時にナルトが恥をかき、困ることになるのだから。それが分かるからこそ彼は諭すように言葉を重ねていく。

「人の気持ちを勝手に決めつけることは勿論だが、そもそもサクラは“モノ”じゃない。勝った方と付き合うとか、負けたから別れるとか、そんな感情を抜きにした結果だけで彼女を振り回そうとするな」
「なっ――! そんなつもりは……!」
「なかったのかもしれんが、お前が口にしたことはそういうことだ。サクラの気持ちを考えもせず、己の感情だけを優先しようとするな」

 彼が苦言を呈するのはひとえにナルトを想ってのことだ。勿論私のことも考えられてはいるけれど、彼はナルトがこの先の人生で同じ過ちを繰り返さないよう、今ここで正そうとしている。
 元里長として、友達として。いつだってナルトのことを思いやっていた彼だ。例え憎まれようとも構わないと思っているのだろう。彼は、そういう優しさを持った人だから。

「う、うぐぐ……」
「ナルト。お前が俺を気に食わないと思う気持ちはよく分かる。突然現れた男に惚れた女を奪われるのはさぞ業腹だろう。だが、その気持ちを間違った方法でぶつけるな。サクラの気持ちは勿論だが、それはお前の気持ち自体を軽んじる行為に繋がる」
「あ? 俺?」

 怒られていたはずなのに何故かフォローされている。そんな気持ちになったのだろう。悔しそうに眉間に皺を寄せていたナルトの顔がキョトンとしたものに変わる。
 ナルトは昔から沸点は低いけど人の話はよく聞くところがあるのよね。理解しているかどうかは別として。その姿勢は今も“昔”も変わらない。そういうところが憎めないのかもね。彼も私も。

「お前がどれほどサクラを想っているのか、それはお前でなければ分かるまい。だがお前が如何にサクラを大切にしているかは、お前をよく見ている者であれば語らずとも分かる」
「お、おう」
「横から奪った俺が言うのもアレだが、お前の気持ちは真摯なものだ。それを尊ぶ気持ちは俺とてある。だからこそお前には正々堂々と戦って欲しい」

 彼はそこまで言うと、審判からボールを受け取り彼へとパスをする。トン、と一直線に飛んだボールは、ぽかんと口を開けているナルトの腕の中に綺麗に収まった。

「サクラを賭けて戦うのではなく、お前の気持ちをサクラにぶつけるために勝負して欲しい。サクラの気持ちはサクラだけのものではあるが、お前の気持ちが届かないとも思っていない。お前が本気で気持ちをぶつければサクラはそれに応えてくれる。アレはそういう女だ」

 うおっ。まさかの飛び火。
 冷静に見守っていた分ビックリして肩が跳ねる。それに皆の視線も一斉にこちらを向くから居たたまれない。
 もーっ! 私は里長でも何でもないから大勢の視線には慣れてないんですけど?!
 だけど彼の演説兼お叱りはしっかりナルトの心に届いたらしい。さっきまでの『怒り心頭』と言った様子は鳴りを潜め、ナルトは改めて私へと向き直る。

「サクラちゃん!」
「は、はいっ」
「俺が勝ったら、今度デートしてくださいッ!!!」

 お、おお。『付き合って』でも『彼と別れろ』でもなくデートと来たか。それでもいつもとは違い、どこか緊張した様子の面持ちからして本気なのが伝わってくる。
 そう。ナルトは『本気』で私にデートを申し込んでいるのだ。今までみたいにひな鳥が親鳥の後をついて回るような幼い想いではなく、一人の男性として好意を伝えてきている。
 だったら私も相応に答えないといけないわね。

「――いいわよ。彼に勝てたらね」
「おっしゃー!! 絶対勝つってばよ!!」

 ガッツポーズを取ってまで喜ぶナルトに肩を竦めれば、彼も先程とは違って口角を上げる。その瞳にはやっぱりナルトへの思いやりの色が見て取れて、私は改めて彼の懐の深さに感心した。だけど同時に、少しだけナルトが羨ましくもなる。

「ふぅーん? いいのかよ。旦那がいるのにデートなんかして」
「あら。彼はそれを織り込み済みで私に判断を任せてくれたのよ?」
「は? どゆこと?」

 彼は既に口にした。『人の気持ちは他人が勝手に決められるものではない』と。私にもナルトにも。だからもし私がナルトを好きになったとしても、それは私が決めたことだ。その気持ちを彼は大事にしてくれると、そう言葉の裏に隠して伝えてくれた。
 でも、今回ばかりはハッキリ言って欲しかったかなぁ。いや、でもそれじゃあまた噂になるか。もう遅い気もするけど。

「あの人はね、人の気持ちを強制したくないのよ。いつだって、どんな立場にいたとしても」

 以前“夢”で見た彼は、空を飛ぶ鳥を見てはしゃぐ我が子に言っていた。『お前たちが大人になる頃は、もう少し選ぶ自由を持たせられたらいいのだが』と――。
 忍は常に使い捨てられるような立場にあった。特に風の国は火の国よりその傾向が強く、抗う彼は随分と苦労していたものだ。だからこそ余計にそう思うのだろう。『心だけは常に自由であって欲しい』と、子供たちに優しく語りかけていた声音が脳裏に蘇る。

「だから簡単に言えば“私が決めていい”ってこと」
「ふぅーん。でもよぉ、付き合ってんだから男らしく『お前にサクラはやらねえ』ぐらい言えってんだよな」
「でも我愛羅くんらしいよね。年上の、大人の男性みたいな意見でさ」
「ねー。皆が“せんせい”って言うのもなんか分かるかも」

 キャッキャとはしゃぎだす女性生徒の中に混じり、始まった試合を見学する私の気持ちもまあ似たようなものだ。正直言えば彼女が言うようにハッキリと断って欲しかった。でもその言葉を口に出来る彼ではないのだ。
 だって、彼は私を『自分のモノ』だと思っていないから。私の気持ちは私のもの。だから、ナルトの想いに応えるのも断るのも、私がしなければいけない。
 分かっている。分かっているけど――。

「我愛羅くんのバーカ……」

 私はもう“あなたのもの”なのに。
 信じてくれていると分かってはいるけれど、その分少しもどかしい。
 まあ仕方ないよね。保健室でのやり取りを「覚えていない」と言っていたし。私も子供じゃないんだから――いや。実年齢はまだ子供なんだけどさ。あんまり駄々を捏ねたくはない。

 だから大人にならないと。と気持ちを新たにしながら、激しい足音を立ててコート内を動き回る男子たちの試合を眺めた。