長編U
- ナノ -

再会 -01-



 風と火の国の戦争が終結し、十年もの間争っていた木の葉と砂隠も同盟国として再出発を始めた。
 初めは捕虜として捕らえられ、後に砂忍として働いていたサクラもこれを機に木の葉への帰還が許された。

『じゃあね、サクラ。元気にするんだよ』
『また会おうじゃん』

 約一年。共に過ごした我愛羅の姉兄はそう言って笑顔で送り出してくれた。捕らわれた当初はこんな風に穏やかに言葉を交わせる関係になるとは思っていなかった。だが今は様々な感情を飲み込んだうえで彼らと交友関係を結んでいる。それは決して悪いものではない。むしろ幼かったサクラが一皮剥けるには必要な出来事で、関係性だったのだと思う。

『君には悪いことをした。許せとは言わない。今までの償いは、これからの人生で行うつもりだ』

 ミナトが砂隠に来る前、我愛羅の父親であり四代目風影である羅砂からはそう謝罪をされた。当然、彼の行いだけを鑑みれば許せるものではない。だがサクラとて砂忍を傷つけてこなかったわけではない。
 殺したくなかった、傷つけたくもなかった。顔も名前も知らない誰かを『戦争だったから』という理由だけで互いに傷つけあった。それはどちらか一方が加害者なわけでも被害者なわけでもない。だからサクラは首を振ることでそれに答えた。
 そしてサクラが最後まで気にしていた一等不器用な男はと言うと――

「よかった。我愛羅くん元気にやってるみたい」

 手元に届いた三姉弟からの手紙に目を通し、サクラはそっと口元を綻ばせる。

 サクラが去るまで不器用な家族は必死に今までの溝を埋めるかのように時間を共有した。今までは遠慮して我愛羅に話しかけることを躊躇っていた姉兄も積極的に無口な弟に関わるようになり、帰宅する日が全くと言っていいほどなかった父親は週に何度かは帰宅するようになった。
 また我愛羅本人も、自分が作った物しか口に出来なかった頃とは違い、姉兄が作った物を口にするようになった。
 初めは恐る恐ると言った様子で箸を運ぶ姿を、テマリやカンクロウと共に固唾を飲んで見守ったものだ。それが今では共に台所に立つようになったというのだから人の成長とは早いものだ。

 サソリのことはよく分からない。あの食えない男、もとい上司は最後までヘラヘラとした調子で『じゃあな小娘』と笑うだけだった。
 だがサクラの知らない所で戦争を終わらせるために色々と活躍していたらしい。それにサクラに里のことや薬についての知識を分け与えてくれたのは他でもない、サソリだ。だからそれなりに感謝もしているし、悪い人ではないのだろうとは思う。
 だが結局彼の祖母であるチヨとの確執は取れぬまま帰郷することとなり、サクラはそれが少しばかり気がかりであった。
 それもいつかは解消したい。そのためにはまず自分が立ち上がり、どんな険しい道でも歩み続けなければならない。
 実際チヨに諭された言葉は今でもサクラの中に残っている。火の意志を継ぐ者としてではなく、一人の医者として患者と向き合う努力をしなければならない。それを怠ることはサクラを叱ってくれたチヨの顔に泥を塗る行為だ。だから今度こそ、いや。今度は堂々と彼女の前に“一人の医療忍者”として立てるように、サクラは今日も綱手の元に通う。

「師匠、おはようございます!」

 木の葉に帰ってきたその日、母親であるメブキはサクラを震える腕で抱きしめた。彼女は娘が死んだとは思っていなかった。幾ら報告を受けようと墓標に名を刻まれようと「自分の娘が死ぬはずない」と信じて待ち続けていた。それでもやはり不安がなかったわけではない。
 いつも胸を張り、サクラを叱り飛ばしていた母が父を亡くして以来初めて見せた涙にサクラの涙腺も緩んだ。

 ――やっと帰って来られた。

 そんな思いが胸いっぱいに広がったが、もう砂隠を怨んでいる身でもなかった。だからサクラはただ「ただいま」と口にし、震える母の背に手を回して抱きしめた。

 現在木の葉も火の国も傷つき、やせ細った土地を回復させるのに忙しい。とはいえ仕事は次から次へと湧いて出てくる。火影であるミナトは連日会議に出席し、動ける上忍は今まで通り任務をこなし、中忍や下忍は里の復興に精を出す。勿論ナルトやサスケも例外ではない。現に今日も今日とて倒壊した家屋の立て直しや撤去した瓦礫を運び出す作業に赴いている。
 そしてサクラも、綱手と共に患者を診て回る日々が続いている。

「おはよう、サクラ。早速だが回診に出てもらうぞ」
「はい!」

 三姉弟から届いた手紙に暗い内容は綴られていなかった。だが向こうはきっと木の葉よりも大変だろう。幾らサクラが一年かけて手ほどきをしたとはいえ、元より過酷な環境だ。国からの支援も手厚いとは言えない今、一人でも多くの命が助かって欲しいと願う。

(本当なら風影も私を木の葉に帰したくなかったはず。それでも私を帰したのは、きっと我愛羅くんがお願いしてくれたから)

 サクラの帰郷が決定したその日、二人は我愛羅の部屋でベッドに並んで腰かけていた。その時にサクラの帰還が決まったのは我愛羅の口添えがあったからだと、当時の返答で予測出来た。
 我愛羅は初めから自分を木の葉へと帰すつもりだったのだ。

『あのね、我愛羅くん。今度火影様たちが来た時に、私木の葉に帰ることになったの』
『そうか。よかったな』

 出会った頃に比べ随分と優しい顔をするようになった男は、そう言ってやんわりと目尻を和らげた。その穏やかな瞳に驚愕の色はなく、ただただ安堵した。そんな穏やかな感情だけが映っていた。
 それが嬉しくもあり――同時に、寂しくもあった。

『我愛羅くんは、さ』
『ん?』
『その……私がいなくても、…………平気?』

 ゆらゆらと足先を揺らしながら尋ねれば、我愛羅は数度瞬いた後自嘲するような吐息を零し『どうだろう』と存外正直に胸中を吐露した。

『今の俺は昔の俺とは違う。だが、周りも同じとは言えない』
『うん』
『だが、いつまでもお前に甘えてばかりではいられない。俺も前に進まなくてはな』

 ゆらゆらと揺れる足先を見つめながら聞いていたサクラに、我愛羅は『それに――』と言葉を続ける。

『今は……父様や、テマリ、カンクロウもいるからな。本当の意味で“独り”ではなくなったから、大丈夫だ』

 そう言って胸に手を当てた我愛羅は、そっと瞼を閉じて口元を緩める。

『俺が知らないだけで、ずっと俺のことを守ってくれた人がいる。力を貸してくれた奴がいる。俺のために、血を流してくれた人がいる。それが分かったから――もう、迷わない』

 我愛羅が眠っている間、あれだけ危険視されていた守鶴は一度も暴れることはなかった。それに対し里の者の多くが肩透かしを食らったが、不安が拭い去られたわけではない。幾ら風影が『我愛羅が守鶴を制した』と説明しても今まで暴れた実績がなくなるわけではないのだ。それに例え『制した』と言ってもどうやって制したのかは我愛羅の口からは語られておらず、半信半疑だと疑いの目を向けてくる者も少なくない。

 だが今の我愛羅はそんな視線をものともせず堂々と立っている。そしてその両サイドには常に彼の姉兄がいる。今まで良好な関係とは言えなかったあの姉弟が、今では互いを気にかけるような態度、言動をするようになったのだ。それを見ていれば自ずと何かしらの変化を感じ取る者も出てくる。
 ただそれが吉と出るか凶と出るかは分からない。だが我愛羅は以前のように他人の目を気にすることも、己の価値を探すこともなくなっていた。

 我愛羅はもう知っているのだ。自らの価値は自らが決めていくのだと。己の進む道は己だけが決められるのだと。
 もう里の道具にならないと決意した男は、肉体的にはまだ小さいながらも既に『自立した一人の男』として歩き始めていた。

 それが嬉しくもあり誇らしくもある。だが半面、寂しく思うのも事実だ。
 何せサクラにとって我愛羅とは“もう一人の自分”と呼んでも過言ではなかった。同じ“孤独”を知る者。けれど互いに違う“痛み”に苦しみ合った者。同士とも呼べる関係の中から我愛羅は既に抜け出している。
 だがサクラが一人取り残されたわけではない。サクラもサクラなりに歩き始めている。一人の医者として、くの一として、我愛羅の隣に立てるような女になるのだと決意したのだ。

 だから寂しい気持ちを押し隠して我愛羅に笑いかけようとしたが、それは当の我愛羅本人によって打ち砕かれた。

『――だが、サクラと離れるのは、正直……』

 そこで一度言葉を詰まらせた我愛羅は、組んだ指を遊ばせるように数度指先を動かした後、もごもごと消え入りそうな声で呟いた。

『さ、さびしい……と、言うのだろうか……? この感情は……』

 ほんのりと焼けた頬に赤みがさす。俯きながら続けられたその一言に、サクラは思わず目を丸くした。だが同時に自分も同じ気持ちを抱いていたことを実感し――というより自覚し、クスリと口元に手を当て笑った。

『――私も。私もよ、我愛羅くん』
『え?』

 今度は我愛羅が目を丸くする。その澄んだ宝玉のような瞳を見返しながら、サクラは穏やかに表情を緩ませる。

『私も、本当は寂しい』

 すっごく、すっごくね。そう素直に続けることは出来なかったが、それでもサクラの気持ちは伝わったのだろう。我愛羅はパチパチと目を丸くしたまま瞬くと、困ったように視線を落として口を噤んでしまう。だがその頬は未だ赤いままで、サクラは「意外と初心なのね」と内心でほくそ笑んだ。

『でも、私は木の葉に帰りたい』
『……ああ』

 それもまたサクラの正直な気持ちだった。
 一人残された母が心配だった。自分を“仲間だ”と無条件に信じてくれる人たちとまた一緒に仕事がしたかった。また一緒に笑いながら食事をして、時には喧嘩をして、里のために働きたかった。誰かのためではなく、自分のために。

『でも、でもね。我愛羅くんが嫌いになったわけじゃないわ。テマリさんも、カンクロウさんも、今では大切な人たちよ。ここでの日々は辛いことも多かったけど、学んだことも沢山あったから』

 一人の忍として、医者として、薬師として、学んだことは多い。この過酷な環境で“生きる”とはどういうことなのか。
 初めてこの目で見た、自身の足で立った第一線で如実に感じた“命”というものを、サクラはキチンと自分のものにしていた。
 だから寂しくとも後ろ髪を引いてばかりではいられない。それを、二人はキチンと分かっていた。

『我愛羅くん。例え私がいなくなっても、強がっちゃダメよ』
『……それは、どういう意味だ?』

 組んだ指先を遊ばせながら問いかける我愛羅に、サクラは教師のように人差し指を立てながら「それはもう、色々よ」と答える。

『怪我をしたり風邪を引いたり、喉が痛かったり頭が痛かったり、そういう不調を覚えたらすぐにでも相談すること』
『……サソリに、か?』
『誰でもいいのよ。我愛羅くんが“信頼できる”と思った人に言えばいいの』

 今ならテマリかカンクロウが主だろう。
 それが通じたのか、我愛羅はふと笑うように瞼を伏せて「そうだな」と頷いた。

『もう自分の気持ちを押し隠すのはやめる。今度からはちゃんと――口にするよう心掛ける』
『うん』

 この半年で、我愛羅は変わった。
 殺戮兵器として戦場に立っていた少年は、人の気持ちを理解しようと変わり始めた。自分の気持ちを偽らないと、何者からも目を逸らさないと。例えそれが自分自身の過去や内面であっても変わらない。そう口にした少年は、サクラと大して変わらない手の平をサクラに向けて差し出した。

『今度会ったら――』
『?』

 今度、会ったら。

 我愛羅が口にした言葉を、サクラは口の中で転がす。

「うん……。約束だよ。我愛羅くん……」

 見上げる木の葉の太陽は眩しく、また清々しく晴れ渡った空には雲一つ浮かんでいない。きっとこの空は彼のいる砂隠まで続いているのだろう。
 サクラは自然と緩む口に呼応するように、弾みだした心を表すように大地を駆け抜ける。今日も明日も明後日も、きっと同じ空の下で、大地の上で、我愛羅が頑張っていることを知りながら。


 ◇ ◇ ◇


 一方当の我愛羅といえば、サクラの前では久しく見せていなかった仏頂面を更に苦く歪めていた。

「オイオイ。そんな顔するこたぁねぇだろ、坊ちゃんよ」
「誰のせいだと……」
「俺のせいってかぁ? 冗談じゃねえ! 今までなかった兆しが出たんだ。もうちっと喜べよ」
「…………」

 我愛羅は珍しく寝台に横になっていた。そもそも我愛羅がサソリの前で寝台に横になるなど、戦時中の会合を邪魔された時以来だ。
 未だ思い出す度に苦い気持ちになる出来事を脳内の奥に追いやりながら、我愛羅は傍に立っていたカンクロウへと視線を流す。

「カンクロウ。お前もコレと戦ったのか?」
「あー……いや、戦うっつーか、防戦一方っつーか……まあ、なんだ。成長している証じゃん?」

 兄の不器用な慰めともいえる宣告に我愛羅は「冗談じゃない」と額を押さえる。

「うっ、」
「ああ、我愛羅、無茶すんなじゃん」
「ケッ、なぁーにが“無茶すんな”だ。たかが“成長痛”に無茶も何もあるかよ」

 診察を終えたサソリは「飛んできて損したぜ」と疲れたように肩を落とす。

 明け方、夜営をしていたサソリの元に寝間着姿のテマリとカンクロウがすっ飛んできた。終戦したとはいえ砂隠に恨みを持つ忍は多い。まさかとは思うが自分たちの目を掻い潜り奇襲にでもあったのかと思ったが、見た目にそぐわず好戦的な一家だ。助けを求めるより先に相手を返り討ちにするはずなのに一体どうしたというのか。
 あまりにも類を見ない慌てようにサソリも慌てて姉弟に続けば、何ということはない。最近ようやく睡眠や栄養を満足に取れるようになった我愛羅の体が成長しようと活動をし始めただけのことだった。
 だが今までまともに睡眠を取っていなかったうえ、怪我を負っても呻き声一つ上げなかった弟が夜半呻いていれば心配するのが家族というものだ。特に今は過去の溝を埋めるように互いを気遣い合っている姉兄に「苦しむ弟を無視する」という選択肢は存在しておらず、この里で一番頼りになる医忍(正確に言えば違うが)とも呼べるサソリを引っ張ってきたのだった。
 しかし症状は何ということはない。子供にはよく見られるアレ。ただの“成長痛”だった。

「まぁ処方する薬はねえが、痛みを緩和するストレッチは教えてやるよ」

 そもそもにおいて“成長痛”とは幼少期に起きるものだけを指す。十代後半で起きる痛みは厳密に言うと“成長痛”ではないのだが、それはそれ。分かりやすく示すならその一言に限る。だから説明を面倒くさがって省いたサソリではあったが、その痛みの原因は骨と筋肉の問題だということも知っている。
 そのため呻く我愛羅だけでなく、カンクロウやテマリにもストレッチ方法を実践して教えてやった。

「坊ちゃんが一人で出来そうになかったらお前らが手伝ってやれ」
「ああ、分かったじゃん」
「助かったよ、サソリ。夜営中に面倒かけたね」
「まったくだ」

 幾ら旧友に「頼むよ」と言われていたとはいえ、こうもホイホイ呼び出されるのは性分ではない。サソリは「もう心配かけんなよ」と捨て台詞のような言葉を吐いてから風影宅を後にする。
 そうして後に残された我愛羅は早速ストレッチに取り掛かっている。

「つーかサソリの野郎、こんなストレッチ法があるなら俺にも教えて欲しかったじゃん」
「まぁいいじゃないか。それよりも、今後は我愛羅の背も伸びるってことだ。そのうち新しい服を買ってやらないとね」

 グッと膝を抱えてゆっくりと呼吸を繰り返していた我愛羅は、テマリの言葉にキョトンとした顔を向ける。

「服?」
「そうだよ。背丈が大きくなったら袖が足りなくなって不格好になるだろ? 私たちの大事な弟に、そんなダサい格好させられるかってんだ」

 だろ? と笑いかけてくるテマリに、我愛羅は目を丸くした後「そうか」と呟きながら目を閉じる。

「だが、今はまだいい。歩くのも億劫だからな」
「はは、ちげーねえじゃん」

 自身も体験したからだろう。笑い飛ばすカンクロウに我愛羅も表情を緩める。サクラがいた頃よりも遥かにずっと、三人の関係は穏やかに、あたたかなものへと変わっていた。
 そんな中我愛羅はあることを思い出し、思わず「あ」と声を上げる。

「ん? どうした我愛羅」
「何かして欲しいことがあったら遠慮せずに言うじゃん」
「いや……そういうことではなく……」

 先程のテマリの発言で、我愛羅は自身のクローゼットの奥に仕舞っていた“例のアレ”を思い出したのだ。
 しかし今までの我愛羅であればそんなミスを犯さなかっただろうが、現在は“家族にも気を許すことが出来なかった頃”とは違う。咄嗟にクローゼットに向けた視線を姉兄が見逃すはずもなく、二人してそこを開けてしまう。

「おい、」
「別に何もねーじゃん?」
「みたいだねぇ、って、なんだコレ?」

 ガサリ、と綺麗に包装された包みをテマリが手に取り、我愛羅の体がギクリと強張る。

「プレゼントじゃん?」
「へー、随分綺麗に包装されてるじゃないか」

 二人は随分と立派に包装されたそれをマジマジと見つめた後、同時に「ん?」と顔を上げる。

「え? 今これどっから出したんだ?」
「いや、どこからって、我愛羅の――」

 そこで言葉を区切ったテマリは、カンクロウと揃って勢いよく寝台にいる弟を振り返る。

「我愛羅! コレって……!」

 しかしてそこに寝そべっていたはずの弟は、仰向けからうつぶせの状態になり、枕に顔を半分埋めた状態で恨めしそうに二人を見つめていた。
 以前までの二人であれば、その人間なんて簡単に殺せるであろう瞳に怯んでいたはずだ。だが関係が修復されつつある今ではすっかり拗ねる弟の瞳にしか見えないでいる。それもあってか二人は苦笑いを浮かべながら素直に謝罪の言葉を口にした。

「誰が勝手に開けていいと言った」
「わ、わりーわりー。いや、でもさぁ、あんな風に視線を向けられたら気になるじゃん?」
「そうそう! 私たちだって悪気があったわけじゃないんだよ? でも、我愛羅。これって……」

 明らかに、女性宛のプレゼントである。

 綺麗に包装されたリボンの色はピンク。そこには、サービスなのだろう。花型の飾りが付けられており、どう見ても自分用でないことが分かる。だが我愛羅がテマリに贈り物をするとは思えず(誕生日でもないからだ)かといって亡くなった母親に贈るにしては質感的に向いていない。残るは我愛羅のリハビリを手伝ったマツリぐらいだが、我愛羅が贈り物をするほど仲良くなったとは思えない。となると導き出される答えはただ一つ。

(コレ、絶対サクラ宛じゃん……)
(だよなぁ……。何で帰る前に渡さなかったのか……)

 呆れた姉兄が逡巡したのはほんの数秒。二人は顰めた眉をキリリと吊り上げ、未だ恨めしそうに自分たちを見つめる我愛羅に向かって拳を握り締めた。

「よし、我愛羅! お姉ちゃんたちに任せな!」
「ああ! 何としても木の葉との合同任務を見つけてくるじゃん!」
「は?」

 まだ自分は何も言っていない。それなのに何故サクラに用意したものだとバレたのか。
 戦時中赴いたオアシスで購入したまま渡せず仕舞いだったプレゼントには当然ながらメッセージカードなどついていない。にも拘わらず自分が誰のために用意したのかを当てられ、少なからず我愛羅は動揺する。

「ま、待て――」
「安心しな、我愛羅! 一人じゃ不安なら私たちが着いて行くから!」
「そうそう。あ、でも渡す時は自分の手で渡すじゃん? じゃねえと用意した意味がねえからな」

 頼んでもいないのに何故かやる気に満ちた瞳と弾んだ声を向けられ、益々我愛羅の眉間に皺が寄る。

「余計なお節介はいらん。返せ」

 だが伸ばされた腕が掴んだのはプレゼントではなく、二人の手だった。

「応援するからね、我愛羅!」
「待ってろよ、我愛羅。絶対にチャンスを掴ませてやるじゃん!」

 何故か自分以上に燃えている。
 そんな姉兄の興味津々とも見える――“弟の恋路を応援する”という闘志を燃やす二人に、我愛羅はただただ疲れたように吐息を零すだけだった。