長編U
- ナノ -

円 -13-



 我愛羅が入院生活を始めて早二週間。ようやく退院出来た我愛羅は周囲に祝われつつ、少しずつ里の復興にも力を貸している。

 元より我愛羅の砂はあらゆる面で秀でているのだ。防御や攻撃だけではない。サポートも出来るオールラウンダーである。本来ならば用途が違う運搬作業も、随分と器用な我愛羅は砂を使ってやり切ってしまう。
 上から瓦礫が落ちてきてもすぐさま防ぎ、邪魔な物があれば砂を使って退かし、時には砕いて砂の一部にしてしまう。
 初めは戦々恐々としていた現場も、バキとカンクロウ、そしてサソリが我愛羅に容赦なく指示を飛ばすおかげで一時は『(精神的)生き地獄』とまで言われていた。だが我愛羅が一度もキレることなく素直に従っていたため、今ではゆっくりとだが空気が落ち着き始めている。

 少しずつではあるが、我愛羅を見る周囲の目も変わり始めている。

 それを喜ばしく思う中――我愛羅は本日復興作業ではなく、別の“任務”を遂行するため門前に立っていた。

「何だか緊張するね」
「そうだな」

 その隣にはサクラも立っている。サクラも今までずっと休みなく働き続けていたが、今日は特別に我愛羅と同じ“任務”を宛がわれていた。だからこそこうして揃って門前に立っているのだが。

「それにしても、今日は本当にいい天気よねぇ〜」
「ああ。とはいえ、元より雨など滅多に降らない土地だからな。さして珍しい景色でもあるまい」
「えぇ? でもこの前降ったじゃない」
「…………そうだったか?」
「……あなた、寝てたわね?」

 守鶴が表に出ることがなくなったためか、我愛羅はよく眠るようになった。それこそ夜だけでなく日中もだ。休憩時間に丸くなっていることが度々ある。
 初めはカンクロウでさえ「え?!」と驚き二度見していたものだが、今ではスルー出来る光景になっていた。むしろテマリなどは『いつでも掛けられるように』とリビングに膝掛けを常備しているほどである。
 随分と過保護になったものだと思う反面、穏やかに眠る我愛羅を見ると不思議とあたたかな気持ちが込み上げてくる。

 ずっと眠れなかった子供が、今は安心して眠ることが出来ている。それは発育の面から言っても素晴らしい変化だ。

 とはいえ我愛羅は里の主戦力でもあり、一尾の器でもある。あまり働かせすぎて守鶴に文句を言われては適わないと、定期的に休日も与えられていた。
 おそらく雨が降った日も健やかに眠っていたのだろう。長時間眠り続けるのもハッキリ言って健康には悪いのだが、相手が相手だ。多少大目にみたくもなる。

 だが何故か時折、寝起きの方がやけに疲れて見える時がある。本人に聞けば『色々あってな……』と誤魔化されるので深く聞けたことはないが、我愛羅のことだ。そのうちうっかり漏らす日が来るかもしれない。
 だからその日まで待っていようと、サクラは敢えて追及せずに見守っていた。

 そんな二人の目の前に広がるのは、どこまでも続く砂の海だ。その上には目が覚めるような青空が世界を染め上げており、サクラは思わず手を掲げて日差しを遮る。
 木の葉よりもずっと過酷な土地は、木の葉よりもずっと自然の驚異に晒されている。それでもここに住まう人たちは逞しく知恵と知識を持ってこれに対抗し、生きている。

 そんな砂漠の向こう側で、一つの砂塵が見えてきた。

「あ。あれかな〜。……って、何であんなに勢いあるのよ」
「俺に聞かれてもだな……」

 サクラたちの視線の先、濛々と上がる砂煙は凄まじく、まるで荒ぶる闘牛がこちらに向かって駆けてくるようでもあった。

「えぇ〜? 何で? 火影様ってあんなに荒ぶって走る人じゃなかったはずなんだけど」
「俺もそんなイメージはないな」

 本日の二人に与えられた“特別任務”とは、木の葉から和平条約を結びに来たミナトを出迎えることだった。

 クーデターが無事成功し、両国の大名も命を取り留めた。分裂していた国との会議もある程度まとまり、国と里は新たな盟約を結んだ。
 そうして我愛羅の退院が決まったのを切欠に、羅砂はミナトとの会議を承諾したのだった。

 初めはどこか別の地で行う予定だったのだが、『我愛羅に会いたい』というミナトの願いを汲み、今回は砂隠で行われることになった。
 勿論戦争を終えたばかりの両里である。戦争の明確な理由は自分たちの職業柄皆知ることにはなったが、だからと言ってそう簡単に恨み辛みが晴れるものでもない。
 そのため護衛が来ることは当然だと思っていた二人ではあったが、ミナトの両端を走る男達にサクラの頬が引き攣った。

「うおおぉおおぉおお!! 負けんぞカカシィイイイイイ!!」
「あ。ちょっとアレ、サクラじゃない? おーい! サクラ〜!」
「ははは。ほら、ガイ。カカシはまだ手を振る余裕があるみたいだよ?」
「くそおおおお!! カカシイイイイイイ!!!」

 暑苦しい。
 一瞬で無表情になるサクラに対し、我愛羅は思わず両腕を組み、視線を逸らした。

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……」
「いやいやいや。我愛羅くん、アレが突撃してきたら流石に逃げていいから。むしろ砂で捕縛していいから。ね?」

 ガイとカカシの勝負を当然ながら見たことのない我愛羅が全力で引くのも頷ける。
 だからサクラは「そんなことをしてもいいのか?」と不安げに問いかけて来る我愛羅に「うん」と力強く頷き返す。そして未だに手を振り、サクラの名を呼ぶカカシに向かって声を張り上げた。

「カカシせんせー!」

 しかしサクラの声に反応したのは手を振り続けていたカカシではなかった。実はミナトの後方にも人がいたのだ。

「サクラちゃああああん!!」
「サクラー! お前怪我してねえだろうなー?!」

 ガイとカカシに負けじと顔を出し、声を上げたのはナルトとサスケだ。まさか二人も来ているとは思わず、サクラは固まる。

「あー……。サスケくんとナルトもいたんだ……」
「あの二人で見えなかったな」
「そうねぇ……。カカシ先生とガイ先生はちょっと、木の葉でも特別枠だから」

 単体で見ればカカシは優秀な部類ではあるのだが、遅刻癖はあるしアレな本を手放さないしで、あまり教育者としてはよろしくない部分がある。それでも総合的に見れば頼りになる『いい先生』ではあるのだが、ガイといる時はまたちょっと特別と言うか、ガイが勝手に巻き込んでいるというか……。

「うーん……。説明が難しい……」
「そんなに“特別”なのか?」
「特別っていうか特殊っていうか、ある意味オンリーワン?」
「よく分からんのだが……」

 残念ながら砂隠にはいないタイプなのだ。あの二人は。だからサクラもどう説明しようかと悩んでいるうちに、砂煙が近付いてくる。
 一体どこで止まるつもりなのか。明らかに止まる勢いを見せない男二人に、ついに我愛羅がサクラを見る。

「止めていいか?」
「そうね。そうしましょう」

 サクラからの許可も下りたため、我愛羅は地面に両手をつく。

「位置について、よーい…………ドン!」

 サクラの掛け声を合図に、我愛羅が砂の津波を作り出す。途端にガイとカカシは急ブレーキを踏み、ミナト達も思わず身を引く。

「はーい、ここから先は徒歩でお願いしまーす」

 しかし単なる足止めにしかすぎなかった津波は木の葉の面々の横を流れて行き、足を止めたミナト達に向かってサクラは微笑んだ。

「あ。ていうかここがゴール地点なら、ガイ先生の方がちょっとだけ足の先が出てますよね。ってことは、今回はガイ先生の勝ちかも」
「何?!」
「え。マジ?」

 サクラの視線に合わせるように大人たちの視線が足元へと落ちる。そこは確かに開かれた足幅の分だけガイが前に出ていた。
 強制的に足を止めたのは我愛羅たちだが、元々どこをゴールに定めていたのか知らない以上、勢いよく駆けこまれても困るのだ。だからこの地点をゴールとするのであればガイの勝ちであった。

「ぶわははは! どうだカカシ! 今回は俺の勝利だな!」
「いやいやいや。これはノーカンでしょう。だって無理やり彼に足止めされたわけだし」

 そう言ってカカシに見下ろされるが、我愛羅は特に気にした様子もなく数度瞬いてから口を開く。

「あんな勢いで来られては困る。案内を任せられているのは俺たちだが、通常通り警備をしている者もいるのでな。出来る限り争いごとに繋がることは避けたい」
「ま、それもそうか。俺も無益な戦いは避けたいし、今回はそういうことにしておきましょう」

 肩を竦めるカカシにガイとサクラが笑う中、改めてミナトが二人へと近づいて行く。その姿にカカシとガイは一歩退き、サクラと我愛羅は改めて視線を交差させてから穏やかな青い瞳を見上げた。

「やあ。久しぶりだね、サクラ。我愛羅くん」
「はい! お久しぶりです。火影様」
「お久しぶりです」

 笑顔を見せるサクラの横で我愛羅は頭を下げる。ミナトは「そこまで丁寧にしなくてもいいのに」と微苦笑を浮かべ、そっとその肩に手を置いた。

「退院するまでに随分と時間がかかったようだけど、もう大丈夫なのかい?」
「はい。その節は色々とご心配をおかけしました。今は何の問題もありません」
「ん! そうか。それはよかった!」

 まるで自分の事のように喜び、破顔するミナトに我愛羅も少しばかり頬を緩める。そんな我愛羅にサクラも微笑むが、当然この三人以外はまったくもって蚊帳の外である。
 サスケとナルトに至っては未だに言葉すら交わしていない。それが不満なのだろう。ずっと我慢していたナルトが遂に「なぁなぁ!」と声を上げる。

「あのさー父ちゃん、俺たちもそろそろサクラちゃんと話がしてぇんだけど?」
「え? あ! ごめんごめん。忘れてたよ」
「は?! 息子の存在忘れんなっつーの!!」

 悪気ない台詞と謝罪にナルトは吠えるが、それをいいことにサスケが先に歩み寄ってくる。その背は最後に見た時から少しだけ伸びている気がしたが、サクラは特に指摘することなくサスケの視線を受け入れた。

「久しぶりだな。サクラ」
「うん。久しぶりね、サスケくん。元気そうでよかった」

 ナルトとしてはサスケに先を越されたことは面白くないが、サスケとてサクラのことを案じていた。「ここは男らしく譲ってやろう」とミナトに諭され仕方なく引き下がったナルトではあるが、珍しくサクラの態度が堂々としていることに気付き、疑問を抱く。

「アレ? 何つーかさ、今までのサクラちゃんならもうちょっとこう、モジモジしてたっつーか、ヒナタみたいな感じだったのに……。どうしたんだってばよ?」

 ナルトが疑問に思うのも無理はない。実際相対するサスケも違和感を覚えていた。何故かサクラが照れていない、と。
 だがそんなことを考えているなど全く考えていないサクラは、何故か眉間の皺を深めるサスケに首を傾けるだけだった。

「どうしたの? サスケくん」
「え、あ、いや。別に」

 今までのサクラであればサスケに向かってモジモジと、それこそ女の子らしい表情を見せていただろう。しかし今は顔色も変わらず、ただまっすぐと見つめ返して来るだけである。
 サスケは前向きに「少しは顔色を隠せるようになったのか」と考えることにしたが、続いて向けた、我愛羅への視線は鋭い。

「よォ」
「……ん? 俺か?」

 お前以外に誰がいんだよ。
 内心で突っ込むサスケではあったが、我愛羅は意に介していないのだろう。どこかキョトンとしている姿に睨みを利かせつつ、牽制する。

「てめェ、サクラに怪我とかさせてねえよね?」
「怪我……。まあ、大丈夫だとは思うが」

 サスケ的にはサクラが砂隠に囚われていた間の事を指しての発言であったのだが、我愛羅には正しくその意味が伝わっていなかった。ではいつのことを思い浮かべていたのかと言うと、それこそ今朝の朝食風景である。

 今日の朝食当番はサクラとテマリで、二人は揃って台所に立っていた。我愛羅は少し遅れて起きてきたため殆ど準備は終わっていたが、その際怪我はしていなかったように思う。
 それでも一応確認しておこうかとサクラの手を掴めば、目の前にいたサスケとナルトがギョッと目を見開いた。勿論その背後にいた大人たちも目を丸くしていたが、当の本人たちは至って真面目に顔を突き合わせている。

「怪我、していたか?」
「え? 何? どうしたの? 怪我なんてしてないわよ?」
「そうか」
「そもそも怪我しても自分で治せるわよ」
「ああ。そうだったな」
「もう。心配性なんだかうっかりさんなんだか、よく分かんないわね」

 クスクスと、心底可笑しいのだろう。笑うサクラに我愛羅は「面目ない」と謝罪する。そんな二人にサスケは頬を引きつらせ、ミナト以外の男たちは言葉を失くす。
 しかし二人はそんな周囲に気付かず、我愛羅に至っては真面目に「問題ない」とサスケに報告していた。

「お、お前――」
「? 何だ?」

 睨みも牽制も、結局のところ相手に明確な意図が伝わっていなければ意味がない。サスケは思わず舌打ちをし、我愛羅は困ったように首を傾ける。
 だが我愛羅がサクラに話しかけるよりも早く、ミナトに押さえつけられていたはずのナルトが飛び出してきた。

「サックーラちゃん! 久しぶりだってばよー!」
「わっ! ちょっとナルト! やめてよ、バカ!!」

 サクラの前に飛び出してきたナルトは、先程我愛羅が検分した手を取ると勢いよくブンブンと上下に振る。それに対しサクラは眉を吊り上げるが、ナルトはそれすらも嬉しいのか、デレデレと頬を緩めた。

「だってさーだってさー! ようやくサクラちゃんに会えたんだもんよー! 俺ってばちょー嬉しいってばよ!」
「あーもー……。分かったわよ、恥ずかしい奴ねぇ」

 呆れつつもどこか嬉しそうなサクラに、ナルトも「ニシシシ」と笑う。が、サスケ同様我愛羅を見ると少しばかり難しい顔をした。

「あとさぁ、お前さぁ」
「何だ」

 サクラの手を離し、近寄ってくるナルトに我愛羅は僅かに緊張する。だがナルトはサスケの時のように牽制するのではなく、ビシッ! と勢いよく我愛羅の額を指差した。

「それ、何だってばよ」
「…………入れ墨?」

 額に刻まれた“愛”について言っているのだろう。直球過ぎるナルトの質問にミナトは吹き出し、カカシは目元を覆う。
 しかしナルトが天然ならば我愛羅もまた天然である。天然同士の、何故か微妙に噛み合った会話にサスケは呆れつつも頬をひくつかせていた。

「ふーん? でも何で“愛”なんだってばよ?」
「何でと言われてもな……。こう…………自然と?」
「自然と?」
「うん」

 これまた酷い会話である。
 本当ならばこの入れ墨が何であるか知っている我愛羅ではあるが、それをわざわざ説明する理由も時間もない。そんなわけでどうにか誤魔化そうとしたのだが、結果的に摩訶不思議な空気となり、理解出来なかったナルトと同時に首を傾けることとなった。

「ぷっ、あっはははは!」
「あ?! 父ちゃん何で笑うんだってばよ!」

 しかしそれが悪かったのか、ついに耐え切れずにミナトが笑い出す。それに対しすかさずナルトが反論すれば、ここに来てようやくカカシが「しょーがない子たちね」と目元を緩めた。
 おそらくミナトの護衛としてではなく、サクラを預かっていた『先生』として拉致した我愛羅を警戒していたのだろう。だがミナトや自来也に加え、木の葉に“共闘”を申し込んできたサソリたちの例もある。
 自らの目で我愛羅がどんな男なのか見極めようとしていたカカシは、子供たちのやり取りを見てようやく肩の力を抜いた。

(火影様の言った通りだったな。この子はナルトたちと変わらない。ただの“子供”だ)

 わーわーと父親に食って掛かるナルトと、そんなナルトに何度も謝るミナト。どうすればいいのか分からずサクラに困った顔を向ける我愛羅に、サクラは「ほっといて大丈夫。アレ、あの家の日常だから」と教えている。

 ガイはそんなカカシの心情を知っていたが、敢えてそれには触れず、子供たちに向けて「これも青春!」と親指を立てた。だがサスケは見事にガイから視線を逸らしていたが。
 そんな中、サクラは思ったよりも受け入れられている我愛羅に向かって改めて笑みを浮かべる。

「ね? 心配しなくても大丈夫だったでしょ?」
「ああ……。そうだな」

 我愛羅は初め、サクラと共に木の葉の客人を迎え入れることに難色を示していた。
 何せ最も木の葉の忍を殺めたであろう存在が自分なのだ。ミナトはともかく、他の忍――特にナルト達に至ってはサクラと共に砂隠に帰る姿を見られている。そんな自分が本当に案内役など務められるのか。
 悩む我愛羅に、サクラはこう伝えた。

「言ったじゃない。『ミナトさんがいるから大丈夫』って」

 幼い頃から付き合いがあったミナトの性格を知らぬサクラではない。
 それに我愛羅がミナトとコンタクトを取っていたのであれば、ミナトは決して我愛羅を悪く言わないだろう。加えて、幾ら周囲が我愛羅のことを疎んでいたとしても、ミナトが説得すれば最終的には頷いてくれる。ミナトにはそんな不思議な力があった。

 現に己を殺そうとしたカカシも、敵として相対してきたナルトも、サスケですら構える様子はない。
 我愛羅は改めて『火影という男は凄いのだな』と噛みしめ、手元の時計を見下ろした。

「そろそろ案内してもいいだろうか」
「ん? ああ、ごめんよ。我愛羅くん。お願いするよ」

 苦笑いするミナトが頷くことで一行は砂隠へと足を踏み入れる。
 木の葉とはまた違う、過酷な土地で生きる砂漠の民らしい家屋や店の佇まいにミナトは「へえ」と感嘆の声を上げた。

 そんな中、我愛羅とサクラはまっすぐ風影邸へと続く道を歩く。会議が行われるのは隣接する施設だが、それまでの道中での案内はキチンと行った。

 一般的な家屋と商店とでは佇まいが違うことや、どんなものが今は売られているか。砂隠の食文化などについて様々だ。
 勿論まだ復興が進んでいない場所もあるため案内出来る場所は少ないが、今まで触れたことがない文化だからだろう。ナルトだけでなくサスケも物珍しそうにあちこち視線を向けている。
 カカシやガイはミナトの護衛が主なので騒ぐことはなかったが、二人の説明には耳を傾けているようだった。

 そうして辿り着いた施設の前では、既に風影である羅砂が待機しており、ミナトは緩めていた頬を引き締めると羅砂に向って大きく一歩踏み出した。

「こうして面と向かって相対するのは初めてですね。四代目火影、波風ミナトです」
「この度は色々とご迷惑をおかけした。四代目風影、羅砂だ」

 二人の里長が揃うことによって自然と空気が引き締まる。だがそんな中でもナルトはこっそりとサスケに向かって小声で話しかけていた。

「何かさ、砂隠の人ってさ、なーんか空気が硬ぇよな」
「そういう気質なんだろ。てめえみたいなアホばっかりでも困るがな」
「んだとこの野郎!」

 しかし最後の一言が思ったより大きく、全員の視線がナルトに注がれ、思わず固まる。

「はぁ……。ナルト?」

 ミナトに笑顔で諭され、ナルトはすぐさま「すみません」と謝罪し、縮こまる。ミナトは内心『木の葉はどういう教育をされているのか』と白い目で見られるかなーと不安に思ったが、意外にも羅砂は気にした様子もなくミナトを促した。

「会議室はこの建物の二階で行います。どうぞ」
「ありがとうございます。それじゃあナルト、サスケ。僕たちは会議に出るから、大人しく待ってるんだよ」
「分かってるよ、父ちゃん」
「はい。お気をつけて」
「ん! 行ってきます!」

 カカシとガイは護衛として共に施設へと進む。だがナルトとサスケは今回無理やりミナトに同行したのだ。会議に参加出来ないのは勿論だが、大人しくするのは当然である。
 とはいえ残されたのは子供達だけだ。大人の姿が見えなくなった途端ナルトはサクラへと向き直る。

「なぁなぁサクラちゃん! 砂隠から帰ってくるんだよな?! 俺たちと一緒に木の葉に帰るんだよな?!」
「ナルトの言う通りだぜ。サクラ。お前は木の葉の人間なんだ。いつまでも此処にいるってわけにはいかねえだろ?」

 まるで勧誘である。
 二人の気持ちが分からないでもないが、サクラは曖昧に笑って言葉を濁す。そして今度はサクラが助けを求めるように我愛羅へと視線を向けた。

「えーと、それはまぁ……そうなんだけど……」

 確かにサクラは今回、会議が終わり次第共に木の葉へと帰省することになっている。
 死亡扱いされたデータも復元してもらったし、メブキにもサクラが存命であることはミナトが伝えている。しかし何処か歯切れが悪いのは、我愛羅のことがあるからだ。

「何だよ。あんまり嬉しそうじゃねえな」

 だが当然の如く喜ぶと思っていたサクラの思わぬ反応に、思わずサスケの眉間に皺が寄る。だがサクラはそれに対しても曖昧に微笑み、何も言わぬ我愛羅の袖を軽く引く。
 途端に我愛羅は困ったように顔を顰め、視線を逸らした。

「?」

 疑問符を浮かべるナルトとサスケだが、サクラはもう一度我愛羅の袖を引っ張って意識を引いた。

 正直言えば木の葉に戻れるのは嬉しい。だが我愛羅を残して去るのは――どうにも後ろ髪を引かれる。
 何せサクラにとって我愛羅は、我愛羅たち一家は、もう単なる『赤の他人』ではないのだ。

 現在我愛羅たちは今までの溝を埋めようと、ぎこちないながらも家族らしくあろうとしている。羅砂は家に帰ってくるようになったし、テマリとカンクロウは我愛羅に話しかけることも増えた。
 だがやはりそう簡単に上手くいくはずがなく、時折妙な沈黙が落ちたり気まずい空気が流れたりする。そんな時サクラが何とか中継ぎをし、気まずい空間を中和しているのである。

(だからなー、私が抜けるとあの家族がどうなるのか……。ちょっと……いや、かなり不安なのよねぇ)

 初めは憎い一家であったはずなのに、今ではすっかり馴染んでいる。
 それはそれでどうなのかと思わなくもないのだが、こればかりはしょうがない。不器用な人たちが揃っているのだ。多くを望む方が間違っている。それに、そんな彼らだからこそこの関係を築けたのかもしれないのだ。

 愛しくもどこか可笑しい。愛憎表裏一体とはよく言ったものだ。
 ……いや。そうではない。サクラの気持ちは既に『憎しみ』から『親愛』へと変わっているのだから。
 だからその不安さえなければ素直に帰れるのだが、サクラは未だに顔を背け続ける我愛羅の手を取り、ギュッと握った。

「ねぇ。我愛羅くん。本当に私がいなくても大丈夫?」

 そして握った手を手繰り寄せ、覗き込むようにして顔を近づけるサクラにナルトは「ぎえっ?!」と素っ頓狂な声を上げ、サスケは「おい!」と慌てたように手を伸ばす。
 だがサクラとのこうした接触が茶飯事になりつつあった我愛羅は二人のように驚くことはなく、ただサクラの問いに困ったような顔をする。

「……うん……? 多分?」

 目の前で当然の如く握られた手に、やたらと至近距離で話す姿。ナルトとサスケは完全に置いてけぼりである。だがサクラは相も変わらず我愛羅を疑うように見つめ続けている。

「本当に?」
「……うん」

 首を傾けるサクラの視界にはナルトとサスケは映っていない。いち早く回復したサスケが「流石におかしくねえか?」とは思うが、背中を向けているサクラは気付かぬまま「そっか」と頷くだけだった。

「私がいなくても我愛羅くん、平気なんだ」
「うっ。いや、そういう意味ではなくてだな……」
「じゃあどういう意味?」
「そ、れは……」

 しどろもどろに答える我愛羅の手を、サクラは拗ねたようにゆらゆらと揺らし始める。対する我愛羅もそれを振りほどくことなく、サクラの好きにさせながら必死に言葉を探していた。

 因みに周囲には他の砂隠の忍たちも当然のことながら、いる。
 元より会議を行うのは風影と数名の護衛だけで、あとはいつも通り復興作業があるのだ。だから四人のやり取りも筒抜けだったのだが、我愛羅とサクラのやり取りに突っ込む人はいない。
 つまり、二人が親密な関係であることは既に知れ渡っているということだ。

 しかし普段なら周囲の様子に目敏く気付くサスケも、気付かないナルトも、完全に目の前の光景に意識が持っていかれてそれどころではなかった。

「いいよーだ。私もう木の葉に帰るもんねー」
「サクラ……」

 おろおろと狼狽する我愛羅に対し、サクラはつーんとそっぽを向く。
 こんな、たった一人の少女相手にあたふたする我愛羅など見たことがあるだろうか。いや、ない。

 呆然と二人のやりとりを眺めるナルトたちに加え、周囲の忍達も全員が同じことを考えていた。が、突然拗ねていたはずのサクラがクスクスと笑い出して滞っていた空気を吹き飛ばす。

「ふふっ、嘘。ごめんね。ちょっとした意地悪」
「…………性根が悪い」
「ごめんってば」
「……………………」
「ねーえ。ごめんってば! 我愛羅くんっ」

 朗らかに笑うサクラの何と眩しいことか。カカシやリーがいればそんなことを言っていただろう。しかしこの場にいるのはナルトとサスケである。
 無自覚にじゃれあうサクラたちに無言で近寄ると、二人して同時に我愛羅とサクラを引きはがした。

「てめえは何やってんだサクラ! 相手は男だぞ?! 砂漠の我愛羅! もっと警戒心を持て!」
「え? 何で?」
「『何で?』じゃねえ!」
「てか我愛羅! お前も何サクラちゃんと手ぇ繋いでんだよ! 羨ましいってばよ!」
「お、おう、すまん?」

 まさかナルトに名前を呼ばれると思わなかったのだろう。驚愕の表情を浮かべる我愛羅にナルトまで驚いてしまう。

「え? いや、つか何でお前がそんなにビックリするんだってばよ。俺の方がビックリしてるはずなんだけど?」
「す、すまん。まさか名前を呼ばれるとは思っていなくてな……」

 我愛羅からしてみれば二人に憎まれていてもおかしくない。そんな相手が自分の名前を呼んでくれるとは思っておらず、照れくさそうに視線を彷徨わせる我愛羅に、ナルトはぽかんと口を開けてから手を叩く。

「あ! 分かった! お前、友達いねえんだな?」
「ぐっ!」

 あまりにもド直球な指摘に我愛羅が呻く。その言葉には正直我愛羅以外にもクリティカルヒットする者が数名いるのだが、生憎とこの場にはいなかった。
 だが気付かぬナルトは「なーんだ、そっかー」と続けると、我愛羅に向かって手を差し出した。

「んじゃまぁ、俺がお前の友達になってやんよ!」
「――は?」

 零れんばかりに目を見開く我愛羅に向かい、ナルトは「ニシシ」と笑う。

「だってさー、俺ってば父ちゃんに聞いたんだよ。お前がサクラちゃんのこと木の葉に帰そうと頑張ってくれてたって。それに木の葉丸たちからもさ、真面目でいい奴だって聞いてたしよ。だからお前ってば、本当は悪い奴じゃねんだろうな。って、そう思ったんだよ」

 だから、そーいうこと!
 そう言って再度手を差し出すナルトに我愛羅は固まるが、サクラに「我愛羅くん」と名を呼ばれ意識を取り戻す。

「握手だよ! 握手!」

 どこか面白くなさそうなサスケと、笑うサクラを視界に入れてから再びナルトへと視線を移せば、ナルトは「ほら」と言って我愛羅の手を握る。

「今日から友達! な、我愛羅!」

 そもそも今日はミナトと羅砂、両名共に同盟を組むために会議に来ていたのだ。だからこれ以上争う必要はない。
 まるでそれを表すかのようなナルトの態度に、我愛羅も徐々に緊張を解き、握られた手の平に力を込めた。

「――ああ。よろしく頼む」

 どこかぎこちなく笑う我愛羅に、ナルトも「応!」と返す。それから改めてサスケを振り返り、胸を張って紹介した。

「まぁ知ってるとは思うけどよ、あいつは“うちはサスケ”な。すげー素直じゃねえし、嫌味な奴だし、何故だか女子にモテまくってる奴だけど、」
「おいてめえ。悪口ばっかり言ってんじゃねえぞ。あと人に指差すな」
「へいへい。まぁこんな感じで口煩い奴だけどよ、別に悪い奴じゃねえし。カカシ先生もガイ先生も、キャラ濃いけどいい先生だから。これからもよろしく、ってことで! つーかもう俺たち敵じゃねえしな!」

 笑うナルトの奥でサスケは諦めたようにため息をつくと、我愛羅に近付き手を差し出す。
 それに対してっきり今度も握手をするのかと思ったが、我愛羅が手を翳した瞬間、勢いよく手の平を叩かれた。

「俺は握手はしねえ。野郎と手を握るなんてまっぴらごめんだからな」
「あ! サスケ、お前なー!」
「それに! サクラや俺たちにしたこと、忘れたわけじゃねえ」

 サスケの言い分は最もだ。我愛羅は誰よりもそれを理解している。口元を引き結ぶ我愛羅に、サスケは「だがな」と続ける。

「てめえを認めてねえわけじゃねえ。勘違いすんなよ」

 そう言ってフンと顔を逸らしたサスケに、我愛羅は困惑する。これは友好的なのかそうじゃないのか。悩む我愛羅に、ナルトとサクラが笑いかける。

「な、コイツ素直じゃねーの!」
「サスケくんらしいね」
「うるせーよ!」

 若干頬を染めているサスケに、我愛羅もそういうことかと理解する。そして背中を向けているサスケの手を取ると、驚くサスケの目の前で先程されたように手の平を叩き返した。
 それはまるで歪なハイタッチのようで――子供達らしい和解の仕方でもあった。

「よろしくな、うちはサスケ」
「っ〜! この野郎!」

 やり返されたのがムカつくのだろう。サスケは我愛羅の首に手をかけると、そのままヘッドロックの体勢に入る。

「てめえ生意気なんだよ! さっきからやたらとサクラといちゃつきやがるし! 何なんだお前! その額の文字何だ!」
「ぶわははは! サスケそれさっき聞いたってばよ! お前バッカでー!」
「あーちょっと! 我愛羅くんギブしてギブ! サスケくん意外と手加減できない人だから!」
「おいサクラ、意外とって何だ! 手加減ぐらい出来る!」
「く、苦しい……」
「あー! ほらギブギブ! サスケくんギブだって!」

 バシバシと我愛羅の代わりにサスケの腕をサクラが叩き、いつになく感情を露にするサスケの姿にナルトが腹を抱えて笑う。
 そんな騒がしい子供たちの姿を、羅砂とミナトは会議室から見下ろしていた。

「あははは。やっぱり子供たちは仲良くなるのが早いですね」
「そうですな」

 騒ぐナルト達の声に気付いたのだろう。買い物帰りのテマリとカンクロウもナルト達に交ざり、アレコレと声を上げている。

「もうあの子たちが二度と戦場に立たなくてもいいように、僕たちの間で戦争をするのは止めましょう」
「ああ。私も、そう願う」

 二人の手元にあるのは子供たちを守るための様々な条約だ。
 今までの概念を捨て、互いに手を取って助け合い、敵としてではなく同じ志を持つ仲間として生きていけるように――。新たな盟約を記した書類に、それぞれが判を押す。

「これからは同盟国として、共に歩んでいきましょう」
「こちらこそ。よろしく頼む」

 交わされた握手は力強い。
 そして会議室の外ではナルトとカンクロウが何事かを言い合い、テマリはサクラを突きながらサスケと我愛羅に視線を向けて笑っている。それに対しサクラは慌てたり笑ったりとコロコロと表情を変え、その間に我愛羅はサスケに寝技をかけられ、バタバタと暴れ始める。そんな我愛羅を見下ろしながらサスケは何事かを口にし、技を解かれても不機嫌になるどころか不敵に笑っている。

 今までのことを思えば目にすることなど叶わないと思っていた光景だ。
 ミナトと羅砂はそんな眩いばかりの子供たちの姿を眺めながら、自然と頬を緩めていた。

「あはは。サスケ容赦ないなー。我愛羅くんももっと反撃したらいいのに」
「あれは存外格闘技が苦手でしてな」
「そうなんですか? じゃあ初めての経験かもしれないですね。頑張れー、我愛羅くーん」

 窓の向こうで手を振るミナトに気付いたのだろう。ナルトが笑みを浮かべながら勢いよく両手を振る。それに気付いた子供達が全員ミナトと羅砂を見上げ、羅砂もぎこちなく手を振ればテマリとカンクロウの目が驚きに見開かれる。
 だが我愛羅だけは嬉しそうに口元を緩め、控えめに手を振り返してきた。

「可愛いですねぇ」
「……ああ」

 ――この光景を、加瑠羅にも見せてやることが出来ればよかったが。
 叶うことのない夢を描きつつ、羅砂は走り出したサクラたちに手を引かれる我愛羅の背を見送る。
 一体どこに行くつもりなのか。テマリもカンクロウも年上とはいえ、こうして同年代と遊ぶ機会はほとんどなかった。だからこそ、なのかもしれないが。
 無邪気に笑う子供達に、護衛についていた上忍たちも遂に苦笑いを浮かべる。

「あーあ。ナルトったらあんなにはしゃいじゃって」
「サスケもいつもの冷静さがどこへ行ったのやら。うーむ! しかしこれも青春! いいぞぉ、お前たち! このままどこまでも突っ走るがいい!!」
「いや、ここ木の葉じゃねえから。突っ走られたら困るんだが」
「サソリ。お前はもう少し言葉遣いを改めろ」

 子供達が駆け抜ける姿が見えなくなっても大人たちは暫くの間無言でそこに佇み、どちらからともなく席へと着いた。

「さて。それでは今後の話をしましょう」
「ええ。まずは復興が済んでからの――」

 今まで敵対していた里同士だ。すぐに打ち解けるのは流石に確執がありすぎる。だがこれからは少しずつ歩み寄っていかねばならない。それを先導してくれるのは間違いなく子供達だろう。

 一尾の器である我愛羅を受け入れたサクラに、ナルト。曲がりなりにも我愛羅を“忍”として認めたサスケ。
 そんな彼らを、テマリとカンクロウも受け入れている。そして勿論我愛羅も――。

「……我愛羅が、『春野サクラを木の葉へ帰して欲しい』と嘆願書を提出してきました」

 木の葉丸たちは既にクーデター終了後にカブトが木の葉へと送り届けていた。それでも暫くの間は診療所で様々な手伝いをしていたらしく、我愛羅と触れ合う機会も多かったらしい。
 別れる時は『また会おうぜ、我愛羅兄ちゃん!』と木の葉丸と拳を突き合わせて来たそうだ。彼らは我愛羅にとって初めて出来た『年下の友達』であり、サクラを木の葉へ帰そうと手を組んだ同士だ。
 本音を言えばサクラにはこのまま砂隠に残って技術を広めて欲しかったが、ようやく自分達一家も家族らしくなってきたのだ。一度だけでもいいから、息子の願いを聞いてやりたかった。

「ありがとうございます。彼女は木の葉にとっても必要なくノ一です。ですが今後は、共に医療技術を発展させたく思います」
「そうして頂けるとこちらとしても助かります」

 もし、我愛羅とサクラが出会っていなければ。もし、サクラが我愛羅を嫌悪し続けていれば。おそらくこんな日は来なかっただろう。
 例えクーデターがそのまま行われ、成功していたとしても、ここまで穏やかな話し合いは出来なかったかもしれない。
 
 羅砂は感謝していた。『春野サクラ』という一人の少女に。
 書類で見た時は『医療技術に優れただけの、特に秀でたところもない平凡な少女』だと思っていた。うちはや日向のような由緒ある血筋の出でもない。華やかな戦績を誇っているわけでもない。

 だが彼女は、この里で誰にも出来なかったことを成し遂げた。誰も触れることが出来なかった、近寄ることさえ出来なかった我愛羅に――その心に、唯一触れたのだ。

 だからこそ羅砂も子供達と和解することが出来た。例え歴史に残る功績ではなかったとしても、この砂隠に、我愛羅に未来を与えたのはサクラだ。

 とはいえ、忍の世界はいつだって不安定だ。また争いは起きるだろう。同盟に反対する者も少なからずいる。
 だが無益な争い程意味のない行為はないと、この場にいる全員が知っている。
 だからこそ努力せねばならない。一度諦めてしまった羅砂は勿論、足掻き続けたミナトも。これからもずっと、命ある限り、守るべきもののために、彼らは互いを裏切ることはない。
 それが大人たちからの、子供に対する『贖罪』でもあるのだから。


 ◇ ◇ ◇


「おぉ〜。今日はいい天気だのォ〜」

 木の葉を出て、悠々自適の執筆ライフに戻った自来也にも――。

「木の葉丸くーん! こっちだよー!」
「今行くぞ、コレー!」

 成長途中にいる、子供達にだって――。

「なぁなぁ、アレって何? 何のためにあるんだってばよ」
「あれかい? あれは風力発電機と言って――」
「傀儡ってどうやって作るんだ? 材料は?」
「基本的には造形師っつー専門の奴らがいて――」

 彼らの傍には必ず、守りたい誰かがいるのだから。

「フフッ。楽しいね、我愛羅くん」
「ああ。そうだな」

 ゆらりと、再び繋いだ手が二人の間で揺れる。
 例えあと少しでこの手を離すことになるのだとしても、我愛羅はサクラを、サクラは我愛羅を、ずっと大切に想い続けるだろう。

「サクラ」
「うん?」
「――ありがとう」

 初めて会った時とは違い、随分と穏やかになった翡翠の瞳にサクラは笑みを返す。

「――どういたしまして」

 ラピスラズリの宝石は、今はチェーンを通してサクラの首元に下げられている。衣服に隠れて普段見ることは出来ないが、サクラにとってそれは確かに『幸運を呼ぶお守り石』となっていた。
 そしてそれは、我愛羅にも『幸福』を呼び寄せた。

 我愛羅の心に初めて寄り添った少女の願いは――これからも二人の手により叶えられていくだろう。

 



第十章【円】了


第一部【鋼の心】完