長編U
- ナノ -

円 -04-



 軍人を集めることに苦労はしなかった。自来也は国に戻ると早速仲間に声をかけ、更なる仲間を募った。初めは大名捜索に手を貸してくれた領地の者たちだけだったが、戦に不満を抱く者は多く、軍人だけでなく領民も自来也たちに味方した。

「自来也殿、真の大名を見つけることが出来たのも貴殿のおかげだ。我々は共について行く」
「それは有難い話だのう」

 自来也と共に立つのは、国の軍人であり、それなりの地位にいる男であった。年の頃は四十を超えた位か。現役にしては随分な歳ではあったが、それを補うほどの実績と実力を持っている。戦で失ったという片目を眼帯で覆っていても、その確かな技術と信頼は失われることはなかった。
 その男が今、自来也たちが起こそうとしている反乱軍の総指揮を執る大将であった。

「しかし本当にいいんだな? 十年来共に戦った仲間と刃を交わす羽目になるんだぞ?」

 問いかける自来也に男は忍び笑う。その笑みは余裕の笑みと言うよりは、諦めの笑みに近かった。

「我々の進む道に“楽”はない。業を背負うなら、生まれた瞬間から背負っている」
「……心強いことだの」

 男は兄弟の命を犠牲にしてここに立っている。それを聞きかじっていた自来也はそれ以上聞くことはなく、共に枯れ果てた大地を見つめる。

「この国もここまで荒んでしまった。元に戻るまで何年かかるか……」
「ふん。まだ死ぬつもりはないのだろう? ならば鉄砲の代わりに鍬を持て。教鞭の代わりに種を撒け。それがお前たちの本来あるべき姿であろう」
「フッ。それもそうだな。爺になると腰が曲がって、田を耕すのも楽そうだ」

 笑う男に自来也も口の端を上げる。その手には大蛇丸から届いた文が握られていた。

「風の国の方も整ったようだ。あちらも多くの軍人が反旗を翻すことに賛同したらしいぞ」
「長きにわたる戦もようやく終わるか。ならば今更勝利を欲しがったりはせんよ」

 何せ今最も欲しいのは孫が安心して暮らせる世の中だ。そう続けた男に自来也も頷き、控えていたミナトを振り仰いだ。

「お前たちも準備はいいかの」
「はい。先生」
「準備万端、いつでも行けますよ」

 ミナトと共に控えていたシカクが指差す先は、現在木の葉で動けるすべての忍が控えていた。勿論その中にナルトやサスケ、シカマルやいの達もいる。

「よし、行くぞ!」
「はい!」

 茜の空が闇の色に浸食される頃――火の国の大地を騎馬隊が蹄の音を響かせながら駆け抜ける。
 飛び交う銃声の音に加え、忍達が印を結び技を繰り出す。それに気付いた正規軍人たちが武器を構え交戦するも、囲われた城を落とすのにそう時間はかからなかった。

 弓兵たちは蔵から武器が全て持ち出されていることに気付き、それを報せに行く途中で鉄砲隊に打たれて命を落とす。
 槍兵たちは騎馬に踏みつけられ、炎に焼かれ散って逝く。

 立派な構えの城は銃痕を幾つも残しながら壁を砕かれ、放たれた火矢や松明により徐々に炎に巻かれていった。

 夕暮れの中燃え上がる城は、まるで悪魔が降臨したかのように赤々と燃え上がり、敗走する兵たちに絶望を与えていた。

「おい! 偽物はいたか?!」
「いや、こちらにはいない!」
「クソッ、こっちもだ!」

 燃え上がる城の中で聞こえてくる声は少ない。偽物の大名を数名の忍たちで探すが、姿を見つけられず舌打ちする。そんな中自来也は「ここではなかったか」と苦々し気に眉根を寄せた。

「別宅はどうなっている!」

 正確に言うと、反乱軍は二手に分かれていた。
 偽の大名が普段身を置く城と、愛人を住まわせている別宅との二ヶ所だ。自来也たちが襲ったのは城の方であったが、そこに偽の大名の姿はなく、代わりに影武者が潜んでいた。
 反乱軍に気付いていたのかもしれない。
 とはいえ騎馬隊に忍まで敵に回ったのだ。そう遅くないうちに身柄は確保されるだろう。

「別宅より報せが! 標的は現在逃走中! 別部隊が後を追っているそうです!」
「よし。ミナト!」
「はい!」

 自来也の声に反応したのはミナトだ。ミナトはすぐさま瞬身の術で捜索部隊を外に連れ出すと、シカクに報せを伝達する。

「別宅の方より標的が逃走中との報せあり!」
「了解! 犬塚家の手番だなぁ、こりゃ」

 ミナトの報せを聞くや否や、すぐさま方向転換し自陣の元へと駆けるシカクの背を見送る。そんな中、じっと火の海に沈んでいく城を見上げる兵たちにミナトは口を噤んだ。

「……後悔、していますか?」

 城の中で、兵たちは今まで共に飯を食った仲間たちの命を奪った。
 首を落とし、心臓を貫き、苦しむ相手に情けをかけ介錯をした。そしてその亡骸と共に――今、城が落ちていく。

 無粋な質問だとは思ったが、疑問はするりと口を突いて出て行った。だが意外なことに皆首を横に振った。虚像のような城は、今彼らの中からも崩れ去っているのだ。

「我々は今までも多くの仲間の屍を踏み越えてきた。今更それを嘆きはしない。彼らとはいつかきっと、輪廻の先で会えるだろう」

 一人の軍人がそう呟いた。その頬に走る線に気付かぬミナトではない。だが指摘するのは野暮と言うものだ。ミナトは黙って兵たちと共に燃え盛る城を見上げる。
 そして遂に激しい音を立てながら柱が折れ、石壁に罅が入り、崩壊する音が聞こえてくる。視線を上げれば屋根もたわみ、瓦が一枚、また一枚と落ちては天に灰色の煙が昇っていく。
 ――まるで死した者たちの魂を供養するかのように、それは高く高く空へと昇っていった。

「…………終わるのか」

 長く続いた戦争が、十年も続いたあの戦争が――。たったこれだけのことで、たかだか数時間で『終わる』と言うのだ。
 これだけのことなのに、十年もかかった。かかってしまった。ここに辿り着くまでどれほどの仲間が散って逝ったことか。唇を噛みしめるミナトの肩に、自来也は手を乗せる。

「終わりとはいつだってあっけないものだのぉ。人と同じよ」
「……そう、ですね」

 音を立てて崩れた城はただ燃えるだけだ。
 煙に巻かれた者たちにとっては地獄の窯であろうが、生きてそれを眺める者たちにとってもまた、それは地獄絵図そのものであった。

「僕は、この日を忘れません。決して」
「ああ。そうだの」

 そして城の火が消える頃には偽の大名を追っていた犬塚家が戻ってきた。
 男は抵抗したせいで四肢を縛られ猿轡をされてはいたが、その血走る眼から呪詛の念が伝わってきた。まったくもって諦めの悪い男である。

「この男をどう処罰するか。それはあなた方に任せます」

 ミナトと自来也は件の男を反乱軍の大将――眼帯の男に引き渡した。男はそれに頷くと、未だもがく『大名だった男』を連れ、昇りだした日に焼かれる大地の上を歩き出した。
 その地にはやはり、草木の一本もまともに生えてはいなかった。

「……この先、この国は、どこまで立ち上がることが出来るのでしょうか」

 吹きすさぶ風は初夏の香りを含み、冷たくミナトの髪を攫って行く。隣に立っていた自来也はそれに対し「何を弱気なことを言っているのだ」と笑い飛ばし、情けない背中を強く叩いた。

「人は生きている限りどこまでも、どこへでも、どこにだって歩いて行ける。『生きる』という“力”と“希望”がある限りはな」
「……はい。そうですね」

 火の国でのクーデターは成功した。
 偽物の大名を捕まえたことにより、火の国はこれ以上風の国と戦う理由がなくなった。件の男が戦争を起こした理由など、今更聞く気も起きない。
 それほど情けをかけられないほどにミナトは憤慨し、辟易していた。この不毛な『戦争』というものに。

「とーちゃーーん! エロせんにーーん! いつまでそこに立ってんだってばよーーーー!!」

 後ろから聞こえてきた叫び声に振り向けば、顔中――いや。体中を煤だらけにしたナルトが腰に手を当て二人を待っている。その姿にミナトは目を見開き、自来也は「酷い格好だのう」と吹き出し、腹を抱えて大笑いする。

「あーっ?! 何笑ってんだってばよ、エロ仙人!」
「だーっはっはっはっ! お前さんのその顔、だっさいのォ〜! とてもミナトと同じ血を引いとるとは思えんのォ〜!」
「うっせーってばよ! そーいうエロ仙人だってモテモテだったことないくせに!」
「何をぉう?! お主ワシがどれだけモテておったか知らんのォ〜? もう毎夜毎夜引く手あまたで、そりゃあもう、綺麗なお姉ちゃんたちが何人もだなぁ」

 嘘八百と言わんばかりの作り話を鼻高々に言い放つ自来也と、それを訝しみつつも素直に聞いている息子の姿にミナトはようやく吐息をつく。

「終わった、か――」

 終わりとはいつだってあっけないものだ。
 そう言われたミナトは確かにそうかもしれないな。と己の汚れた掌を見つめ、それから握り締める。

(――我愛羅くん。君は、無事なんだろうね?)

 日が昇った空は青く清々しい。
 もう戦場で見ることはないだろう小さな仲間に思いを馳せ、ミナトは己を待つ友の元へと走り出した。


 ◇ ◇ ◇


 だがミナトの願い虚しく、風の国では簡単に事は進まなかった。

「二重スパイだなんてやってくれるわね……!」

 そう。大蛇丸が募った反乱軍の中にスパイがいたのだ。
 軍の大半を味方につけたと思っていた大蛇丸ではあったが、時間が足りずに全ての身柄を調査できなかった。結果がコレだ。

 ――入り乱れる戦場。
 鳴り止まぬ銃声に大砲で家屋が破壊される音。
 命からがらに逃げ出した人々も流れ弾に当たっては倒れていく。流れる血が川のように足元を濡らし、歩兵隊たちの泥仕合を悪化させる。

「大蛇丸殿!」
「あら、悪いわね。助かったわ」

 死角から飛んできた弓矢に気づいた歩兵隊がそれを切り落とす。それに礼を述べつつ、大蛇丸は歩兵隊の首根っこを掴むと少しばかり退いた。

「思ったより向こうもやるじゃない」
「ええ。どうやらこれを見越して特別に武器保管庫まで作っていたようで……」
「まったく、一部の人間にしかそれを伝えてないってところがまた、性根が悪いわね!」

 飛んでくる弓矢を全て躱し、盾を持った兵隊たちに向かってほくそ笑む。

「でもいいわ。私を裏切ったらどうなるか……。体に教え込んであげる」

 ウフフフ。と微笑む大蛇丸の薄気味悪さに歩兵隊員は鳥肌を立てたが、大蛇丸は気付かなかった。

(この際迅速に事が運ばなくてもいいわ。大名さえ生きててくれれば、偽物が没した後もこの国は立て直せる)

 ――だからカブト、早く仕事しなさい。
 そう心中で続ける大蛇丸はにょろりと首を伸ばし、悲鳴を上げて後退する軍人たちに笑みを零すのであった。