長編U
- ナノ -

円 -03-



 ――外が煩い。そう感じた羅砂が書類から顔を上げるのと、殴りこむ勢いで執務室の扉がノックされるのは同じタイミングだった。

「風影様! 敵襲です!」
「何?!」

 入ってきた忍が差す先を確認する。驚くことに襲撃を受けているのはサクラや木の葉丸たちを収容している特別監獄だった。

「何故あそこを……?」

 あそこにはサクラ以外の収容者もいる。そもそもあそこは襲撃したところで得られるものなど大してない。
 それなのに一体何故、何のためにあそこを狙ったのか。羅砂が疑問視する間にも、濛々と煙が上がってくる。

「風影様!」
「御指示を!」

 下で控えていた複数名の忍に、羅砂は事態収拾と敵襲の捕獲を命令する。
 砂隠の戦力を削ぐのが目的なら、真っ先に病院を狙うはずだ。多くの忍はそこにいるし、これから戦になるのであれば治療薬などを根絶やしにした方が早い。
 あの建物には食料もなければ薬もない。いるのは罪人か捕虜だけだ。では何故あの場所を――。再度考え始めた羅砂の目に飛び込んだのは、連れ去られる薄紅の髪と、浅葱色の長いマフラーだった。

「春野サクラ! それに猿飛木の葉丸まで……! やはり木の葉の者か?」

 捕虜である二人を取り戻すために来たのか。一瞬そう判断しかけた羅砂ではあったが、それにしてもと思い留まる。

(何故敵は二人があの場所に収容されていると知っている? まさか砂隠に木の葉と通ずるスパイが他にも――)

 そこまで考えて、羅砂は我愛羅以外に木の葉に通ずる者がいただろうかと思考を巡らせる。

「まさか――。いや、しかし……」

 我愛羅以外に木の葉と通じている素振りがあった忍など他にいない。だが羅砂は一人だけ引っかかっていた。
 それは現在砂隠にはいない――赤砂のサソリであった。

(アイツには我愛羅の行動を監視させていた。木の葉と通じているという可能性もゼロではない。だが、利のないことを厭うアイツが本当にそんなことをするか?)

 サソリは金にがめつい所はあるが、基本的にメリットがないことに対しては動かない。ましてや敵里に寝返るなど、考えられない話だ。
 だが現状サソリ以外の人物など思い当たらない。悩む羅砂の耳に飛び込んできたのは、敵に逃げられたという無様な報告だけだった。

「くそっ! 次から次へと……! 何をしている! すぐに追え!」
「は、はいっ!」

 我愛羅に続いてテマリとカンクロウ、そしてサソリまで己の手元から離れていく。かと思えば襲撃され、捕虜を連れ去られると言う大失態。
 羅砂はぐったりと椅子に背を預け、目を覆った。

「次から次へと……問題ばかり襲い掛かってくるな……」

 国からの文に返事を返せぬまま、溜まるばかりの問題に溜息しか出てこない羅砂であった。


 ◇ ◇ ◇


 しかし地上でそんなことが起こっているとは露知らず、我愛羅は監獄の中で一人瞼を閉じ、守鶴と向き合っていた。

「いつまで不機嫌面をしているつもりだ? 守鶴」
「ケッ! 気安く名前を呼ぶんじゃねえよ、我愛羅」

 自分のことは棚に上げるのか。そう思わなくもないが、今までを振り返ってみれば守鶴の言い分も分からなくはない。何せ我愛羅は幾度となく守鶴を“化物”と蔑み、遠ざけてきたのだ。唯一己と会話してくれた相手であるにも関わらず。そう考えると我愛羅とて強気には出られない。

「今まで“化物”呼ばわりしていたことを根に持っているのか?」
「ハッ、分かってんじゃねえか。今の今までずーっと俺様を“化物”呼ばわりしやがってよぉ〜。今更手の平を返して名前呼ばれても『はい。守鶴です』なんて言えるかってんだ」

 臍を曲げきった、子供のような守鶴に我愛羅は瞬き、次の瞬間には頭を下げる。

「すまなかった」
「あぁ?!」

 自分よりも数倍大きい、まるで岩壁のような相手に向かって腰を折る。当然守鶴は我愛羅の行動が読めず、何の真似だと問いかける。

「今までのお前に対する態度についての謝罪だ。今更だとは思うが、本当にすまなかったと思う」
「ケッ! ど〜だかよォ〜。どーせ見た目だけだろ? そんなもん」

 顔を背け、尾を地に打ち付けて不機嫌を露にする守鶴。まるで機嫌を損ねた猫のようではあるが、実際は狸である。狸も尻尾で感情を表すのかは分からないが、我愛羅は真摯にその態度を受け止めることにした。

「確かに。お前がそう思うのも無理はない。俺はずっとお前のことを“化物”と呼び続け、嫌っていた」
「………………」

 自分が“化物”と呼ばれる度に「違う」と否定し、否定する度『本物の“化物”は守鶴だ』と言い続けてきた。
 実際、守鶴は莫大なチャクラを持った魔獣である。人の目からしてみればまさしく“化物”だ。だが――

「昔、俺はお前を“母”だと思い込んでいた時期があった。俺の心の弱さが生み出した遊びに、お前は飽きることなく付き合ってくれたな」
「ハッ。丁度いい暇つぶしだったぜェ。上手くいけばお前の体を乗っ取って暴れることも出来た。だからお前の“オママゴト”に付き合ってやっただけだ」

 オママゴト。確かにあれは“ママゴト”だった。
 話しかけてくる守鶴を“母”と呼んだ。“母”の前では確かに己は“子供”で、体のいい“駒”だった。親の言う通りに動く、生きているだけの人形だった。

「初めはよろしくやってたのによォ〜。突然裏切られて俺は傷ついたぜぇ? なあ、我愛羅」

 自分の中にいる“母”が本物でないと分かった時、一度自分の中で全てが崩壊した。
 母はいなかった。自分の中にも、現実世界にも。唯一自分を愛してくれたであろう存在が、夜叉丸がそう諭してくれた人が――どこにもいなかった。
 あの時一度我愛羅の心は、世界は、粉々に砕けて壊れてしまったのだ。そして今は、それを無理やり繋げて形にしていただけだと理解出来る。

「お前は所詮その程度の人間だ。あの嬢ちゃんだって救えねえ。親父とも分かりあえねえ。大蛇丸だって自来也だって、腹の中では実際に何を考えているのか分からねえ。あいつらがお前を裏切らないなんて何故言える? 火影が自分の味方だなんて何故言える? 姉兄と分かりあえるだなんて夢のまた夢だ。もっと現実を見ろよォ、我愛羅!」

 守鶴の言葉はもう一人の自分の言葉だ。人を信用しきれない頃の、昔の自分の言葉だ。
 だから我愛羅は昔から守鶴の言葉を否定しつつも、どこかで惑わされ続けてきた。悩んできた。迷ってきた。

 ――だがもう、我愛羅の心は我愛羅だけのものだ。
 迷いも、痛みも、悲しみも、苦悩も、全て守鶴の言葉でなく自分の心で、言葉で、決めるものだ。そう、思えるようになった。

「守鶴」
「あぁ?」
「俺はお前のことを、もう一つの心だと――……そう、思う」
「はあ? 何言ってんだ、お前」

 胡乱げな眼差しと共に苛々とした様子も伝わってくる。
 尾獣に人の心は分からない。
 我愛羅が他人の心を理解出来なかったように、守鶴は我愛羅の言葉を真の意味では理解出来ない。

 だが人間同士でさえ相手の本意が伝わらないのだ。時に食い違い、時に傷つけあい、時にぶつかり合う。サクラと自分がそうであったように、人は他人の本当の気持ちを完全に理解することは難しい。相手が人外ならば尚更だと、今なら素直に考えられる。

「お前が俺に投げかけてくる言葉は、俺が心の奥底で考えていることと同じだった。本当に相手を信じていいのか、今度は裏切られないか、この人は信用してもいいのだろうか。本当に……――俺を求めてくれる人がいるのだろうか」

 幼い頃から一人ぼっちだった。親にも姉兄にも突き放された。自分と大して大きさの変わらない手の平が、我愛羅の胸を突き飛ばしたことを今でも覚えている。

『こっちにくるな!』『バケモノ!』

 そう叫んだ二人の目は幼いながらに憎しみに染まっていた。子供であるが故の、真っすぐすぎる言葉は鋭利なナイフとなって我愛羅の心を傷つけ――そんな我愛羅を守るように砂が暴走し、結果的にテマリを傷つけた。

「……守鶴。お前の言葉はいつだって、俺のもう一つの姿――もう一つの心そのものだった」
 守鶴は昔から我愛羅を惑わす。言葉巧みに支配しようとする。
 孤独な我愛羅に本当にその考えは正しいのかと、本当に相手を信用していいのかと問いかけ続けることで心を掻き乱してきた。
 だがそれは人が誰でも持ち合わせる疑心が形になっただけのこと。清濁併せ持つのが人間という生き物だ。守鶴が特別悪いわけではない。

 人を殺すことしか出来なかった我愛羅に、サクラは人を助けることが出来ると言った。
 日頃人の命を助けているサクラだって、戦場では他人の命を奪ったことがあると言った。
 ミナトだって、自来也だって、大蛇丸だって、皆誰かを殺し、誰かの命を守っている。

 背反する意思を抱えている。それが人間だと、我愛羅はようやく気付くことが出来た。

「人の心は悪だけではない。だが善の心だけで出来ているわけでもない。どちらも同じだけ併せ持ち、いつだってせめぎ合っている」

 そして“悪意”が人を暴走させ、時には事件を起こし、負の連鎖を紡いでいく。そうしていつしかそれは一つの形となった。それが“化物”と呼ばれる尾獣の存在だと、我愛羅は考えたのだ。

「お前は俺に人間の言う“善意”があるとでも?」
「多少なりはあるだろうさ。ただ、俺はお前のことを深くは知らない。だから断言は出来ない」

 守鶴が己と“ママゴト”をしていた。それは守鶴からしてみれば単なる暇つぶしでしかなかったが、当時の我愛羅にとっては“救い”でもあった。孤独だった己に唯一話しかけてくれる存在。自身を見てくれている存在。それが『守鶴』だった。

「フンッ。都合のいい解釈だな。これだから人間ってのはよォ〜」
「お前からしてみればそうだろうな」

 人はいつだって身勝手だ。自分の都合のいいように解釈する。時にはそれが相手の本心と違っていても勝手に「そうに違いない」と勘違いし、事件を起こす。
 だがそれは全て言葉足らず、時間足らずで言葉を交わすからだ。相手としっかり意思疎通が出来ていないから誤解が生じ、勘違いが進んで歯車が狂ってしまう。
 しかし今の我愛羅には時間がたっぷりとある。次に戦場に出てくるまでの時間、ちゃんと守鶴と言葉を交わそうと決意していた。
 そんな我愛羅を守鶴は鼻で笑いながら見下ろし、口を開く。

「だがてめえも勝手がいいように、あの嬢ちゃんだって相当なもんだぜ」

 高らかに告げる守鶴は組んでいた腕を解くと、脅すように我愛羅の両端にその手をつき、顔を近付ける。
 守鶴が勢いよく手をついたせいで地響きと共に砂煙が舞うが、我愛羅は気にすることも、また守鶴の手を避けることもしなかった。

「あの嬢ちゃんは端からお前に付け込むために近付いたんだぜ? お前を不憫に思ったから、なぁんて善意じゃねえんだよ」

 どうだ、ショックだろう。
 そう言わんばかりに目元を細める守鶴ではあったが、我愛羅はその言葉に数度瞬くと、呆れたように肩の力を抜いた。

「何だ。そのことか。だったら残念だな。それに関してはとうの昔に知っている」
「あ? 何だ、知ってやがったのか?」

 つまんねえなぁ、と言いつつ顔を離す守鶴に、我愛羅は「当然だ」と返す。

「俺が少し意識を飛ばしている間にお前が好き勝手していることは知っていた。物の配置がずれていたり、座っていた場所が違ったりしたからな」
「細けェ野郎だな」
「それに、あの頃はまだサクラのことを大切だと思っていなかった。だから、彼女が俺に近付く理由はなかったんだ」

 サクラが初めて我愛羅に接触を試みた日。医者の娘を殺して帰ってきたあの日。いや、それよりも前――火傷を負った日か。
 自分にとっては未だただの『捕虜』であり、サクラにとっては“敵”でしかなかった。戦争に参加し、負傷者を助けるために砂忍になることを決意させたのは己ではあるが、それを理由に近付いては来ないだろう。あるとすればそれはただ一つ。

「俺を殺し、お前を開放する。そうすればサクラだけは助ける。――とでも言ったのだろう」

 お前の考えそうなことだと口の端を上げる我愛羅に、守鶴はつまらなそうに舌打ちを返す。

「じゃあてめえ、分かっててあの嬢ちゃんと一緒にいたのか?」

 自分を殺すために近づいた。それが分かっていながらサクラを受け入れたのかと、正気を疑うような眼差しを向ける守鶴に我愛羅は頷く。

「何だってよかったんだ。理由なんて……。嘘でも何でも、どんな理由でもいい。――誰かと、一緒にいたかったんだ」

 初めから分かっていた。サクラに呼び止められ、共に台所に立っていた時から。ずっと気付いていた。
 ――サクラがいつか裏切ると。自分を殺し、此処を去っていくのだと。
 だがそれでもいいと思った。悲しくとも見て見ぬふりをしてきた。己の心を守るために。

「サクラが今、俺のことをどう思っているのかは分からない。今でも俺のことを殺そうとしているのかもしれない。違うのかもしれない。だが、そんなことはもうどうだっていいんだ」

 例え嘘から始まった関係だとしても、我愛羅はそこから沢山のことを学んだ。沢山の感情と向き合った。初めて自分の人生を『自分の力で生きよう』と思えた。
 我愛羅にとっては、それが大事だった。

「俺はずっと孤独だった。誰にも傷つけられたくない。これ以上傷つきたくない。だから殻に閉じこもり、他人を拒絶してきた。誰かを信じても裏切られるだけなんだと、夜叉丸を通して知ってからずっと……誰のことも信用しなかった」

 実の姉兄だって、風影である父親だって、我愛羅にとっては敵だった。“母”だと思っていた守鶴でさえ、自分にとっては敵だった。

「今でもてめえの味方はいねえ。……そうは思わねえのか」

 問いかけてくる守鶴の言葉は『もう一人の我愛羅』の言葉だ。
 前向きに生きようと決意した自分と、今まで通り他人を疑いながら生きようとする自分。その背反する心が此処にはある。
 それが明確な形となり、言葉となって我愛羅に投げかけてくるのが『守鶴』であった。
 我愛羅にとって守鶴は、見て見ぬふりが出来ない“もう一人の自分”そのものだった。

「守鶴。俺は大事なことに気が付いたんだ」
「大事なことォ?」
「ああ。生きていくうえで大事なことだ。俺が、自分の人生を歩んでいこうと決意した時に気が付いたんだ」
「…………」

 握り締めていた拳を開けば、そこには渇いた手の平がある。神経が通った、火傷の痕が消えた、自分の手だ。小さく、ところどころ忍具で肉刺が出来た不格好な手だ。
 そしてサクラと、殺した医者の娘が包帯を巻いてくれた手を、我愛羅は何度も開閉しながら見つめる。

「守鶴。俺は今でも他人の言葉が……本意が分からない。人の心を理解することは、出来ない」

 サクラの涙の理由が分からなかったように、父親の気持ちが分からないように。今もまだ、我愛羅には分からないもの、見えないものが沢山ある。

「だが俺は、人を信じたい。裏切られてもいい。傷つけられてもいい。俺が相手を信じることと、相手が俺を裏切ることは、関係があるようで、本当はないんだ」
「ふぅん?」

 守鶴には分からなかった。我愛羅が何を言おうとしているのか。言わんとしていることが、理解出来なかった。
 だがそれでも先を促したのは、今までの我愛羅と、今己の前に立つ我愛羅が別人のように見えたからだ。

 人は成長する。人の心は変わる。
 昔の我愛羅がもう一人の守鶴であったとするならば、今の我愛羅はかつての人柱力、分福を彷彿とさせた。

「こんな世界だ。裏切る方が悪いとは言わない。だがそれでも、俺はもう、自分の心を偽って生きたくない。これ以上沢山の人を、想いを、疑いながら生きたくはない。だから――信じたいと思う。どんな相手であっても。信じると決めたなら、その想いを貫きたいと思う。例え相手に裏切られたのだとしても、信じたのは俺の責任であって、相手の責任ではないんだ」

 これから先、死ぬまで忍の世界で生きるのだ。自ずと裏切りや騙し討ちにもあう。逃げ場がなくなるほど追いつめられる日が来るかもしれない。とんでもない濡れ衣を着せられるかもしれない。
 だがそこには相手なりの理由があって、遂行せねばならぬ任務があって――もしかしたら、単に我愛羅が邪魔になっただけかもしれないが。それでも――。

 我愛羅は『信じる』と決めたのだ。

 人を、人の可能性を。善意と悪意、どちらも併せ持つのは自分も同じなのだから。
 木の葉の忍も軍人も見境なく、躊躇なく殺した自分も本当なら、他者を屠ることを厭う自分も本当だ。どちらか一方が全てでもなければ、どちらか一方が嘘でもない。
 相手も同じだ。だからこそ、我愛羅は『それでいい』と思うようになれた。

「これだけのことを気付くのに、随分と遠回りをしたがな」

 忍の世界はすなわち『偽りの世界』だ。真と偽がいつだって鏡写しのように存在し、己の影のように付き纏う。だがそれは忍だけに限らない。本当はどこへ行っても同じことなのだ。国で生きようと忍であろうと、真偽の世界はいつだって己の傍にある。
 だがそれでいいのだ。信じて傷ついても、裏切られて心が痛もうとも。『痛い』と思うことは、すなわち『生きている』証拠だ。こんな自分でもまだ『死んでいない』のだと教えてくれるものだ。
 だからこそ我愛羅は全て受け入れると決意した。痛みも歓びも、全てが『人生』なのだからと。

「傷ついてもいいのか? 本当に? もう誰も疑わねえのか? お前は」
「ハッキリと『誰も疑わない』と言い切るのは難しい。忍だからな。いつだって不安定な世界にいる。だが、そうありたいと思ってはいる」

 沢山の仲間を殺めた自分に対し微笑みかけてくれたミナトのように――自分も強く、生きたかった。

「………………」

 てっきり我愛羅はいつものように揚げ足を取られるものだと思っていた。だが意外にも守鶴は黙り込み、我愛羅をじっと見下ろしている。
 その瞳からは何の考えも読み取ることは出来ないが、それでも我愛羅は動かぬ瞳を見つめ返した。
 それこそ自身が幼い時からずっと、長い間己の本当の心を見続けてきた守鶴の瞳を。

「さッッッぱり理解らねえ」
「…………」

 しかし返ってきた言葉は案の定というか、想定内と呼ぶに相応しいものだった。だが我愛羅とてこの数時間で理解してもらおうと思っているわけではない。この先死ぬまで守鶴と人生を共にするのだ。この戦争で命を落としたら話は別だが、特に死のうと思っているわけではない。そもそもサクラを里に戻すまでは死ねない。
 まだ時間はある。その間にゆっくり話でもしようと上げていた顔を下ろそうとしたが、突如守鶴の長い尾が強く地面を叩く。

「てめえの話は長いんだよ。十二文字で纏めろ、バカヤロウ」
「……他者と共に生きる。お前とも、一緒にだ」
「十二文字じゃねえじゃねえか」

 鼻で笑う守鶴ではあったが、己を封印する鳥居を長い尾で叩くと、我愛羅に向かって不遜に笑う。

「おい、我愛羅。ちょっと遊びに付き合えよ」
「遊びだと?」

 おそらく守鶴が指すものは“オママゴト”ではないだろう。
 現にずるずると砂の上を移動する守鶴の後方にはだだっ広い、まるで広場のような場所が広がっている。そしてそこに巨体を落ち着けると、守鶴は「さっさと来いよォ!」と叫びながら長い尾を何度も地面に叩きつける。

「別に構わんが……。一体何をするつもりだ?」
「ハッ、なぁに。ちょっとしたお遊びだよ」

 問いかけつつも一歩踏み出し、己に近づく我愛羅に守鶴は笑う。
 その足元では――少しずつではあるが――静かだった砂がざわつき始めていた。

「む?」
「そうだなぁ……。ちょっとした力比べだ」

 笑う守鶴が提示した遊びに我愛羅は目を見開いたが、すぐに頷き了承した。

 ――誰の力も介入しない深淵の中で、我愛羅と守鶴は互いに向き合い、睨み合った。