長編U
- ナノ -

周/廻 -05-



 サソリが大蛇丸と接触したのは、投獄された我愛羅と別れてから数時間後のことだった。

「あら。あなた、私たちの邪魔をしてくれた傀儡師さんじゃないの」
「おっと。バレてたか。相変わらず情報がお早いこって」
「まぁね」

 脳裏では我愛羅の渋い顔を思い浮かべつつも、サソリはヘラリと食えない笑みを浮かべて大蛇丸の前に立つ。それだけで大蛇丸はサソリが『何をしに来たのか』、粗方予想は付いた。
 何せサソリは『傀儡使い』だ。そんな男が傀儡を介さず直接表に顔を出すなどそうあることではない。逆に言えば『戦う気がない』と言葉なく伝える手段とも云える。
 だが相手は砂隠の忍。それも戦争初期から今の今まで生き残った強者だ。これが罠である可能性がないとは言えない。

 しかし不思議と大蛇丸は警戒する気を持てなかった。おそらくそれは我愛羅を監視する姿に気付いていたからだろう。
 大蛇丸とてバカではない。我愛羅が里を抜け出す際に『誰にも見られずに』という条件を付けなかった時点でこうなることは予想出来ていた。ただその相手がどう出るかによって対処は変わったが、現状サソリ相手に争う気は微塵もなかった。

「それで? 高名な傀儡師さんが何の用かしら」
「分かってる癖に敢えて聞くってかあ? いい趣味してんなぁ。流石“伝説”と謳われるだけある。図太い神経してやがるぜ」

 互いに軽口を叩いてはいるが、争いに来たわけではない。第一サソリとて好きで戦争をしているわけではないのだ。
 勿論日和主義ではないため、ある程度の戦闘は好んでいる。それに己の実力を高めることを厭う性格ではない。しかしサソリの本質は『造形師』だ。傀儡を造ることの方が争う事よりも薬草を煎じる事よりも大事なのである。
 それが今では「物資不足だから」という理由で、仕方ないとはいえ最低限の数しか作成することを許されていない。それがどれほど苦痛なことか。故にこれ以上の戦争は勘弁願いたいのである。

 加えて夜叉丸との約束もある。
 一度は「自分には何も出来ない」と諦めたサソリではあるが、根本的に負けず嫌いなのだ。だからこうして友との約束を守るため、我愛羅の代わりに大蛇丸の元へと足を運んでいた。
 だがつい癖で減らず口を叩いてしまい、大蛇丸にいい笑顔を向けられる。

「あら。喧嘩なら買うわよ?」
「冗談じゃねえ。伝説の忍に喧嘩売るほど暇じゃねえっつーの。つーかあんたと争っても損しかねえじゃねえか。傀儡だってタダじゃねえんだぞ?」
「ウフフ。そうだったわね。それで? あなたは一体何をしに来たの?」

 如何にサソリであっても大蛇丸の前では油断出来ない。それでも気後れすることなく堂々と話す姿は流石と言わざるを得ない。主に呆れた方の意味にはなるが。しかしそれを指摘する人間はこの場にいなかった。

「率直に言えば『話をしに来た』。火影に会いに行くのはまっぴらごめんだが、あんたは抜け忍だろ? 元木の葉とはいえ、我愛羅の信用も厚いからな」
「あら。我愛羅くんをつけていたからてっきり“コッチ側”ではないと思っていたんだけど。意外ね。あなたは風影の右腕ではなかったの?」
「ハッ! どいつもこいつも言ってくれるぜ。だぁーれが右腕だっつーの。俺は単なる『傀儡造形師』だ。それ以上でも以下でもねえよ。まあ、傀儡部隊隊長っていう肩書はあるがな」

 ニヒルに笑うサソリに対し、大蛇丸も愉快気に口角を引き上げる。かと思えば背中に腕を回し、下げていた荷物を一つ放り投げた。

「いいわよ。私もあの子のことは気に入っているの。あなたが彼の味方だと言うのなら、今は信じてあげる。着いてきなさい」
「そりゃどーも」

 サソリは受け取った荷物を広げ、それを羽織る。大蛇丸が投げて寄こしたのは変装の道具であった。 
 どうやらこれから件の偽物の後をつける気らしい。二人は揃って屋敷から出て来た男を見つめる。

「あいつか?」
「ええ。これから密会を行うつもりよ」
「流石大蛇丸様。仕事が早い」
「あなたもおだてるのが上手じゃない。嫌いじゃないわよ、そういうところ」

 軽口を交わした二人ではあるが、その気配は常人であれば決して辿れぬほど徹底して殺されている。足音一つどころか気配すら感じさせないとなれば、如何に精鋭と呼ばれる護衛がついていようと意味はない。
 周囲を警戒するボディガードたちを他所に、二人は走り出した車とは別方向に向かって走りだす。
 これは車道を走らねばまともに進めない車とは違い、己の足であらゆる場所を駆けられる忍の特権だろう。

 事実偽大名を乗せた車は初め煩雑とした街の中を走っていたが、次第に人気のない錆びれた町へと入っていく。
 とはいえ予め大蛇丸が密会場を予想していたから最短距離を進めるのであって、素直に走行車の後をつけるのは骨が折れる。そのためサソリは密かに「この人本当、敵に回したくねえな」と呆れていた。

 そんな偽大名と二人が向かった先はというと、国境を出た先にある小さな茶屋であった。
 当然のことながら男は周囲を警戒しつつ中に入っていくが、大蛇丸もサソリも最短距離で駆け抜けたため先回り済である。故に男が奥の部屋に足を踏み入れた時には、揃って屋根裏から偽大名共を見下ろしていた。

「相変わらず早いな」
「ふっ。こちらの方が近いからな。お前も、バレずに来たのだろうな?」
「当然だ。ようやくここまで来たのだ。今更気を緩めるわけなかろう」
「ああ。そうだったな。……まったく、国を傾けるだけだというのに十年もかかってしまった。我らの同胞も皆、先に逝ってしまった――。この屈辱、次の戦にて晴らさせてもらおうぞ」

 やはり男たちは両国を怨んでいるが故に戦争をけしかけたようだ。
 とはいえ国が傾いた後どうするつもりだったのか。サソリは大蛇丸と視線を交わし、黙って会話に耳を傾ける。

「とはいえ問題は忍たちだ。風の国はそろそろ内戦が始まりそうだが、砂隠は一向に刃向ってくる気配がない」
「フン。所詮忍とは腰抜けの集まりよ。木の葉とて少し嫌味を言えばすぐに引き下がる。根性のない臆病者ばかりだ」

 両里が国に反旗を翻さないのは、偏に国と里との間に敷かれた協定があるからだ。
 木の葉ではともかく、砂隠は国の援助が無ければ潰れてしまう。それに風の国も紛争の絶えぬ地域だ。腹の内を探りあうために忍を雇用することが多く、汚れ仕事もこちらに任せきりである。それを棚に上げて何を言っているのか。
 呆れかえるサソリの白けた顔に、大蛇丸は思わず口元を緩める。

 そもそもにおいて、忍の取り柄は特殊能力だけではない。一番は『情報操作』である。木の葉であっても砂隠であってもそれは変わらない。
 勿論火遁を始めとした派手な技は数多あるが、あくまでそれは忍同士の仁義なき戦いにおいて繰り広げられるものだ。一般人相手に使うものではない。

 第一偽大名が知っているとは思わないが、砂隠では情報操作系の任務が一番多いのだ。勿論その中には『暗殺』も含まれているが、半数近くがその手の仕事であることに違いはない。
 そもそも国も里も互いに砂漠に囲まれた土地なのだ。曲がりなりにも助け合っていかなければ互いに潰れてしまう。そんなもの火を見るよりも明らかだというのに、何を堂々と恥を並べ立てているのか。サソリは気が遠くなりそうであった。

「国が傾けば辛気臭いあやつらとも顔を合わさずに済む。亡き妻の仇も、ようやく討てる」
「ああ。年月はかかったが、友や部下の無念、必ず晴らしてみせよう」
「うむ。それでは今回の戦についてだが、我らの軍は――」

 始まったのは次の戦についての段取りだ。それを聞き洩らすことなく頭に叩き込んだ二人は、揃って目を合わせて頷きあう。そして手信号でその場を離れることを告げた大蛇丸は待機していたカブトを呼び寄せた。

「カブト。私はちょっと出るから、この後聞いたことは後程報告して頂戴」
「分かりました」

 颯爽と背を向ける大蛇丸から変装道具を受け取ったカブトは、すぐさまサソリが潜む天井裏へと足を運ぶ。そうしてチラリと視線を向けてきたサソリに、目だけで「どうも」と挨拶をしてから聞き耳を立てた。

「ところで、最近身の回りをうろつく鼠が増えてな。そちらはどうだ?」
「ああ。気付いているとも。だが向こうもなかなか尻尾を見せん。大方忍だろうがな」
「やはりそうか。忍風情が国に刃向ってくるとも思えんが、どうする? 始末するか?」
「相手の出方によるな。急いて仕損じれば計画に響く。ようやくここまで来たんだ。邪魔されるわけにはいかない。何としても悲願を達成しなければ」

 復讐を誓いあう男たちではあるが、この十年で培ってきた『慢心』がそうさせるのだろう。あるいは大国の“大名”となったおかげで気が大きくなったのか。大物ぶる小物たちに、サソリは頭が痛くなる。
 同時に、今まで自分たちがこんな矮小な存在に振り回されていたのかと思うと腸が煮え返りそうだ。だがそれを堪えると、サソリはカブトへと視線を移す。

(どうする)
(まだ暫く、このままで)

 カブトの手信号での返答にサソリも頷くと、男たちは頭上にその鼠がいることも気付かず「そうだそうだ」と別の話を持ち出した。

「アレはそろそろ寿命じゃないのか。随分と歳だっただろう」
「それがなかなかしぶとい爺でな。まともに食料を与えておらんのにまだ生きておる」
「何と。さっさと往生すればいいものを……。だがこちらはそろそろだろう。医者に作らせた毒が利いてな。もう虫の息よ」

 始まった会話の内容は、現在行方不明となっている本物の大名のことだった。
 サソリとて大名が偽物であることは聞き及んでいたが、その居場所は大蛇丸でさえ正確には掴めていない。だが話の内容からしてこれ以上の猶予はないのだと目を細めた。

「あやつらが倒れれば国も完全に終わる。我らの悲願達成も目前だ」
「ああ。やっとだ。やっとここまで来たのだ。共に祖国の大地を取り戻そう。失った誇りを取り戻すのだ!」

 ――我らを王として!
 締めくくられた会話にサソリは内心で「バカ共が」と吐き捨て、カブトは黙って眼鏡を押し上げた。

(とにかく、最優先は大名捜索ですかね)
(ああ。特に風の方は早急に見つけねえと命が危ねえ)

 だが風の国は広い。大蛇丸とその部下だけでは見つけるのは困難だろう。だがサソリが加わることも出来ない。何せ今のサソリは独断で動いているのだ。これがバレたら我愛羅と同じ『罪人』扱いで監獄行きだ。部下を巻き込むわけにもいかず、また長期間里を空けるわけにもいかない。
 普段ならば実入りの少ない事態に身を引くだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。動ける部下を総動員してでも大名を捜索するべきだ。故にサソリは立ちあがる。

「僕はあの男をつけます。あなたはどうします?」
「俺は一度里に戻る。部下を集めて再度国に潜り込む。大名捜索が先だ」

 答えたサソリにカブトが「そうですか」と頷くが、それと同時に「ほほーう」とその場にそぐわぬ声が落ちてきた。

「我愛羅の姿が見えんと思ったら、お主、傀儡使いではないか」
「チッ。蛙の親分か」

 サソリたちが潜んでいた天井裏の梁の上――そこに自来也は頬杖をついて二人を見下ろしていた。

「この間は随分と手痛い歓迎をしてくれたのぉ。それが今では“こちら側”。どういう心境の変化だ?」
「別に寝返ったわけじゃねえよ。ただ俺にだって守らなきゃなんねえもんがあるってだけだ。理由なんぞそれで十分だろう」

 自来也の問いに吐き捨てるように答えれば、自来也は「それもそうだの」と存外あっさり頷く。そして音もなくカブトの隣に降り立った。

「火の国はワシに任せておけ。その分そちらのことは頼むがの」
「はい。御武運を」

 密会を終え、茶屋を出た偽大名たちを三人で見下ろす。そうしてカブトは音もなく天井裏から近場の木へと飛び移り、男の後を追っていく。
 それを見送った後、サソリは自来也を見上げた。

「で? あんたは我愛羅のこと可愛がってたみたいだが、聞かねえのか?」
「まだ終戦しておらんのだ。風影が我愛羅を始末するとは思えん。良くも悪くも幽閉されておるぐらいだろう」
「ま、そう考えるのが妥当だな」

 肩を竦めるサソリを横目に見つつ、自来也は「それで?」と逆に問いかける。

「これからお主はどうするつもりだ? 手がかりもなしに闇雲に国を探し回るつもりか?」
「バカ言え。こちとら忍だ。んなアホみてえな真似する暇も余力もねえんだ」

 だが情報を集めてからでは間に合わないだろう。しかし虱潰しに探していくのも無理がある。風影にバレれば傀儡部隊全員が拘束される可能性もあるのだ。下手な決断は出来ない。

「……あんたならどう出る」

 自来也とて国に潜んでいる身だ。ようやく軍人の尻尾を掴めたとはいえ、未だ本物の大名の居場所は掴めずにいる。似たような状況にいる中、一体どう出るのか。問いかければ、自来也は「そうだのぉ」と呟き、顎に手を当てる。

「火の国は広いからのぉ。闇雲に探しても見つからんだろう。地下も多いし、山も多い。労力の無駄だ」
「じゃあどうすんだ。大名見殺しにする気か?」
「ふふん、甘いのぉ〜。ワシとて人望の厚い男だ。これでも人脈はある」

 偽大名共の姿は既になく、その場に残ったのは不敵な笑みを浮かべる自来也と、それを胡乱げに見上げるサソリだけであった。


 ◇ ◇ ◇


(それにしても、棄てられた炭鉱の跡地に大名を幽閉するなんて……。呆れたものだわ)

 先に茶屋を離れた大蛇丸は、現在風の国から離れた――昔は炭鉱の町として名を馳せていた小国へと潜んでいた。

(だけどここは風の国の領土じゃないわ。とっくの昔に捨てられている。町としても国としても価値がない。あの偽物はここの出身みたいだけど、再建するにしても無理があるわね)

 鼠一匹住んでいないような閑散とした町に人影はなく、ただ打ち捨てられたように半壊した家屋や炭鉱場、仕事道具などが転がっている。それらも全て既に錆びつき、廃れていた。
 おそらく昔はそれなりに繁栄していたのだろう。幾ら跡地とはいえ、元は立派だったと分かる建物も幾つか残っている。それでも大半の家屋は壁が打ち砕かれ――炎に巻かれたのか、屋内は煤と埃に塗れている。
 あるいは戦場にでもなったのだろう。単なる事故にしては被害が大きすぎる。
 渇いた地面はむき出しで、雑草でさえまだらにしか生えていない。こんな場所でどう生きようというのか。

 周囲を入念に探りつつ歩く大蛇丸は、実のところ既に大名が幽閉されているであろう場所を特定していた。
 それがこの、地図上から消え去った傾いた小国なのだが――。果たしてどのあたりに幽閉されているのか。考えつつも既に廃棄された鉱山を覗いていると、二つの足音が聞こえてくる。大蛇丸は咄嗟に横穴に身を潜め、気配と共に息を殺した。

「もうそろそろあの男もダメだろう」
「自分のことを本物の大名だの何だのと騒ぎ立てていたが、もう時間の問題だな」

 ランプを片手に二人の男は潜んだ大蛇丸の真横を通り過ぎていく。身なりからして軍人であることは確かだが、刻まれた階級を見るとまだ下っ端のようだった。

「大体大名は既にいらっしゃるじゃないか。嘘ばっかり言いやがって。何だって大佐は何年も食事を運ばせ続けるんだ?」
「さあ? お偉い方の考えは俺たちには分からんよ。だが考えあってのことだ。俺たちは命令に従うまでだよ」

 男は復讐の一環として傾いた国を大名に見せるつもりだったのか。それとも苦しめて殺すのが目的なのか。定かではないが、まだハッキリと殺したわけではない。つまり捕えられた大名は生きているということだ。
 二人の軍人は錆びれたトロッコの前に辿り着くと、ブレーカーを上げて明かりを灯す。こんな場所であるにも関わらず電気は通っているらしい。
 周辺には発電所だけでなく、風力発電の機械も立っている。そられが未だに稼働しているのだろう。でなければこんな場所に電気を回しても意味がない。

 そうして寂れたレールの上に停まるトロッコに乗り、男たちは去って行く。その後を大蛇丸はすかさず――距離を保ちつつも追いかける。

「しかしこのトロッコもそろそろヤバいよなぁ。初めは点検していたらしいが、もう随分と見ていないんだろう?」
「ああ。どうやら技術者が何年か前の戦で死んだらしい。だが大佐が“この場を捨てることは許さない”とかなんとか言うから……」
「ふぅん? よく分かんねえお人だよなぁ」

 進むトロッコは存外遅い。通常であれば忍の足など追いつかぬほどの速度を出すはずだが、現状大蛇丸は何の問題もなく後をつけることが出来ている。
 技術者が亡くなったことが奇しくも幸いしていた。

 そうしてトロッコが止まった先は、電源が落ちれば何も見えないであろう程に暗く、鉄屑や小さな鉱石が打ち捨てられているだけの何もない場所だった。
 一体どこに幽閉しているのかと大蛇丸が目を凝らす中、男たちはとある岩の隙間を覗き込み、粗野な態度で「おい」と声をかけた。

「生きてるか?」

 大蛇丸の耳ですら返事は聞き取れなかったが、僅かにだが生き物の気配はある。そんな相手に軍人たちは舌打ちを零すと、水が入っているのだろう。一つの袋とパンを無造作に投げ入れた。

「薄気味悪い野郎だぜ。生きてるのか死んでるのかも分からねえ」
「どうせ死にかけだろ? こんな場所で生きられるわけがねえ」

 悪態をついた男たちは再びトロッコに乗ると、もう用はないとばかりに去っていく。それを見送った後大蛇丸は持ち寄ったランプを取り出し、そこに火をつけ中を伺った。

「――なんてこと」

 そこには僅かばかり空洞がある、小さな牢だった。そして中では一人の男が倒れており、文字通り虫の息であった。

(こんなことなら部下を連れてくるんだったわね)

 内心で舌打ちしつつも大蛇丸は印を結ぶと、男に被害が及ばないよう細心の注意を払いながら檻を壊す。そうして狭い入口に身を滑らせ、男の元に膝をつくと細い肩に手を当てた。

「助けに来ました。私の声が聞こえますか?」
「…………?」

 のろのろと上げられた顔は酷くやつれており、意識の混濁が激しいことが分かる。毒のせいだろう。
 大蛇丸は軽く舌打ちすると男の体に手をかけ抱き上げる。それは成人男性とは思えぬほど軽く、まるで骸のようであった。

「――――、…………」

 男は何かを呟くように唇を動かすが、生憎音にはなっておらず、喉の奥からはひゅうひゅうと風の通り抜ける音がするばかりだ。
 喉が焼けているのか、それとも声帯に支障が出ているのか。詳しく見なければ分からない。そのため大蛇丸は素早く牢から男を担ぎ出すと、道標を残してきた炭鉱場から抜け出した。


 ◇ ◇ ◇


 一方サソリは自来也と別れ、砂隠へと戻っていた。

(大蛇丸が見つけてくれれば楽だが……。まずは坊ちゃんの様子でも見に行くか)

 空は既に暗闇に包まれている。だが我愛羅は眠らぬ身だ。特に問題ないだろう。今後のことも考えつつ夜営を担当する仲間たちの横を通り過ぎ、サソリは収穫した情報を吟味していた。だがそこで珍しい人物がサソリの行く手を阻んだ。

「遅かったじゃないか。今まで何処に行ってたんだい? サソリ」
「待ちくたびれたじゃん」

 近くの建物を背もたれにして立っていたのは、好戦的な笑みを浮かべたテマリとカンクロウであった。
 サソリは「厄介な奴らに見つかった」と後頭部を掻いたが、すぐさまテマリに「仕事に決まってんだろ」と答えた。

「つーかお前らもこんな所で何してんだ。ガキはさっさと糞して寝ろ」

 しっしっと手を振るサソリではあったが、テマリはそれを跳ね除けるようにしてサソリを睨む。

「我愛羅は何処だ」
「はあ? 何の事だ?」
「とぼけねえで欲しいじゃん。あんたが我愛羅の居場所を知らねえとか、ありえねえじゃん」
「おいコラ。何を勝手に嘘だと決めつけてんだ」

 それが上官に対する物言いか。とカンクロウを睨むようにして見下ろすが、いつもであれば怯むカンクロウも目を逸らさず睨み返してくる。かと思えば、一歩前に出ていたテマリと並ぶようにして立ちはだかってきた。

「今はあんたの“部下”じゃねえ。“我愛羅の兄貴”として聞いてんだ。こればっかりは、譲れねえじゃん」

 例え関係は上手くいってなくとも、自分達にだって弟を想う気持ちはある。
 子供らしく感情を滲ませてくる二人に、サソリは「面倒臭ェなァ」と視線を空に投げた。だがやはり口では「知らねえよ」と白を切る。

「坊ちゃんがどこにいるのかなんて知らねえな。どうせまたてめえらとは別の任務でも与えられてんじゃねえのか? 今までもそうだっただろうが」
「そんなわけない! バキだって我愛羅の居場所を知らなかったんだぞ?! 親父の片腕であるお前なら知ってるはずだ!」

 いつから自分は風影の片腕として見られていたのか。思ったより高い評価をされていた事実に鼻で笑いそうになったが、寸でのところで留めて再度二人を見下ろした。

「知らねえもんは知らねえ。これ以上は埒が明かねえな。さっさと帰んぞ」

 そう言って二人の脇をすり抜けようとしたサソリではあったが、テマリから零された言葉に思わず足を止めた。

「私たちは、今から木の葉へ行く」
「――何だと?」

 振り返ったサソリの目に映ったのは、振り返らぬ子供の背中だ。
 一人は鉄扇を背負い、一人は自身が与えた傀儡を携えている。幾ら若くともその実力は上位に食い込むレベルだ。生半可な覚悟で臨めば苦戦を強いられることになる。
 だがその年齢は未だ十代の後半であり、戦場を知ってはいても政治には疎い。人生経験だって浅い、ただの子供だ。
 それが今から敵地に赴こうとしている。それを見逃すほどサソリとて薄情ではない。

「こんの……! 姉弟揃ってバカ共が! てめえら、親父の気持ち考えたことあんのか?!」

 我愛羅が里を裏切っただけでなく、今度は二人までが里に背を向けようとしている。流石にそれは看過できない。詰め寄るサソリに、テマリは振り返った。

「私たちだって忍だ。だがそれ以前に我愛羅の姉だ。家族だ。例えその弟の居場所が掴めなくとも、父様たちとの会話を知らなくても、出来ることはある」
「サクラには悪いけど、俺たちは我愛羅が大事じゃん。サクラだって大事だけど、木の葉と我愛羅を天秤に掛けたら我愛羅に傾くのは仕方ねえじゃん」

 曲がりなりにも姉兄であり、チームを組んでいるメンバーでもある。
 確かに幼い頃は我愛羅の力に脅え、周囲と同様に兵器として見ていた。自分達だって何度も痛い目に合わされてきた。

 だが、サクラが来てから我愛羅は変わった。変わろうとしていた。

 ならば今度は自分たちが動き出すべきだと腹をくくった姉兄に、サソリは額を抑えて項垂れる。

「あ〜も〜……。なんで次から次へとお前らは……。そんな所似なくていいっつーんだよ!」
「何のことだい」
「何言ってんだ?」

 我愛羅の代わりに風の国に行って帰ってきたと思ったら、今度は姉兄が木の葉に行くと無茶を言う。上と下に挟まれた中間管理職のようなサソリはぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した後、ついに脱力した。

「はあ……。もう知らねえ……。何がどうなっても関係ねえ……。俺はもう何も知らねえからな」

 ぶつぶつと何事かを呟くサソリに二人は目を合わせたが、すぐさま顔を上げたサソリを見て目を見開いた。

「火影に会うぞ」
「は?」
「へ?」

 まるで何かに憑かれたようにサソリは「ククククク……」と吊り上げた口角の隙間から笑い声を零す。そして驚く二人に構わずしっかりと肩を組むと、何もかも投げ出したかのような口調で呟いた。

「どうせ今戦争中だしなぁ……。ちょっと位火遊びしたって揉み消せるよなぁ」
「どうしたんだコイツ」
「ちょっと気持ち悪いじゃん」

 引き気味な姉兄を両脇に、サソリは低く笑い声をあげていた。が、それをピタリと止めると二人の肩から手を離す。

「よし。お前らちょっと付き合え」

 思わず「何に」と声を合わせて問うてきた姉兄に、サソリは再度ニィと頬を歪めてから言い放つ。

「人生初の『盛大な反抗期』に――だよ」

 お前は年中反抗期だろうが、オッサン。
 という二人の心の声は一致していたが、流石に口にすることは憚られた。そんな二人にサソリは「善は急げだ」と言って首根っこを掴むと、夜の砂漠に向かって駆け始める。
 そんなサソリに慌てて二人が続き、サソリは木の葉に向かう道中で風影に一筆したためそれを飛ばした。

 ――ダチとガキ共の約束果たして来るわ。

 風影の元に届いたその一文に、羅砂は「問題ばかりが山積みになる……」と頭を抱えるしかなかった。