周/廻 -02-
食事を終え、仕事が入っていたテマリとカンクロウを見送ってから二人は羅砂の私室へと訪れた。
二人とて非番ではないが、風影に呼ばれていたと言えばお咎めを喰らうことはない。砂隠の忍になった今でもサクラに対する周囲の目はどこか冷たいが、風影の命令は絶対だ。とやかく言う者はいないだろう。
別に砂忍が排他的と言っているわけではない。ただ時世がそうさせているところも多分にあった。
元々敵対している里から寝返った忍なのだ。そう易々と認めはしないのだろう。それが分かっているからこそサクラも反発せずに受け入れている。いや。正しくは受け流しているだけなのだが。
だから誰かに何か言われても傷つくことはない。風影が関与していれば直接どうこうされることもないし、一々気にしていてはこの里で生きてはいけない。サクラにとって羅砂とは『ある意味では体のいい防波堤』であった。
……などと考えているのは現実逃避の一環に過ぎないわけだが。そしていざ羅砂を目の前にすればすぐさま意識を切り替えた。
それほどまでに羅砂の纏う空気は重く、硬かったのだ。
「掛けなさい」
我愛羅の部屋よりも広い羅砂の私室には、既に二つの椅子が用意されている。
しかしそれは元より設置されていたオブジェというより、面接を受ける生徒と教師のような事務的な配置である。しかしながら文句を言える立場ではない二人はそれに従い、着席した。
「何故お前たちを呼び出したか、見当はついているだろう」
「はい」
羅砂の問いかけに二人は同時に頷く。当然だ。それが分からないほど鈍くない。そもそも昨夜起こった事はこの家にいる全員が知っている。今更隠すことでもないだろう。
一度腹を決めたならば取り繕うことはしない。サクラは迷うことなく羅砂を見返した。
「よろしい。では無駄な前置きは省き、本題から入る。まずは我愛羅。お前のことからだ」
「はい」
羅砂と対面する我愛羅の空気はどこか硬い。緊張しているのだ。実の父親とはいえ、今の羅砂は『風影』としての雰囲気を醸し出している。正直『家の中に仕事を持ち込むなんて!』とふざける余地すら見当たらないほど、その眼差しは鋭かった。
ミナトとは大違いだ。だがこれもまた上に立つ者が兼ねるべき一面なのかもしれない。生半可な思いでなれるものではないのだ。長という立場は。
現に羅砂はそうして里を纏めてきた。そして今もまた、“長”として二人の前に座している。
「お前自身気付いていたとは思うが、ここ数日、監視をつけていた」
「はい」
「しかしそれも今更だ。お前も分かっているだろう」
羅砂の言葉にサクラは内心驚いたが、我愛羅にその気配は感じられなかった。そこでふとサソリから聞いた話が蘇る。
それは我愛羅が実の父親である羅砂に暗殺されそうになった話だ。
通常の親子関係にしてはあまりにも常軌を逸しているが、里を守らねばならない羅砂の苦肉の策だったのだろう。それでもやはり聞いていて気持ちのいい話ではなかった。
密かに苦虫を噛み潰したような気持になっていると、一息つく暇もなく更なる爆弾が投下される。
「ならばもう気付いているな? お前が木の葉と内通していると私が知っていることに」
(え?!)
先程とは比にならないほどの衝撃がサクラを襲う。
木の葉と内通していた。あの我愛羅が。木の葉の忍を機械的に殺していた男が、あろうことか自里を裏切ったのだ。
それが何を意味するのか。そんなことをすれば我愛羅がどうなるか。
分からないほどサクラはバカではない。だが口を挟む権利がないのも事実だ。二人の纏う空気がそうさせる。現にサクラは黙って二人の言葉を聞くことしか許されていない。
「お前が何を思って木の葉と通じているか、大体の見当はつく。誰と通じているのかもな」
「そうですか」
「――そこにいる娘が、そんなに大事か」
突然の飛び火――と呼ぶにはあまりにも白々しい。
サクラとて少なからず我愛羅が自分に対し心を開いていることは分かっていた。だがそれは里を裏切ってまでの強い気持ちだとは、正直思っていなかったのだ。
驚愕するサクラを尻目に、羅砂は鋭い視線と言葉で我愛羅を糾弾する。
「かどわかされたか。――この愚か者め」
「ッ!」
サクラとて忍だ。加えてくノ一でもある。だから“そういった意味”で疑われることが多いことも分かっている。だが理解していても実際に疑われると腹が立つ。
我愛羅とサクラの間にそんな行為はなかった。そもそも疾しい気持ちなど一切なかったのだ。
サクラ達にとってお互いを思いあう気持ちはどこまでもひたむきで、純粋だ。それ故に傷つけあってもいた。
それを“男女”だからという理由だけで貶めされるのは、当然のことながらいい気はしない。
内心で激昂するサクラではあったが、我愛羅はどこまでも落ち着いていた。いっそ凪いでいる。そう言っても過言ではない程、翡翠の瞳は揺らぐことなく羅砂を見返していた。
「そう見えますか」
「ああ」
「では、そう思っていただいて結構です」
「――え?」
思わずサクラの口から驚きが声となって零れ出るが、我愛羅は気にすることなく、むしろ堂々としている。
だが羅砂が漂う空気は一層威圧間を増し、まるで頭上から重力を掛けられているかのようだった。
ピリピリとした空気が肌を焼く。それでも我愛羅は目を逸らさなかった。
「――気を違えたか」
息子に言い放つにしてはあまりにも辛辣ではあったが、羅砂からしてみれば我愛羅に裏切られては困るのだ。
我愛羅を里に繋ぐためにサクラを今後どうするのか。糾弾しながらも冷静に考えているのかもしれない。
緊張と同時に不安が頭を擡げるサクラではあったが、我愛羅の態度は変わらない。恐れず、怯まず、ただそこにいる。
それでもふと視線を逸らしたかと思うと、珍しく「本音を」と、素直に言葉を紡いだ。
「本音を、口にしてもいいですか」
今までの我愛羅は、実の父親である羅砂に向かって思いの丈をぶつけることが出来なかったのかもしれない。あるいは、それが許されなかったのか。
どこか消極的にも聞こえる言葉ではあったが、実のところ我愛羅は許可されずとも話す腹積もりでいた。それが分かる程度には柔らかくも確固とした空気を纏っていた。
外した視線は再度羅砂へと向けられており、揺らぐことはない。
羅砂も我愛羅の心中を知りたいのだろう。こちらも珍しく素直に「続けなさい」と首肯した。
「では、単刀直入に言わせて頂きます。俺は、あなたの考えが理解できない」
え? と再度問いたくなるほどの暴言――のような、核心のような。何とも言えない言葉を口にした我愛羅に、流石の羅砂も僅かに目を丸くした。
「俺にとってあなたは父親でもあり、里長でもあり……命を狙う、敵でもあった」
「……そうだろうな」
しかし流石この息子にして父親である。羅砂はすぐさま表情を元に戻し、相槌を打つ。
(え? これ本当に親子の会話よね?)
そう疑いたくなるのも無理はない話である。
特に蚊帳の外であるサクラからしてみればこの上なく殺伐としている。一体どんな顔で隣にいればいいのか。正直言ってよく分からない。
それでも空気を読んで口を閉ざし、二人のやり取りを見守ることにした。
「風影として、里のことを考えて行動をしていることは理解しています。国に捨てられればこの里が永続できないことも、国からの圧力と民の貧困に喘ぐ声に板挟みになっていることも、重々承知です」
「ならば何故裏切った。理由を言え」
「強いて言うならば……――反抗期、というやつでしょうか」
「はあ?!」
流石にこれには羅砂だけでなくサクラも驚愕する。
里を裏切る行為が単なる“年頃故の反抗期”であれば世の中クーデターだらけになってしまう。
というより我愛羅の“反抗期”は親に対する反抗と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。もはや里と国に対し反旗を翻し、革命を起こそうとしているようなものだ。幾らなんでもリスクが大きすぎる。
呆然とするサクラを尻目に、相変わらず我愛羅は飄々と、というよりもいっそ開き直っているかのように言葉を紡いでいく。
「時代の流れや里の伝統、今まで培ってきた知識や作られた掟に倣い、国の方針に沿った政策を行うのは理解できます。でなければ砂漠では生きていけないことも、勿論理解しています。ですが、“理解”は出来ても“納得”は出来ない」
「……何が言いたい」
基本的に物怖じしない性格だと思ってはいたが、まさかここまでとは。
驚くサクラとは対照的に、羅砂は理知的に話を進めようとしている。もしかしたら羅砂は羅砂なりに我愛羅の気持ちを理解しようとしているのかもしれない。あるいはその気持ちが分かるのかもしれない。サクラには分からずとも二人は親子だ。通ずるものがあってもおかしくはない。
だが羅砂がサクラに対し容赦がなかったように、我愛羅もまた、羅砂に対し容赦がなかった。
「何故、戦争を止めようとは思わなかったのですか」
「……なに?」
「国同士が争っている間に丸く収めれば、ここまで被害が広がることはなかった。無駄な血が流れることも、尾獣の力に頼ることもなかった。何故、目を逸らしたのですか」
「目を逸らしていたわけではない」
「では国の圧力に負けたのですか? 生きるために、里の為だと銘打って、欲望に脂が乗りきった人間に従うと――そう、おっしゃったのですか」
「忍は所詮道具だ。四方が砂漠に囲まれたこの土地で生きるためには国からの支援が必要だ。そのために自分たちの力を返す。当然の仕組みだ。甘い汁を啜るだけの寄生虫になるわけにはいかん。それこそ我らの誇りが廃る」
我愛羅と羅砂の視線が交錯する。淡々としていながらも激しい舌戦が繰り広げられる。
サクラはどこか呆然としつつ、黙って事の成り行きを見守った。
「その誇りとは、他者の命を奪わなければ確立出来ないものなのですか」
「そう思いたければ思っていろ。お前の考えは稚拙だ。一方向しか見ていない。いや、見えていないと言った方が正しいか……。進むべき道を見誤るな、我愛羅」
二人の会話はどこか遠い世界のようだ。
現実にはサクラもこの戦争に身を置いている当事者ではあるのだが、正しく言えば戦争の加害者でもあり、被害者でもある。
だが二人とも同じ境遇であるにも関わらず、何に重きを置くかによって意見が分かれている。
我愛羅の言い分が理解出来ないわけではないのだろう。だが羅砂にもまた、守るべきものがある。
それは上に立たなければ分からないものなのかもしれない。見えてこないものなのかもしれない。だからこそ我愛羅には『正しき道』が見えていないのだと羅砂は憂い、諭そうとしている。
しかし我愛羅は『反抗期』と称したにも関わらず、羅砂の言葉にあっけなく頷いた。「そうでしょう」と、いとも簡単に肯定したのだ。
「俺はまだ幼い。考えも、知識も、何もかもが足りない。足りないものが多すぎる。あなたに比べれば俺の見ている世界は、あまりにも小さい」
「……結局、お前は何が言いたいんだ」
「俺は――戦争を止めたい。そう思っています」
――サクラを里に帰す。そのためにはまず戦争を止めなくてはならない。
サクラが捕虜になった原因は戦争で絶えず怪我人が出るからだ。
だがこれ以上は国も里も限界である。どこかでこの暴動を止めなければ、いつか全て崩壊する。
守るべきものがあるからこそ、この不毛な争いに決着をつけるべきだと我愛羅は考えていた。
「俺の首を刎ねるなら刎ねればいい。それで戦争が収まるなら喜んでこの首を捧げましょう。しかし俺が死ねば尾獣は暴れる。その力で戦争に勝った所で守鶴は治まらない。それこそ戦争で手負いになった者たちに『守鶴を抑えろ』と命令するのですか? 怪我人ばかりを抱えるこの里で、まともに動ける忍などたかが知れているというのに」
我愛羅の言う通り、現在砂隠にいる忍の多くは怪我人だ。五体満足であっても我愛羅や羅砂、テマリやカンクロウのようにすぐさま任務に駆けつけられる者は少ない。
傷が塞がってもチャクラが思うように練れなかったり、薬を定期的に服用しなければ倒れてしまう者だっている。
そんな中守鶴が暴れればどうなるか。火を見るより明らかだ。
「国を、里を、守るために命を捧げるのが定めなのだと言うのなら、俺はその定めに従いたくはない。そんなことのために命を使うぐらいなら、俺は別の道を切り開くために使う。例えその道が茨だろうが何もない荒野だろうが、定められた道を進むより遥かにマシだ」
例えどんなに辛くても――。どれほど苦しく、厳しい未来が待っていようとも。我愛羅は自らの手で、足で、この世界を“生きたい”と思った。進むことを願った。それはサクラと触れ合えたから見えた、我愛羅にとっての“願い”そのものだった。
「母様が、命を掛けて俺を産んでくれた。五体満足で、産んでくれた。ならば俺はその手で、この足で、自分の道を切り開き、進みたい」
世の中が平和になれば忍の仕事は減る。元々影で活躍させるために生まれたのが忍だ。常人とは逸した力を持つ集団。
それ故に忍を軽んじる人間も多い。
だがそれでも、皆生きているのだ。忍も、軍人も、一般市民も関係ない。等しく命ある生き物だ。道端で蹲る子供たちも、飢えや病で命を落とした者も変わらない。
――命をどう扱うか。
忍に生まれた以上、それは初めから決められているのかもしれない。
だが必ずしもそれに準じる必要はないのだ。国に背き、里に背くことは重罪とされている。しかしそれは人が敷いたルールにすぎない。
それを作ったのが人間ならば、それを破るのもまた人間である。そしてそれを罰するのも人間であり――許すのもまた、同じく人間なのだ。
そんな当たり前のことを今更持ち出してどうしたというのか。羅砂が瞳で語るのに対し、我愛羅は自らの心に改めて向き直り――悟る。
――自分はまだ己の力で道を歩んでいない――と。
右を向けと言われたから右を向く。
殺せと言われたから殺す。
機械のように、命令されればそれに従い、動いていた。
忍なのだから当然だ。そう言われれば勿論そうなのだが、それでも大なり小なり何かを思うのが人間だ。だが我愛羅は、そこに自分の意思はなかったと考える。
感情を殺し、心を殺し、頭から血を浴びては水で洗い落そうとした。それでも落ちぬ匂いにそのうち考えることも億劫になり、逃げるように思考を止めた。
当時はそれが精一杯だった。他人に傷つけられることが怖くて、人を傷つけることが恐ろしくて――己を守るために、仕方なくそうしていた。
だが考えれば考える程、それが如何に虚しい行為であるかが分かる。
勿論全ての時間が無駄だったとは言わない。
それでも――。無性に寂しく、そして同時にとても悲しく、悔しかった。
「あなたに捨てられること、人に必要とされなくなることが恐ろしかった。だがそれ以前に、命令に従うのが“楽”だった。一人で生きる覚悟が俺にはなかった。そんなもの、初めから持ち合わせてなどいなかった」
独りは寂しい。独りは辛い。
その恐怖に負け、鎖に繋がれた獣のように生きてきた。振り下ろされる鞭に脅え、体を竦ませ、理不尽な対応に憤りながらも恐ろしくて従った。
砂漠で捨てられることは“死”そのものだ。長く時を置くことなく死んでしまう。そんな哀れで無様な死に方が出来ず、仕方なく今まで命じられるままに生きてきた。
そんな自分を、我愛羅はサクラを通して自覚し、見つめ直すことが出来た。我愛羅は初めて自分の中にある弱さと向き合えたのだ。
「だがもう、それは過去の話だ」
――覚悟は出来た。
生きるために進む。今度は誰かを“守る”ために、この力を奮う。そのためならば時として全てを犠牲にする。
我愛羅にとって“守るべき希望”とは、まさに隣にいる“サクラ”だった。
「俺はもう“殺戮兵器”には戻らない。俺は“一人の人間”として、“一人の忍”として、生きていく」
里を裏切ればどうなるか。知らぬ我愛羅ではない。時には抜け忍を追いかけ、始末したこともある。
そしてその命令を下したのは羅砂だ。だからこそそれが茨の道だと理解出来る。
「愚かな……。お前はその娘のためならば命をも惜しまないと、そう言うのか?」
羅砂は優秀な忍であり、里長だ。心を殺し、感情を殺し――時には非情に徹することで里を守ってきた。そんな男に睨まれても、今の我愛羅は怯むことすらしなかった。
「覚悟は出来ています。だが、死ぬ気は毛頭ない。死ぬ覚悟を決めるくらいなら、俺は生き抜く覚悟を決める」
何があっても生きて、サクラを木の葉に帰す。ミナトや、彼女の帰り待つ皆の元に。
自分と違ってきっと彼女は沢山の人に愛され、必要とされている。帰りを待っている人がいる。そこにサクラの幸せがあるならば――繋いだこの手を離すことに、迷いはない。
我愛羅はただひたすらに、愚直なまでに願っているのだ。“サクラに幸せになって欲しい”と。
サクラが我愛羅に対して抱いたものが“愛”ならば、我愛羅がサクラに抱く思いもまた“愛”だった。
羅砂はそんな我愛羅に眉間の皺を深めたが、我愛羅は穏やかに口角を緩め、己の手の平へと視線を移す。
「父様。あなたは俺に“力”の使い方を教えてくれた。人の殺し方を、己の心を殺す方法を――忍に必要な力を、授けてくれた」
「…………………」
「だがサクラは、俺に“守る力”があるのだと教えてくれた。奪うばかりのこの力で、誰かを守ることが出来るのだと……。“兵器”である俺に、そう言ってくれたんです」
ゆっくりと開閉する手の平を見つめる我愛羅の瞳はどこか嬉しそうで、どこか物悲しくもある。そんな不思議な色合いをしていた。
その独白にも似た告白を、羅砂もサクラも黙って聞き届けた。今まで長い時間をかけて作り上げた強固な殻を破り、立ち上がった我愛羅を――息子の姿を、羅砂は複雑な気持ちで見つめていた。
「……お前の言いたいことは分かった。だが、許容することは出来ん」
しかし羅砂とて父親である以前に里長である。里の脅威になるであろう男を、それを“唆す”女を野放しにすることは出来ないのだ。
「我愛羅。本日をもってお前を重罪人として投獄する」
「ッ! ちょっと待ってください!」
今まで黙って二人のやりとりを聞いていたサクラではあったが、流石にこれを聞き流すことは出来ない。すかさず腰を浮かしたが、羅砂は我愛羅に向けていたものよりも更に厳しい瞳を向けて告げる。
「春野サクラ、お前もだ」
「ッ!」
羅砂の判断は当然と言えば当然だ。だが投獄ということはまだ命の保証があるということだ。きっかけさえあれば抜け出すことも出来るだろう。
だが果たしてそんな隙が出来るのか。考えたところで答えは出ない。命があるだけまだマシなのだと言い聞かせ、今は大人しく従うことにする。でなければ我愛羅がどうなるか分からないからだ。
だがそもそも『重罪人』とはどういう処罰を受けるのか。
我愛羅には尾獣が封印されている。そんな我愛羅を安易に殺すことはしないだろう。それに我愛羅の力無くして戦争に勝つことは出来ない。
国同士の争いに忍がどこまで介入できるかは分からないが、未だ終戦の気配はない。つまりはこれからも争いが続くということだ。それが分かっていながらみすみす手放すことはしないだろう。
羅砂の下した辛くも妥当と言える決断を、我愛羅は否定しなかった。
「今暴れたところで意味などなさない。だから今は甘んじてそれに従います。――ですが、父様」
「何だ」
逃げることも、暴れることもせず。淡々と羅砂を見つめる我愛羅は一度だけサクラを見やり、それから口を開いた。
「俺はどんな劣悪な環境に置かれても構いません。ですが彼女は――せめて猿飛木の葉丸殿と共にしてください。彼は彼女を慕っています。彼らに、彼女たちに――どうか、せめてもの慈悲を」
「そんな! 我愛羅くんっ!」
木の葉丸たちが収容されているのは監獄でも比較的マシな場所だ。捕虜というより人質扱いなのだから当然である。そんな人間を手荒に扱うことは流石に砂隠でもしない。
特別監獄であるためチャクラ封じの枷や札はあるが、地下牢のように寒さや飢えに喘ぐことはない。我愛羅はそこにサクラを、と願ったのだ。
だがサクラからしてみれば我愛羅がそこまでする必要はない。
自分のためにこれ以上我愛羅が犠牲を払う必要などない。だがそれを伝えようとした瞬間――当の本人によって遮られた。
海のような穏やかな、けれど動かぬ意思を明確に伝える瞳は言葉よりも如実に我愛羅の思いを伝えてくる。それがサクラには切なく、悲しかった。
「……よかろう。せめてもの慰めだ」
「ありがとうございます」
羅砂は我愛羅の言葉に頷くとすぐさま控えていた暗部の忍を数名呼び出し、二人を捕えた。我愛羅の瓢箪は勿論押収され、どこか別の場所へと運ばれる。
そしてサクラは約束通り木の葉丸たちと同じ監獄に連れて行かれ、驚く三人と『再会』と呼ぶにはあまりにも情けない顔合わせをした。