長編U
- ナノ -

覚悟 -08-



 翌朝、目覚めたサクラの視界の端に我愛羅はいなかった。
 我愛羅の服を握り締めていたはずの指先も力なく横たわり、毛布の中に納まっている。
 刃に毒を塗ったクナイは、ご丁寧にも机の上に置かれていた。

「……意気地なし」

 我愛羅に向けてではない。自分に向けた言葉は冷たく部屋に響き、霧散する。

 サクラは一度、己とは違う匂いのするベッドの中で寝返りを打ち、カーテンを引いた。
 先日の雨が嘘のような、憎らしいほどの朝日がサクラの泣きはらした目を焼いた。


 ◇ ◇ ◇


「おはようございます」

 部屋の主とは会わぬまま自室に戻り、用意を整えたサクラが居間に下りる。だがそこにも我愛羅の姿はなく、食卓に着いていたのはいつもの二人だけだった。

「おはよう、サクラ」
「おはようさん」

 昨夜の声は確実に聞こえていただろうに、二人はサクラに何も言わず穏やかに挨拶を返してくる。それに一瞬気後れのような、ある種の気味の悪さを抱いたが、それよりも先に気になることがあった。

「あの、我愛羅くんは……?」

 尋ねていいものかどうか迷ったが、それでも問いかければ二人は顔を見合わせる。その顔は互いに『どうしたものか』と言い合っているようにも見えた。

「あー、っとだな、我愛羅はもう出たっつーか、」
「親父と一緒に朝早く家を出たんだよ、我愛羅の奴」

 後ろ頭を掻くカンクロウの言葉を補うかのようにテマリが説明し、サクラは「そうですか」と頷く。
 嘘か本当かは分からなかったが、我愛羅がいないことは事実らしい。頷くだけのサクラに二人は困ったように眉尻を下げ、再度顔を合わせる。

「あー、あのさ、サクラ」
「はい?」

 気まずそうにテマリに声を掛けられ、朝食が用意されていた席についたサクラが首を傾ける。二人の視線は珍しく左右に揺れ動いていた。

「えーと、あの、その、あー……ちょーっと聞きたいことがあってだな?」
「はあ……」

 いつもなら物怖じすることなく発言するテマリが珍しく言い淀む。一体何なのかとサクラがカンクロウへと視線を流せば、何故かカンクロウは下手くそな苦笑いを浮かべた。

「あまりこういうのを聞くのは良くないと思ってはいるんだが、やはりちゃんと確認すべきことはしておかないといけないというか、後々面倒というか……。私たちにも心の準備というものがあってだな?」
「……一体何なんです?」

 つらつらと建前を並べるテマリに疑問符を浮かべながらも問いかければ、テマリはゴホン、と一つ咳払いしてからサクラを見つめる。その表情は随分と硬く、緊張していた。

「も、もしかしてお前たち、あ、いや、その、サ、サクラと我愛羅はだな、その、つまり……つ、付き合っているのか?!」
「……………………は?」

 緊張した面持ちで、真剣に尋ねられた内容にサクラは目を丸くする。
 全くもって意味が分からなかった。

「いや、だからな? 昨夜お前たちの声が聞こえて、二人でサクラの部屋に行ってみたんだよ」
「え!?」

 やはりサクラの声は二人にも聞こえていたらしい。だがそれが我愛羅の部屋から聞こえているとは思わず、二人はサクラの部屋へと足を運んだらしい。
 だがその手前、我愛羅の部屋からサクラのすすり泣く声が聞こえ、二人は足を止めたという。

「あ、いやー、だからな? お前も我愛羅もアレじゃん? れっきとした男と女じゃん? だから、その、なんつーか、だな、」
「なっ! ち、違います! 私たちそんなんじゃありません!!」

 カンクロウのぎこちない態度でようやく意味が分かり、サクラは声を荒げてそれを否定する。机を叩くと同時に浮いた腰が椅子を押し、床に倒れた音が派手に響いたため二人は僅かに身を引いた。

「え……? ち、違う、のか?」

 確認するように再度問いかけてくるテマリに、サクラは間髪入れずに「違います!」と断言する。
 泣く時とはまた違った熱が顔に上り、それが酷く恥ずかしかった。
 幾ら今一番頼りにし、縋っているのが我愛羅であっても、自分たちはそういう関係ではない。だがどう説明していいか分からず、「とにかく違いますから!」と二人に念を押す。

「んじゃまぁ、別にいいけどよぉ……」
「わ、悪いなサクラ。私はてっきりお前たちが付き合っているものだと……」

 苦笑いする二人にサクラは肩で息をし、それでも倒れた椅子を起こして腰かける。

「いただきます」
「はい、どーぞ」

 怒りつつも食事に手をつけるサクラにテマリが返事をし、カンクロウはやれやれと背もたれに背を預ける。

「だから言ったじゃん、我愛羅とサクラは付き合ってないって」
「な! お前だって疑っただろう! 今更何言ってんだ!」

 目の前で口論が始まるが、サクラは一切無視して食事を口に運ぶ。
 確かに我愛羅とサクラは付き合ってなどいない。そういう目的で我愛羅の部屋に足を運んだわけでも、頼りにしているわけでもない。ただ現状我愛羅が一番孤独をよく知っており、自分と同じ立ち位置にいる気がしただけの話だ。

(でも彼はこの里の人間……同じ孤独でも意味が違うのよね……)

 初めから孤独であった人間と、里を裏切り他里で生きることを決めたが故に孤独になった人間とでは、同じ孤独でも種類が違う。
 今更ながらにそれに気付いたサクラは無意識のうちに窓の外へと視線を投げた。

(我愛羅くん……)

 視線を向けた場所は、この里で最も権力を持つ長が身を置く場所。風影邸であった。
 だがそこから彼らの姿は見えることはなく、ただ砂を含んだ風が強く舞うのを感じ取るだけだった。


 ◇ ◇ ◇


「話とは何だ、我愛羅」

 我愛羅は早朝、風影である羅砂に話があると告げ、共に風影邸へと足を運んでいた。普段滅多に話しかけてこない我愛羅がわざわざ自分の前に立ち、話がしたいと頭を下げたのだ。それは随分と久しぶりの事だった。
 風影でもあるが、羅砂は父親でもある。それでも暫し悩んでしまったが、結局はその願いを聞き入れることにした。
 例え今は兵器として戦場に送りこんでいても我愛羅の父親であることに変わりはない。自宅にいる間は風影としてではなく、一人の父親としてその願いを聞き入れようと考えていた。

「先日捕えた捕虜に面会させて頂きたい」
「ほう。三代目火影の孫にか」

 珍しく声をかけてきたかと思えば、これまた随分と珍しい願い事を口にするものだと心中で呟く。
 羅砂はてっきり春野サクラのことで声をかけたのだと思ったのだ。昨夜の叫びを、羅砂もしかと耳にしていたのだから。

「理由を言え」

 三代目火影の孫、猿飛木の葉丸の情報は先日我愛羅たちが持ち帰った書類の中に入っており、今更聞きだすことなど何もない。
 木の葉や火の国の状態もその時共に知ることが出来た。木の葉丸から得たい情報などないはずなのに、今更何故会おうとするのか。羅砂は風影として理由を問うた。

「春野サクラについてです」
「どういう意味だ?」

 サクラの昨夜の叫び声は羅砂の耳にも届いている。この里に馴染めず、誰も信用できないと叫んだ少女の気持ちは分からないでもなかったが、羅砂からしてみれば大した問題ではなかった。
 例え砂隠の忍になったとはいえ、サクラの心は未だ木の葉にある。心の底から彼女を信用する方が愚かだと羅砂は考えていた。

「これ以上彼女を放っておくのは危険です。折角優秀な医療忍者を連れてきたのですから、もう少し丁重に扱い、その上で利用すべきだと思います」
「というと?」

 我愛羅の真意が読めず問いかければ、我愛羅は一切表情を動かさぬまま口を開いた。

「聞けば捕虜と春野は親しい間柄だと言います。ならば捕虜から春野のことを聞きだし、その上で彼女に付け入り利用すべきかと」
「ほう。成程な」

 我愛羅の言い分は分からなくもない。今まで大人しく捕虜として、医療忍者として働いてきたサクラが思いを爆発させたのだ。これ以上放っておけば自害する確率も高くなる。
 サソリだけでなく、病院や薬剤師たちから高い評価を得ているサクラを今失うのは砂隠にとって大きな痛手となるだろう。
 羅砂は暫し腕を組み思案したが、結局は我愛羅の願いを聞き入れることにした。

「よかろう。面会を許可する。だが捕虜に危害を加えること、あるいは捕虜を手助けし脱獄させることは許さん。もしそのような行為が見られた場合、お前を幽閉する。いいな」
「分かりました」

 許可が下り、釘を刺された我愛羅は頭を下げる。その表情はいつもと変わらなかったが、長い袖の下で――我愛羅は力の入らない指先を強く握りしめていた。

 結局、我愛羅は助けを求め、死を願うサクラを殺すことが出来なかった。
 それがサクラの救いになるかもしれないと分かってはいたが、風影に命令されたわけでも、戦争でもない時に人を殺すことなど出来なかった。

 それに何より、サクラを殺すことは出来なかった。我愛羅にとって彼女は――春野サクラという少女は、単なる捕虜と呼ぶにはあまりにも親密になりすぎていた。

(エゴだな。結局は俺も一人になりたくないだけだ。彼女と何も変わらない。『孤独が辛い』。彼女を失いたくないと思うのもそういう理由だ。同じ穴の貉とはよく言ったものだな……)

 同じ孤独の中にいる。だがサクラは元よりこの里の人間ではない。同じ孤独でも、サクラと自分の孤独は違う。それぐらい分かっている。
 それでも、我愛羅はサクラに甘えていた。自分を受け入れてくれたサクラに寄りかかっていた。けれど所詮それはサクラの強がりで、サクラも一人の弱い人間だったのだ。

(すまない、サクラ……。俺にはお前を殺すことは出来ない。助けることも、この里から直接逃がしてやることも出来ない。だが、それでも――)

 サクラだけは、サクラだけには、もうこれ以上辛い思いをさせたくはなかった。例え自分の手で救うことは出来ずとも、その手助けぐらいは出来ればいいと思ったのだ。
 大蛇丸と自来也が戦争を止めようと国に忍び込むように、我愛羅もまた、自ら動き出そうとしていた。


 ◇ ◇ ◇


「我愛羅様、面会時間は三十分です」
「分かっている」

 門番に促され、我愛羅は地下牢とは別の監獄へと足を踏み入れる。
 至る所にチャクラ封じの呪が刻まれ、札が張り巡らされたそこは異様な雰囲気に包まれている。正直ただ立っているだけでも居心地が悪い。だがこんな場所に何日も閉じ込められているのだ。子供達の精神状態が俄かに心配になる。

「猿飛木の葉丸殿はどなたか」

 幾つかの牢を通り過ぎ、小さな子供が蹲る扉の前で立ち止まる。
 そうしてバカ正直に声を掛けたのは、顔も声も知らない木の葉丸が三人のうち誰なのか見当がつかなかったからだ。しかし子供たちからの返事はない。どうしたものかと思いつつ、我愛羅は扉の前で膝をついた。

「俺は我愛羅という。春野サクラのことで話がしたい。返事をしてくれないか」

 サクラの名を出せば少しは反応が返ってくるかと思ったが、僅かに肩を跳ねあげたのは長い髪を二つに結んでいる少女だけであった。
 他の二人はじっと蹲り、抱えた膝に額を押し当てたまま動かなかった。

「……ならばそのままでいい。聞いてくれ」

 今更話を無視されたと傷つくような自分ではない。それに面会時間が三十分しか設けられていない今、返事を待っている時間はなかった。

「彼女を助けるために力を貸してほしい。俺自身はこの里の忍だから直接逃がしてやることは出来んが、お前たちは木の葉の者だろう。手を貸してはくれないか」
「…………」

 相変わらず返事はなかったが、先程反応を示した少女が僅かに顔を上げた。だが我愛羅と目が合った瞬間、その視線は逸らされる。
 しかしその言葉に答えたのは他の誰でもない――長い襟巻を巻いた少年だった。

「そんな言葉、信じられるわけないだろ、コレ」

 蹲ったまま、絞り出すようにして押し出された声は不機嫌ではあるが覇気がない。我愛羅は僅かに眉間に皺を寄せる。だが気遣う言葉をかけようにも、我愛羅はその言葉を知らなかった。

「お前たちの言い分は最もだ。俺とてお前たちの立場ならこの話を信じることが出来ないだろう」
「じゃあ何でそんなこと言うんだぞ、コレ」

 今まで蹲っていた少年の一人がようやく顔を上げる。長い襟巻を巻いたその子供の瞳は、疑念と憎悪に満ちていた。それは皮肉にも――昔の自分と同じ瞳だと思った。

「俺は、彼女を――サクラを、助けたいと思っている」
「…………」

 疑いの眼差しは未だ晴れない。
 それでもいいと、我愛羅は力なく握りしめていた指先を開き、また握りしめた。

「俺は今までずっと一人だった。だがサクラは、そんな俺に話しかけてくれた。歩み寄ってくれた。それが、嬉しかった」
「フンッ。サクラ姉ちゃんは優しいからな」

 顔を背ける少年に数度瞬き、我愛羅はそうだなと頷く。例え嘘から始まった関係とはいえ、我愛羅にとってサクラは大事な人になっていた。

「俺は彼女に恩返しがしたい。たった一人、俺に触れてくれた人だ。助けてやりたい。これ以上、彼女を傷つけたくはない」
「……それで、何で俺たちに助けを求めるんだ、コレ。俺たちだってここから出られないのに、助けるなんて無理だぞ、コレ」

 きっと何度も抵抗したのだろう。傷ついた指先を握りしめる少年に、我愛羅は「すまない」と頭を下げる。瞬間、戸惑う声が僅かに上がった。

「今すぐに、というのは流石に無理だ。だがお前たちを外に連れ出す時が来る。その時彼女を連れて逃げて欲しいんだ」
「それって何時だ?」

 問いかけつつ、我愛羅と向かい合うように座りなおした少年に我愛羅は瞬く。少年もまた、この短時間でサクラと同じように恐れることなく我愛羅と目を合わせてきた。
 その瞳は先ほどの濁ったものではなく、どこか希望を見出したかのような眩しいものだった。

(……木の葉の忍は強いな、サクラ……)

 我愛羅と話し合う気になったのだろう。
 小さな体でふんぞり返る姿は生意気にも見えるが、我愛羅は昔の自分とよく似た少年を怒る気にはなれなかった。むしろ自分と同じようになって欲しくないと思う。出来ることならこの少年も、他の二人も、サクラにも、幸せになって欲しかった。

「次に起こる戦が最後になるだろう。おそらく総力戦になる。火影も風影も、皆戦場に出るだろう」
「で? 俺たちを囮にでもするつもりか、コレ」

 可能性はあった。だが我愛羅は「それはないだろう」と首を振る。
 風影は戦に勝っても負けても、木の葉丸を人質に里に有利になる条件を木の葉に付きつけるつもりだ。そんな相手を戦に連れ込むほど馬鹿ではない。

「お前たちが牢から連れ出される可能性があるのは戦前か、戦後かのどちらかだ。勝とうが負けようがこちらは木の葉丸殿を人質に話を進める気でいる」
「じゃあその時隙をついて、サクラ姉ちゃんを連れて木の葉に戻ればいいんだな? コレ」

 実際は相当な数の護衛と監視がつくだろうが、我愛羅が本気を出せば子供三人とサクラを逃がすことなどさして難しくはない。
 流石に砂と相性の悪い砂金を使う羅砂や、サソリとの勝負になれば苦しくはなるだろう。だが子供たちを不安にさせることは口にすべきではない。我愛羅は黙って少年の言葉に頷いた。

「うーん……。まぁ、とりあえず、兄ちゃんのことはちょっとだけ信じてやってもいいぞ、コレ」
「そうか」

 未だ疑念の色は残るが、それでも先程まであった憎しみの念は消えている。
 我愛羅とは違い、彼は人を信用することの出来る心を持っている。そんな少年に我愛羅は心から尊敬の念を抱き――そしてほんの少しだけ羨ましく思いながらも、瞼を伏せて僅かに微笑んだ。

 本当に、木の葉の忍は砂忍とは違った強さを持っている。改めて、そう実感した。

「我愛羅様、そろそろお時間です」
「分かった」

 迎えに来た門番に視線をやり、我愛羅は汚れた裾を払いながら立ち上がる。初めは蹲っていた三人も今は立ち上がり、それぞれが我愛羅を見上げていた。

「自己紹介、まだだったな、コレ」

 視線が合った我愛羅に対し、襟巻を巻いた少年が不敵に笑う。囚われているのに気高く心の折れない少年のその笑みに、我愛羅は僅かに目を丸くした。

「一回しか言わないからな! 耳の穴かっぽじってちゃんと覚えるんだぞ、コレ!」
「……了解した」

 ビシッと突きつけられた指先に僅かに身を引きつつ、頷く我愛羅に少年は歯を見せて笑う。それは不敵にも無邪気にも取れる、年相応の笑みだった。

「姓は猿飛、名は木の葉丸! いつか火影になる男の名前だぞ、コレ!」
「私はモエギ!」
「僕、ウドン」

 木の葉丸の後ろから、もう一人の少年と少女が名乗り声を上げる。自分の名と、己の里に誇りを持つその姿が、我愛羅にとっては太陽よりも眩しかった。

「……確かに覚えた。また、必ず会いに来る」
「おう! 待ってるからな、コレ!」

 胸を張り、笑う木の葉丸たちに我愛羅も口の端を緩める。
 木の葉丸たちもまた、我愛羅を拒絶しなかった。それが、有難かった。


 その後は速やかに牢を去り、報告の為にも風影邸へと向かいながら我愛羅は握りしめていた拳を開き、視線を落とす。

(俺が直接助けることは出来ない。だが、少しでも……彼女の力になることが出来るなら――)

 他人を傷つけることしか出来ない手でも、誰かを救うことが出来るなら――。
 助けることが出来るというのであれば。例え自分の命と引きかえにしてでも、サクラや木の葉丸たちを助けてやりたかった。

 その後、彼女たちを逃がしたことで幽閉されようが首を落とされようが、身を千々に引き裂かれようが構わない。どうせ誰にも必要とされていない自分だ。死んだところで誰も悲しみはすまい。むしろ化物がいなくなったと諸手を上げて喜ばれることだろう。
 ならば我愛羅は己を求めてくれる、伸ばされる手を掴みたかった。実際には掴むことが出来なかった、縋りつく腕を取ってやりたかった。

 他の誰でもない、サクラの手を。

(お前だけは何があっても、必ず、命に換えてでも助ける。約束する、サクラ)

 決して口に出して約束は出来なかったけれど、それでも我愛羅は自分自身へと誓う。
 誰も信じることが出来ない――また誰にも言えない想いを、自分自身を奮い立たせるためにも胸に刻み付けて拳を握る。

 例えその手を取ることは出来ずとも、逃がすために背を押すことは出来る。そのためならばどんな痛みにも耐え抜いてみせようと腹を決め、我愛羅はいつの間にか止めていた足を再び動かした。


 ――星の光は届かない。

 姿さえも、昇った太陽の光に負けて姿を消してしまう。
 だが確かに星は存在する。太陽も、星も、我愛羅にとって尊いものは確かに存在する。それは標のように我愛羅を照らし、降り注いでいる。

 我愛羅の足が立ち止まることは、もうなかった。






第七章【覚悟】了