長編U
- ナノ -

孤独 -08-



 ミナトたちに最後の一撃を喰らわせた後、サソリたちは早々とその場を後にしていた。

「とりあえずはあの改良型爆弾で火影達の足止めは出来んだろ」
「ああ。まさかコピー忍者のカカシが出てくるとはな」
「流石にガキ共だけに任せるにしちゃあ、荷が重い相手だからな」

 里内でシカクと追いかけごっこをしていたバキであったが、すぐさまコピー忍者として名が知られているカカシが我愛羅たちを追って出たのを見つけ、早々と分身を作りサソリの元に向かった。
 流石に上忍、しかも他里に名が知れ渡るほどの実力者が相手となれば我愛羅でも分が悪い。そう判断した二人は爆弾を仕掛けることでその場を後にした。

「これで俺が火影殺ってたら報酬上がってたかもなぁ」
「火影を殺るか我愛羅たちを助けるか。どちらの選択が里の未来を明るくするかを考えれば答えは明白だがな」
「バッカヤロー。どっちにしたって戦争が終わんねーなら明るい未来なんてこねーんだよ」

 ぼやくサソリにバキが口角を上げた途端、前方で大きな炎の塊が見える。

「ありゃあ火遁の術か?」
「となると、うちはの者か」
「ケッ、次から次へと名門様がよー! 正月ぐらい寝とけっつーんだよ!」

 愚痴るサソリはそれでも傀儡を動かし、後続が来ないようにとトラップを巧妙に仕掛けていく。

「バキ! 先行け! 俺は後から来た子猫ちゃんたちと遊んでやるぜぇ」
「まったく……。程々にしておけよ。今回の任務は情報が最優先だ。争いは最小に止めろ」
「わーってるよ」

 三十を過ぎても未だ子供のように争いを楽しむ男にバキは軽く吐息を零す。だがすぐさま思考を切り替え、慣れぬ土地を駆け抜ける。
 幾ら我愛羅がいるとはいえ、普段のスリーマンセルに加えロクな戦力にならないサクラがいる。しかも元木の葉の忍だ。幾ら砂隠の忍に登録されたからと言って裏切らないとは言えない。
 バキはもしもの時のことを考え、風影に提案していたのだ。

 我愛羅たちを裏切るような行動が見られた場合には、サクラを“殺す”という案を。

「まあ……そうならないのが一番だがな」

 出立前に見せた我愛羅とサクラの些細なやり取りを思い出しながら、バキは力強く跳躍した。


 ◇ ◇ ◇


「しぶとい奴らだな」

 ぼやく我愛羅の先、足を掛けた木の上から見下ろす大地には息を荒げたナルトとサスケが満身創痍な状態で立っていた。

「クッソォ……! まともに、チャクラが、練れねえってばよ……!」
「毒の後遺症が残ってるからな……。治ってきたとはいえ、まだ万全じゃない」

 サクラたちが作った毒から立ち直ったのは見事だとは思いつつ、我愛羅は飛んできたクナイを砂で弾く。

「そのままよそ見してくれてよかったんだけどねぇ」
「流石にそういうわけにもいかん」

 流石上忍か。
 ヘラリと笑い、のらくらとした態度を貫き通すカカシだが、我愛羅の攻撃を危うげなく避け、間合いを測っている。我愛羅はその気配に危険なものを感じていた。

(長期戦は得策ではない、か。ならば)

 我愛羅は瓢箪から新たに砂を取り出し、手を掲げる。

「そのまま突っ立っていていいぞ」
「流石にそれはね」

 病み上がりの二人を弄んでいたのとは違う、チャクラを直接練り込んだ砂の動きは飛びぬけている。
 襲い掛かってくる砂の塊にカカシは内心冷や汗を掻きつつも逃げ回り、目くらましにでもなれば十分、と起爆札を投げつける。クナイ自体は案の定弾かれたが、それでもその先で爆発を起こし、周囲の木々を押し倒していく。

「チッ、」

 後から気付いても遅い。初めから我愛羅自身に向けられたものではない起爆札に顔を顰めつつ、退く我愛羅にカカシは目を細める。

「悪いけど、殺らせてもらうよ」

 バチバチと右手に小さな稲妻を纏い、一気に間合いを詰めてくるカカシに我愛羅の目が僅かに開かれる。

「ぐっ……!!」

 咄嗟に防御を固めたが、雷遁の術である雷切は砂の防御を崩す。
 だが砂の防御とて弱いわけではない。我愛羅を守る盾は雷切の威力をギリギリまで抑え込んだ。それに加え、我愛羅が体を反らしたため心臓から外れてしまう。それでも纏う雷はしかと我愛羅の肩から腕にかけて肉を焼き、慣れぬ痛みに気が乱され落下する。

「がっ、ぐぅ……っ!」
「はぁー……。一発で仕留められないとこの技、ちと辛いのよね……」

 カカシとてまだ毒の後遺症が残っている。ふらつく足を何とか踏み留まらせ、焼けた腕の痛みに蹲る我愛羅に近付いていく。

「悪いけど、サクラ以外は殺すよ。俺」
「っ……!」

 地面に我愛羅の血が広がっていくが、カカシは気にせず再度右手に雷を纏っていく。

「動くなよ。すぐ終わる」

 そう宣言し、掲げた右手を我愛羅に向かって振り下ろすよりも早く、風の刃を纏ったクナイがカカシめがけて飛んで来た。

「チッ、ちょっと、タイミングよすぎじゃない?」
「褒め言葉として受け取っておこう」

 我愛羅の前に立ち塞がったのはバキだった。

「悪いが我愛羅を失う訳にはいかんのだ」
「一尾の人柱力として? 子供を戦争の道具に使うのは、いい大人のすることじゃないよ」

 そうは言っても木の葉とて十代の子供を戦争に出している。カカシの言葉は薄い紙っぺらの如く、吹きすさぶ風に乗って飛んでいく。

「カカシせんせー!!」

 後方から駆けつけてくる声にバキが「面倒だな」と目を細める。幾ら子供相手とはいえ、火影の息子にうちはの血を引く者。そしてコピー忍者のカカシ。負傷した我愛羅を庇いつつの戦闘は不利だ。
 だがそんなバキの思いが届いたのか、「ソォラァア!」という掛け声とともに幾多の傀儡の腕が三人に襲い掛かった。

「うわあ! 何だコレ! きっも!!」
「傀儡だ、バカ! 砂隠の特殊部隊の一つだ!」
「ほおー。黒髪の坊ちゃんは中々知識があるじゃねえか。だがもう一人はダメだな。アホの代名詞だ」
「んだとコラーっ!!」

 サソリの安易な挑発に易々と乗っかるナルトに、カカシは呆れを滲ませたため息を吐きだす。

「ナルト。簡単に相手の言葉に乗るんじゃない」
「うっ、す、すんません……」

 流石に今のは自分でも酷いと思ったのか。傀儡の腕から逃れつつ謝るナルトに、サソリは喉の奥で笑う。

「つかアレだなぁ、坊ちゃんに怪我負わせるたぁ流石だな。コピー忍者」
「お褒めに預かり光栄です。……と言いたいところだけど、敵さんに褒められてもねぇ」

 雷切の術を解き、頭を掻くカカシにサソリも口の端を上げる。
 サソリ一人で子供二人を殺るのは簡単だ。バキと手を組めばそう難しい話でもない。だがサソリは後続と遊んでいたせいで毒ガスを使い切っていた。

(やーべー……。これバキにバレたら絶対説教飛んでくんぞ。コイツ俺と大して歳変わんねえくせに爺みてえなこと言うからなぁ)

 真剣な顔で如何にバキから言い逃れできるかを模索しているサソリの考えなど露知らず、バキは我愛羅を見下ろす。

「我愛羅、立てるか」
「っ、問題、ない……」

 そうは言っても肌は焼け、肉は抉られている。あまりいい状態ではなかった。
 未だかつてないほどの重症だ。バキが我愛羅を庇うように立ちはだかれば、サソリが「おいおい」と言葉を零す。

「坊ちゃん、小娘どうした」
「……先に行かせた」
「バカ野郎! てめえ何のためにあの小娘連れてきたと思ってやがる! 帰郷の手伝いにきたんじゃねえぞ!」
「……うるさい」

 荒い息の間、睨む我愛羅にサソリは「このバカがっ」と吐き捨てる。

「おい、バキ。てめえさっさと我愛羅連れて退け。ここは俺が足止めする」
「む。だが、」
「うっせえなぁ、大丈夫だっつてんだろ。こちとらまだ“とっておき”が残ってんだからよぉ」

 笑うサソリにバキは逡巡したが、すぐさま「分かった」と頷き、我愛羅に手を伸ばす。だが我愛羅がそれを受け入れるよりも早く、白い手がその体に伸びた。

「サクラ!」
「サクラちゃん!」

 カカシとナルトの声に反応し、僅かに首を傾けたサソリの視界の端で、季節外れの薄紅が鮮やかに揺れる。

「お前、何故――」

 驚いた顔をする我愛羅を見下ろしながら、サクラは「いいから!」と叫ぶ。

「いつまでたってもお前が来ないから戻ってきたんだよ」
「ったく、見栄張んなっつー話じゃん」
「こいつは分が悪いね……」

 一気に多勢に無勢になったカカシ達が冷や汗を流すが、サソリは興が削がれように渋い顔をする。

「てっきり逃げたかと思ったぜ、小娘」
「馬鹿にしないで。そこまで薄情じゃないわよ、私」

 かつての仲間の前で敵の怪我を治療する自分はどう映るだろうか。
 一瞬気持ちが揺らいだが、それでもサクラは我愛羅に向かって手を伸ばした。

 昨夜の優しさに対する礼がしたかったのかもしれない。あるいは、先程の約束を守れるところを見せたかったのかもしれない。
 確かな理由は分からなかったが、それでもサクラは我愛羅の腕の治療に取り掛かった。

「……女……」

 まるで『そんなことをする必要などない』と言わんばかりの眼差しを受け、サクラは荒い呼吸を繰り返す我愛羅の瞳をまっすぐに見返す。

「これは私の意思よ。私は自分の意思で、自分で考えて、あなたを助けるの。だから、気にしないで」
「サクラちゃん……」

 サクラの声が聞こえたのだろう。驚くナルトにサクラは顔を上げなかった。ただ一心不乱に我愛羅の傷の手当てに全力を尽くしていた。

「……成程、ね」

 カカシは諦めたようにそう呟くと、ナルト達の名を呼ぶ。

「ナルト。サスケ。サクラはもう敵だ。今は防衛戦だと思え」
「なっ! そんなこと出来ねえよ、カカシ先生!!」
「クソッ……!」
「察しがいい先生でよかったなぁ、小娘」

 サクラはサソリの皮肉にも言い返すことはせず、ただじっと、ゆっくりと塞がっていく我愛羅の患部を見つめる。ナルトやサスケの真偽を問いかけるような視線すら無視をして。

「あ、そうだ小娘。お前アレ持ってんだろ」
「アレ?」
「アレだアレ、アレっつたらアレだよ」
「……こんな所じゃなかったら分かるわけないじゃない、バカ!」

 サソリの的を射ない言葉にサクラは僅かに顔を顰めたが、すぐさまテマリに胸ポケットを探ってくれ、と小声で伝える。
 そこにはサクラが準備していた、サソリの傀儡に内蔵されていたものと同じ神経ガスが入っていた。

「もういいか? 小娘」
「我愛羅くん、今はここまでしかできないけど、平気?」
「十分だ……」

 焼けた肌は未だそのままではあったが、抉られた肉は大方戻っている。痛みは残るだろうが、己の足で立った我愛羅にサソリは口角を上げてニヒルに笑う。

「まあ今回は戦いがメインじゃないんでな。悪いがお前らにはおねんねしてもらうぜぇ?」
「そうはいくか!」

 素早く印を結び始めるカカシではあったが、サソリにとってそれは大したスピードではなかった。

「コピー忍者が聞いて呆れるぜ! 遅すぎて欠伸が出ちまうぞ!!」

 挑発しながらもテマリから受け取った小瓶を投げ、傀儡の尾で割る。

「お嬢!」
「分かってる!」

 瓶が割れた途端、辺りに充満しだした煙幕にも似た毒ガスにカカシが慌てて飛び退く。

「じゃあな、コピー忍者さんよぉ」
「カカシ先生! サクラちゃん!!」
「ナルト! サスケ! いいから逃げるぞ!」

 唯でさえ先の戦の毒が体に残っている。これ以上はショック症状で即死する可能性があった。
 カカシはサスケとナルトの後ろ首を掴み、里に向かって後退する。
 結局相手から奪われたものを奪い返すことも、大した痛手を負わせることも出来なかった。サクラを奪われてから敗走するのはこれで二度目だ。

 毒の後遺症でふらつく足を踏ん張りつつも里に逃げ帰るカカシの右肩では、ナルトが「何で……」と蚊の鳴くような声で呟き、反対側ではサスケが「クソッ、」と悔しげに呟いていた。
 三人にとってこの戦いは、あまりにも失ったものが大きかった。