長編U
- ナノ -

孤独 -06-



 砂隠でそんなやり取りが行われているなど露知らず、木の葉では迎えたばかりの新年に僅かばかりの安らぎを得ていた。

「向こうは熱帯だからね。雪の中での戦闘には慣れていないはずだよ」
「ふーん。だから向こうからけしかけてくる可能性は低い、つーことか」
「ん! そういうこと」

 ようやく退院できたナルトはミナトと共に炬燵に入り、未だに上手くチャクラを練れない片腕を掲げる。

「つってもよー、シカマルも目覚めたばっかだし、退院できたのは俺とサスケとカカシ先生、あとはキバとヒナタだけだろ? あんましいい状況じゃねえよなぁ」
「まぁね。だけどガイが真っ先に回復してくれたから助かったよ。なんだかんだ言って彼の実力は本物だからね」
「ゲキマユ先生は異常だってばよ……」

 鬱陶しいほどの熱意とパワーを誇る木の葉の青い珍獣を思い浮かべるナルトに、ミナトも苦笑いを零す。それと同時に外出していたクシナが戻ってきた。

「ナルトー! 今そこでサスケくん拾ってきたってばね!」
「クシナ、拾ってきたって犬猫じゃないんだから……」

 意気揚々と戻ってきたクシナの手にはしっかりとサスケの腕が握られており、げんなりとした様子のサスケが二人の前に姿を現した。

「新年あけましておめでとうございます、四代目」
「ん! あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「はい」

 やはり名家故礼儀は叩き込まれているのか、ミナトにしっかりと頭を下げるサスケにクシナが「いい子いい子」と頭を撫でる。だがいつまでたっても自分に視線を寄越さないサスケにナルトは「おい」と声を荒げる。

「おめー俺にも挨拶しろってばよ」
「あ? 何だ、いたのか」
「はぁ?! 始めからいるっつーの! おめーの目は節穴かってーんだよ!」
「コラコラ、喧嘩しない」

 炬燵から腰を上げるナルトにミナトが再度苦笑いすれば、サスケはフンと顔を背ける。だがすぐさま逸らした顔を元に戻すと、今度は硬い声で「調子はどうだ」と問いかける。

「……正直、まだまともにチャクラが練れねえ。木には登れるようになったけど、螺旋丸撃つのは無理だってばよ」
「そうか。俺も写輪眼に回せるほどのチャクラが練れねえ。暫くは使い慣れた火遁が主な戦力になる」
「そうか……。困ったね、これじゃあうちの戦力がガタ落ちだ」

 苦笑いばかりのミナトに、サスケもすまなそうに顔を顰める。だがそれでも、と拳を握りしめ、力強い瞳でミナトを見据えた。

「兄さんや他の親族に毒の影響はないので、問題はありません」
「そういやヒナタん所も、ネジとヒナタ以外は大きな怪我はしてなかったんだろ? だったらそう深く考えることもねえと思うんだけど」

 子供たちの、戦争や政治を深く知らない純粋な言葉にミナトは頬を緩める。
 結局、ミナトや自来也が出席した会議では戦争終結の話は出なかった。ましてやそれを唱えたところで上手くいくはずもなく、ミナトは苦い思いを腹に抱え帰宅した。

(けど次の戦が最後だ。それまでに何か大きな事が起こらないといいんだけど……)

 数日前から妙な予感を感じているミナトが僅かに視線を窓の向こうへと向ければ、見慣れた姿が屋根の上を飛んでこちらに向かっていることに気付く。

(あれは、シカク?)

 ミナトが気づいたことにシカクも気づいたのか、ちょっと顔出せと顎で伝えてくる。シカクが来たということは楽観視出来ない事態が起きたということだ。ミナトも気を引き締めるように僅かに顎を引く。

「クシナ、サスケにお茶淹れてあげて」
「うん。どこか行くの?」

 台所で湯を沸かしていたクシナにミナトが声をかける。その背後ではいつも通り子供たちがやかましく口論している。だがその姿を視界の端に収めつつ頷くミナトの表情は硬かった。

「シカクに呼ばれた。多分悪いことだ」
「分かった。気を付けてね」

 察しのいいクシナに目を細め、ミナトは「ちょっと出かけてくるよ」とナルト達に告げてから家を出る。

「シカク」
「新年早々たまったもんじゃねえぞ」

 降りしきる雪の中、シカクは白い吐息を零しつつ面倒くさそうに頭を掻く。一体何があったのかと先を促せば、シカクは三代目火影の顔岩を見上げながら口を開いた。

「木の葉丸が行方不明になった。モエギやウドンも一緒にな」
「何だって?!」

 ようやく先の戦の後処理が終わったというのに、次の戦のために準備を整える暇のなく火影の孫が行方不明ときた。次から次へと起こる問題にミナトの顔にも驚愕と共に焦りが走る。

「落ち着けミナト。こんなこと里の皆にバラすわけにはいかねえ」
「それは、そうだけど」

 だがいずれは露呈することだろう。
 何せ普段戦に出ない分、木の葉丸たちは一生懸命里の中を駆け回り、演習場で修行をこなしていた。その姿が見えなくなれば自然と不審に思う人間が出てくる。バレるのも時間の問題だ。

「と言っても、今更木の葉丸を誘拐しようっていう里は少ねえ。可能性があるとすれば砂隠だが、向こうさんがこんな不慣れな時期にこっちに来るとは思えん」
「ああ。幾ら忍とはいえ地理的にも季節的にもこちらに分がある。先の戦に勝ったからといって敵地で勝てると判断するほど向こうもバカじゃない」

 では一体誰が、と二人が視線を落とした所で、突如火影邸から派手な爆発が起きた。

「何だ?!」
「くっそ! 今年はとんとロクでもねえ正月だなぁ、おい! ミナト!」
「分かってる!」

 駆けだすシカクの掛け声に応えるよう、ミナトは飛雷神の術で火影邸の近くまで飛ぶ。

「くっ!」
「火影様!」

 爆風が降りかかり、別の屋根へと飛んだミナトの頬に一閃の傷が入る。

「はっ、まさかこんな簡単に火影の顔に傷がつけられるとは思わなかったねぇ」
「おいテマリ! 無駄口叩いてる暇ないじゃん! さっさとずらかんぞ!」
「分かってるよ! 風遁、カマイタチの術!」
「ちっ! 砂隠の忍か!」

 押し寄せてくる暴風に交じり、幾多の見えない刃が飛んでくる。それらから身をかわしつつ目を細めれば、風遁使いの扇の陰から見慣れぬ人形が顔を出す。

「ちょっとばかし大人しくしてて欲しいじゃん」
「毒ガスっ?!」

 人形の口が開いたかと思うと、途端に辺りに濛々と煙幕によく似た毒ガスが立ち込める。それから逃げるよう後退した途端、しまった、と目を見開いた。

「口寄せの術! 風遁、斬り斬り舞!」

 初めから風遁使いの目的はミナトではなかった。毒ガスから逃げようと駆けだした忍、または火影邸に残っていた忍たちの後始末を邪魔されないための毒ガスだったのだ。

「ぐっ……! 火影、様……!」
「大丈夫か?!」

 火影室から血塗れになった部下の一人が腕を伸ばす。そして駆けつけたミナトに、すかさず「申し訳ありません」と途切れ途切れに報告をする。

「さきの……会議の資料と、里の情報を、盗まれました……!」
「何?!」

 火影室にはまだ保管庫に移されていない会議での資料が残っていた。極秘任務の詳細や里の需要情報などは全て保管庫にあるが、きっとそれらもすべて盗まれていることだろう。
 ミナトは常になく焦りを感じ舌打ちを零すが、すぐさま共に駆けたはずのシカクの姿がないことに気付く。

(もしや今のは陽動? いや、あるいはシカクが陽動に捕まってるのかもしれない。どちらにせよ不味いな。こんな時期に乗り込んでくるなんて思ってもみなかった)

「ミナトー!」
「チョウザ! いのいち!」

 駆けつけてきた友人にミナトが視線を向ければ、ここは俺たちに任せろ、と背を押される。

「全く! これじゃあ俺の分のおせちが息子に食われちまう!」
「うちだって娘と穏やかに会話を楽しんでたんだ。まったく、いやになるね!」
「二人とも頼んだ! あとは随時判断してくれ!」
「了解!」

 怪我人やその場の収拾を二人に任せ、ミナトは消えた二名の侵入者とシカクを探すために里を駆け回る。

「とーちゃーん!!」
「ナルト?!」

 だがこれだけの騒ぎが起こったのだ。息子が出てこないはずがない。それを失念していたミナトは駆けてきた息子に思わず足を止めた。

「今の爆発は何だってばよ!?」
「悪い、ナルト、今は説明している暇がないんだ!」
「あ、父ちゃん!」

 色々と聞きたげなナルトの言葉を遮り、駆けだすミナトにナルトとサスケが顔を合わせる。その直後、背後から地面が割れるような地響きと共に「どけどけどけー!」と叫ぶ声が轟き、揃って肩を竦める。

「怪我人は何処だ! まったく、おかしいと思ったんだ! この私が賭博で勝つなんてな!」
「そんなこと言ってる場合ですか! 綱手様!」
「あ、綱手のばあちゃん!」

 ナルト達の後ろから駆けてきたのは、現在木の葉の医療を一手に担う綱手とその助手であるシズネだ。駆ける二人にナルトが着いて行こうとするが、すかさず綱手から「バカもん!」と一喝される。

「襲ってきたのはおそらく砂隠の忍共だ! こんなところで油を売っている暇があるなら早くミナトを追いかけんか!」
「お、おう! 分かったってばよ、ばあちゃん! ありがとな!」
「行くぞナルト! ミナトさんはあっちに向かった!」
「あ?! 命令すんなっつーの!」

 慌ただしくナルトとサスケがミナトを追うように駆け出し、綱手はシズネと視線を交わす。

「シズネ、あの子は来ていると思うか」
「分かりません。ただ奇襲にしては退くのが早すぎます。恐らく最小の人数で隊を組み、襲ってきたものかと」
「うむ。判断するにはあまりにも材料が少なすぎる、か」

 綱手は一人ごちながらも現場へと駆け、チョウザやいのいちが助け出した忍達へと視線を向ける。

「今から緊急治療を行う! 怪我人は全て運び出せ! 一人たりとも見殺しにするな! いいな!!」

 その頼もしすぎる援軍の声に、周囲にいた忍達は力強く「はい!」と返事をするのだった。