長編U
- ナノ -

思惑 -05-



 ミナトが国に向かっている間、先に国に忍んでいた自来也はやれやれ。と腰を叩いていた。

「まーったく。ミナトの奴、ワシにこんな重労働させおって。幾ら国は広しと言えど、若いお姉ちゃんたちと遊べんかったら意味ないぞ」
「相変わらずそんなこと言ってるのね、自来也」

 廃れた茶屋の一室で、茶菓子を頬張る自来也の前には懐かしい顔が座っていた。

「お前こそ相変わらずだのぉ、大蛇丸」
「まぁね」

 そう言って茶を啜っているのは、木の葉を抜けたはずの大蛇丸であった。

「しかしお前さんも国に忍び込んでいたとはな」
「私の場合はこれ以上戦争で貴重な資料を破壊されるのが嫌なだけよ。だから風の国にも顔を出してるの」
「ほお、お前さんがの」

 かつての仲間であり、今は追われる身となった大蛇丸ではあるが、自来也は気にした様子もなく頬張った茶菓子を噛み砕き茶で流し込む。

「で? 実際の所どうなんだ? 風の具合は」
「あまりいい状態じゃないわね。あちこちで亀裂が生じているし、民も貧困に喘いでいる。これだと国同士の戦が始まる前に内乱が起きるわね」
「どっちにしても風は終わりだの」

 色の薄い茶に顔を顰めつつ、答える自来也に大蛇丸も「そうね」と頷く。

「そっちはどうなの? 風に比べたらまだマシだと思うのだけど」
「まぁ資源がある分はの。だがあまり変わりはせん。民は重税に喘ぎ、物資が行き渡らない末端の地では毎日死者が出る。加えて先の戦での毒ガスの被害があまりにも大きい。殆どの軍人は息絶え、残った者も喉が焼かれ神経が麻痺し、まともに動ける状態ではない」
「五十歩百歩ね」
「状況は芳しくないのぉ、お互いに」

 大蛇丸が啜る茶も色は薄く、味も悪い。だがこれでもマシな方なのだと理解しているため、二人は文句一つ零さず飲み下す。

「――次が最後かしらね」
「多分の」

 おそらく次の戦が最後になる。これ以上は互いに不毛だと気付くだろう。

「そもそもなーんで戦争なんか始めるかのぉ。綺麗なお姉ちゃんを囲んで幸せに暮らせばよかろうに」

 痛んだ畳の上に寝転がり、天井を見上げながらぼやく自来也に大蛇丸が鼻で笑う。

「それで幸せを感じるのはあなたぐらいよ。多くの者は地位も名誉も金も土地も、全部欲しいんだから」
「傲慢だのぉ」
「それが人間という生き物よ。誰もがあなたみたいに煩悩塗れなのよ」
「言ってくれる」

 交わす軽口に互いに口の端を緩める。だが状況は双方共によろしくない。
 次の戦が最後となれば互いに全ての戦力をぶつけ合うことになる。そうなれば必然的に“例の少年”の存在が勝敗を分けることになるだろう。

「一尾の坊主はどうなんだ」
「さぁ。私は国に身を置いているからよく分からないけど、暴走している話は聞かないわね」
「そうか。九尾もクシナが何とか抑えてくれている。尾獣同士が戦えば戦争どころじゃなくなるからのぉ」

 ぼやく自来也の言葉を受けながら大蛇丸は飲み終わった湯呑を卓に戻し、「だけど」と言葉を続ける。

「どうにも精神状態が不安定なのが今でも危ぶまれているわね」
「一尾の人柱力故の、か?」
「それもあるわね。でも確か一尾の子はサスケくんやナルトくんたちと同じ年齢じゃなかったかしら? お年頃なのよ」
「おー、大事な思春期に戦争か。遣る瀬無いのぉ。その頃のワシはそりゃあもう、夜な夜な美人なお姉ちゃんと閨に入ることを夢見てだなぁ」
「はいはい。分かってるわよ、そんなこと」

 天に向かって怪しい手の動きを再現する自来也を一瞥することも無く、大蛇丸はそれを一蹴する。だがそんな塩辛い対応にも慣れているのか、自来也も特に何も言わず伸ばした手を床に落とした。

「数では風が有利か」
「物資や負傷者に対する待遇の面では火の国が有利よ。動ける数が多ければ勝てるというものでもないわ」
「五十歩百歩だの」
「そうね」

 やはり鍵を握るのは尾獣の力か。
 互いに口には出さずとも考えることは同じだ。

「――クシナには荷が重い」
「一尾の子もね。今は力を自在に操っているように見えるけど、その実あの子は完全に尾獣を操りきれていないわ」

 例え国に身を置いていたとしても砂隠の状況が耳に入らないわけではない。
 むしろ孤独を纏い、死神の如く他者の命を奪う我愛羅の危うい力を大蛇丸は決して見逃してはいなかった。

「九尾を自らの力である程度まで抑えることが出来るクシナの方が有利か」
「一尾が暴走すれば抑えてなんかいられないわよ」

 一度だけ大蛇丸は一尾の暴走を目にしたことがある。
 数年前から風の国に忍びこみ、砂隠の状況を確認しに行った際に丁度一尾が暴れまわっていたのだ。

「九尾とどちらが酷い?」
「暴れ方の容赦のなさで言ったら九尾かしらね。でも弱いわけじゃないわよ。一尾はちょっと遊び心が多いみたい」
「成程。尾獣にも個性があるというわけだの」
「そうなるわね。一尾と九尾を比較しただけだから正確な情報とは呼べないけれど」
「それでも十分だ。クシナと一尾の子供を抑えるにはな」
「抑止力、ね」

 クシナの抑止力は里の者の命だけではない。愛する夫であるミナトと、授かった子供であるナルト、両名の存在が強い。だが一尾の我愛羅にそれに値するほどの抑止力は残念ながら存在していなかった。

「人柱力の定め、か」
「そうね」

 尾獣を封印された者の多くは里の者から迫害され、忌み嫌われる。
 クシナにはミナトやミコトといった理解者が多くいたためそれほどではなかったが、我愛羅は違う。それを大蛇丸は情報として知っていた。

「そういえば、今ちょうど木の葉のくノ一が砂隠の捕虜になってたわね」
「何?! 何故それを早く言わん!」

 がばりと勢いよく身を起こした自来也に、大蛇丸は「しょうがないじゃない」と肩を竦める。

「だってもう随分前のことだから、てっきりあなたも知っているかと思っていたのよ」
「夜襲を受けたことは耳にしていたが、そんな話は聞いとらんぞ」

 顔を顰める自来也に大蛇丸は「そう」と呟く。

「でも先日砂隠の忍になったらしいわよ」
「はあ? どういうことだ?」

 意味が分からない。と疑問符を浮かべる自来也に、大蛇丸は「あくまで聞いた話だけど」と前置きしてから続ける。

「自分の意思で砂隠の忍になることを決意したらしいわよ。今では砂隠に大いに貢献している医療忍者だとか。そんな情報が来ていたわ」
「何? もしかしたらそれは第二の綱手かもしれんの」
「第二の綱手?」

 今度は自来也ではなく大蛇丸が首を傾ける。
 聞き慣れない名前にそうなるのも無理はないと思いつつ、自来也は綱手が育てていた幼い芽のことを掻い摘んで話した。

「成程ね。だとしたらその子の可能性が高いわ」
「こりゃあ益々面倒だのぉ〜」

 再び床に伏す自来也から視線を外し、大蛇丸は立ち上がる。

「それじゃあ私はお暇するわ。そろそろ戻らないと部下が探しに来てしまうから」
「おぉ。それじゃあの。気を付けて帰れよ」
「えぇ、あなたもね」

 かつては仲間であり、今は追われる身である。だが互いに国に忍び込んでいる間だけは情報を売り買いすることを条件に顔を合わせていた。

「ミナトめ、戦争が終わったら絶対にキャバクラに付き合わせてやるからの」

 ついでにナルトも連れて行ってやろうと、弟子の顔を思い出しながら自来也は目を閉じる。
 ミナトが到着し、共に会議に出る前に少しでも疲れた体を癒す必要があった。


 ◇ ◇ ◇


「どうでしたか? 大蛇丸様」
「そうね。お互いにいい状況じゃないことは確かだわ」
「そうでしょうね」

 大蛇丸を迎えに来たカブトと共に帰路を辿りながら、大蛇丸は先程聞いた話を思い出す。

「木の葉から来たくノ一、あなた知ってる?」
「ええ、勿論ですよ。春野サクラ。ナルトくんやサスケくんとチームを組んでいたくノ一です。最近では綱手さんの所に弟子入りし、医療忍者として戦場に出ていたはずですよ」
「成程ね。だとしたら綱手の耳に入るのも時間の問題ね」

 己の弟子が敵里に寝返ったと知ったら、あの気丈なお姫様はどんな顔をするかしら。
 ほくそ笑む大蛇丸に、カブトは「春野サクラの事を調べておきましょうか?」と口にする。

「ええ、そうね。もしかしたら一尾の抑止力になってくれるかもしれないし」
「一尾の、ですか?」

 一尾の人柱力と木の葉のくノ一に何の接点があるのだろうか? 首を傾けるカブトに大蛇丸はただ笑う。

「どうなるかなんて分からないわよ。男と女なんて」

 そう言って笑う大蛇丸に、あなたは性別不明ですけどね、とカブトは心中だけで付け足すことにした。