思惑 -02-
その後も途切れ途切れに言葉を交わしながら出来た料理を皿に盛り、机に並べ、互いに向き合うようにして座す。
「いただきます」
手を合わせるサクラの前にはじゃがいもと玉ねぎの味噌汁、それから余った具材と干し肉を拝借し作った炒め物が並んでいる。
対する我愛羅はサラダと炒り卵、そしてサクラ同様干し肉を切ったものをパンに乗せていた。
(やっぱりお母さんが作った方が美味しいなぁ)
改めて母の味を恋しく思いつつ湯気の立つ味噌汁に口をつけるサクラの前では、我愛羅が刻んだトマトと一緒に葉野菜を頬張っている。
サクラは対面から聞こえてくる野菜の弾ける音を耳にしながら、我愛羅に向かって「ねぇ」と再び声を掛ける。
「どうしていつも食事は一人なの?」
例え台所を使うのが別々だとしても、家族なのだから共に食卓を囲めばいいのに。ずっと疑問に思っていたことを問えば、我愛羅は咀嚼した物を飲み込んだ後に口を開く。
「何故」
「え?」
問いに問いで返され狼狽えれば、何故そんなことを聞くのか。と問い返され、言葉に詰まる。
「だって、一緒に住んでるのに別々なんて……何か寂しいじゃない」
私が、じゃなくてテマリさんやカンクロウさんが、なんだけど。
とは心中だけで付け足し、そう答えれば我愛羅は数奇なものを見るような眼差しを向けてくる。
「一人で食べるよりも二人で食べる方が美味しいよ?」
「味は変わらん」
「気持ちの問題よ。食事ってね、一人だと味気ないのよ」
サクラとしては至極当然の理由なのだが、我愛羅はいまいちピンと来ていないようだ。相変わらず妙な表情をしてサクラを見ている。だがその視線はすぐさま手元へと落とされた。
「……俺がいたほうが、不味いだろう」
何て寂しいことを言うのだろう。
想像以上に自虐的な男の言葉に驚くが、それでも更に踏み込んでいく。
「どうしてそう思うの?」
「……何故そんなことを聞く」
ついに怪訝な表情になり、僅かにきつくなった双眸を見返しながらサクラは「だって」と自身が作った炒め物に手をつける。
「例え失敗したものでも誰かと一緒に食べたら少しはマシに思うもの」
「それは貴様の舌が麻痺しているだけだろう」
「失礼ね! 麻痺なんてしてないわよ。そりゃちょっと、味付け失敗しちゃったけど」
我愛羅の皿に盛られたのとは違う、所々焦げ目がついた野菜を突いていれば我愛羅は嘆息する。
どうやらサクラに対し抱いた僅かな警戒心を解いたらしい。
「味付けなど回数を重ねればどうとでもなる。貴様は経験が足りないだけだろう」
そう言ってパンを頬張る我愛羅にサクラは僅かに目を見開き、少し視線を彷徨わせた後「もしかして」と呟く。
「今、フォローしてくれた?」
「寝言は寝て言え」
「もう! さっきからあなたって本当失礼ね」
むすったれるサクラを見ることも無く、我愛羅は黙々と食事を続ける。美味いとも不味いとも分からぬその表情を見やりながら、サクラは再度言葉を紡ぐ。
「料理は得意なの?」
「別に」
「じゃあどんな食べ物が好き?」
「……何故そんなことを聞く」
一つ聞けば答えてくれる。二つ聞けば切り返される。
サクラは疑い深い我愛羅の視線をまっすぐと受け止めながら、冷めつつある味噌汁に口をつける。
「だって私、あなたのこと何も知らないもの」
「知ってどうする」
まるで野生動物のような剣呑な光を帯びていく瞳を見返す。
だが不思議と恐怖は感じなかった。
「理由がないと聞いてはいけないの?」
サクラの問いかけに我愛羅は黙るが、すぐさま「俺には」と返す。
理由がなければ相手の言葉を受け止める体制自体整えられないのだ。この男は。
「そうねぇ……。じゃあ敢えて理由をあげるとするなら、あの宝石をくれたから。かしら?」
ラピスラズリの宝石。
小さな夜空を閉じ込めたその宝石は、確かにサクラの瞳を奪っていた。
「……アレは……貴様に押し付けただけの代物だ」
一瞬言葉に詰まったように見えた我愛羅ではあったが、それでも常と変らず無感情に言葉を紡ぐ。だが確かに泳いだ視線と、不自然に開いた間には違和感があった。
「それでも私は嬉しかったわ。宝石なんて貰ったことは勿論、見たことだってなかったもの」
それはまごうことなき事実だった。
忍が宝石を持つことは少ない。光物は夜の行動には邪魔だし、そこまで高価なものを買えるほど給料も高くない。それに加え、宝石は国のお偉い方が財を見せつけるためにつける物だ。
ずっとそう考えてきたサクラではあったが、そうではなかった。本物を目にしてようやく分かったのだ。
本当に美しいものは貴賤問わず人の心を惹きつけ、魅了してしまうものなのだと。
「例え押し付けだったとしても、私には関係のないことだわ」
「……それが何故俺に対する過剰な質問の羅列になる」
歪曲した解釈の仕方に思わず苦笑いが出そうになるが、サクラはどうしてかしらね、と曖昧に答えた。
「私があなたを知りたいと思うのに理由がいるの?」
「理由がない行動など信じられない」
「じゃあその理由をはっきりさせれば、あなたは私のことを信じてくれる?」
「…………」
心の底から誰かを信じたことがない。あるいは裏切られることを恐れている。
テマリの話と我愛羅の会話の運び方からそれが分かった。
案の定我愛羅はその問いに対しすぐに言葉を返すことができず、自分の中で答えを探しているようだった。
「ねぇ、もし今の私の言葉が信じられないなら、これから少しずつでもいいから私と話して」
「……意味がわからん」
困惑。
我愛羅の表情は珍しく確かな感情をサクラに伝えていた。それだけでも何か進歩した気になる。
「だって一緒に住んでいるんだもの。あなたのことを何も知らないのは、何だかすごく寂しいわ」
例え目の前で仲間を殺した男であったとしても。
現状我愛羅のことを理解しておくのは得策であるように思えた。いつか木の葉に戻れる時が来た時の為にも。
「…………」
視線を彷徨わせる我愛羅にサクラも口を噤む。が、いつまで経っても返事が来ない。かといってこのまま二人して黙り込むわけにもいかず、サクラは「じゃあ」と気を取り直して人差し指を立てる。
「あなたの料理、一口頂戴?」
「は?」
先程の会話と一変した内容について行けないのだろう。
眉間に深い皺を寄せる我愛羅に「交換よ」とサクラは自身の少し焦げている炒め物を差し出す。
「全部じゃなくていいから、一口分だけ頂戴。それから私の分も一口、あなたにあげるわ」
「失敗したものを俺に食わせるつもりか」
胡乱気な表情にすかさず「失敗じゃないわよ!」と言い返す。
「ただちょーっと火加減を間違えただけよ」
「それを俗に失敗と呼ぶんだろう」
「揚げ足取りねぇ」
頑なにサクラの申し出を断ろうとする我愛羅に、サクラは「大丈夫よ」と胸を張る。
「一緒に作ったんだから、毒が入ってないことは分かるでしょ? だったら食べたところで死なないわよ」
「……だが……」
他人の作った料理を受け付けない。
そんなことは百も承知だ。だが、だからこそ、サクラは我愛羅に料理を進めていた。
「少しずつでいいわ。私に慣れて」
そう言ってサクラが頬を緩めれば、我愛羅は動揺したように視線を彷徨わせた後、悩むように視線を落とした。
「……今は……まだ……」
信じきれないのだろう。
幾ら自身がサクラを砂隠の医忍にしたからといって、心の底から信用するにはあまりにも関係が浅すぎる。
だからサクラも未だ我愛羅に対し、心の奥底では憎い思いを抱いている。
「今はまだ無理でも、いつか私のことを信じて」
そうすればきっと、いつか木の葉に戻れるかもしれない――。
サクラの思惑は決して我愛羅にとって兆しと言えるようなものではなかった。だが我愛羅がそれに気付くことはない。
何せサクラは我愛羅の心の隙間に狙いを定めているのだから。
「…………」
言葉は返って来なかった。
だが僅かに顎を引き、頷いたように見えた我愛羅にサクラは笑みを浮かべた。
サクラの言葉は守鶴の言う通り、確かに我愛羅の心の隙間に入り込んだようだった。