長編U
- ナノ -

仲間 -03-



 来訪者は薬を受け取りに来た患者の親族で、サソリは薬を調合するとそれを手渡した。そして入れ替わるようにして病院に赴いていた薬剤師や傀儡師たちも施設に戻ってくる。
 結局サクラは“一尾の暴走”については聞けぬままその日の業務を終えることになった。

「おっ? おい、小娘。噂の坊ちゃんがお迎えに来たみたいだぜ」
「え?! あの人何出歩いてんの?!」

 部屋の掃除をしていたサクラが慌てて駆けつければ、相も変らぬ仏頂面が玄関先に用意してある椅子に腰かけていた。
 まったく、つくづく人の言うことをきかない男だ。サクラが心の底から呆れていると、サソリがカラカラと笑いながら我愛羅に近づき隣に腰かける。

「よぉ、坊ちゃん。ちゃんと薬は飲んだんだろうな?」
「当前だ。命令には従う」

 ぼそぼそと聞こえてくるやり取りは細部まで聞き取ることは出来ない。だがサクラには関係ないことだと割り切り、掃除用具を仕舞うと急いで帰り支度をし、薬師たちに挨拶を交わしてから部屋を出る。

「ったく、相変わらず頑固なお坊ちゃんだぜ。一体誰に似たんだか」
「知らん。あと俺のことは放っておけ」

 一段落したのだろう。サクラに気付いたサソリが振り返ると同時に我愛羅が椅子から立ち上がる。

「帰るぞ」
「あ、はい」

 足を負傷しているとは思えない、平素と変わらぬ命令口調と威圧感に思わず尻込みする。そんなサクラを見かねてか、それとも単にツボにでも入ったのか。すかさずサソリは吹き出し、肩を震わせる。

「おいおい、坊ちゃん。小動物には優しくしてやんねえと嫌われるぜ?」
「うるさい。無駄口を叩く暇があるなら傀儡の一つでも作成していろ」
「へいへい。手厳しいことで」

 ギロリと睨む我愛羅の視線も意に介さず、サソリは軽く両手を上げると立ち上がる。

「じゃあな、小娘」
「はい。お疲れさまでした」

 去り際、サクラの肩を軽く叩いてからサソリは歩き出す。それに対し会釈を返していると、我愛羅に「もう行くぞ」と急かされる。
 慌てて小さな背を追い外に出れば、砂嵐が去った後だからだろうか。存外穏やかな夕暮れが広がっている。頬を撫でていく穏やかな秋の風に無意識に目を細めれば、我愛羅がゆっくりとした足取りで数歩先を歩いている姿が目に入った。

(――一尾の人柱力、か)

 自分とそう身長の変わらぬ体の奥深くに、サクラの想像を超える存在が眠っている。果たしてそれはどんな存在なのか。
 封印されるぐらいなのだからきっと恐ろしいのだろうと予測しながら、サクラは相変わらず片足を引きずって歩く我愛羅の背を追い掛けた。


 ◇ ◇ ◇


「おかえり。我愛羅、春野」
「はい。ただいま戻りました」

 鉄扇の整備をしていたテマリに声を掛けられ、頷くだけの我愛羅の代わりにサクラが頭を下げる。そんなサクラ対しテマリは「昨日は大変だっただろう」と苦笑いする。

「あんな男所帯に詰め込まれて、変なことされなかったか?」

 テマリのからかうような言葉に「何もありませんでしたよ」と苦笑いを返す。
 三月も立てば、流石に女同士。テマリとはそれなりに打ち解けることが出来ていた。それが余計にサクラの夢見を悪くしているのだが、現状サソリと同じくサクラの身を案じてくれているのは同じ女性であるテマリだけだ。

 特に月のモノが訪れた時などはよくしてくれている。
 何せ砂漠の夜は冷える。しかも地下牢に設えられたベッドは鉄製だ。ただでさえ冷たく硬いベッドが更に冷やされるのだ。もはや睡眠ではなく永眠になってしまう。当然そんなものの上に体を横たえて眠ることなど出来るはずもなく、サクラは寒さのあまり思考能力が低下した頭で何度も「舌を噛みきって死んでやろうか」と考えたものだ。
 そんな時テマリが厚手の毛布を持ってきてくれたのだ。それが本当にありがたく、それ以来サクラはテマリに対し意識を変えた。
 ずっと敵だと思っていたテマリもただの女性だということを改めて認識したのだ。

 実際テマリはサクラ同様月経が身に重い方であった。だからこそ寒さが身に堪えることを知っており、噛み合わぬ歯を鳴らし蹲るサクラに非道な態度をとれなくなっていた。
 しょっちゅう『砂隠の忍は木の葉ほど甘くはない』と口上するテマリではあるが、脅されているとはいえ堅実に働くサクラに警戒心は薄れつつある。それ故か今ではサクラをからかう言葉も口をついて出てくるようになり、二人は一般的な『先輩・後輩』のような関係になりつつあった。

 そんな女二人の軽口を聞き流しながら、我愛羅は自室へと続く階段へと体を向ける。だがテマリに名を呼ばれ、緩慢な動作で振り返った。

「何だ」
「急な話で悪いんだが、今夜私とカンクロウがそれぞれ夜営に出ることになったんだ。家のことは任せてもいいかい?」
「構わん」

 簡素な返事ではあったが、我愛羅の答えにテマリは頷くと調整を終えた鉄扇を背負い、靴を履きなおす。

「それじゃあ今から夜営の準備に取り掛かってくるから。春野の夕餉は用意してある。我愛羅、後で持って行ってやってくれ」
「いいだろう」

 我愛羅の返事を聞いたテマリは「それじゃあ行ってくるよ」と片手を上げて家を後にする。その背を二人して見送った後、サクラは牢へと続く階段を我愛羅に連れられ下りたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜のことだ。
 サクラは冷えた大気に体を震わせながら毛布に包まっていた。
 何度も言うが鉄のベッドは冷たく硬い。それこそ体温を根こそぎ奪うかのように冷え切っている。そんな物の上で眠れるはずがない。いっそのこと地面で寝た方が遥かに暖が取れるだろう。
 サクラは今日も噛み合わない歯を何とか食いしばり、生温い呼気であたためた毛布で頭のてっぺんから足先まで包まって蹲る。だが依然として寒さが緩和される気配はない。そんな冷えきった地下牢の暗闇の中、徐々に一つの足音が近付いてくる。

「……寒いのか」

 硬い寝台の上で震えるサクラに気付いたのか、見回りに来た我愛羅が端的に尋ねる。それに対しサクラが頷けば、我愛羅は「そうか」と一言零してから何処かへと消えて行く。
 一瞬毛布でも取りに行ってくれたのかと期待したが、果たして我愛羅がそこまで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのか。何せ人間不信の男である。他人の体が、それこそ単なる捕虜であるサクラに興味があるとは思えない。
 それよりも今は少しでも暖を取るべきだ。そう考えなおし、改めて冷えた手足を擦り合わせて熱を起こす。だが体は一向に暖まる気配はなく、このままだと本当に凍え死ぬのでは? と不安を覚えたところで忘れていた足音が戻ってきた。

「おい」

 格子前で止まった足音に気づいてはいたが、体をあたためることに必死で意識を向けていなかった。呼びかけに答える力もなく、ただ震えていると鍵を開ける音が辺りに響く。
 そしてすぐさまサクラの体に、柔らかく重量のある毛布が投げ出された。

「足りるか」
「ん……だい、じょうぶ……」

 まさか本当に毛布を取りに行ってくれたとは思っていなかった。驚きつつも震える声で答えれば、我愛羅はすうと目を細める。それを横目で見つつも、かじかむ指先で投げ出された毛布を掴み上げる。そして次の瞬間、存外近くに立っていた我愛羅が突然サクラの手を取り握りしめてきた。

(え?)

 寒さにかじかみ感覚が鈍くなった指先では、我愛羅の手に力が込められているのかどうかすら分からない。だが特に危害を加える様子はなく、一体何なのかとじっと見つめていれば、我愛羅は数度瞬いた後その手を離した。

「……早く寝ろ」
「あ、うん……。ありがとう」

 毛布を持ってきてくれたことに対し改めて礼を述べ、のろのろと離された指先で毛布を掴む。だがその緩慢な動きに焦れたように我愛羅は舌打ちすると、投げつけたばかりの毛布をサクラから奪い取り、その体に掛けてきた。
 不器用ではあったが、彼なりに心配でもしてくれたのだろうか?
 サクラは今までにない行動に驚きつつも、すぐさま牢から出て行った我愛羅の足音と、ランプの淡い揺らめきを眺めながら毛布に鼻先まで埋めてぐるりと包まる。

 ――毛布からはサクラが長年使って来たものとは違う、知らない家の匂いがした。

 不安と寂しさに包まれる夜。虚しい現実と、悪夢に魘される夜。
 だがその日は仲間が死ぬ夢も、死んで逝った仲間たちに「裏切り者」と罵られる夢も見なかった。本来ならば安心するはずの朝なのに、何故だかとても不安だった。


 まるでもう二度と自分の居場所に戻れなくなるような、そんな漠然としつつも大きな不安を抱えた朝だった。


 ◇ ◇ ◇


 そんなやり取りがあったにも関わらず、あれから特に我愛羅の態度が変わったということはない。相変わらず無感情な男の監視下の下、虚構に満ちた、張りぼてのような穏やかな日々を過ごしていた。

 ――しかしそれも己の意図や願いに構わず戦争によって蝕まれていく――。

「春野。急な話だがお前にも戦場に出てもらうことになった」
「え?」

 捕虜になって半年が経った。冬の寒さが沁みる頃、地下で講義の準備をしていたサクラにテマリが疲れた顔で言い放つ。
 一体どういうことかと顔をあげれば、テマリもカンクロウも、そして足の怪我が完治した我愛羅も全員戦で出払うことになったのだ。そのせいでサクラを監視する者が一時いなくなるため、仕方なくサクラも戦場に連れて行くことが決定したらしい。

「と言っても私たちは姉弟でスリーマンセルを組んでる。私と我愛羅が第一前線、カンクロウたちの傀儡部隊が誘導係として先陣を切ることになっている」
「じゃあ、私も第一前線に行くことになるんですか?」

 問いかけるサクラにテマリは頷く。
 しかしサクラは第二前線までしか出たことがない。第一前線に出たところで果たして役に立てるのだろうか。疑問を抱いていると、その考えを読んだかのようにテマリが説明を続ける。

「春野、お前は我愛羅と共に行動しろ。我愛羅には絶対防御がある。少なくとも命に係わる怪我はしないだろう」

 ――絶対防御。
 確かに我愛羅の絶対防御は心強いものではあるが、先の戦で火縄銃により足を貫かれたことを知っている。そんな戦場で本当に生き残れるのか。正直不安ではあったが、拒否権のない自分はただ頷くしかない。
 我愛羅たちに殺されるのも嫌だが、火縄銃に当たって死ぬのもご免だ。ならば何としてでも生き残らねば。
 じっとりと汗ばむ掌を握りしめ、無意識に唇を噛んだところで聞き慣れた足音が上方から降りてくる。

「準備はできたか、テマリ。女」

 下りてきたのは我愛羅だ。その背にはいつもの如く瓢箪が背負われており、首には襟巻が巻かれている。
 どうやら迎えに来たらしい。二人は頷き、揃って地下を出る。
 日中の寒さは木の葉よりマシとはいえ、季節柄空気は冷たい。そして今日は圧し掛かってきそうなほどに厚く重たい雲が空を覆っている。

「雪が降るかもしれないね」

 テマリの言葉にサクラも頷く。積もるかどうかは分からないが、多少は降るだろう。雪で視界が悪くならなければいいが。そんなことを考えつつテマリに貸してもらった外套の首元を留めようとしたところで、我愛羅の腕が音もなく伸びてきた。

「忘れるなよ、女」
「何、を?」

 白い首筋に這わされた指先が、そっとサクラの喉を辿り服の上から鎖骨まで降りてくる。
 反射的になぞられた首を少しばかり反らせば、我愛羅の指先が左胸の少し上、心臓より僅かにずれた位置で止まる。
 途端に心臓を直接握られたかのような緊張感に襲われるが、引き攣りそうになる声音でどうにか返答する。だがサクラを見つめる瞳は半年前と同じようにどこか薄暗く、濁って見えた。

「もし隙を見て逃げようとすれば、呪を開放し貴様を殺す」
「……分かってるわ」

 左胸にある――心臓に施された死を呼ぶ呪印。
 それを忘れたわけではないだろうなと遠回しに問いかけられ、サクラは勿論だと頷き一歩足を引く。

「でも私はあなたたちよりも弱い。敵の術や、火の国の武器で死ぬ可能性だってあるわ」
「案ずるな。貴様の命は俺が預かっている。死なせはせん」

 我愛羅はそう言い切るとサクラの体から手を離し、「行くぞ」と告げ、冷えた大気を切るようにして砂の大地を駆けだす。それに続くようテマリに背を押され、サクラは小さな背を追い掛けた。

 半年ぶりに砂隠の里を出たにも関わらず、何の感慨も抱かぬ出立だった。


 ◇ ◇ ◇


 数刻後、辿り着いた戦場では未だ開戦の狼煙は上がっていなかった。
 だが第一前線の手前に張られていたテントでは既に砂隠の忍たちが待機している。中に入れば、途端にピリピリとした、肌を刺すような緊張感に襲われる。それこそ今すぐにでも胸ぐらをつかまれ、理不尽な怒りと共に拳が飛んできそうな程に鋭利な――けれどどこか籠った熱のようなものを感じた。

 それでも方々に目を向ければ、武器を研ぐ者や、クナイや手裏剣に毒を塗ったり、精神統一をしている者もいる。他にも武器の点検をしている者や、巻物を眺めている者もいた。
 だがいずれにせよその表情は険しく硬い。その一触即発とも呼べる空気の中、我愛羅の手がサクラの腕を掴み現実に引き戻す。

「女。俺から離れるな」
「あ、うん。ごめんなさい」

 あの夜以来触れられていなかった手の平の感触が、今度ははっきりと伝わってくる。身長はサクラと大して変わらないが、その手は存外大きく渇いている。だが成長期であるにも関わらず栄養が足りないのだろう。指は細く骨ばっていた。
 それでもサクラと違い骨は太い。れっきとした男の手だと、訳もなくそう思った。

 その後暫くの間何をするでもなく二人してテントの隅で待機していると、突然サクラの頭上に冷たい雫が数滴落ちてくる。しかし雨など降っていない。つまり雨漏りではないということだ。
 訝しみつつも顔を上げ、雫の出所を探るように目線を向ける――と同時に、そこにあった物体にヒュッ、と息を飲んだ。

 何故ならサクラが見上げた先には、テントを支える細い支柱の上に、まるで蜘蛛のように手足を広げ、生気のない虚ろな瞳でサクラを見下ろす傀儡がいたのだ。驚くなという方が無理な話である。
 そして実際、サクラは青褪めた顔で甲高い悲鳴を上げる。

 当然ながら隣から発せられた突然の悲鳴に我愛羅は心底驚いた顔をし、テント内にいた忍達も何事かと腰を浮かせ臨戦態勢に入る。だがそんなサクラの絶叫とは裏腹に、楽しげな笑い声がテント内に響いた。

「ぶわはははは! 小娘ェ、お前ビビリすぎだろ!」

 ヒーヒーと目尻に涙を浮かべながらテントに入ってきたのは、名目上はサクラの上司である赤砂のサソリだった。
 その姿を視認した途端、まさかと思い再度頭上を見上げる。正直内心ではまだ震えていたのだが、腐っても忍。恐る恐る見上げた先にあったのは、精巧に出来た傀儡がパカパカと笑うように口を開閉している。それはサソリが僅かに指先を動かしただけで音を立てながら地面へと着地し、あっさりと沈黙した。

「く、傀儡……?」
「貴様……」

 隣に立つ我愛羅の腕にしがみつき、必死に立っていたサクラにサソリは「よう」と悪気無く片手を上げる。
 年甲斐もなく悪戯を仕掛けるロクでもない男の、その悪趣味極まりない悪戯に我愛羅が剣呑な瞳を向ける。だが当のサソリにはちっとも利いておらず、「そう怖い顔すんなって」と軽く流して傀儡を巻物へと仕舞う。

「そこの小動物がビクビクしてたもんでな。心優しい俺様がリラックスさせてやろうと思ったんだよ」
「どこがリラックスですか! 寿命縮まったじゃないですか!」

 茶化すサソリにサクラが全力で怒るが、相手は悪びれた様子もなく「そう怒んなよ」と軽く口の端を上げるだけだ。そんな男にサクラは更に怒りを募らせるが、我愛羅から「おい」と声を掛けられ視線を戻す。

「女。いつまで俺の腕を掴んでいるつもりだ」
「え?」

 苛々とした様子の我愛羅に睨まれ、無意識に視線を落とせば己の片手がひしと我愛羅の腕を掴んでいることに気づく。すかさず手を離せば、後ろからヒューヒューと場にそぐわぬ冷やかしが飛んできた。

「何だぁ? 俺様は恋のキューピッドってかぁ? よかったなぁ、坊ちゃん。ハニーの誕生だぜ?」
「貴様、いい加減にしないと本気で一生その口黙らせるぞ」

 最高潮に機嫌の悪い我愛羅にサソリは軽く笑うが、サクラの顔は真っ赤になったり真っ青になったりと忙しい。
 咄嗟のこととはいえ、サクラは我愛羅の腕を掴んでいた。振り払われたり防御が動かなかったから助かったものの、もし我愛羅の絶対防御が動いていたら今頃サクラの腕はお陀仏だ。もしやある程度自分で制御できるのだろうか。
 考えながらも未だに我愛羅にちょっかいをかける命知らずな男を眺めていると、一通り揶揄って満足したのだろう。サソリは目尻に浮かんだ涙を拭いながら一枚の地図を取り出す。

「よぉーしお前ら。今から俺たち傀儡部隊が敵の錯乱に入る。それからの作戦はもう聞いてるな?」

 どうやら今回の戦の指揮はサソリが取るらしい。
 あまり大きくないテント内に設えられた簡易机の上に、サソリが広げた地図を囲むように皆が顔を揃える。サクラもそれに混じるように我愛羅の背にある瓢箪に手を乗せ地図を覗き込むが、すぐさま気付いたサソリから「おい」と額を弾かれた。

「お前は捕虜なんだから大人しくしとけ」

 諌められたサクラはしゅんと肩を落とし、仕方なくテントの隅に腰を下ろして膝を抱える。
 幾らサソリの部下として働いていたとしても所詮は捕虜だ。砂隠の一員でない限り細かなことは教えられないのだろう。
 サクラはまるで暗号のようなやりとりをするサソリと我愛羅の背を眺めながら、ゆっくりと目を閉じる。

(サスケくん……ナルト、カカシ先生……。――お母さん)

 皆は今頃どうしているだろうか。サクラの死を聞き、少しは悲しんでくれただろうか。母親や、いのは、皆は、今も無事なのか。
 一切の情報が入ってこないサクラには木の葉がどんな状況なのか分からない。だがもしこの戦場でサスケやナルトに出逢うことが出来れば――もしあの二人が我愛羅を倒し、自分を救ってくれたならば。それは――どれだけ幸せだろうか。
 そんな叶わぬ妄想を描きながら、サクラは抱えた膝の間に顔を埋める。

 ――周囲の声はどこか遠い。
 まるで自分と彼の心の距離のようだと、振り返らぬ小さな背中を思い出しながらぼんやりと考えたのだった。