事件 -04-
アカデミーの備品倉庫で爆発が起きたことはすぐさま里中に知られることになった。だが現場にいない者たちはこれが『同盟』を結んだ砂隠による攻撃なのか、それとも他里からの襲撃なのかが判断出来ずに動揺が走る。
そんな中里外に出ていたカカシ達七班はアカデミーに向かって駆けていた。
「どこのどいつだよ! アカデミーを狙った奴らは!」
「それを今から確認しに行くんでしょーが。ナルトはちょっと落ち着きなさい」
「でもカカシ先生! 今日はサクラちゃんもアカデミーにいるんだろ?! 危ない目にあってたらどうするんだってばよ!」
「そうだぜ、カカシ。幾ら砂漠の我愛羅がいるとしても、だ。砂隠の連中にとって木の葉は地の利がない。サクラと連携を取ろうにも情報が不足してるだろ」
サスケの言い分にナルトも「俺もそれが言いたかったってばよ!」と追従しては「嘘つけ」と突っ込まれている。勿論二人の懸念も分からなくはなかったが、今日はミナトとシカクも同伴しているのだ。加えて砂隠の上忍も二人いる。
同盟を組むための会議に護衛として参加していたカカシは、今更砂隠が同盟を反故するとは思えなかった。
(とはいえ、向こうにも同盟反対派はいるだろうし、こっちの過激派が仕掛けてきた可能性もある。どちらにせよ外交問題に発展するなぁ……。面倒なことしてくれちゃって)
一言に『外交』と言っても様々な分野がある。今回の件で言えば『どちらの忍が仕掛けたか』によって対応も求めるものも変わってくる。一番は木の葉でも砂隠でもない『他里の人間』であればいいのだが、ここ数年木の葉に仕掛けてきたのは砂隠だけだ。
勿論戦争によって勢力が弱まっている“今”を狙ってくる輩がいないとは言えない。どちらにせよ頭が痛い問題だ。カカシが溜息を零しかけた瞬間、また新たにアカデミーから煙が上がる。
「クッソ! 今度はどこだ?! まさか校舎じゃねえだろうな?!」
「木の葉丸たちもいるっつーのに、父ちゃんは何やってんだってばよ!」
年下の友人が心配なのだろう。父親を詰る言葉を零すナルトではあるが、カカシの表情は先よりも険しくなる。
何せミナトとシカクがいる場でこれだけの騒ぎを起こしたのだ。明らかに“過激派”――しかも現火影であるミナトに対し良感情を抱いていない者たちの仕業でもある可能性が出て来た。これは『砂隠』ではなく木の葉の、身内からの“宣戦布告”とも取れる。
もしこの件により砂隠が木の葉を疑うようであれば、ようやく訪れた平和が再び崩れることを示唆する。それが狙いなのか。それとももっと別の何かがあるのか。
とにもかくにも急がなければ。カカシ達は殆ど目と鼻の先にあるアカデミーに向かって走り抜けた。
◇ ◇ ◇
一方ミナトはと言うと、黒煙を上げる倉庫に水遁の術を使って火消しを行う教師陣に指示を出していた。
「状況報告! もう一つの倉庫の場所と被害状況は?!」
「火影様! 二度目の爆発が起きたのは下級生たちが授業に使う道具が仕舞われた第二倉庫でした! 火薬倉庫への被害、及び危険性はありません!」
「じゃあさっさと火消しを進めるぞ! ミナト!」
「ああ、任せたよ、シカク!」
二つの倉庫を爆発した人物を追うべく屋根の上に飛んだミナトは、自分よりも早くそこにいたサソリの隣へと並ぶ。こんな状況でなければサソリからは嫌そうな目を向けられたことだろう。だが常よりも鋭い視線は現在我愛羅たちの前に立つ数名の忍へと向けられていた。
「おい、火影。あいつらに見覚えはあるか」
「後ろ姿だけでは何とも」
「だろうな。だが一人だけ見覚えがある」
サソリが指を向けたのは、我愛羅たちから見て一番右側に立っていた一際背の高い、体格に恵まれた男だった。短く刈られた黒髪に、背負う獲物は普通の刀より大きい。薙刀よりは短いが、脇差よりは長い。分類としては太刀だろう。しかし『忍ぶ』ことを生業とする者が持つにしては珍しい武器だ。そうそう見受けられるものではない。
「元霧隠の抜け忍――“桃地再不斬”の背格好に似てはいるが、アイツが使用していた獲物とは異なるから別人だな」
サソリは見た目の割に様々な場所で様々な任務をこなしてきたベテランだ。時には抜け忍や手練れと遭遇し、衝突することもある。その時に一戦交えた男を思い出すが、『獲物』の形状からして別人であると断定した。
では一体どこで見たのかとミナトが続けるよりも早く、サソリは忌々しげに目を細めて記憶を辿る。
「アイツを見たのは戦場だ。それも――ようやく終わった戦争で、な」
「――ッ!」
それを指す所はつまり、あの男は“木の葉の者である”ということだ。砂隠の者であればサソリはこんな回りくどい言い方をせず、名前を口にしただろう。
だからこそ息を呑むミナトに、サソリは鋭い視線を向ける。
「事と次第によっちゃあ外交問題だぞ。火影」
「……分かっているよ。全力を挙げて捜査し、捕獲する」
「ハッ! たりめーだ。テメエんとこのアホの尻ぐらい、テメエらで拭いやがれ」
とはいえいざ飛ぼうとした矢先、男たちは煙幕を使って散り散りになる。一体何をしに行ったのか。器用に片方の眉を跳ね上げつつ、サソリは取り出した傀儡でタイミングよく飛び込んできた一人の忍びを捕獲した。
『うぐっ!』
「おおっとぉ、いっけねぇ。俺としたことがつい手を貸しちまった。火影ぇ、この借りはでかいぞ?」
「はは……。お手柔らかに頼むよ」
幾らカラス・クロアリ・サンショウウオをカンクロウに譲渡したとはいえ、サソリの傀儡は多岐に及ぶ。クロアリ以外にも捕縛用の傀儡など数えきれないほど所持しているのだ。そのうちの一体を使い、サソリは逃げようとしていた忍を見事キャッチしていた。
『クソッ! 出せ! 出しやがれ!』
「はっはー! 出せって言われて素直に出す馬鹿がいるかよ。出たけりゃ自力で出るんだなぁ。間抜けな襲撃者さんよぉ」
『テメエ! この野郎! 出しやがれ!!』
ガンガンと、傀儡の内側から激しく抵抗する音が響く。しかし木製で出来ている傀儡にしては耐久度が抜きんでており、壊れる気配は微塵もない。
事実刃物を使って、あるいは何らかの術を使って抜け出そうとしているのだろう。閉じ込められた男は幾度となく暴れているが、傀儡は壊れることもなければミシリ、とした嫌な音を立てることもなかった。
しかしここで殺しては情報を得られない。サソリは早速お得意の『煽り作戦』に出ることにする。
「よォよォ、落ち着けよ。間抜けなドブネズミさんよぉ。まずはお兄さんと仲良く話し合いといこうぜ」
『ふざけるな! この! 砂隠のクソ共が!』
「ドブネズミにクソって言われるのはちょっと癪だな」
『誰がドブネズミだ!』
男の声は思ったより高い。精々我愛羅たちの少し上――十七、八ぐらいだろう。サソリは傀儡に片腕を置き、呑気に体重を掛けながら男の悪態に欠伸を零す。
「ふぁ〜、ねっみ。んで? 何だってこんな馬鹿げたこと企てたんだ? お前らがとんでもねえアホじゃねえ限り、外交問題に発展してまた争いになることなんて分かり切ってるだろうが」
『ハッ! 誰が答えるかよ』
勿論サソリとて正直に話すとは思っていない。だが傀儡に閉じ込められ、何も見えていない相手の意識を自分だけに向けさせるために敢えて言葉を投げ続けていた。
その間にミナトがもう一人の足止めに成功していることを視界の端で捉えながら。
「ま〜、天才の俺様と、凡人どころか凡骨のお前らじゃあ見えてるものは違うわなぁ」
『何だとこの野郎!』
ガンッ! と内側から勢いよく傀儡を殴りつけるような音がする。どうやらサソリが捕縛した男は随分と幼稚な思考の持ち主のようだ。あるいは頭に血が上りすぎているのか。どちらにせよ“いい餌だ”と思いながら、サソリは交戦するミナトの姿をぼんやりと見遣る。
「はいはい。凡骨凡骨。傀儡にする価値もねえ」
『てめえ!』
「どーせ俺らが憎いとか何とか、その辺の理由だろう。あとは適当に上がそれらしい大義名分でも掲げりゃ反同盟派の出来上がりだ。大して頭を使う必要もねえ」
ガリガリと頭を掻くサソリの数メートル先で、ミナトが交戦していた忍を隠し持っていた縄で捕縛する。そうしてサソリに片手を上げて合図を出すと、サソリもそれに応えるようにして片手を上げ、取り出していたもう一つの捕縛用の傀儡を操作した。
「集まった理由も“肉親を殺された”“恋人を殺された”だとか、この辺だろう。で、その相手が俺か我愛羅か。反対派ってのは大体そういう奴らが集まるもんなんだよ」
こう見えてサソリは我愛羅に次ぐ実力者であり、戦場では畏れられていた男である。平気で顔を出して戦場を闊歩するのが我愛羅ならば、影に隠れてひっそりと人を嵌め殺していくのがサソリだ。場合によっては姿も現すが、殆どの人間は生きて帰ることが出来ないため顔が割れることがない。
その自覚もあれば経験もある。サソリは特にどうこう思うことはなかったが、人として柔らかな部分を持ち始めた我愛羅が聞けば苦い顔をするだろう。勿論忍であり仕事である以上隠すつもりはないが、我愛羅が余計なことまで背負わないといいが。と考えてはいた。
そんなサソリを尻目に、傀儡の中では未だに男が暴れ回っている。
『うるさい! お前たちに何が分かる!』
「なぁーんにも。サッパリだ。分かりたくもねえ」
器用に片手で編んだチャクラ糸を操り、ミナトが捕縛した忍を収めた傀儡を地表へと下ろす。そこにはシカクが立っており、傀儡を受け取るとサソリに頷くことで合図を出した。
「ま、お前らが何をしても今更同盟がなかったことにはならねえよ。文句があるなら火影に直接言うんだな」
『バカにすんなよ。俺たちがどんな思いでここに来たと思ってる……!』
そう男が悪態をつくのと、サソリが危険を察知し空中に身を投げ出したのはほぼ同時だった。
――そして再び大きな爆発音が響き渡る。
「サソリ!!」
「うおっとお! ナイスキャッチだぜ、坊ちゃん!」
別にやろうと思えば自分でもどうにか出来たのだが、砂を飛ばした我愛羅により屋根から身を投げ出したサソリは事なきを得る。
だが屋根の上――サソリの傀儡ごと自爆した男はどうなったのか。
こちらも我愛羅の砂が傀儡ごと周囲を包んだためアカデミーそのものに被害が及ぶことはなかった。だがもし我愛羅の砂が間に合っていなければ、サソリは間違いなく爆風に巻き込まれ火傷や切り傷を負っていた。更には破壊されたアカデミーの一部が地表に降り注ぎ、人的被害と修繕費も重なったはずだ。
しかし実際は間一髪のところで我愛羅がサソリと傀儡に向かって同時に砂を飛ばし、取り囲んだことで一部の屋根が破壊されるだけで済んだ。最小規模の被害と言えるだろう。
ほっと息を吐きだす我愛羅に、サソリも「案外成長するのは早いもんだな」と評価を改めつつ茜の髪を撫でまわす。
「でかしたぞ、坊ちゃん。これで外交が有利に進められる。火影に恩も売れて一石二鳥だ」
「うるさい。頭を撫でる暇があるならさっさと降りろ」
ペイッ、とサソリの手を叩き落とす我愛羅に「つれねえなあ」と言いつつも、サソリは地表に降りて複雑な表情を浮かべるミナトへと声を掛ける。
「悪いな。殆ど何も聞き出せなかった」
「いや。こちらも同じだ。突然静かになったと思ったら――」
シカクが合図を出したことにより傀儡の腹を開けたサソリではあるが、その中では既に息を引き取ったくノ一が血の海に肉体を沈めていた。
「チッ、徹底してんなぁ」
「ああ。だからこちらも何も聞けず仕舞いだ」
「しかも奴さん、女だってのに自分の顔を滅茶苦茶にしてから死にやがった。とんでもねえ覚悟の持ち主だぜ」
「…………そうか」
身元確認を取れなくさせるためだろう。ミナトと交戦し、捕えられた挙句自害したくノ一は自らの顔を酸か何かを使って判別不能なほどに溶かしてから死んだのだ。幾ら死ぬつもりだったとはいえ、自らの顔を溶かすほどの覚悟とはどんなものなのか。
唇を噛み締め、自責の念に駆られるような空気を纏う我愛羅にサソリはため息を零す。
「坊ちゃん。これに関してはお前の責任じゃねえ。何でもかんでも背負おうとすんな」
「だが、俺が無関係だという証拠もあるまい」
「だったらこの場にいる全員が関係者だ。テメエ一人が不幸の主人公じゃねえんだぞ。しっかり地に足つけて顔上げて胸張れ、アホ」
サソリなりの励ましなのだろう。傀儡の腹を閉め、我愛羅から仏の身を隠すシカクからも同様の気遣いが見て取れる。そんな大人たちに我愛羅は目を丸くし、すぐさま頭を軽く振ってから俯きかけていた顔を上げた。
「お前に諭されるなど、俺もまだまだだな」
「おいコラァ。どういう意味だぁ? そりゃ」
「そのままの意味だが?」
「あはは。まあ、何はともあれ被害が少なくてすんだよ。改めてありがとう。我愛羅くん。君の砂がなければ建物自体が倒壊していた恐れがある。本当に感謝するよ」
「ああ。修繕費ってのは意外と馬鹿にならねえからなぁ」
軽快なやり取りを繰り広げる我愛羅とサソリにミナトは敢えて笑みを向け、シカクもアカデミー自体に被害が及ばなかったことに安堵する。とはいえ、未だ我愛羅の砂は丸い形を保ったまま屋根に留まっている。その理由は何故なのか。考える必要はない。
「我愛羅。俺が上に行ったら砂を解け」
「……だが、」
「いい。捕らえたのも俺だが、みすみす殺しちまったのも俺だ。後処理ぐらい自分の手でする」
幾ら情報を引き出すためとはいえ、煽り過ぎた自覚はある。相手が自爆したのはそのせいではないだろうが、流石に我愛羅に後処理を頼むほど非情な男でもない。
サソリは改めて屋根へと上ると、片手を上げて我愛羅に砂を解くよう合図を出す。それに対し我愛羅は一瞬渋ったが、ミナトに肩を叩かれたことにより諦めて拘束を解いた。
「一つ、酷なことを聞いてもいいかな?」
「はい。何でしょう」
「君の砂は……いや。君は、砂を通して感触とか、分かったりするものなのかい?」
おそらく自爆した人間の、目も当てられない肉塊について尋ねているのだろう。まっすぐと向けられるミナトの瞳と質問に対し、我愛羅は一度瞼を伏せてから小さく頷く。
「多少は……分かります」
「そうか……。色々と、辛い役目を負わせてしまったね。すまない」
サクラたちの元を離れ爆心地へと向かった我愛羅は、すぐさま空中で交戦するミナトと屋上で傀儡に体重を預けているサソリを見つけた。そしてあっという間に敵を捕縛し、サソリに合図を出したミナトの姿に改めて感服した。
だが、それでも。我愛羅の嫌な胸騒ぎが収まることはなかった。
その理由は何なのか。本当はサクラたちの方にこそ危険が迫っていたのではないのか。そう悩み始めた時だった。サソリが飛び退くようにして傀儡から離れたのは。
砂を飛ばしたのは殆ど無意識だった。長年の勘とも言うべきか。それとも防衛本能が働いたのか。咄嗟に飛ばした砂の殆どが傀儡を包み込み、すぐさま凄まじい熱と衝撃を我愛羅に与えてきた。
――自爆したのだ。
そう気付いた時には我愛羅の手の平はビリビリと痺れ、熱を帯びていた。――まるであの日のように――火傷を負った日のように、手の平には衝撃が走っていた。
我愛羅は改めて両手を見下ろし、グッと握り締める。
「すみません……。お役に立てず……」
「そんなことはないさ。アカデミーの屋根が壊れるだけで済んだのは我愛羅くんのおかげだ。おかげで子供たちはまた学校に通うことが出来る」
勿論すぐに、とはいかない。修繕自体はすぐ終えるだろうが、事が事だ。賊が入り込んだうえ被害を出した以上、子供たちの安全は第一に確保されなければならない。暫くはミナトも教師陣も忙しない日々を過ごすことになるだろう。
それでもミナトが笑みを向ければ、遠くの方から「父ちゃーん!」と叫ぶナルトの声が聞こえてくる。
「あー。ナルトも来たみたいだね。そういえば今日は大きな任務がなかったから、久々に簡単なCランク任務に就いてたっけ」
脳内で朝のやり取りを思い出しつつミナトが呟けば、アカデミーの屋上で後処理に励むサソリには気付いてもいないのだろう。サスケと共にナルトが駆け寄ってくる。
「父ちゃん! 我愛羅! 敵はどうしたんだってばよ?!」
「すまない。ナルト。逃げられた」
「チッ、逃げ足の速い奴らだな」
舌を打つサスケではあるが、ミナトとシカクが同席していたのだ。懸命な判断とも言えるし、この二人が追えないほどの敵だったのか、それとも敢えて泳がせることにしたのか。判断が付かず、ただ苦い顔を浮かべる。
そんなサスケとは違い、直情的なナルトはものの見事に唇を尖らせていた。
「何だよー。敵を逃がすとか、父ちゃん情けないってばよ。腕落ちたんじゃねえの?」
「辛辣だなぁ、ナルト。これでもお父さん頑張ったんだよ?」
「どーだか! 父ちゃんってば優しすぎるとこあるからさぁ〜! 母ちゃんみたいにビシッ! と決めるとこ決めて欲しいってばよ」
「あはは……。クシナはまた特別だからねぇ」
良くも悪くもナルトにとってミナトは『父親』である。『火影』としての働きぶりを直接目にする機会は少なく、どうしても日頃見るフワフワとした父親像が抜けない。
だがミナトの実力は折り紙つきだ。もしこの場にイルカがいればすかさずナルトを叱り飛ばしただろうが、生憎避難した生徒たちと共に居るため不在だ。そんなイルカの代わりにナルトを殴ったのは他でもない。サスケである。
「このウルトラバカ! 相手の立場によっちゃあ外交問題に繋がるんだぞ! 下手に情報が揃ってないうちは馬鹿の一つ覚えみたいに暴れることは出来ねえんだよ!」
「あ?! バカってなんだ、バカって! バカってのはバカって言った奴の方がバカなんだぞ、バーカ!」
「テメエの方がバカって連呼してんじゃねえか、バーカ!」
「あははは……」
ひたすら苦笑いするミナトとは違い、一人カカシだけは屋根に飛び、サソリと共に黒焦げになった死体を見下ろしていた。
「コレ、もう身元の確認どころじゃないね」
「ああ。おそらく歯にスイッチでも仕込んでいたんだろう。頭蓋骨の破損の仕方が尋常じゃねえ」
壊れた傀儡はともかくとして、焼け爛れた死体はバラバラに飛び散っている。とはいえ砂で包まれていたため周囲に飛び散ることはなく、また砂で密閉されていたため酸素を餌に燃え広がることもなかった。
逆に言えばそのおかげで生々しい部分も残ってはいるのだが、幾らかパーツが残っている下半身に比べ、上半身――特に胸から上の損傷が激しいことから爆薬の類がどこに仕込まれていたのかが分かる。
「上半身の損傷が激しいから、ジャケットのホルダーにでも入れてたのかね」
「いや。傀儡で捕縛したのは確かだが、火影と違って縄で拘束していたわけじゃねえ。だからもし爆薬を持っていたとしても上半身のみここまで破損するのはおかしい」
「ということは――」
導き出される答えは一つ――というわけでもないのだが、最も可能性が高いのは“体内に爆弾を仕込んでいた”というものだ。この方法に関して身に覚えのない二人ではない。むしろ先の戦で何度か見られた方法でもあった。
「チッ、思い出したくもねえやり口を真似しやがって。うざってえ」
「俺も覚えてるよ。おたくらの――いや。風の軍人さんたちか。あれは俺でもどうかと思ったよ」
――子供の体に爆弾を埋め込んで自爆させるなんて。
そう小さく呟いたカカシに、サソリも再度舌を打つ。
これに関してはサソリが関与していたことではないが、初めて戦場で目にした時はサソリも思わず動きを止めた。それこそ肉体的な動作だけでなく、思考も呼吸も全て、だ。
それもそのはず。突如として戦場に飛び出してきたのは年端も行かない子供達だったのだ。彼ら、彼女らは、驚き身を引く軍人たちの前で泣き叫びながら死んでいったのだ。――小さな命を犠牲にして。
「幾ら戦争孤児とはいえ、あんな使い方はないよねぇ……」
「俺たちだってあんな胸糞わりぃやり方認めるかよ」
幾ら忍とはいえ道徳心ぐらい持っている。すぐさま多くの、それこそ忍も軍人もなく数多の人間から抗議の声が上がったが、すぐさま『可決』とはならなかった。
(あんのクソボケ議員が発案した“特攻”のせいで精神的トラウマを負った新人もいる。幾ら忍とはいえ、自分の弟や妹、生まれたガキと大して変わらん子供たちが目の前で爆散すりゃあ耐え切れないものもある。おかげで何人使い物にならなくなったか……。そういや我愛羅も、あの時ばかりは本気でブチ切れてたな)
戦場に立っている時の我愛羅は全くと言っていいほど冷静さを欠くことはなかったが、流石に視線の先で子供たちの体が次々と爆散すれば思うことはある。むしろ『もう誰も殺したくない』という心を押し殺して出陣していたのだ。目の前で己よりも小さな命が潰えていくことに何も思わないはずがなかった。
実際『戦争孤児を“有効活用”し、口減らしをする』という頭のイカレタ議員の自宅に乗り込み、脅しをかけて止めさせたのは我愛羅だ。その姿を実際に見たわけではなかったが、羅砂が風影室で頭を抱えていたことは覚えている。それでも『勝手なことを……』と言う割に呼び出しはしなかったのだから、羅砂も思うところがあったのだろう。我愛羅の単独行動を責めることはなかった。
だが今回の件については砂隠も無関係とはいえない。サソリは改めて奥歯を噛み締めると、肉の焼ける匂いが漂う現場から立ち上がる。
「今回の件に関してはこちらにも非がある。共同戦線と行こうじゃねえか」
「ありがたいね。そちらから申し込んでもらえるなら助かりますよ、赤砂のサソリさん」
新しくホルダーから取り出した巻物から別の傀儡を取り出し、一つ残らず焼死体と傀儡の破片を回収する。
本来ならば死体の解剖は木の葉で行いたいところではある。だがこれに関しては砂隠出身のサソリの方が詳しそうだと判断したため、カカシは「せめて火影様に一言言ってくださいね」と告げてからサソリと共に地上へと降りた。
そこには既に子供たちの姿はなく、カカシは周囲に軽く目配せしてからミナトへと近付く。
「火影様」
「ああ、すまない。カカシ。ナルトたちなら向こうへ行ったよ」
「サクラを探しに、でしょう。それはいいんですが、屋上で見つけた焼死体についてお話したいことが」
そうしてサソリを交えて話し出したカカシたちに背を向ける形で、我愛羅は姉兄とサクラの元へと戻っていた。
「我愛羅!」
「我愛羅くん!」
「我愛羅兄ちゃん、大丈夫だったか? コレ」
鉄扇と傀儡をそれぞれ構えていた姉兄も、我愛羅が悠々と歩いて来る姿を見て武装を解く。そうしてサクラの腕の中から木の葉丸が飛び出せば、我愛羅の後ろに続いていたナルトも「サクラちゃーん!」と声を掛けた。
「俺は無事だ。木の葉丸たちは何事もなかったか?」
「おう! 何もなかったんだぞ、コレ!」
「我愛羅、怪我はないだろうね?」
「隊長は? まだ向こうか?」
一旦“戦場”となればサソリの部下であるカンクロウはサソリの事を『隊長』と呼ぶよう徹底している。幾ら敵の姿が見えないとはいえ、サソリの号令無くして油断は出来ない。そんなカンクロウに対し、我愛羅は頷くことでそれに応える。
「サソリは今ミナトさんと話し合い中だ」
「そうか。じゃあバキ先生は?」
「バキ先生はうみのイルカ殿と話し合っていた。いずれこちらに来るだろう」
アカデミーで起こった事件だ。我愛羅たちが直接何もしていないとはいえ、どのように噂が広まるかは分からない。幾ら大人たちが箝口令を敷こうとも子供の口に板は立てられないからだ。
尾ひれどころかあらゆる憶測が噂に付随してとんでもない話に膨れ上がる可能性は十分にある。そのためバキは教師陣と徹底した話し合いをし、相互理解を深める必要があった。
それを理解しているからこそ敢えて我愛羅はバキたちから距離を置いたともいえる。何故ならイルカはともかくとして、他の教師陣は我愛羅に対し『恐怖と警戒』の目を向けたからだ。
とはいえ今更落ち込む我愛羅ではない。まったく傷つかないと言えば嘘にはなるが、それでも木の葉丸たちに向けて笑みを向けられる程度には強くはなっていた。
「賊は完全に離れたと見ていい。シカク殿もそう判断を下された」
「ふぅーん。シカマルの父ちゃんが言うならそうなんだろうな」
シカクについてはナルトもよく知っている。父親であるミナトが全幅の信頼を置くだけでなく、ナルト自身幾度も世話になっている。シカマルからも「親父には勝てる気がしねえ」と常々聞いているため、ナルトは素直にその言葉を聞き入れた。
「ちぇー、また活躍出来なかったんだぞ、コレ」
「まあまあ、木の葉丸くん。何もないのが一番だよ」
「そうだよ。怪我したら痛いし……」
「でもさあ、でもさあ!」
ナルトのように言い募る木の葉丸をモエギたちが宥める中、サクラはそっと我愛羅に近付き顔色を伺う。
「我愛羅くん、大丈夫?」
「何がだ?」
「その……何か、思いつめたような顔をしてたから」
我愛羅の両手を焼く熱は既に落ち着いている。それでも、あの砂を通して感じた爆撃の余韻は我愛羅の脳髄にしがみつき、神経を高ぶらせていた。それはサソリ同様、かつて戦場で目の当たりにした悲劇が原因であった。
「…………いや。平気だ」
だが心優しいサクラに語るべきことではない。あの忌々しい事件は――やり口は、如何に“兵器”として戦場に立っていた我愛羅でも許せるものではなかった。発案した議員の片腕を潰しかける程に我愛羅は憤りを覚えたのだから。
「……我愛羅くん」
だが言葉にせずとも我愛羅の瞳が痛ましく揺れ動いていることは分かる。
言えない事情があるのだと察したサクラは、無意識に握り締められていた我愛羅の手を取り、指を絡めた。
「あんまり、強く握り締めちゃダメだよ」
「ああ……」
我愛羅の整えられた爪先が皮膚を突き破ることはないだろう。それでもあまりにも強い力で握り締めていれば話は変わる。祈るように両手で我愛羅の手を握ったサクラに、我愛羅もようやく自身が深く憤っていることを自覚し、苦い笑みを口元に浮かべた。
「――すまない。不甲斐ない姿ばかり見せて」
「ううん。そんなことないわ。第一、我愛羅くんが不甲斐ないなら私はどうなるのよ。何も出来なかったんだから」
特に今日は何も出来ていない。負傷者がいれば呼ばれただろうが、幸い負傷者はおらず、また木の葉丸たちがいたためか襲撃者はすぐに撤退した。そのうちの二名は自刃したが、それを知らぬサクラに敢えて教える必要はない。
我愛羅は目にしたくノ一の死に様に苦いものがせりあがってきたが、すぐさま心の奥底に仕舞ってサクラの指をそっと解いた。
「そんなことはない。木の葉丸たちを任せたのは俺だ。お前はそれに応えてくれた。ならばそれで十分だ」
解かれた指を不思議に思いながらも、サクラは何かを隠している様子を見せる我愛羅の目をじっと見つめる。だがサクラにも言えないことはある。先の襲撃者の中に、どこか見覚えのある人物がいたことを。我愛羅にだけは、言うことが出来なかった。
「……そう。じゃあ、今日はそれでいいかな」
互いに何かを隠している。
それを知りつつもサクラは敢えて笑みを浮かべ、我愛羅の隣に並んで歩き出した。向かう先はミナト達がいる校舎側だ。おそらくこれから行われるはずだった昼食会は中止になるだろう。そして砂隠の面々が帰ることも、だ。
サクラはいつ火影であるミナトに報告するか考えつつ、ひっそりと握りしめた手首に爪を立てるのであった。