長編U
- ナノ -

再会 -02-



 サクラが木の葉に戻ってから早一月。夏真っ盛りとも呼べる中、ナルトとサスケは久しぶりにカカシ相手に組手をしていた。

「へっへー! もう毒ガスの後遺症もないから万全の状態で暴れられるってばよ!」
「本気でやるぞ、カカシ」
「はいはい。どこからでもどーぞ」

 両手を広げ、余裕綽々な態度を見せるカカシに向かい二人は同時に駆け出す。そしてその遥か後方では、同じようにガイ班が手合わせ中であった。

「リー! テンテン! 青春パワーが足りんぞ!!」
「はい! ガイ先生!」
「いやいや、青春パワーって何?! 組手に関係なくない?!」

 いつものようにワーワーと騒ぎつつもその体躯に淀みはない。ネジも本来であればそれに加わっているはずなのだが、今日は日向家での用事があり不在であった。
 そんな、ある意味では『いつも通り』と言える時間を過ごす中、ナルトは一つ変わった事について考えていた。

「なーなー、カカシせんせー」
「んー? どうしたー、ナルト」

 組手を終え、休憩に入っていたナルトの間延びした声に、カカシも同じようにのんびりとした口調で返す。その先の木陰では同じように休憩を取っているサスケがいたが、伸びきったナルトとは違い涼し気な顔で汗を拭うだけだった。

「サクラちゃんさー、なーんか変わったよなー」

 今までの、それこそナルトが知るサクラというのは『くの一』というよりも『一人の女の子』であった。サスケに淡い恋心を抱き、時には邪魔をするナルトに怒りを向け叫んだり拳を向けてきたり。それでも戦争に参加するようになれば必死に勉強して人の役に立てるよう立ち回っていた、頑張り屋の女の子だ。
 勿論それは今でも変わっていない。ナルトにとってサクラはずっと大事な『女の子』だ。しかし最近のサクラはそんな『女の子』と呼ぶには勇ましく、誰よりも早く『くの一』として、また『医忍』として立ち回っているように見えた。

 ようは一歩先を行かれているような気がしたのだ。“あの”サクラに。

「んー……そうねぇ……」

 カカシもナルトの言いたいことは理解している。砂隠の里から戻ってきたサクラは、それこそ三人の予想を裏切りキビキビと働いている。
 勿論『砂隠に寝返った』という事実を知っている者からは「どう処罰したものか」という声が上がったが、結局はミナトたちの働きによって「不問」となった。時代がそうさせただけであり、そこにサクラの“意思”はない。そう言ってゴリ押ししたのだ。だが実際サクラがどういう判断をして砂隠にいたのか。それは誰にも分からない。
 実の母親に対してもサクラはその件に対し口を噤み、ただ「自分の責務を全うする」「償いを行動で示す」ということしか言わなかった。

 それが戦争を知らない子供の発言であれば「背伸びしちゃって」とカカシも微笑ましいような、それでいて一抹の苦味を覚えただろう。
 しかし実際のサクラは有言実行するが如く毎日忙しなく動き回っている。里のため、傷ついた人たちのため。一人の医者として薬師として、あちこちを駆け回る姿に以前の“女の子らしさ”は感じられない。それはいわば一人の――いや。“一人前の”忍と呼べるような姿だった。

「ま、サクラも大人になったってことでしょ」

 砂隠に捕らわれる前からも頑張り屋だったサクラだ。それが今更怠惰になることなどありえない。だが砂隠で過ごした時間はきっと、木の葉で過ごす時間より遥かに濃密で精神的に鍛えられたに違いない。それが分かるからこそカカシは複雑な胸中を伏せて頭を掻くだけに留めた。

 だが“大人”としての視点を持つカカシとは違い、ナルトは全くの別視点でサクラを見ていた。

「え?! ってことはサクラちゃん、サスケを諦めたってことか?!」
「あ?! 何でそうなる!」

 叫ぶナルトにすかさず突っ込んだのは他の誰でもない。件の想い人とされて“いた”サスケである。
 木陰で休んでいたはずのサスケではあるが、その実ナルトとカカシの話に耳を傾けていたらしい。睨むように向けた視線は鋭い。どうやら彼は彼なりにサクラに対して思うことがあるらしい。
 これは面白くなってきたなぁ。とカカシは見えないのをいいことに口元を緩める。

「だってさー、だってさー、最近サクラちゃんお前のこと見ても『今忙しいの。じゃあね!』って手ェ振ってどっか行くじゃん」
「ぐっ、そ、それは……」
「今までのサクラちゃんだったらさ、どんなに忙しくてもサスケがいたら足を止めてたのにさ。お前振られてやんの!」
「ば、別に振られてねえ! つーかそもそもそんな関係じゃねえよ!」

 再び騒ぎ出す二人に、カカシは「青いねぇ」と呟き空を見上げる。だがナルトの言うことは事実だ。今までのサクラであれば乱れた髪を指先で整え、必死に可愛く見えるよう努力しただろう。だが戻ってきたサクラはサスケを見ても片手を振る程度だ。そのあしらい方と言ったら。男を手玉に取る手練れのくの一と然程変わらない。
 いつの間にそんな手管を覚えたのか。それともナルトの言う通りサスケに対し『興味』がなくなったのか。なんにせよ色んな意味で変わったサクラのことをカカシも陰ながら気にしていた。

「ま、何にせよお前たちもサクラを見習って早く“大人”になることだね」

 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人に溜息を零しつつ、カカシは「はい。休憩終わりー」と声を掛けるのであった。


 ◇ ◇ ◇


 そしてそんな男たちとはまた別に、女は女同士で集まって額を突き合わせていた。

「今日はどうだった?」
「ダメ。今日も逃げられたわ」
「忙しそうだもんね……」

 それぞれの任務や仕事を終えた夕方。いのを始めとした木の葉女子メンバーはとある茶屋の一角で「うーん」と頭を抱えていた。

「そりゃあサクラも忙しいのは分かってるんだけどさァ」
「でもようやく帰ってきたのよ? いい加減ご飯にでも付き合いなさいっつーの!」
「ま、まぁまぁ。サクラちゃんもようやくお母さんのところに帰れたんだから、もう少し待ってみようよ」

 頭を抱えるテンテンと、机に拳をぶつけて怒りを露わにするいの。そしてそれを宥めるヒナタの話題に持ち上がっているのは、他でもないサクラのことであった。

「でもサクラ働きすぎじゃない? 帰ってきてからずっと休みなしじゃない」
「やっぱりそうよね? あの子何も言わないけど、毎日どこかしら駆けまわってるもの」
「うん……。綱手様も心配してた」

 現在木の葉には多くの怪我人がいる。とはいえ当初から綱手とシズネが尽力していたこともあり、今ではだいぶ落ち着いてきた。それでもゼロになったわけではないし、重病患者も残っている。彼らのために奔走する医忍の中にサクラは混じっている。加えて現在綱手とシズネは火の国の患者を治療するために不在である。それもあって余計にサクラは忙しく立ち回っている。
 つまり、サクラが戻ってから一月経つと言うのに未だに彼女たちはサクラから詳しい事情を聞けていないのだ。

「ナルトに聞いても『よく分かんねぇ』だし、本人に聞いても『色々あったのよ』だしで全く分かんないものね」
「そうなのよ! なに?! 何で秘密にするわけ?! 確かにあの死にかけた毒ガスについての謝罪は受けたけどさぁ、私たちが知りたいのってそういうことじゃないわけよ!」

 木の葉に戻ってきたサクラはまず初めに母親と再会し、その次に毒ガスで被害を受けた忍たちに謝罪をした。あの毒はサクラ一人で作ったものではない。だがサクラが関与していたのは事実だ。
 自分のせいで命を落としかけた。仲間を裏切った。その事実は変わらない。だから頭を下げたサクラにいのたちは当初複雑な思いを抱いたが、今ではすっかり「そんなことはどうでもいいのよ!」と啖呵が切れるほどに吹っ切れていた。
 何せいのにとってサクラはライバルであると同時に大切な幼馴染であり親友なのだ。そんな相手に一歩引かれた態度を取られるなど屈辱以外の何物でもない。
 だというのに、忙しさを盾にちっともいのたちと会話をしようとしないのだ。幾らそれがサクラなりの『罪滅ぼし』なのだとしても、蔑ろにされている気がするいのにとっては「腹立たしい」以外の感情は浮かばなかった。

「あーもう! なんなのよ本当!! すまないと思ってるならいい加減私たちと会話しろっつーのー!!!」

 もはや酔っ払いの如き勢いで叫ぶいのに、周囲の客が何だ何だと視線を向けてくる。それに対しテンテンが「何でもないのー、ごめんなさいねー」と手を振り、ヒナタがぺこぺこと頭を下げる。だが当のいのは不貞腐れたように頬を膨らませ、頬杖を付くだけだった。

「まぁ何にせよ、もう少し落ち着くまで待ちましょう。それからでも遅くないだろうし」
「フンッ! もう謝られたって許さないんだからっ」

 顔を背けるいのではあるが、その実いざとなれば誰よりも早くサクラの気持ちに寄り添い、その状況に見合った助言なり激昂なりをするだろう。それは長い付き合いで分かり切っている。だからこそテンテンとヒナタはそれ以上いのを諫めることはせず、食べかけの甘味に手を伸ばすのであった。


 そして子供とは別に、大人たちもまた色々と後始末に追われ忙しない日々を送っていた。

「おい、ミナト。火の国から支援金とそれに伴った物資についての資料届いたぞ」
「ありがとう。シカク。悪いんだけどその辺に置いてくれるかい?」

 机の上に山積みになった資料を横目で捉え、ミナトの友人であり木の葉のブレインでもある奈良シカクは「うへぇ」と顔を顰める。

「さっきより増えてねえか?」
「ははは。……分かるかい?」
「そりゃあなぁ。こっちは通常任務の報告書、んでこっちは依頼書。ここに纏めてあるのは戦争関連かぁ? 忙しいこった」
「そう思うなら少しは手伝ってくれ。いい加減指がつりそうだよ」

 ガックリと肩を落とすミナトは、正直書類仕事が得意なわけではない。むしろこの手のことは先代火影であるヒルゼンの方が得意だ。だが彼はもう退いた身。幾ら相談役になってくれているとはいえ、仕事を押し付けるわけにはいかない。そのぐらいの良識はある。
 しかし頭の切れるシカクは別だ。友人を助けると思って、と手を合わせるミナトではあったが、シカクはシカクで自来也と共に火の国に顔を出さなければいけない用がある。
 結局忙しいのは誰もが同じであった。

「ところでよ、風の噂で聞いたんだが砂隠に行くってのはマジか?」
「ああ、本当だよ。今後は砂隠とも共同で任務を行ったり、授業をしたいと思っているんだ。特に砂隠は医忍が少ないからね」

 シカクに向けて手渡された用紙は、砂隠から『正式な』手順を踏んで寄越された依頼書であった。

「ほーん、成程なぁ。確かにうちは綱手様を始めとした優秀な医療忍者が揃っている。砂隠にはそういったイメージねえな」
「ああ。実際そのことを風影殿も憂慮していてね。サクラを攫ったのもそれが原因だったそうだ」

 人口が減れば里は滅ぶだけだ。それを食い止めるための苦肉の策として優秀な医療忍者が揃っている木の葉を狙ったに過ぎない。そんな風影の気持ちは分らなくもない。事実シカクは何とも言えない渋い表情を見せはしたが、あからさまな悪態をつくことも、暴言を吐くこともなかった。

「ま、忍ってのはそういう生き物だしな」

 そう言って依頼書をミナトに返却したシカクだが、渋い表情はそのままに面倒くさそうに後ろ頭を掻く。

「だが互いに顔を突き合わせるのは時期尚早とも言える。砂隠に反感を抱く奴らは多いからな」
「まあね。彼らには多くの同胞を殺された。だがそれはこちらとて同じだ。砂隠も木の葉の忍が堂々と里を歩けばいい気はしないだろう」

 互いに喰い合いをしていた関係だ。終戦したからと言ってすぐさま、それこそ子供たちのように「今日からお友達!」とはならない。大人には大人の、引くに引けない事情があるのだ。
 だがミナトも風影も、次代の育成に力を注ぎたいと思っている。特に同い年の息子を持つ者同士、男親として意見が一致することもある。
 片や人間兵器として育てられた不器用な息子。片や奔放すぎるほど自由に育った猪突猛進な息子。きっと足して割ったら丁度いい塩梅になるのだろう。だがそれが出来ないからこその育児であり、個性なのだ。
 それが分かっているからこそミナトはナルトの交友関係も広げてあげたいと思っている。

「出来れば我愛羅くんにも、ね」
「そういやまだ会ったことねぇんだよなぁ、噂の“我愛羅くん”によ」

 シカクは自来也とも行動を共にしている。その時に我愛羅のことが何度か話題に上ったのだ。当初は探るつもりで自来也から話を聞いたものだが、実際の所件の忍が語る少年の姿はただの『不器用な子供』であった。
 勿論我愛羅が今まで行ってきた残虐な所業を知らない自来也ではない。それでも我愛羅が如何な人生を過ごしてきたのか。自来也は我愛羅から直接話を聞いたことがある。幼い子供が受けるにしてはあまりにも大きすぎる心の傷に、自来也も「鬼にはなれん」と渋い表情を見せていた。
 元より自来也は懐が深く優しい男だ。絆された、という線もあるだろう。言わば捨てられた小動物に同情する心理だ。だが自来也に続きミナトまで同じことを口にしているともなれば、シカクとて色眼鏡を捨てねばならなかった。

「……なぁ、ミナト」
「ん?」
「今度砂隠に行くならよ、ガイやカカシの代わりに俺を連れて行け。この目で直接見てやるからよ」
「はは、シカクも意外と興味津々だね」

 カラリとした顔で笑うミナトに「そうじゃねえよ」と苦虫を噛み潰したような顔を向けたが、シカクは掛けられた時計を見上げて「そろそろ行くわ」と片手を上げる。
 だが火影室を去ろうとしていたシカクの背に、ミナトは声を掛ける。

「シカク。案外“彼”と顔を合わせる日は近いかもしれないよ?」
「あ? どういう意味だ、そりゃ」

 首を傾けるシカクではあったが、ミナトに「また今度」と手を振られたら行くしかない。いつもニコニコして人のいいミナトではあるが、秘密にすると決めたことに関しては意地でも口を開かない。意外と頑固なところがあるのだ。それをよく知るシカクは笑顔で手を振るミナトに「まぁ楽しみにしとくわ」と再度片手を上げて応えるのであった。


 そんなやり取りが木の葉のあちこちでされているとは露知らず、砂隠の里でも復興に向け忙しない日々が続いていた。

「風影様。ご報告に参りました」
「聞こう」

 我愛羅たち三姉弟の担当上忍でもあるバキが風影室へと音もなく入室する。その背後には誰もおらず、風影は書き終えたばかりの書類を脇に退け、報告を聞く体制に入った。

「我愛羅たちの様子はどうだ」
「はい。最近では我愛羅の背が伸びつつあるようで、テマリが嬉々とした様子で『二センチも伸びていた』と自慢してきました」
「そうか……」

 様々な要因が重なり、同年代の子供に比べ一回り小さかった我愛羅が少しずつ大きくなっている。そのことに羅砂は喜ばしい気持ちを抱いたが、それよりも。

「……テマリは……お前にはそんなことでも話すのか?」
「え? ええ、まあ。カンクロウも、我愛羅が自分が作った料理を食べてくれた、と鼻高々に話しておりましたが……」
「うむ……そうか……」

 ずっとギクシャクとしていた姉弟たちの仲が修復されつつあるのは、正直言って喜ばしいことではある。これでも曲がりなりにも父親なのだ。我が子たちの成長、及び関係が好転することを喜ばないはずがない。だが、だがしかし、だ。子供たちが羅砂に対しそんな話をしたことは一度としてなかった。

(いや……これも俺が散々子供たちを放置してきた結果だ。あの子たちの面倒を見て来たのは夜叉丸やバキ、サソリなのだから俺にそう言った話をしないのも無理はない)

 最近ではようやく食後の会話も増えてきたが、それでも微々たるものである。ゼロから一に増えた程度で喜んではいられないのだが、悲しいかな。羅砂とて人の子である。表に出さずとも大事に思っている我が子と些細な会話さえ出来ないのは正直もどかしいところがあった。

「他には? 我愛羅からは何かないのか?」
「我愛羅ですか? そうですね……。ああ、そういえば。最近は“怪我人の応急処置”について積極的に学んでおります」
「怪我人の応急処置?」

 羅砂は今までの我愛羅とは到底結びつかない単語に訝るように眉間に皺を寄せる。だがバキはそれに対し「はい」と頷くばかりだ。

「なんでも『包帯ぐらいは上手く巻けるようになっておかねば』と口にしておりました」
「……うむ。よくは分からんが、今後のことも考えて行動を起こすのはいいことだ。分かった。ご苦労だったな」
「いえ」

 里の復興に力を注ぐ中でも忍としての仕事は当然砂隠にもある。それは木の葉同様、通常任務に出るのは動ける上忍や暗部ぐらいだ。中忍は怪我人が多く、また動けはしても任務に出るのは危うい者が多い。下忍に関しては里の復興、及び修繕で忙しく、今はアカデミー生も借り出しての作業となっている。これが落ち着くまでもうしばらくは掛かるだろう。
 羅砂はバキが退室して一人になった部屋で背もたれに体重を預け、ここ最近の中では一段と穏やかな外の景色に目を向ける。

「……成長、か」

 例え二センチであっても、子供にとっての二センチは大きい。
 少しずつ大きくなっていく我が子たちに思いを馳せ、羅砂は一枚の書類を手に取り視線を落とした。