小説2
- ナノ -





「このお見合いを断るとは言わないわよね?」
「特定の相手がいないんでしょ?だったら別にいいじゃないの」

翌日、怒りをそのままに床に就いた我愛羅の元に訪れたのは厄介な親戚であった。
母親の家系の叔母二人が非常に厄介で、会う度に何処かの娘を紹介された。そして今回も例に漏れずその話である。
昨日結婚の話をするなと激昂したはずなのに、我愛羅の目の前には再びお見合い写真が積まれていた。

「どの御嬢さんもとてもいい方よ。教養もある、見た目も美しい。貴方の好みらしい素朴で控えめな子ばかりよ」
「別に見目は気にしません。だが素朴と貧乏は違うと思いますが?」

渡された写真をすげなく机上に放り投げれば、そこに写っていた令嬢を一瞥した叔母の一人が口元を綻ばせる。

「やっぱり貧乏な子はだめよねぇ?流石侯爵様だわ」

その頬紅に紅を追加してやろうか。
思わず袖の下で拳を握った我愛羅ではあるが、別の写真を渡されたため渋々拳を開く。

「先程の令嬢とは違いお金もちよ。まぁあなたより身分は下だけど。若いしスタイルもいいわ。どう?」
「…すみません叔母様方。私はまだ暫く独身でいたいんです」

写真の中で機械的に微笑む令嬢から目を背け、隣に座っていた姉に軽く目配せしてから立ち上がる。

「あら、何処へ行くの?」
「友人の墓参りです」

本当なら昨日済ませてきたが、我愛羅はサクラに会いに行こうと思っていた。
こんなに鬱屈した気持ちを抱えて日々を過ごすくらいなら、多少辛い思いを重ねてでもサクラに会う方がいい。
そう思い扉に手をかけた我愛羅ではあったが、叔母はそれを許してはくれなかった。

「あら、ダメよ。実は秘密にしてたけどこの後会わせたいお嬢様がいるの」
「とても身分が高いお方の一人娘なのよ。だから無碍にしちゃダメ。ね?」

ドアノブに置いた掌の上に同時に手を重ねられ、我愛羅は嫌悪に一瞬顔を歪めてしまった。

「あと一時間もしないうちにご到着するわ。だからもう少し待っててね?」

完全に逃げ道を封鎖された。
我愛羅は諦めて嘆息すると、渋々立ち上がったばかりのソファーに乱暴に身を沈めた。

「気持ちは分かるけど、そうカリカリするなよ我愛羅」
「煩い黙れ。話しかけるな」

隣から小声で話しかけてきた姉のテマリにすげなく返答するが、テマリは特に気にした様子を見せることなく写真を手に取る。

「早く結婚しないと周りはもっと煩くなるぞ?私と母さんは無理やり写真を押し付けられただけし、お前の自由にすればいいと思ってる。けどあの人たちはそうじゃないだろう?」

実際母とテマリは周囲から無理やり写真を押し付けられ、渋々それを積み重ねていただけらしい。
だがそうとは知らずに帰ってきた我愛羅の元に執事がそれを積み重ね、気付いた時にはカンクロウが諦めた表情でそれを眺めていた。

「俺は結婚しない。絶対に」

昔から一度も変えたことのない主張を再び口にすれば、テマリはふぅと吐息を零してから写真を閉じた。

「私はお前の幸せを願ってるよ、我愛羅」
「…それはどうも」

自分の幸せは彼女の隣に眠っている。棺桶という名の墓場に押し込められたままで。
我愛羅は目の前で年甲斐もなくはしゃぐ叔母たちに冷たい視線を投げた後、そのまま暫く苦痛の時間を過ごした。

そして一時間立つか立たないか位で馬車の音がし、叔母たちが部屋を飛び出た。その後噂の令嬢が部屋に足を踏み入れ、礼儀正しくスカートの裾を持ち上げた。

「は、初めまして…御機嫌よう、侯爵様」

噂通り見目は麗しいが随分と引っ込み思案な令嬢であった。
気分が乗らないとはいえあまり失礼なことは出来ない。何せ令嬢の父親は我愛羅の家と事業を共にしている人物だ。
我愛羅は零れそうになる溜息をぐっと喉の奥に押し込め、ソファーから立ち上がり腰を折る。

「お初にお目にかかります、お嬢様」
「さぁヒナタお嬢様、おかけになって」

ヒナタと紹介された令嬢はおどおどとした様子のままソファーに腰かけ、執事が用意した紅茶に口をつける。
その間お節介焼の叔母たちがアレコレとヒナタと我愛羅の話を互いに聞かせるように話し、ある程度落ち着いたところで我愛羅に目配せした。

「よろしかったらお庭を散歩してきたらどうかしら。この家はとても立派な庭園があるのよ?」
「ヒナタお嬢様はお花が好きでしたわよね?」
「あ、は、はい…」

きっと今まで大人に言いくるめられることが多かったのだろう。あまり自分の意思を感じさせない雰囲気にサクラとは大違いだなとは思いつつ、我愛羅は席を立った。

「よろしければお手をどうぞ。庭を案内いたします」
「あ…ありがとうございます…」

恐る恐ると言った体で重ねられた指は細く繊細で、木の実や果実をその手で取ったことはないのだろうなと思った。
けれどそんな思いを感じさせぬよう、我愛羅はヒナタをリードしたまま庭園へと連れて行き、叔母たちの目から見えない場所へと進んでいく。
そうして窓からずっと離れた位置に来たところで肩を落とした。

「申し訳ありません、このように強引にお連れして」
「い、いえ…私こそすみません。お忙しいでしょうに…」

いつまでたっても下向き加減のヒナタに我愛羅は困ったように後頭部を掻くが、すぐさま話を続ける。

「それともう一つ謝罪しておきたいのですが、私は暫く結婚する気はありません。もしそういったお話がそちらに行っているようであれば断って頂いて構いません」
「え?!あ、それは…あの…」

実際婚儀の話が出ていたのだろう。ヒナタは白い頬にサッと朱を走らせると、恥ずかしそうに俯く。
もしや自分に惚れてはいまいなと内心冷や汗をかいていたところで、ヒナタがあの、と初めて自分から口を開いた。

「そ、その…実は…私、ほ、本当は、今日のお話をお断りしようと思って…ここに…」
「…ああ、そうでしたか」

それにしては随分と押され気味ではあったが、目上の者を立てるよう教育されてきたのかもしれない。
しかし我愛羅にとっては願ったり叶ったりだ。ようやく本当の意味で肩の力が抜けた所で、突然ヒナタに腕を掴まれた。

「で、でも、あの、私、どうしても我愛羅様とお話がしたくって…」
「はあ…私とですか?」

自分とヒナタの繋がりなど殆ど無いに等しい。では何故そんな自分と話したいことがあるのだと首を傾ければ、ヒナタは染まっていた頬を更に染め上げ、勢いよく顔を上げた。

「わ、私、実は、我愛羅様とご友人の、ナ、ナルト様に…ナルト様と、お、お、お、お友達に…なりたくて…」

徐々に小さくなってはいくが、顔は上げたままのヒナタに我愛羅はそういうことかと合点がいく。
ナルトとはミナト伯爵の一人息子だ。あそこは貴族にあるまじき自由奔放な家族で、遊び好きなナルトはあまりレディ達から婚儀の相手として望まれてはいなかった。
しかし誰に対しても屈託なく接する姿は人徳者として素晴らしい姿勢であり、我愛羅はそんなナルトと古くから友人として付き合いがあった。

「それで私に彼との間を取り持ってくれないかと、そういうことですね?」
「は、はい…大変失礼なお話だということは分かっています…でも、他に頼めるようなお方がいなくて…」

ヒナタの家は随分と立派な家系だ。父親も侯爵という肩書を持つため周囲の友人もレベルが高いのだろう。
ともすれば伯爵の息子であるナルトなど眼中にもないはずだ。随分と立派なお嬢さんに見初められたものだと友人の朗らかな笑顔を思い出しつつ、我愛羅は口元を緩めた。

「そう暗い顔をすることはありません。喜んでお力添えいたしましょう」
「あ…ありがとうございます…!」

今日初めてといっていいほどに喜びの笑みを広げるヒナタに我愛羅も目を細め、彼女の手を取った。

「ではこれからは友人同士としてお付き合いしてくださいますね?」
「はい…私なんかでよければ…」

どこまでも下手にでるヒナタに内心苦笑いしつつ、我愛羅はその手を引き歩き出した。

「私“なんか”という言葉、ナルトは嫌うはずだ。あなたはもう少し自身を持って、顔を上げて生きた方がいい」
「え、あ、き、気をつけます…!」

庭師が丁寧に剪定し、手入れを行っている庭を練り歩きつつ我愛羅はところで、とヒナタに向き直る。

「互いの前では敬語を止めにしないか?友人とはそういうものだろう?」
「あ…うん、そうだね。これからよろしくね、我愛羅くん」

ようやく打ち解けたヒナタにこちらこそ、と返しつつ、我愛羅はこの後どうやってサクラの元に行こうかとぼんやりと考えていた。
だが神は悉く我愛羅を嫌っているらしい。
散歩から戻ってきた我愛羅に告げられたのは、数時間後に開かれる舞踏会への強制参加だった。

「ヒナタ様もご出席されるんでしょう?」
「え、えぇ…父や従兄と共に…」

本当に最悪だ。
我愛羅は髪を掻き乱したい衝動に駆られつつもその場を何とか切り抜け、ヒナタと別れると即行部屋へと戻り、鍛錬用の衣服に着替えると裏庭に出た。

「おい我愛羅!あんまり時間ねえぞ」
「煩いカンクロウ!放っておけ!」

今は剣でも振っていないと、このやりきれない気持ちを舞踏会に持ち込みそうだった。
サクラに対する恋心が暴走しそうだというのに、更に叔母の策略に嵌められ舞踏会に出席する羽目になる。
きっとそこではまた新しく嫁候補を宛がわれるに違いない。
自分は種馬ではないのだぞと内側から湧き上がってくる怒りをそのままに、痛む片腕を無視して剣を振り続けた。



サクラは明け方まで振り続けた雨がようやく止んだことに気付くと、足元を濡らさぬよう外に出てオレンジ畑を眺める。

「流石に今日は来てくれないよね…」

オレンジ畑の向こう側。道路を挟んだ街の方に我愛羅の住む屋敷がある。
そこは今でもきっと立派な庭園があり、美しい噴水や花が屋敷にアクセントを加えているのだろう。
サクラはたった一度だけ訪れたことのある“彼”の屋敷を思い出しつつ、婚約相手から貰った指輪を握りしめた。

「…ごめんなさい…私、あなたのこと…選んだのにね…」

婚約相手はサクラの気持ちを知っていた。
サクラが“彼”のことを好きだと知っていた上で、結婚を申し込んできた。

『キミは“彼”を愛している。だが“彼”は侯爵だ。残念だがキミと侯爵とじゃ身分がありすぎる』

婚約相手の言葉は最もだった。そしてそれを誰よりも実感しているのはサクラ自身であった。
沈むサクラに婚約相手はそっと近づき、だが自分なら、と続けたのだ。

『だが俺は子爵だ。彼ほど爵位はない。他の仲間たちも皆平民と結婚出来ている。だから、俺と結婚しよう』

自分と結婚すれば“彼”との友情はずっと保たれる。自分とサクラと“彼”との三人で、これからもずっと支え合って生きて行こう。
そう言って手を取られ、指先に口付られた時サクラは頷いてしまった。“彼”との友情が壊れるくらいなら、このまま友人として生きて行こうと。
そしていつか“彼”が結婚した時、婚約相手と共に祝福しようと、そう誓った。

だからサクラは選んだのだ。自分が最も愛した男ではなく、その隣にいた男を。

「でも、罰が当たったんだわ…私がこんな不埒な想いを抱いていたから…だからアノ人は…」

呻き声を上げつつ蹲り、泣き出すサクラの背後に“彼”は立っていない。
友人の死を誇るべきだとサクラに告げ、慰めてくれた“彼”は何処にもいない。
例え未亡人ではないとはいえ、世間は婚約相手が死んだサクラのことを憐れんだ眼で見ている。
だがサクラからしてみれば、婚約相手より“彼”が無事であった事にほっとしていたのだ。本当は。だがそんなこと言えるわけがない。
背反する道徳観と自身の感情。せめぎあうそれらに全身が軋み声をあげるが、あの日のように“彼”は馬に乗ってサクラを助けに来てはくれなかった。

「…本当…最低ね、私って…」

涙を流すサクラの元に、買い物から帰ってきた母親が慌てて駆けつける。
母に連れられ居間に戻った時、サクラは夜間に開かれる美術館の特殊展示会に気晴らしに行こうと母に誘われ、頷いた。

一人でいればきっと眠りにつくまで延々と“彼”のことを考えてしまう。
だからその前に何か気晴らしを見つけなくては。

サクラは自身にそう言い聞かせると、安堵の表情を見せる母に連れられ美術館に着て行く衣装を選び始めた。



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