小説2
- ナノ -





辿り着いた宿で運ばれた酒を口にする中、サクラはぼんやりと広い部屋の中を見渡した。

「素敵な部屋ね」
「ああ」

流石影と言うべきか。
豪華な内装と申し分ない広さは上客を泊める十分な理想を叶えていた。
そして運ばれた来た酒も申し分ない味で、喉越しもうっとりするような心地である。
夢の中みたい。
サクラはふわふわとした酔いを感じつつも体面に座る我愛羅に視線を向ければ、グラスを置いた我愛羅もサクラを見つめていた。

「この宿は…というよりこの部屋は、他の部屋と違って間取りが広くてな…他の部屋とも少しばかり離れているんだ」
「へぇ…まさに特別、って感じね」

宿によっては乗客用の部屋が別棟にあったりもする。勿論同じ棟に設置されている場合もあるが、大概は階数が違ったり、隣接した部屋は空けられていたりする。
実際我愛羅の宿泊する部屋は宿の三階にあり、少し離れた場所に位置する、真反対の部屋との二部屋しかなかった。そしてその真向かいは付き人たちがまとめて寝泊りしているらしく、今は静かであった。

「でも、一人で寝るのはちょっと寂しいかもね」

窓の外はすっかり暗く、風の音さえ聞こえない。
静寂だけが包む中で、一人ぽつんと眠るのは何だかとても寂しい気がした。
実際我愛羅もそう思っているのだろう。だからわざわざ外に出かけたのだと零した。

「一人に慣れてはいるが、やはり時には人肌を感じたいからな」
「そうね…そういう日があってもいいと思うわ。特にあなたみたいな人は」

我愛羅は決して仲間に頼らない頑固な男ではない。しかし周りにすべてを頼るほど無責任な男ではない。
時には一人で多くの問題を解決しなければならない里長と言う職業に、誰より疲れを感じているのは彼のような気がした。
しかしその発言に驚いたのは他の誰でもない我愛羅だったようで、普段は涼しげな目元も驚きに見開かれていた。

「どうかしたの?」
「いや…サクラにそんな風に思われているなんて思ってもみなかったからな」

彼は自分のことをどんな目で見ているのだろう。
サクラは疑問に思いつつも軽く笑った。

「だって私は医者だもの。疲れた表情をした人の状態を見抜くのは得意なのよ?」
「ああ…それは確かに。お前の専門分野だったな」

サクラ同様軽く笑った我愛羅に微笑み返し、サクラは飲み干したグラスをテーブルに置いた。

「はぁ…少し酔っちゃったかもしれないわ。そろそろお暇させてもらうわね」

実際これ以上ここにいるのは危険な気がした。
何故かは分からないが、本能的にそう感じたのだ。直感と呼ぶべきか。とにかくサクラは一刻も早くここから立ち去らねば、この先とんでもない事態に陥る気がした。

しかしそう簡単に上手くいくはずもなく、立ち上がったはずのサクラは背後から腕を取られ身を固くした。

「もう少し…共にいてくれれば嬉しいんだが」
「…今日のあなたは随分甘えん坊なのね。普段のクールなあなたはどこに隠れてしまったの?」

掴まれた腕が先程よりもずっと熱く感じた。それはきっと窓を開けて夜風を感じなかったせいだと、サクラは一人で決めつけた。
でなければどこか不穏な気配を感じているくせに、高鳴る胸を無視することが難しそうだった。
けれど我愛羅はいったん手を離すと、サクラがほっとする暇もなく腰に手を回し体を密着させた。

「が、我愛羅くんっ…!」

思いもよらぬ行動。
胸と胸が重なるほどに引き寄せられた体はしかし、サクラの抵抗をものともしなかった。
我愛羅の体は決して屈強ではない。けれど確かに自分とは違う。柔らかい肌などそこにはない。
逞しく引き締まった筋肉を、発火しているかの如く熱い体温を、サクラの小さな胸から伝えてくる。

「狼狽えるとそんな声になるんだな。知らなかった」

しかし我愛羅は狼狽するサクラを楽しむかのようにそう口にすると、見上げてきたサクラに口付るかのように顔を近づけてきた。

「ちょっ、」
「ああ…やっぱりサクラの匂いだったんだな…いい匂いがする…」

驚き身を引くサクラとは対照に、我愛羅はそのまま肩口に顎を乗せると、鼻先を耳の後ろに当てサクラの匂いを嗅ぐ。
そうしてどこかうっとりとするような、熱っぽい吐息を吐きだすと掠れた声をサクラの耳に吹き込んだ。

「気付かなかったのか?俺がサクラをどんな目で見ていたか」
「え…し、知らない…だって、そんなこと、全然…」

サクラは本当に知らなかった。
我愛羅が一体どんな目で自分を見ていたか、どんな思いを向けられてきたか、この瞬間まで悟ることは出来なかった。
しかしそれは抱き寄せられた腰が、我愛羅の足の合間にある硬く膨らんだ部分に当てられたことで実感させられた。

「う、嘘っ」
「嘘じゃない。ずっと夢見てきたんだ。お前と…サクラの唇にキスする日を、夢見てた」

勿論、キスだけではないがな。
そう笑い交じりに告げられ、熱い指先で頬を撫でられ下唇を捕えられると、サクラは蛇に睨まれた蛙の如く硬直してしまった。
見上げた翡翠は燃えるように熱く、サクラは無意識に下腹が疼くのを感じた。

「だ…だめ…」

けれどその言葉はまさに張りぼての如く薄く、あっけなく我愛羅の唇を許してしまった。
重ねられた唇は火傷しそうなほどに熱く、優しく、官能的であった。

「帰したくない。此処にいてくれ」
「だ、だめ…だよ…」

けれど再度唇を塞がれても、サクラの腕は我愛羅の体を押しのけることはしなかった。
むしろ足の間は徐々に熱く湿っていき、下腹がずんと重くなった。
そして我愛羅はそんなサクラの変化をどう感じたのか、唇を離すと至近距離からサクラの瞳を見つめ、そして微笑んだ。

「とても色っぽい顔をしている。やはり今日は帰せないな」

先程までの真剣な瞳は何処に行ったのか。どこかからかうような色味を見せた表情はしかし、サクラに反論する暇を与えず三度目の口付を施し、体は布団へと押し付けられた。

「嫌なら言ってくれ。止まれそうにはないがな」
「そ、それじゃあ意味ないじゃない…!」

頬を赤く染め上げ、必死に抵抗するサクラの指先を捕えて口付ると、我愛羅はそれもそうだなと呟き四度目の口付をした。
結局その夜サクラは初めて我愛羅と夜を共にすることになり、今まで体験したことのない熱い夜に身を投じた。


そんな始まりの夜を思い返せば思い返すほど滑稽で、しかし耽美で甘美な想いを舌の上に広げる。
サクラはぼんやりと湯船に浸かりながら、背中側で共に湯船に浸かる男の顔を見上げた。

「ねぇ…今でもこうして一緒にお風呂に入ること、楽しいと思う?」
「当然だな。男は惚れた女の裸体には弱いんだ」

いやらしー人。
サクラは背後から自身を抱く男の肩に後ろ頭を預け、くすくすと笑う。
ともすれば男も楽しげに頬を緩めたかと思うと、悪戯な指先を腹の前から滑らせ、そのままサクラの慎ましい胸を包み込んだ。

「しょうがないだろう。男とはそういうものだ」
「あっ!」

暖かい湯船の中、悪戯な指先がサクラの硬くなった乳首を摘む。
途端にサクラは甘い声を漏らすが、すぐさま目尻を吊り上げると悪戯な指先を弾いた。

「もう、ダメだってば!」
「分かった」

怒られた男、もとい我愛羅は恋人の可愛らしくも母親のような諫言に両手を上げた。
サクラと我愛羅が付き合って今年で既に三年。互いの体を見るのは初めてではなかった。

「だがサクラ、これでは生殺しだ」
「ダメよ。ゲームに勝ったのは私なんだから、ちゃんと約束守ってよね」

流石に三年も付き合っていれば初めの頃の初々しさはなくなる。
しかしかと言って仲が冷めるかと聞かれれば違う。身を焦がすような熱い想いを互いに口にすることは減っても、共に過ごせる楽しみを感じるのは今の方が強かった。
現に今もサクラは暇つぶしに、負けた方が勝ったほうの言うことを聞くという条件でゲームをし、敗者である我愛羅に体を預け風呂を共にしていた。

「さ、今度は髪を乾かして服を着せて頂戴」
「…仰せのままに、お嬢様」

サクラに悪戯することを断念したのだろう。我愛羅は諦めたような吐息を一つ零すと執事になりきり、湯船から立ち上がったサクラの白い裸体をバスタオルで包み込むのであった。



世間一般での我愛羅のイメージは『勤勉』『クール』『無表情』『色っぽい』『近寄りがたい』『女遊びしなさそう』と、とにかくあまり情熱的という言葉からはかけ離れている。
実際の所女遊びはしないが、クールな無表情とはかけ離れた情熱的な一面を持ち合わせていた。
特に気の置けない友人たちの前では気安く頬を緩めるし、冗談だって口にする。時には真面目な顔をして大ボケをかましたり、天然な発言で周囲を笑わせたり驚かせたりもする。
だが決して近寄りがたい男ではないのだと、サクラはベッドの隣に滑り込んできた男に抱きしめられながら考える。

「ねぇ」
「何だ?」

しかし我愛羅とサクラの関係を知っている者は一人もいない。ナルトやテマリ、カンクロウにでさえ二人は秘密にしていた。
何せナルトはヒナタとの関係が始まったばかりだし、テマリやカンクロウもそれぞれの道を歩み始めている。
そこにもし二人の関係を露わにすれば、周囲の好奇心が自分たちに向くことが明白だったからだ。
それだけは勘弁だと意見が一致した二人は、この秘められた恋愛を楽しみ、逢引を重ね、関係を育んできた。

現に一人暮らしを初めて数年のアパートは大いに貢献しており、サクラはすっかり自分以外の匂いがすることにも慣れていた。

「ぎゅってしていい?」
「喜んで」

サクラは周囲に“自立した女性”というイメージを持たれている。実際それは嘘ではないのだが、サクラだって女だ。時には少女のように甘えたくなる時だってある。
そしてそう言う時に傍にこの男がいると、サクラは遠慮することなく甘えた。

「んん〜…」

開いた片足を我愛羅の太ももに絡め、ぐっと体を押し上げ体を密着させる。
そうして鼻先を鎖骨の窪みに当て、肩口に額を押し付け甘えた声を出せば、我愛羅は嬉しそうにサクラの髪に指を通し、撫でつけた。

「可愛いな」
「んふふ、本当?」
「ああ、他の誰にも見せたくない」

笑うサクラの顔は少女のように愛らしい。左右に広がる頬は風呂上りということもあってか薔薇色に色づき、潤う唇もふっくらと隆起している。
そうして枕に広がる髪からは女性らしい甘い匂いが漂い、密着した体は柔らかく我愛羅を刺激した。

「本当に、堪らないな。お前は」

猫のようにしなやかに甘えるサクラに唇を緩め、我愛羅は自然な動作で唇を重ねる。
それに対しサクラは楽しそうに笑った後、離された唇を追って自分から口付た。

「あなたを夢中にしたいのよ、私に」
「もうなってるさ。これ以上は勘弁してくれ」
「イ・ヤ」

悪戯っ子のように微笑むサクラに敵う者がいるならみてみたい。
我愛羅はそう内心で呟きつつも体制を入れ替え、サクラをベッドに押し付け口付る。

「眠い?」
「んーん」
「じゃあ少し夜遊びしよう」
「夜更かしじゃなくて?」
「ああ、とびきり熱い夜遊びさ」

絡められた指を強く握り返し、微笑むサクラは自ら喉元を晒して楽しげに笑う。
そうして我愛羅はサクラの笑みを肯定と受け取り、自らの手で着せたばかりの寝巻を剥ぎとるのであった。



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