小説2
- ナノ -


年下の男の子




大人になってからも手を繋ぐ幼馴染ってどれほどいるのかしら?

春野サクラはぼんやりとカフェテラスで走り去る車を眺めながら考えていた。
その手元には大学のノートが広げられており、専攻科目の授業内容が写されている。
けれどそこに視線は定まっておらず、ただ街行く人と流れる車を眺めているだけだった。

「…分からないわ」
「…何がだ?」

独り言に返事があれば当然人は驚くが、サクラは大したアクションを起こすことなく声の主を仰ぎ見た。

「あなたがコーヒーを飲めることになった、っていう事がよ」
「…もう十七なんだがな…」

まだ十七歳よ。と、ティーンエージャーらしい大人ぶりたがる発言にサクラは笑うだけに留め、コーヒーを手に戻ってきた少年を席に促した。
少年の名前は我愛羅。サクラとは五つ程歳が離れており、昔から姉弟のように仲がよい幼馴染だ。
と言っても我愛羅には実際姉兄がいるのだが、サクラとの関係もまたそれに類似していた。

「ところで悩める青少年くん?お姉さんに相談とは一体何かしら?」

サクラがカフェを利用することは多い。元々現在は大学に通っている身だ。
キャンパスの近くにもカフェは沢山あるし、バイト先の周辺にもカフェはある。
試験前に訪れたり、友人とのお喋りに利用することもあれば、一人でのんびりと読書をしたり考え事をするために利用することもある。
しかしこうして年下の男の子、我愛羅と共に来たのは初めてと言っていいほど記憶になかった。

サクラと我愛羅の付き合いは非常に長い。
元々同じ地区出身であり、サクラはその地区で最年長の子供であったため、年下の面倒を見ることが多かった。
勿論そこには我愛羅の姉兄もいたが、最年少である我愛羅を最も気にかけたのはやはり最年長であるサクラであった。
遊び盛りの姉兄とは違いどこかぼんやりとした節があり、加えて人見知りだった我愛羅はよくサクラの後を付いて回った。
昔は『サクラちゃん』と呼びながら後をついてくる小さな男の子をサクラも可愛がり、周りが本当の姉弟と勘違いするほどだった。

実際休みになればどちらかの家におり、絵を描いたり宿題をしたり、夏になれば庭で水遊びをしたりプールに出かけたり、冬になれば一緒に雪遊びをした。
我愛羅の姉兄たちと共に遊ぶことも勿論あったが、二人は我愛羅と違いとても活発だったので、家でじっとしているということは殆どなかった。
それに我愛羅の両親は共働きで、インドアな我愛羅を一人にすることを非常に心配していたためサクラの存在は有難いものであった。
故に我愛羅とは未だに仲が良く、けれど最近では姉兄というよりも“恋人同士”と間違われることも増えてきた。
それは偏に我愛羅が逞しく育ったせいでもある。
昔はあんなに小さかったのに。と今ではすっかり自身の身長を追い抜いてしまった対面に座る少年を見つめれば、少年はバツが悪そうに視線を逸らし首の裏を掻いた。

「別に大した内容ではないんだが…」
「大したことなくてもあんたにとっては問題なんでしょ?ほら、さっさと話しちゃいなさい」

我愛羅は現在思春期真っ只中だ。対するサクラはもうそんな年齢は過ぎてしまった。
当然サクラにだって思春期はあったが、それを我愛羅に愚痴るほど幼くもなかったし、女の子と言うのはいつの時代でもおませなものだ。
年下の男の子の前では余裕を貫く“女性”でありたかった。
そのため今でもその癖が抜けず、立派に育った我愛羅を“少年”として見てしまう。

「その…別に自慢しに来たわけじゃないんだが…最近女性から告白されることが多くてだな…」
「あら、あらあらあら。まぁまぁまぁ、我愛羅ちゃんったらモテモテなのね!」
「茶化すな」

ウフフと笑うサクラに若干頬を染めつつ、嗜める我愛羅にごめんごめんと謝る。
だが実際我愛羅は昔と比べ随分と変わった。
サクラの後をついて回るだけだった少年は既に成熟した男性に近づきつつある。

短く揃えられた情熱的な赤い髪に涼しげな目元。ティーンエージャーにしては珍しいストイックで禁欲的な空気。
けれどスラリと縦に伸びた体躯は程よく締っており、ふとした瞬間から覗く肌に色気を感じてしまう。
十代の瑞々しさと、男性としての色香が綯交ぜになった絶妙な年代。心も体も多感なこの時期に、我愛羅を見初める女性は多くいるだろう。

しかし実際の所我愛羅はそう言った女性に対し苦手意識を持っているらしく、貰ったラブレター(実際はメールだが)や呼び出しに相当苦労しているようだった。

「ふーん?それでどうやったら言い寄ってくる女の子たちを傷つけずに断れるか…それを知りたいわけね?」
「ああ…出来るなら穏便に済ませたい…」

本当に困っているのだろう。
溜息が吐きだされるのと同時に伏せられた目元では、憎らしくなるほど長い睫毛が影を作っている。
思わず羨ましいわね、その睫毛。と言いそうになるのをグッと堪え、サクラは腕組みをした。

「結論から言わせてもらうと、まず“無理”ね」
「え」

ここまで間抜けな我愛羅を見たことが今までにあっただろうか。いや、ない。
そう思ってしまうまでに目の前の少年は幼い顔を見せており、サクラは思わず頬を緩めた。

「だって断るってことは失恋するってことでしょ?傷つかない失恋なんてこの世にないわ。あるとしたらそれはそもそも恋ではなかったという話よ」
「そ、そんなこと分かっている。だが言い方とか立ち振る舞いとか…そういうのがあるだろう」

我愛羅の言いたいことは分かる。
だがどんな断り方をしても立ち振る舞いをしても、自分を振った、振られたという事実は変わらないのだ。傷ついた心を癒すことなど出来はしない。

「まぁね。でも優しすぎるのはよくないわ。あなたという呪縛から逃れられなくなったら、それこそ相手の子が可哀想じゃない」
「それは…そうだが…」

実際『君の気持ちは嬉しいけど…』に続ける言葉を探すのは至難の業だ。
女性によっては潔く諦めてくれるが、場合によってはどうにかすれば彼は自分を振り向いてくれると勘違いする女性も出てくる。
そこが問題なのだとサクラは指摘する。

「女は愛に生きる生き物よ。少しでも可能性があるなら希望は捨てないの。ま、それは男の子も同じでしょうけど」
「…まぁ…それは…」
「だから優しすぎないことね。大事なのは適度な距離感と礼節。それさえ弁えていれば大概の女性は察してくれるわよ」

ただ拒絶の雰囲気を醸し出しすぎると女性は大いに傷ついてしまう。
そもそも大半の女性は“男性から告白されたい”という願望を抱いている。世に蔓延る女性誌がそう思わせるのか、はたまた遺伝子に組み込まれているのか。
そこに夢見る女性は多い。
しかし実際の所女は自身の気持ちが制御できなくなった時、もうこれ以上は思いを制御できないと思った時には告白と言う行動に走る。
それは理想とは真逆の行為ではあるが、それでも腹を決めた女性と言うのは良くも悪くも潔く、肝が据わっている。
だから納得できる理由があれば、それを諭してくれる態度を男性が取ってくれれば、女は次の愛に走ることが出来るのだ。

「ま、すぐにってわけにはいかないけど…男も女も、そう言った面では意外と逞しかったりするのよね」

かくいうサクラとて失恋をしたことは多々ある。
理想の男性だと思った相手にアタックしてみても上手くいかなかったり、既に恋人がいたりと枕を濡らした日は多い。
それでも今サクラはこうして笑って年下の男の子の話を聞いているし、アドバイスも出来ている。
流した涙の分だけ強くなり、過ごした時間分きっちり学んでいる。
だからいずれ我愛羅もそのうち上手く立ち振る舞いが出来るようになるだろうと続ければ、我愛羅は何とも残念そうに肩を落とした。

「結局解決ならず、か…」
「まぁこればっかりは場数を踏むしかないわね。いいじゃない。若いうちにしっかり学んでおけば、大人になった時スマートに女性をエスコートできるわよ?」
「大人になった時、な…」

目の前のサクラを見上げ、我愛羅は内心で溜息を零す。
ということはつまり、現在サクラの目に我愛羅は“スマートな男性”として映ってはいないということだ。

勿論こんな相談を持ち込んだ時点で絶望的な状況ではあるのだが、それでも少しでも“男性”として意識してほしいという思いがあった。
男にとって女性から“モテる”というのは一種のステータスであり誇りだ。男性社会の基礎として女性にモテるというのは大いに重要な事柄なのだから。
別に女性にモテるから仕事が出来るとか、女性にモテないからヒエラルキーの下層にいるというわけではない。
モテなくとも仕事が出来る男性は大いにいるし、モテているからと言って裕福な男性もいない。結局のところそれらは自身の技量による問題であって、女性のせいでどうこうなるようなものではないからだ。

しかし男性と言うのは女性に弱い。
もっと単純明快に言おう。

女性には勝てないのだ。

本能から見ても遺伝子学的に見ても、男と言うのは滅法女に弱くできている。
実際問題力の強さでは男性が有利であっても、精神的な面において女性には敵わないのだ。
“母”と称される女の腹から生まれた時点でそれは決定しており、我愛羅もまた、その決定事項に逆らえないでいた。

(結局俺はサクラにとってまだ“子供”というわけか…)

動物社会では雌にモテる雄というのは個体として強い証である。ようは群れのリーダーになれる存在である。
そして雌はそんな雄の子孫を残し、種の繁栄に貢献したいと思っている。まぁそこまで勤勉に考えてはいないかもしれないが、主にそういったことだ。
しかし魅力のない雄は雌にとって邪魔な存在でしかない。魅力ある雄というのは動物でも人間でも大切なことなのだ。
魅力ある雌に振り向いてもらいたいという本能がある限り。

「…サクラ」
「何よ」

いつからか“サクラお姉ちゃん”とサクラを呼ばなくなった我愛羅は、砂糖どころかミルクすら入っていないブラックコーヒーで喉を潤すと、対面に座るサクラの淡い唇を見つめた。

「…やっぱり何でもない…」
「なーによぅ。気になるじゃない」

クスクスと笑うサクラの声が頭の中で鈴のように転がり、響いていく。
我愛羅にとってサクラは初恋の女性であり、今でもその想いを捨てることが出来ない唯一の女性だ。
彼女自身は我愛羅のことを弟のようにしか見てないことは明白ではあるが、我愛羅は違う。

日焼けを知らぬとでも言いたげな白い肌に蠱惑的な小さな唇。
肩にかかる桜色の艶やかな髪はいつだって太陽の光を眩しく反射させ、悪戯な瞳はキューピッドが放った矢のように心を射とめる。

小さな頃は何のためらいもなく握れた小さな手も、今では重ねるだけでも心臓が爆発しそうになるほど魅惑的だ。
白い指先に乗った小さな爪は愛らしく、貝殻のようだ。それは幼い頃共に海辺で見つけた淡い色の貝殻に似ている。
彼女との思い出だと胸に秘め、こっそり瓶に詰めて眺めていたことなど彼女は知らないだろう。

そんな我愛羅にとってたまらない魅力を発するサクラは現在、悩める少年の心など知る由もなくコーヒーを口にしている。

ああ、いっそのことあのコーヒーカップにでもなれたら、彼女の唇に触れることが出来るのに。
なんて、そんなくだらないことを考えてしまうほどにやられてしまっている。

我愛羅はテラス席の冷たい机に頬を押し付けながらも、しっかりとサクラの喉が上下するのを眺めていた。

「ま、あんたはまだ高校生なんだし、今のうちに色々体験しておきなさい」

からかうように笑うサクラに我愛羅は唇を尖らせるが、しかし視界に入る大学のノートを見てからそれをすぼめる。
我愛羅は決して頭が悪い方ではなかったが、やはりサクラのノートに描かれた数式や理論は解読不可能であり、自身との年齢の差を見せつけられるようであった。
自分も同い年で、彼女と同じ科目を取っていれば何かそれなりの話が出来たかもしれないのに。

いつしか話題が少なくなってきた自分たちの今までを噛みしめながら、我愛羅は顔を起こした。

「じゃあ参考に聞かせてくれ。サクラの好みはどんな男だ?」

別にそれを聞いたからと言って目指すわけではないが、やはり聞いておくに越したことはない。
多少の下心を深く噛みしめつつ、それでも何気ない体を装い尋ねてみれば、サクラはそうねぇ…と呟いてから我愛羅の瞳を見返した。

「自分、っていうのをちゃんと持ってる人…かな?」
「自立しているということか?」

自立した男性と言うのは大切だ。
いつまでも“ママ”を拠り所にする男などもってのほかだ。
マザコンを好む女などいない。女はいつだって立派な雄を好むものだ。

そう結論付けた我愛羅ではあるが、サクラはちょっと違うかな〜?と早計な少年に苦笑いする。

「まぁ、他人に流されやすくないけど頑固でもない、っていう感じかな。頭が固すぎると困るじゃない」
「ああ…成程な」

サクラからしてみれば頑固な男ほど面倒な存在はない。
だからといって右と言えば右を向く男もそれはそれで困るのだが、自分は右など向くものか!自分の意思は左なのだから右など向かん!と意固地になる男も好きではない。
ようはスマートな男性が好きなのだ。
自分の意思をしかと持ちつつ、それでいて柔軟な対応が出来る男性。ようは世渡り上手と言う感じか。
それこそお伽噺の王子様ね、とサクラは自身で自身の理想を笑いつつ頷けば、我愛羅はふむ、と顎に手を当ててから首を傾けた。

「では年齢は問題ではないのか?」
「んん?ん〜…そうねぇ…まぁ、そこは人柄にもよるじゃない?年下でも大人びた子はいるし、年相応、あるいはそれ以下にも見える子もいるし。そこは個性よね」

随分と遠回しな言い回しで濁したサクラではあるが、我愛羅はそれを逃してくれるほど曖昧な男ではなかった。

「俺は有りか無しかを聞いたんだが?」
「随分グイグイと来るのね…まぁ…無しではない…かな?」

実際サクラは何故我愛羅がこんなことを聞いてきたのかあまり理解出来ていなかった。しかしもしかしたら我愛羅にも想い人がいるのかもしれない。
だから他の女性の振り方を自身に尋ねてきたのかな?と実は我愛羅の目的をそれとなく当てていたのだが、そのベクトルが自分に向けられているとは一向に思ってはいなかった。

「では寡黙な男とお喋りな男ではどちらが好みだ?」
「うーん…そうねぇ…っていうか今日はやけにお喋りね。それにとても積極的」
「…“あくまで参考”に聞きたいからだ」

我愛羅は内心自分の気持ちがバレてしまっているのではないかとヒヤヒヤしていたが、サクラは残念ながら気づいておらず、そうねぇと再度呟き視線を上げる。

「あんまりお喋りすぎても困るし、かと言ってもだんまりなのもねぇ…まぁでも、どちらかと言えば寡黙な人かしらね。今までの自分の好みを参考にすると」

サクラが今まで恋してきた男性は、どちらかと言えば皆スマートでストイックな色気を持った人だった。
ある時は眼鏡をかけた優男風の司書であったり、ある時はクールな同級生であったり、ある時は猫のように奔放な、けれど自分の信念は歪めない先輩であったりと様々だ。
だが一貫して男たちは多くを語ることはなく、前だけを見据えていた気がする。
サクラはそのストイックな横顔を眺めるのが好きだったのかなぁ、とぼんやりと歴代の懸想相手を思い出していれば、目の前の少年が少々難しい空気を発してきた。

「…今でも好きな奴がいるのか?」
「えぇ?まっさかぁ。流石に終わった恋愛にいつまでもしがみ付くほど執念深い女じゃないわよ」

その答えを告げた途端少年の硬い雰囲気は和らぎ、どこかほっとしたような表情を見せる。
我愛羅はクールに見えるが意外と情熱的な少年だ。好きな物は好きと言うし、嫌いな物は嫌いだとキッパリ断言する。
そして好きなものに対してはどこまでもストレートだ。そんな我愛羅に懸想されるなんて幸せな女性がいるものだと思いつつ、サクラは再度コーヒーに口をつけた。

「じゃあ私も聞かせてもらえる?」
「何をだ?」
「んふふ、我愛羅くんのす・き・な・ひ・とっ」

語尾にハートでも付いていそうな、至極楽しげな少女のような表情を見せるサクラに我愛羅は思わず詰まる。

ある意味コレはチャンスでもある。
普段自分を年下の男の子、あるいは弟にしか見てないサクラに自分を“一人の男”として意識してもらうための。
だが選択を誤ればその沼から抜け出せないことにもなる。結局“弟”は“弟”でしかないのだ。
“男”として見られるか“弟”として見られるか。
十七歳の我愛羅にとって、人生初の大チャンスであった。

しかし十七歳と言うのは多感であるが故に空気は素直だ。
一瞬で硬くなった我愛羅の空気を察してか、サクラは少しばかり悪戯な表情を和らげてから椅子に背を預けた。

「ま、とりあえず年上か年下か聞こうじゃないの」
「…歳は上だ…」
「あら、やっぱり男の子って年上の女性に弱いのかしら?」

ま、それは女も同じかしらね〜。なんて続けるサクラに対し、我愛羅は内心で緊張しっぱなしである。
現に膝の上に置いた掌は汗が滲み、ズボンに不快なぬくもりを広げている。背中だって夏でもないのにシャツが張り付きそうだった。
しかし体面だけはクールに、と涼しげな雰囲気を意図して作ろうとしているが、それが空回っていることはサクラに筒抜けであった。

(ま、しょーがないか。まだ十七歳だもんね)

自分もそういう時期があったんだろうなぁ、と学生時代を振り返りたくなったサクラではあるが、それよりも先に目の前の少年を開放することが先だ。
けれど好奇心と天秤にかけた結果、あと少しの所で好奇心が勝り、サクラは次の質問を投げかける。

「じゃあ、その人は社会人?それとも学生?」
「…学生…」
「あ、じゃあそんなに年上ってわけでもないんだ」

学生となれば学校の先輩か、または近所の大学に通う女子大生か。もし社会人であれば、あるいはいっそのこと熟女が相手であれば悩んだが、まぁこれ位は予想の範囲内だ。

「その人は我愛羅くんのこと知ってるの?」
「まぁ…」
「何よ、ハッキリしないわね」

我愛羅からしてみればコレが精一杯であった。
もし自分がサクラと同じ年齢ならなんと返しただろうか。もっとスマートで、クールな返答が出来たのだろうか。
十七歳だからコーヒーも飲めるなんて言ったにも拘らず、今ではこうして目の前の女性を持て余している。
やはり自分はまだ十七歳なのか。凹む我愛羅に対し、サクラはうーんと唸る。

「ま、いいわ。じゃあ最後に一つだけ」

やっと終わるのか。
少ない質問であったにもかかわらず精神的疲労は大きい。だから女性には勝てないのだと油断した我愛羅に向かい、サクラは原爆並の威力を持つ質問を投下した。

「その相手ってもしかして、私?」

この時我愛羅が取るべき最もスマートな行動は何だったのだろうか。
どうしてわかったんだ?流石俺の惚れた女だ。なんて恋愛映画の俳優気取りでその手を握ればよかったのか。
それともストレートにそうなんだ。俺と付き合ってくれ。と言えばよかったのか。

単なる冗談だというのに顔どころか首筋まで真っ赤に染め上げ、絶句した我愛羅にそれは分からない。
そしてサクラも当然そんな反応を返されるとは思っておらず、笑っていた頬を硬直させた。

「…マジで?」

テラスの前で止まっていた車が信号が青になった途端走り出す。
そして我愛羅もサクラの声に我に返ると、鞄を引っ掴み立ち上がった。

「か、帰る!」

スマートな男の片鱗など欠片もない。
十七歳と言う、ティーンエージャーらしい素直な反応を前にサクラはう、うん。とだけしか返せず、走り去っていく幼馴染の立派に育った背中を見送った。

「………マジか…」

サクラとて告白されたことがないわけではない。
しかしあそこまで実直に、ストレートに、全身をかけて“好きだ”と伝えられたことはない。
いつだってサクラに告白してくる男性は“雰囲気で察してよ!”と言わんばかりになぁなぁに進展させようとする男ばかりであったからだ。
だからこそサクラは困惑し、そして照れた。

「マジかぁ〜〜〜…」

我愛羅の普段はぴくりとも顔色を変えないが、先程は今まで見たことがないほどに顔を赤らめ、額や鼻先には汗が滲んでいた。
立ち上がって駆けだした瞬間見せた背中にもシャツが張り付いていたし、解けかかった靴ひもにも気付いていない様子であった。
あまりにもストレートで誤魔化しの利かない十七歳の恋慕に、サクラは先程の我愛羅同様机に突っ伏した。


だから言ったのよ。大人になってからも手を繋ぐ“幼馴染”っているのかしら、って。
まぁ実際に口に出したわけではないが、サクラは一人溜息を零してから気づいた。
机の冷たさに気付かないほど、自身の頬が火照っていたという事実に。

これじゃあ彼のこと笑えないわね。ととっくの昔にティーンを卒業していたサクラは一人、コーヒーの味よりも苦い笑いを零すしかなかった。

end




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