小説2
- ナノ -





「サクラちゃん!」

ベンチに座り俯くサクラを見つけたのはナルトだった。
その声にのろのろと顔を上げたサクラは、ゆっくりと振り向き数度瞬いた。

「ナルト…いの…」

おーい、と手を振るナルトを確認し、その背に見える人物に息をのむ。

「サスケ…くん…」

どことなく緊張した面持ちのサスケをナルトといのが引きずりつ、立ち上がったサクラの前でサスケの背を押す。

「ほら、サスケくん頑張って!」
「男を見せる時だってばよ、サスケ!」

一体何がどうなっているのか。
瞬くサクラにサスケがお前、と口を開く。

「結婚…するのか」
「え?え、ええ…一応…」

普段のサスケとは違う、どこかしどろもどろとした様子にサクラは首を傾ける。
いつものサスケなら相手は誰だとか信頼のおける奴なのか?等と疑いの眼差しを向けてくるものだが、今日は何だか大人しい。

「そうか…いや、じゃなくて、お前に一つ確認しておきたかったんだが」
「うん」
「…お前、俺のこと諦めてなかったのか?」

まさかの一言である。
ぽかんとするナルトといのに加え、サクラも目を開き、え。と固まる。

「いや…その、確かにお前が俺を好いていたことは知っていた。でもそれはガキの頃の話で、今はもうアレだろ。幻滅してただろ」

一体何をどう思ってそう解釈したのか。
サクラはその時ようやくサスケが何を思ってああ言ったのかを理解した。

「…あのね、サスケくん。私今でもあなたのこと好きよ」

サスケは既にサクラが自分のことを好きではないだろうと思い込んでいたのだ。
だからこそいつまでも初恋の相手に縛られることなく、自分の人生を歩めと言ったのだ。
随分と遠回しでぶっきらぼうな言い方ではあったが、サスケはサスケなりにサクラのことを思ってくれていたのだろう。
呆れるサクラにサスケはすまん、と素直に謝った。

「正直お前が里を抜けた後の俺を好きだとは思っていなくてな…戦争が終わってもすぐに里を出ただろう。そんな奴の帰りを待つ必要なんてないと言っておかなければ、と思ってな」
「そうだったの…でもそれならそうと言ってくれないと、私も分かんないわよ」

自分は万能ではないのだ。サスケの短い言葉で一から十まで理解できるはずがない。
困ったように笑うサクラにサスケは再度悪かったな、と謝ると、ナルトがその後ろ頭を小突いた。

「何しやがる」
「うっせえ!てめえは何でもうちょっと上手く言葉が言えねえんだっつの!」
「ああ?!バカのてめえに言われたくはねえなあ!」
「うーるせえ!俺は言葉を知らねーだけで、お前は伝え方が下手くそすぎんだってばよ!」
「胸張って言うことじゃねえだろウスラトンカチ!」

ぎゃあぎゃあと始まる恒例の口喧嘩。サクラはやれやれと吐息を零してから、呆れるいのへと苦笑いを向けた。

「ごめんね、いの。心配かけちゃって。でもありがとう。サスケくん連れてきてくれて。おかげでスッキリしたわ」
「いや…私も酷いこと言っちゃってごめん。あと、その…こんなことになってごめん…」

サスケの言動の真意が分かってスッキリしたサクラではあったが、いのは呆れたらしい。
不器用にしたってもう少し言い方と言うか、それこそナルトの言うように他に伝え方があっただろうに、と鈍い男を見つめていると、おーい!と明るい声が皆の耳に届く。

「サクラー!我愛羅来てるよー!」
「え?」
「んあ?」
「我愛羅くんが?」
「何でアイツが此処に…」

大きく手を振るテンテンの少し後ろ、悠々と歩を進めていた我愛羅が声をかける。

「久しぶりだな」
「おう、我愛羅。久しぶりだってばよ」
「あんたじゃないわよ!」

立ち止まった我愛羅に笑みを向けるナルトだが、すぐさまいのにあんたは引っ込んでなさい!と小突かれ首根っこを掴まれる。

「えと…今日はどうしたの?会議とかあったっけ?」
「いや…そういうわけではないんだが…」

思ったよりサクラは普通だった。思わず戸惑う我愛羅がテンテンに視線を向ければ、先程までとは違う態度にテンテンも首を傾ける。
が、ナルト同様いのに首根っこを掴まれていたサスケを見つけそういうことかと納得する。

「我愛羅、一足遅かったみたいね」
「…どういうことだ?」

一人だけ理解が及んでいない我愛羅の問いかけにサクラは少しばかり笑うと、袖の合間から見える我愛羅の手を取る。

「ちょっと付き合って」
「ん?あ、ああ…それは構わんが…」

ぐいとその手を引き、歩き出したサクラに我愛羅は一瞬皆を振り返るが、テンテンに行って来い。と背を押されすぐさまサクラの後に続く。

「やーれやれ。何か私本当に我愛羅のお姉さんになった気分だわ〜」
「そういえばテマリさんと会わなかった?私たちと入れ替わりで商店街から出て行ったからさ」

腰に手を当て朗らかに笑うテンテンにいのが問いかければ、あっさりとした様子で会ったわよ。と返ってくる。

「途中で出逢ったテマリさんに“しっかりしろよ、風影!”って背中叩かれてたわ」
「はは、我愛羅も姉ちゃんの前じゃ形無しだってばよ」

実際テマリの手紙がなければサクラの状態に気付かなかった我愛羅である。
今回は大人しく叩かれておく。と渋面を作ったことをテンテンだけが知っている。

「で?サスケはちゃんとサクラに弁解できたの?」
「ああ…俺のせいで色々拗れていたみたいだな」

どうやら話の概要を理解しているらしい。少々バツが悪そうに視線を逸らすサスケに、それにしても…とテンテンが続ける。

「サスケがサクラの結婚を簡単に認めるなんて思いもしなかったわ。もっと反対するかと思ってた」

こう見えて意外と過保護な面があるサスケだ。ずっと自分のことを思い続けてくれたサクラには特別な思い入れもあるだろう。
だからこそ不思議に思ったテンテンが問いかければ、サスケは眉間に皺を寄せた。

「俺だって正直言えば我愛羅にサクラを渡すなんて冗談じゃねえよ」
「あ?今頃になって何キレてんだってばよ。言いたいことがあったなら言えばよかったじゃねえか」

ナルトの至極当然な言葉にサスケはうるせえ、と悪態をつくが、いのとテンテンからも同じように問い詰められ口を割ることになる。

「別にアイツが悪いとは言わねえが…木の葉を出るわけだろ?味方ばかりじゃねえし、肩身が狭い思いしねえかとか、そういうことは考える」
「お前はサクラちゃんの父ちゃんかよ…」
「ナルト、茶々入れない」

ナルトを諌めるいのに先を促され、サスケはだが、と言葉を続ける。

「サクラだって女だ。結婚以外にも出産とか、そういうこと考えるんだろう」

ともすれば旅を続けている自分と結ばれればサクラにすべてを任せることになる。家のことも、周囲とのことも。
己が背負わねばならぬ業をサクラに背負わせることは本意ではない。それに昔からサクラのことを傷つけてばかりいた自分が、今更サクラの手を取れるとは思ってもいなかった。

「サクラは強い女だろ。何だかんだ言ってずっと俺のこと追い続けてたようだし…もう俺たちが守ってやらなくても一人で歩いて行けるだろ」

大人なのか子供なのか。よく分からないサスケの言葉にナルトはふーんと呟き、いのは成程ね。と頷き、テンテンは肩を竦めた。
思ったより薄い反応にサスケが何だよ、と返せば、ナルトがべっつにー。と後ろ頭で手を組み視線を投げる。

「お前ってば、サクラちゃんのこと見てるようで見てねえんだなーって思っただけだってばよ」
「はあ?何だそりゃ」

眉根を寄せるサスケではあったが、もうこの話は終わりだってばよ。と背中を向けて歩き出すナルトに言われ、いのたちもそれに続く。

「これじゃあサスケくん勝ち目ない感じ〜?」
「我愛羅の方がよっぽどサクラのこと分かってるわね。こりゃあダメだわ」
「おい、ちょっと待て。何の話だ、おい、待て、おい!」

我愛羅はサクラのことを不安定な女だと言った。だがサスケはその正反対、サクラは一人でも歩いて行ける女だと言った。
確かにサクラの心は強いが、それでも女だ。脆くなる時だってある。それを直感で感じ取った我愛羅に皆は軍配を上げることにしたのだ。

「俺ってば大人になったな〜。我愛羅にならサクラちゃん任せても大丈夫そうだってばよ」
「何だかんだ言って優しそうだしね〜、我愛羅くん」
「さっき来る途中我愛羅に色々聞いてたんだけど、思ったよりサクラのこと気にかけてたわよ。案外いい夫婦になるかもよ〜」
「えぇ、本当に?!テンテンその話詳しく!」
「あ、俺も聞きてえってばよ」
「おいコラ、お前ら無視すんな!」

ナルト達の後を追いかけ、アレコレ問いかけるサスケは女心が分かってないだの、詰めが甘いだのと詰られ責められ顔を歪める。
サクラのことは誰よりも知っている。そう胸を張って言えるサスケではなかったが、それでも今のサクラを知ろうとしなかったのが悪かった。
遂にはナルトにお前はサクラちゃんの父ちゃんにもなれねえってばよ!と力説され、そもそも俺はサクラの親父じゃねえよ!と返すのが精々だった。



一方我愛羅を連れ出したサクラは、共に商店街の裏通りを歩んでいた。

「…よかったのか?皆と離れて」
「うん、ちょっと我愛羅くんと話がしたかったから」

そう言ってサクラが我愛羅を連れてきたのは、子供たちが帰ったばかりの小さな公園だった。

「ごめんね、心配かけちゃって」
「いや…気にすることはない」

サクラは公園の入り口からまっすぐ進んだところに設置されている、先程まで誰かが漕いでいたのだろう。
キィキィと音を立てて揺れるブランコに腰かけ、緩く前後に揺らす。

「私ね、正直ちょっと不安だったの。我愛羅君と結婚するの」
「…うちはサスケのことだろう」

サクラが見合いを受ける理由になり、我愛羅がサクラを嫁に貰う理由にもなった相手。
話はついたのかと暗に問いかければ、サクラはうんと頷き微笑んだ。

「色々すれ違っちゃってたみたい。っていうか、そもそも私の気持ち、届いてすらいなかったわ」

揺らしていた足を止め、立ち上がるとブランコに乗る。
そうして屈伸運動をするかのように膝の曲げ伸ばしを繰り返し、徐々にブランコを風に乗せていく。

「何かバカみたいだよね!一人で悩んで、勝手に傷ついて、周りにも迷惑かけちゃってさ!大人になったつもりだったんだけどねー」

勢いがついたブランコの動きに合わせ、サクラの髪が揺れる。
そこから見える横顔は決して泣いてはいなかったが、傷ついていることだけは読み取れた。

「サスケくんもさ、もっと分かりやすく伝えてくれれば悩まずに済んだのに、とか、一瞬でも思ったのがまたちょっと嫌になってさ!」

風に乗ったブランコは高く昇る。
すっかり茜色に染まった空に向かい、サクラの体を押し上げていく。

「だが、好きなんだろう。うちはサスケのことが」

ブランコの立てる金属音の中、我愛羅の声は静かにサクラの胸に響く。
問い詰めるわけでもない。詰るわけでもない。ただ淡々と、サクラの気持ちを導くように響いた声にサクラはブランコから飛び降りた。

「…よし!新記録!」

着地したのはブランコから遥か遠くの大地。数メートルは軽く飛んだであろうその場所で、サクラは膝を折った。

「…好きだったよ。サスケくんのこと」

拾った木の棒で印をつける。子供の時にはこんなところまで飛べなかったと一人笑うサクラの背を眺めてから、我愛羅はサクラの隣に立ち、それから膝を折った。

「お前が望むのであれば、婚約を破棄しよう」

横から聞こえた声はいつもと変わらず冷静だ。
サクラは詰めた息をゆっくりと吐きだし、彼にも迷惑かけたのよね。と思うと居た堪れない気持ちになった。
だが我愛羅はそんなサクラの心中を読んだかのように、だが、と言葉を続けた。

「俺は、お前に嫁に来てほしいと…そう思っている」
「…え?」

思わず顔を上げたサクラの目に写ったのは、思ったより優しい顔をしている我愛羅であった。

「俺はお前のことを知らない。そして、お前もまた俺のことを知らないだろう」
「え…えぇ…」
「だからかもしれないが、俺はお前のことを知りたいと思う。他の女には思わなかった。お前にだけ、そう思った」

テンテンに自分ではダメなのかと聞かれた時、思わず我愛羅はダメだと言いそうになった。
それを寸でのところで抑え、濁し、正気か?と聞き返したのは自分でも驚いた。

「自分でもちゃんと心の整理がついていないんだが、どうやら俺はお前のことをそれなりに好いているらしい。もし他の影の嫁になっていたら、少しばかり嫉妬したかもしれない」

正直我愛羅以外の影からの返信は来ていない。サクラは流石にそれはないと思うけど、という言葉を言おうか言わないか迷っていると、立ち上がった我愛羅に手を差し出された。

「お前のことを真正面から好きだと言ってやれずにすまないと思う。だがこれが正直な気持ちだ。こんな俺でも…お前は嫁に来てくれるだろうか」

差し出された手を取れば、きっと自分は我愛羅と結婚することになる。
我愛羅は先程サクラが望むのであれば婚約を破棄すると言った。それは偏にサクラの心がサスケに傾いていたのを知っていたからだ。
だが今のサクラの心はサスケの真意を聞いたことである程度決着がついている。
見合いの日、連れて行きたいところがあると言われて差し出されたのと同じ掌。サクラはそこに自身の掌を重ねると、ぐっと握りしめた。

「ええ…こんな私でよければ喜んで」

どこまでも、一緒について行くわ。
そう言って我愛羅の手を握りしめ、立ち上がったサクラはそのまま我愛羅に抱きしめられた。

「ありがとう」

見合いの日に言われた、面倒な自分の性格を丸ごと受け入れたいと言ってくれた我愛羅は、言葉通りサクラの全てを受け入れてくれた。
そのあたたかな抱擁の中サクラはじわりと瞳に涙を浮かべ、我愛羅の背に指を馳せてからうんと頷いた。
零れた雫は台地ではなく、我愛羅の衣服の中へと落ちて行った。




「あ、サクラからはがきが来てるぜ」
「え、マジ?!見せて見せて!」

シカマルが郵便物を受け取り火影邸へと向かう最中、偶然出会ったいのにシカマルは一枚のはがきを差し出した。

「あ!二人目産まれたんだ〜。女の子だって!かーわいい〜」
「そうだな」

自身の家にもシカダイと名付けた男の子がいる。生意気にもすくすくと育つ我が子を溺愛する妻の顔を浮かべながら、シカマルは赤子と一緒に写っているサクラへと視線を落とす。

「もうすっかり母親の顔だな。サクラの奴」
「本当。最初はどうなるかと思ってたのにね〜」

婚約の段階でアレコレ問題があった二人ではあったが、今ではすっかり夫婦生活も板につき、無事二人目を出産している。

「ふーん…カンクロウさんの所にも赤ちゃん出来たんだって」
「へぇ、そりゃめでたいな」

我愛羅が式を挙げた翌年にカンクロウも入籍した。
弟より先に籍を入れるつもりはなかったらしい。そうしてようやく授かった子に嬉し泣きしていたことをサクラがはがきの中で綴っていた。

「我愛羅とも仲良くやってるみたいだし、よかったな」
「うん…本当にね」

初めは随分と心配していたいのであったが、その実結婚してからもサクラは生き生きと生活していた。
前にも比べよく笑うようになったし、我愛羅たちと共に食事に行った時も特に無理をしている様子はなく、時には進んで我愛羅の杯に酒を注いでいた。
病院内でも方々からサクラが嫁に来てくれてよかったという声を聞いたし、買い物に出かけた商店街では我愛羅とサクラが如何に仲睦まじいかも聞かされた。

「何でも結婚当初は週に一回デートに行ってたらしいわよ。“忙しいのに時間を作って、風影様素敵だわ〜”なんて声何度聞いたことか」
「今でも月一位でしてんだろ?あーでも子供連れてるから家族サービス、ってやつか?」
「それでも十分じゃない。ナルトなんて家に帰ってる方が少ないんだから」
「まぁ忙しいし、新しく導入したシステムにも慣れてねえからな。そのうち家族サービスするようになるだろ」

火影に就任してまだ数年しかたっていないナルトも第二子の出産が間直に迫っている。
我愛羅の方が影に就任して長いとはいえ、それでも上手く仕事を調整している分我愛羅の方が夫として見習われるだろう。

「ま、何はともあれ上手くやれてるようで何よりだわ」
「そうだな」

いのとシカマルが見上げた空は今日も青く、白い雲が悠々と広がっている。
この空がずっと続いた先にいるであろうサクラを思い浮かべながら、いのは満面の笑みを浮かべた。

「サクラー!たまには帰ってきなさいよねー!」
「はは、届くわけねえだろバーカ」
「うるさいわね!気持ちよ気持ち!!」

からかうシカマルの背を叩きつつ、願ういのの気持ちが届いたのか否か。
サクラは生まれたばかりの我が子を腕に抱きながら、慌てて仕事場から駆けつけてきた夫の顔を見上げ頬を緩めた。

「念願の女の子だよ、我愛羅くん」

ベッドの縁に膝をつき、サクラの手を握った夫の情けない顔にサクラは声を上げて笑った。
砂隠の空も木の葉同様に、色鮮やかに広がっていた。


end



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