小説2
- ナノ -





腑抜けことサスケを連れたいのとナルトがベンチに向かう頃、我愛羅は奈良家の門を潜っていた。

「あら、我愛羅くんじゃない」
「お忙しい所すみません。テマリ…姉は御在宅でしょうか?」

テマリが我愛羅に宛てた手紙には、サクラの様子がおかしいから暇を作って来い。というものであった。
しかし現在テマリはシカマルと共に出かけていると聞き、どうしたものかと腕を組む。

「テマリちゃんならきっと商店街にいると思うわ。うちはいつもそこで買い物をしているの」
「そうですか。ではそちらに向かってみます。ありがとうございました」

シカマルの母、ヨシノに礼を述べると我愛羅は踵を返し木の葉の商店街へと向かう。

(しかしテマリの奴め…人を呼びつけておいて買い物とは…まぁ新婚だし、しょうがないと思っておくべきなのか…)

うーん。と悩みつつも歩を進める我愛羅の肩を、その時誰かが叩いた。

「ん?」

例え敵対している里ではないとはいえ、あまりにもぼんやりとしている姿に肩を叩いた人物、テンテンは苦笑いした。

「ちょっと、風影がぼーっとしてちゃダメでしょ?」
「ん?あ、あぁ…すまん」

組んでいた腕を解き謝罪する我愛羅にまぁいいけど。と返してから、一体どこへ向かっているのかと問いかける。

「ああ…それがテマリを探していてな。今から商店街に向かおうと思っていたんだ」
「そうなの?じゃあ私が案内してあげるわ」

丁度暇だったし。と続けたテンテンに我愛羅も続く。だが歩きつつも我愛羅の頭の中は手紙の内容とサクラのことでいっぱいだった。
そんな我愛羅を知ってか知らずか、テンテンは我愛羅に話しかける。

「あのさぁ、我愛羅」
「何だ?」
「例えばだけどさ、サクラが婚約破棄して欲しいって言ったら、どうする?」

何とまぁ、タイムリーな質問である。
そのことで頭を抱えていた我愛羅は一瞬心の内でも読まれたのかと焦ったが、すぐさま平常心を装い言葉を返す。

「まぁ…理由によるな。正当なものであればこちらもそれ相応の対応をして穏便にすませるが…そうでなければ上が何と言うか…」
「それも大事だけど、私が聞きたいのは我愛羅の心の方よ」
「俺の?」

思ってもみなかった矛先に瞬けば、テンテンはだって、と我愛羅を振りかえる。

「結婚するのはあんたたちでしょ?上層部でも国の要人でもない。任務とは関係なしに夫婦になるんだから、そこら辺ハッキリしておかないと」

テンテンの言うことは何も難しいことではない。至極当然の疑問を口にしただけだ。
だが我愛羅は再度うーんと腕を組み唸ると、そのまま閉口してしまう。

「…サクラが嫌いなの?」

どこか不安そうな声音で尋ねられ、我愛羅はいいやと首を横に振る。

「嫌いではない。だがナルトほど彼女を特別好いているというわけでもない」
「まぁ、そうよね」
「だが…彼女ほど俺に近い女性はそういない」

我愛羅は里長だ。その肩書きに並ぶ女性ならばいざ知らず、他のくノ一たちは皆我愛羅の前では粛々とした態度を貫く。
それを思えば礼儀を弁えつつも飾らないサクラの方が我愛羅にとって信頼がおけた。

「我愛羅が結婚に望むものって何?」
「…相手との信頼関係…だな」
「ふーん。そっか」

そこで一旦頷いて見せたテンテンではあったが、すぐさまじゃあさ、と言って我愛羅の袖を引く。

「私が相手じゃ、ダメ?」
「は?」

思わず立ち止まった我愛羅の瞳には、何処か悪戯な瞳をしたテンテンが写っている。
普段の彼女ならばこんなことは言わなかっただろう。だがテンテンは自分ではダメなのかと問いかけた。
それはつまりサクラの心が揺れていると暗に告げているのではないか。我愛羅はそう結論付け、そうだな…と視線を茜色へと染まりつつある空へと移した。

「ダメと言うわけではないが…」
「ないが?」
「………正気か?」

訝しげに問いかけてくる我愛羅にうんと頷けば、我愛羅は再度うーん…と唸り空を見上げる。

「………」

しかし続く言葉は何もなく、止めた歩はそのままに青と茜が混じる空をじっと見つめている。
テンテンは内心で少しばかり笑ってから、じゃあさと質問を変えた。

「どうしてサクラと結婚しようと思ったの?」
「…今日は質問ばかりだな」
「いいじゃない。誰にも言わないからさ」

両手を合わせ、お願い。と強請るテンテンに我愛羅は弱ったな。と眉間に皺を寄せる。
だが引き下がる気配も感じられない。
我愛羅は困ったように後ろ頭を掻いてから、見合いの日のサクラのことを思い出す。

「…特に、これといった理由はないが…」

自分は女である。そう言って寂しそうに、どこか自暴自棄に笑ったサクラの寂しげな顔が胸を刺す。

「……受け止めてやりたいと…そう思ったから…だろうか…」

サクラが見合いを受けるとカカシに了承した日、酒の席でサクラは泣いた。
サスケへの気持ちと、自分自身の気持ちが整理できず、声を殺し静かに泣いていた。その時我愛羅は掛ける言葉を持っていなかった。ただ酒を傾けるだけだった。

「俺は、サクラのことを何も知らない。だがサクラもまた、俺のことを多くは知らないだろう」

互いにどんな存在であるかは知っている。だが普段何を思いどんな風に過ごしているかは知らない。互いの職業についての理解はあっても、深くは知らない。

「…サクラは、不安定な女だ。秋の空のように、すぐに色を変えてしまう」

我愛羅が知っているサクラは、割かし真剣な表情をしている時が多かった。大概が任務の時に顔を合わせていたせいだろうが、それでも気の置けない友人同士と呼ぶにはあまりにも余所余所しい。
初対面の時だってそうだった。中忍試験の真っ只中だったせいもあるが、険しい表情をしていた。当時暴走する自分にクナイ一本で立ち向かってきた少女と同じとは思えないほど、あの日のサクラは小さく弱々しかった。

「…サクラは不思議だ。俺には、彼女の心が分からない」

別にサクラ以外の人の心が読めるわけではない。それでも我愛羅にとって、サクラはどこまでも未知なる女だった。

「彼女は…俺にとって対極にいる気がする。遥か彼方の、もっとずっと遠い場所…だから、知りたいのかもしれない…」

昔自分に立ち向かってきたあの時の強い視線。意思。
それとは対を成す机に伏して泣く姿。
どちらもサクラであり、どちらの姿も目に焼き付いている。

「…サクラのこと、知りたい?」

未だどこかモヤモヤとした気持ちを抱える我愛羅に問いかける。
その瞳は既に見守るような穏やかなものに変わっていた。

「………多分」
「多分?」

しかし言葉を濁す我愛羅にテンテンは微笑むと、もっとハッキリ気持ちを決めなさいと言葉少なに追い詰める。
流石の我愛羅もテンテンの有無を言わさぬ空気を感じ取ったのか、先程とは違い困ったように視線を泳がせつつ頷く。

「……ん…いや、うん……きっと…」
「きっと?」
「………絶対…」
「そう」

言わせた感は正直あるが、テンテンは我愛羅の言葉に頷くと止めていた歩を再び動かす。

「サクラの心を動かせるのはサクラ自身だけど、キッカケを作るのは我愛羅よ。たまには男みせなさいよね」

バシン、と音を立てて背中を叩かれ一瞬息を詰めたが、すぐさま肩を竦め頷いた。

「何だかもう一人テマリが増えた気分だ…」
「あはは!今度から“お姉さん”って呼んでくれてもいいわよ?」

誰が呼ぶかとテンテンに言い返し、それでも自身の思いを整理させてくれたテンテンには感謝の気持ちもある。
今度会った時には美味い酒でも贈るかと心に決め、商店街の門を潜るのであった。




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